深愛の勾玉③ ―side Sala―
「お師匠様。お師匠様」
私は重い瞼を開いた。よく知った街はずれの小屋の天井。すぐ横には、小さな弟子の姿。近くの村の、人間だった。確か、ルクスとかいう名前の村だ。
「私は弟子など取らないと、何度もいっただろうが」
イライラする目覚め。胸の脂肪が重い。
小さな人間は私に水を持ってきた。奪い取るようにして水を飲み干す。
「どんなことをしても、私はお前に魔法を教えるつもりはないからね」
「待ってくださいよ。あたし、どうしても魔法を覚えたいんです。お願いします。なんでもしますから」
彼女は小さな頭を必死に下げた。朝からうっとうしい限り。
「あれ? なにか忘れているような……」
「もしかして、ボケが始まったんですか?」
無言で頭を小突いた。
「いでぇ!」
私はベッドから降りると、ボロくさい木の椅子に座って魔導書を読み漁った。これが私の仕事のようなもの。ルクスからはたまに体の調子が悪い人間が図々しく頼み事をしにやってくるから、それをなんとかしてやらねばならない。いや、別にしなくても生きてはいけるのだがね。
でもやっぱり、ご飯作るのとか面倒くさいし、全部お金で決着つけたほうが楽だし。
「朝ごはんは何にいたしますか?」
弟子を名乗る彼女は、洗い場に立っていた。調理場にはろくな道具が揃っていない。村人からの貢ぎ物と、火の魔法で調理することが多いからだ。
「なんでも。朝はお腹が減らないのさ」
私は大きな欠伸をして玄関扉へと近づいた。開くと、朝日が差し込む。眩しくて目を閉じた。やはり、眠いときに太陽の光はつらい。
風が部屋の中に吹き込む。涼しい。今日も過ごしやすそうだ。
「こんなにのんびりしていていいものかな」
私はふと呟いた。
「いいんですよ」
後ろから弟子の声。
「今日は大感謝祭なのですから。村人たちはたらふく食べ物を用意してくれていますよ。今頃、貢ぎ物を渡す順番でもめている頃なんじゃないですかね?」
「そうか。そうだったな。大感謝祭」
なんだか、懐かしい響きだ。遥かな昔に同じ言葉を聞いたような……
ずきん、と激しく頭が痛んだ。胸の奥から激しい憎悪が湧き上がってくる。
やはり、かなり重要なことを忘れている。
「おい、■■■。感謝祭ってのは何時から」
振り向いた。家の扉は閉められていた。次の瞬間、後方から小屋に向かって一本の火矢が放たれた。続いて、数十本の火矢が屋根に刺さる。
轟轟と小屋は燃え始めた。中から悲鳴が聞こえる。玄関扉まで駆けていった。私は金属製のドアノブを掴んだが、中から鍵がかけられている上に、ノブは高温になっている。
「あつっ……! おい、■■■! 大丈夫か!」
「た、助けてください! サラ様!」
「大丈夫だ。今魔法で扉を壊して――」
爆発音。私の体は吹き飛ばされていた。空中に飛ばされた私の頭は、ゆっくりと燃え上がる小屋をずっと、ずっと見続けていた。
目を開くと、体の半分以上が爆発によって消し飛んでいた。しかし、私も魔女の端くれ。回復魔法で体のほとんどの修復が完了した。
しかし、一部分だけ。心臓がないのだ。魔力の大いなる源となる心臓だけは、回復魔法をもってしても再生することはできない。
けたたましい性悪女の高らかな笑い声が森中に響いた。足音が聞こえる。意外と近い。私は木陰に身を隠した。
「魔力の源はわが手にある。これであの魔女も終わりね。王都の使者に化けて村人を騙すの、気持ちいいぐらいうまくいったわ。長年村を支えてきた魔女をあんなに簡単に裏切るなんて、人間ってつくづく業の深い生き物よね」
マドルカだ。私の心臓を持っている。隙を見て攻撃して心臓を奪い返したいところだけど、肝心の魔力の源がない。騙しうち一発で命を奪うことができなければ、十中八九返りうちにされるのがオチだ。
私は息を殺して、彼女の同行を窺った。
「この魔力をそのまま取り込めればいいんだけど、私は暴食とは違うし、あの女の魔力に拒絶反応を起こす可能性がある。となれば、封印するってのが一番の嫌がらせになるわね」
いっひっひ、と意地の悪い笑いを漏らすと、マドルカは指をパチンと鳴らす。私の心臓を透明な立方体の空間が取り囲んだ。心臓の動きが止まる。
今の私は心臓の代わりの器官を魔法によって生成している。そのため生命活動には支障はないが、魔力の生成はできない。現存する魔力を使い切ってしまえば、私は魔法の使えないかよわい女子と成り果ててしまうだろう。
マドルカは近所にある洞窟へと向かっていった。おそらく、あの奥深くにダンジョンを生成し、封印するつもりだろう。心臓は後で取り返すことにしよう。それより今は■■■のことが心配だ。
マドルカの気配が完全に遠のくのを待ってから、私は自分の小屋へと走って戻った。
戻ったことを後悔した。完全に小屋は燃え尽き、残るのは黒焦げの焼け残りのみ。家具も、家の壁も、すべてが灰燼に帰している。中にきらめく金属のような光沢が見えた。私は駆け寄り、それを手に取った。ピアスだった。■■■がつけていたものだ。私はそれを握りしめ、胸に当てる。
「私はまた、助けられなかった」
これは、百年前の記憶。
私はこれから、閉じこもった。
後ろに数人の気配があった。振り向くと、武器を持った男衆が警戒した顔つきで私を睨んでいる。
「なんのつもりだ。私がお前たちのために、どれだけのことをしてやったと思っている」
声は震えていた。悲しみと、憎悪に。
「うるさい! 王の敵となる邪悪なる魔女め! もう騙されんぞ!」
くわを手にもった農夫が叫んだ。血走った目。後ろには弓矢を構えた女たちが並ぶ。
「■■■を殺す必要はなかっただろう。お前たちこそ、邪悪な魔女に騙された哀れな人間ではないか」
「あやつはお前に懐柔されておった。同罪だ。お前も今から後を追うことになる」
白いひげを生やした老齢の村長がいった。
「ははははは! お前たちが私を? 片腹痛いね!! 私がいなけりゃ、病気の一つも治せないお前たちに、私が倒せるはずがない!」
私の記憶では、ここから私はこいつらを少々痛い目に遭わせて、雲隠れする。小屋を再建し、魔法で視覚外におく。村人をあざ笑うように、村の外れで生き続けてやるのさ。
「いや、オレたちは神官様から薬を頂いている。それを使えば、お前なんぞ軽々しく倒せるという」
農夫はいきりたって、緑色のガラス瓶を取り出した。一気に煽る。
は?
こんな記憶はない。
というか、これはなんだ?
そうだ、私はマドルカから心臓を取り返すためにあの洞窟へと再びやってきたんだ。じゃあ、今度は手加減などする必要ないじゃないか。
村人たちは一様に緑の瓶を取り出し、飲み干した。同時に、彼らは苦しみだす。呻き、地に伏して、自分に何が起こっているのか理解できない様子だ。
「これが私の越えるべき壁というわけだ。いいだろう。哀れな一番弟子の無念を、今、晴らしてやる」
私はつぶやいた。




