真実の眼①
随分と間が空いてしまいましたが、
とりあえず五章終わりまで毎週土曜夜八時に更新する予定です。
よろしくお願いします!
口にした「契約する」という言葉に、どれほどの意味が、重さがあるのか、俺は理解していなかった。何か騙されたのだと知ったのは、俺が契約を口にした直後、輝くような赤毛を二つくくりにした褐色の少女アムネシアがにやりとほくそ笑んだのを見た瞬間であった。
直後、俺の中のすべてが吸い取られていくような感覚があった。洞窟の岩肌が随分と遠く感じる。否、めまいがしているのだ。
もう一度少女に目を向ける。
アムネシアのむき出しのお腹には紋章が刻まれ、俺の手の甲にも同じ紋章が刻まれた。同時に妙な脱力感が体を襲い、俺はその場に座り込んだ。
サラとアイラは広い空間の端で仲良く伸びている。紅きドラゴンが塞いでいた扉の先へも進むことができるだろう。しかし、今はただ、眠い。
力が抜けていく……。
俺は意識を失った。
「アキヤマさん! 起きてくださいなのです!」
可愛らしい猫耳の少女が、すり切れた衣服のままぴょんぴょんと跳ねている。アイラだ。なんだか懐かしい気持ちがする。これは夢か?
ぺちぺちと誰かに頬を叩かれた。眼を左に向けると、銀色に輝く髪を持ったサラの姿がある。随分と憔悴しているようで、青い眼の下には大きな隈ができていた。
「アキヤマくん。どうやらやってくれたようだね。でも、これはどういうことだい?」
サラは俺に添い寝している褐色肌の少女を指差していった。
「ええっと、それはですねぇ。話せば長くなるんですが……」
「なんでそんな話し方なんだ?」
サラはジト目で俺を睨むと、
「どうやらこの女と君は深い部分で繋がっているように見えるが」
あっれぇ? もしかしなくてもバレバレな感じですか?
「アキヤマさん、ドラゴンと契約をしてしまったんですか? その魔力で!?」
アイラはようやく事情を察知したようで、目を丸くしている。耳がぴーんと立って、興奮しているのが俺でもわかる。
「まあ、ね。どう? やっぱりすごいことなの?」
もしかして俺、何かやっちゃいました、的な?
「ああ、すごいさ、私でも行えなかったドラゴンとの契約を――」
「えへへ、それほどでも」
「通常なら三日と立たずに魔力を吸い取られて精魂尽き果て死んでしまうといわれる契約をするなんて」
確かにサラはそういった。
「ん? なんて?」
「だから、契約をするなんて」
「違う! その前だ!」
「精魂尽き果て死んでしまう?」
「聞いてねーーーーーよッ!!」
洞窟内に響き渡る俺の叫び声は何度もこだまして情けないシンフォニーを奏でる。
「そりゃ、説明してないからの」
隣に寝そべるアムネシアがいった。半目を開けて、俺のほうをじろじろと眺めている。いつのまに起きたんだ。
「どういうことか、説明してもらえるか?」
「本当です。アキヤマさんに何をしたんです。というか、闘いの行方は、どうなったのです」
サラとアイラに詰め寄られた結果、俺は先の戦いの顛末を二人に話したのだった。
「それで、なんでアキヤマくんが契約することになるのかね。全然理屈が通ってないじゃないか。するってえとあれかい? 君はただ女の子に迫られたからうんといっちゃったみたいなそんな浮気男みたいな言い訳をする気なのかな?」
サラは光の灯らない瞳で俺を睨む。その眼光は悪鬼を成敗するがごとし。
「詳しく説明を聞かずに契約をするっていっちゃったのは確かだけど、そんなに責められるほどのことか?」
「そんな呑気なことをいっていられるのは、アキヤマさんが真実を知らないからなのです!」
アイラは毛を逆立ててアムネシアを睨んでいる。
一方のアムネシアは赤い尻尾をふりふりと挑発するように振っているだけ。
「あのなぁアキヤマくん。ドラゴンと真正面から契約するのはバカがすることだ」
「バ、バカ……?」
「契約には莫大な魔力を必要とする。さっきいった通り、常人であれば三日で抜け殻になってしまうんだ」
「ええっ!? でもマドルカはアムネシアと契約していたんじゃないのか?」
俺は人型ドラゴンに視線を向ける。彼女はぷいと顔を背けた。
「違う」とサラは断言した。「マドルカはアムネシアを封じ込めて無理矢理いうことを聞かしていたんだ。それにも莫大な魔力を使うが、一度封じ込めてしまえば、真正面から契約するほどの消費はしない」
「だからあいつは無理矢理アムネシアを抑え込んでいたのか。支配紋とやらで」
「そういうことだ」
サラは美しいため息を吐いて、
「君が使える魔法陣の規模から考えて、おそらく二日程度で君は全エネルギーを吸い取られて死亡する。彼女はそれを狙ってアキヤマくんに契約をけしかけたんだ」
「な、なんだってぇ……」
俺は縋るように褐色の少女を見つめる。
アムネシアはぺろりと舌を出すと、
「すまんの。封印を解いてもらった上に、おいしい餌まで与えてくれるなんて」
と悪げもなくいった。
「今すぐ契約を解除するのです!」
アイラがアムネシアに迫る。猫耳が鱗少女に迫る。なんだかドキドキする光景。しかし、アムネシアは依然として態度を改めない。
「いやじゃの。もう契約は結ばれた。この契りは両者同意の元でしか解除することはできん」
「この恩知らずのバカドラゴン! なのですッ!」
「まあ、アイラくん落ち着いて。今は先に前に進むことを考えないか? もしかしたらこの先のトラップでそのドラゴンの残りカスも息絶えるかもしれない」
サラはにっこりと残虐な笑みを浮かべ、アムネシアとにらみ合いが続く。
一触即発。
「わかったのです。確かに、心臓を取り戻した師匠なら、こんなドラゴン一ひねりなのです。先に進みましょう」
アイラは渋々納得した様子で尻尾を項垂れた。
「なんとかなったみたいでよかったよ。それじゃ、先に進むことにしようか。アムネシアが塞いでいた扉の先へ行ってみよう」
俺はゆっくりと立ち上がった。少し眠ったからか、体に力は入る。大きく伸びをすると、アイラとサラは怪訝そうに俺を見ていた。
「アキヤマくん、そんなに動いて大丈夫なのかい?」
「そうです。アキヤマさんはここで安静にしておいたほうがいいのです。ドラゴンに魔力を吸われた状態では戦うものも戦えません」
「いやいや、そんな大層な話じゃないぜ。ほら、この通り」
俺は試しにぴょんぴょんと飛び跳ねてみる。足の筋肉にも力が入るし、膝は笑っていない。リブロだって使うことができるだろう。魔力消費を抑えるなら普通の魔法陣を使うだけにしておいたほうがいいかもしれないが。
「はははははは!」
サラは愉快そうに大口を開けて笑った。
どうしたんだ? 急に。
「そういうことか! 取り憑く相手を間違えたな! 魔物!」




