深愛の勾玉④終―side Sala―
雪が降っている。
白く、儚く溶ける雪が。
焼け焦げた村の跡と、振り続ける雪。白と黒。コントラストが私の眼を刺激する。頬に触れたそばから雪の結晶は溶けていく。
「やけにあっけなかったな。あのときやらなくて後悔していたことが、こんなにも簡単に済んでしまうなんて」
私は笑った。
大口を開けて、村の焼け跡を見下ろす。その様は傍から見たらまるで魔王のように映るだろう。けれど、構わない。だって、ここは洞窟の中で、幻影なのだから。
「さて、これでこの試練もクリアといったところか? おーい、意地の悪い魔女、マドルカ~! 私は乗り越えたぞ~」
手を口に当てて叫んだ。左右に顔を振ってあの女の姿を探す。しかし生える木々の陰から誰かが出てくる気配はない。
「うそ……ですよね。師匠」
後ろから、声がした。聞き覚えのある、人間の声。嫌な予感がして、私は振り向いた。
そこには、死んだはずの■■■の姿があった。
「やっぱり性悪だね」
私は右の目尻を痙攣させた。
「なんで君が生きているのかな?」
「お師匠様、なんでこんなことを? あたしがいない間に、何があったんですか?」
「別に、何もない。気に食わなかったから、全員殺しただけだよ」
かつての友人たちのように。暴食の能力を余すことなく発揮し、ともに育った魔女たちを食らい尽くしたあのときのように。
「そんな……」
泣きそうな顔で縋る視線を私に送る馬鹿弟子。
いいんだ。どうせ、これは私の過去を投影した試練とやらなのだろう。
誰を倒せばこれは終わる?
何を殺せばこれは終わる?
何人殺せば心臓は私の手に戻る?
「近所のおじさんも、親切なパン屋のおばさんも、みんな死んだの? みんな殺したの?」
「ああ」軽い質問に返すように、私は告げた。
弟子はぷるぷると腕を震わせて、
「許せない……」
とこぼした。
「お前に許してもらおうとは思っていないがな。許さないならどうするというんだ?」
「こ、殺す。お師匠様に教えて貰った魔法で、私はお師匠様を超える。超えて、殺す」
「ふふん。大きく出たな。いいよ。やってみることだ」
私と■■■は向かい合った。お互い複雑怪奇な幾何学模様を描いた紙を手に持って。
「「ラン」」
二対の風が、雪を激しく舞わせた。ぶつかり合って対流を生む。白い嵐が町の外れに起こった。
「初級魔法もろくに使えなかった馬鹿弟子が、上級魔法を使うようになるとはね。ま、その魔法陣は私がやったものだが」
■■■は雪の中から頭を突き出した。衝撃で雪の中に埋まっていたらしい。
「ぷはっ。お師匠様、手加減してますね」
「お前のレベルを確認しただけだよ。次はもう、殺す気でいく」
口端を吊り上がらせ、私はとっておきの魔法陣をポケットから取りだす。
「最近作った魔法でね、爆発を生むんだよ。名前はボア。エクスボア。まだインクルードはしてないけど、したら名前を詠唱するだけで発動できるようになる」
本当はもう詠唱できる。けれど、今回は弟子の力に合わせてやろう。
「わざわざご説明ありがとうございます!!」
■■■はしかめっ面で魔法陣の描かれた紙をばらまき、次々と空中で魔法陣に手で触れ始めた。すべての魔法陣に触れると、彼女は「ラン」と呟いた。魔法陣は赤、青、緑、黄、茶の五色に光った。
「油断しているところわるいですが、食らってください!」
魔法陣から風が吹き、火の勢いを増し、土が解けた水、つまりは泥と螺旋状になって私に向かってくる。
私は火を避けたが、泥が足に着いてしまった。あとで綺麗にしないといけない。面倒な手間を増やしてくれたものだ。
ため息。
「まったく、こんなもので私が倒せるとでも?」
「それはこれを見てからいうんですね!」
最後に黄色の光から雷が泥に向けて放たれた。一瞬で電気は水を通り抜け、私の体に入り込んだ。
刺激が全身を硬直させる。私は地面に倒れ込んだ。苔の生えた土からは湿った匂いがする。もう一度ため息。
「まったく、お遊びもいいところだよ」
「へ?」
「君と私では、体内の含有魔力量が大きく異なる。村人からしたら君は奇跡の技が使えるレベルになったのだろうが、私からすれば赤ん坊みたいなものだ。赤ちゃんと呼ばせてもらいたいぐらいだよ」
「そんな強がりは」
「唯一の疑念は、私が■■■を殺すことができるかどうかだ。かつて見殺しにした、お前を。もう一度、自分の手で」
私は手を弟子に向け、覚悟を込めて彼女を睨んだ。
「や、やめてくださいよ。お師匠様」
弟子の顔が歪む。私が今からどのような非道な行為をするつもりなのか、直観で理解したのだろう。
「やめない。私は今からお前を殺す。私の中の後悔を、殺す」
「お師匠様、助けてください。今度こそ。あのときとは違って」
「……そうだね。私はあんたを助けられなかった。でも、今の私には別の弟子がいて、私は戻らないといけないのさ。だから、済まないね。後輩のために、消えて頂戴。……アルティマボア」
突き刺すような爆発音の後、私の前にはまた黒炭だけが残っていた。巨大なクレーターの中心には、油の焼けた嫌な匂い。ここは夢の世界でも、感覚だけは確かにある。意地の悪い女が作ったからだろう。
景色がぼやけて、洞窟の内部へと戻っていった。岩肌がなんだか懐かしい気持ちになってくる。
「おお、サラも無事だったんだな」
寝ぼけた声。でも今はたまらなく愛おしい。
「簡単すぎて欠伸が出そうだったとも」
「やっぱサラはすごいんだな。俺は結構大変だったけど。……あ、なんかあるみたいだぞ」
アキヤマくんが洞窟の奥の窪みにある箱を指差した。駆け寄り、中から彼が白い宝玉を取りだす様を眺めた。
「その石に何の意味があるのかは知らないが、奥には進めるみたいだね。さっさと進もうじゃないか。こんな悪趣味な洞窟に長居するほど私は暇じゃないんでね」
私は固い岩の道を歩いていく。苔の匂いも、湿った土の匂いもしない。ここにはただ、無味無臭の乾いた風がときおり通り抜けるだけだ。
さっさと心臓を取り戻そう。
過去などもう忘れたのだから。




