VS紅の竜⑤終
「いくら黒い土で覆われたからって、これまでの魔法が通じないわけじゃないだろ!」
俺はリブロを握りしめ、叫ぶ。
「ラン! チャプター4! 風の章! 攻撃!」
再びアムネシアの足元で竜巻の根が育っていく。徐々に大きくなった竜巻はアムネシアを包んでいくが、今度は甲殻を削ることはできなかった。それどころか、アムネシアの翼の一薙ぎで竜巻はいとも容易くかき消された。
「くそっ! なら、他の技ならどうだ?」
俺は一縷の望みをかけて叫ぶ。
「ラン! チャプター1、炎の章! 攻撃!」
それは、いつしか俺が使った最大火力の魔法だった。一つの魔法陣からあらかじめ取り込まれていた油を放出し、炎魔法を放出することで炎の量を倍増させた。轟轟と燃えさかる火炎はアムネシア目がけて放出される。
アムネシアはただ翼で体を覆うのみ。そのまま炎はアムネシアを包んだが、炎が完全に出終わってもアムネシアは苦しむ様子すら見せなかった。
「うそだろ? おい」
俺はしょうがなくリブロの6章を開いた。
「ラン! チャプター6! 雷の章! 攻撃!」
魔法陣は光り、文字も同時に光が灯っていくが、途中でそれが止まる。
「ここか!」
俺はdeternnineと書かれた部分を見つけた。mと書かれているはずの部分がnnになっている。手書きゆえのミスというやつだ。
というか徹夜で書くようなもんじゃないな。うん。
ふと前を見た瞬間、ドラゴンを目の前にして隙を見せることがどれだけ危険なことなのかを実感することになった。アムネシアは尻尾を振りかぶり、俺に向けて突きだしてきていた。
「うわっ!?」
俺はなんとか倒れて尻尾を避けた。尻尾はそのまま後ろの洞窟の壁に突き刺さる。
簡単に岩に穴をあける威力のその突き……。
「まともに受けたら、即死だな」
俺は覚悟を決めて立ち上がった。倒れた時にできた擦り傷の痛みはもはや興奮で感じなかった。
デバッグの続きをしながらアムネシアの相手をするなんてできるのか?
俺は自問自答する。できなけりゃ、サラとアイラもろとも死ぬだけの話だ。そんなこと絶対にさせるわけにはいかない。なら、やるしかないだろ。
「これならどうかな? ラン! チャプター3! 土の章! 攻撃!」
魔力を込める。リブロが光り、無数の泥人形がアムネシアの四方八方からゆっくりと出土する。これは、土魔法と炎魔法の合わせ技だ。以前使ったことがあるのを改良したもので、敵に向けてゆっくりと前進する泥人形を作成する魔法だ。
アムネシアが翼で風を起こすと、近くにできた泥人形は吹き飛ばされる。しかし、吹き飛ばされた先からまたアムネシアに向けて歩き出すのである。
今度は尻尾で薙ぎ払うアムネシアだが、尻尾に衝撃を与えられた瞬間に泥人形は爆散した。
「やった! ……って、全然ダメージ入ってない!?」
尻尾には傷一つついていなかった。しかし、アムネシアの気を取ることには成功しているようで、まだ泥人形も数体残っている。
ここがチャンスかもしれない。
俺は再びリブロを広げる。
今度は小声で言う。「ラン、チャプター6、雷の章、攻撃」
toがforになっていたり、.が,になっていたりスペルミスが多く、俺はそれをなんとか自前のペンで書き直した。
そして、ようやく最後まで命令が通りそうになった時、最後の泥人形がアムネシアに突進していっているところだった。
「ぎり間に合った! ラン! チャプター6! 雷の章! 攻撃!」
俺の叫び声に応答して、リプロが輝き、そして魔法が放たれる。しかし、最初に魔法陣から放たれたのは雷ではない。氷だった。細かい氷の粒が風に乗って一部に滞留する。これは雲だ。
そして氷の粒はお互いに擦れあい、静電気を蓄電していく。最後に雲から魔法陣が現れ、アムネシアの口元に一筋の電気が迸る。それは通常ならたいしたことのない雷魔法だった。しかし、雲に大量に蓄電された電気がわずかな雷魔法の道を辿り、大きな流れとなってアムネシアの口を襲う。そのまま雷はアムネシアの体内を駆け巡り、アムネシアは失神した。
アムネシアの黒い鎧が解け、ようやく長きにわたる戦いが終わったことを俺は実感した。
「アキ……ヤマとか言ったか……小僧」
「ええっ!?」
俺はアムネシアの声に驚いた。まさかまだ戦うっていうのか!?
身体の痛みは激しく、体力も魔力も消耗が激しい。
「心配……するな。わらわはもう動けん。さっきのビリビリが聞いたようじゃ……。それゆえ黒い魔法も使えんようじゃ。わらわの自由が無ければあやつの自由もないようでなにより……」
アムネシアの返答を聞いて俺はホッと胸を撫でおろした。
「それじゃ、最後の支配紋の場所を教えてくれないか?」
俺はアムネシアに近づいて行く。露出さえしてもらえば、今出せる魔法でなんとか壊すことができるだろう。
「土の支配紋はおなかにある。あるのはあるんじゃが……。その、動けなくてな」
アムネシアの言葉を聞いて、俺はその体全体を観察した。確かに、前に倒れる形なのでおなかは隠れている。相当な重量があるだろうから、俺一人で壊せるとも思えないし……。
「えっと……それなら俺はどうしたらいいんだ?」
「そうじゃ……な。こうすればよいじゃろ」
ぼんっ、とドラゴンの姿が消え、羽の生えた少女の姿が俺の目の前に現れた。しかも、びりびりに破れた服の隙間から覗く華奢な体の節々には鱗が付いていて、目にもドラゴンの名残がある。
えーっと。何の冗談だろう。
「こ……こ、じゃ……」
アムネシアは少女の姿のままなんとか体を仰向けにした。少女の下腹部ぎりぎりの場所に大きなかさぶたのような黒いものが付着していることに気づいた。
俺は恐る恐る少女に近づいていく。
「こ、これをはがせばいいのか?」
「ああ……おそらく今のわらわの魔力では防御できまいて。一思いにやってくれ……」
アムネシアは苦しそうに顔を歪めながら言う。俺は覚悟を決め、少女に跨った。ぽりぽりとそのかさぶたのような黒い鱗を爪で剥がそうと試みる。
「あぅ……やぁ……っ! ……めっ!」
なんだかいけないことをしている気分になってくる声を上げるアムネシア。決してわざと剥がしそこなっている訳ではない。俺はそんな畜生ではない。
「行くぞっ!」
ばりっと黒い鱗が剥がれるとアムネシアは満足げに俺に微笑んだ。
「ありがとう……」
「ああ。でもよかったのか? 鱗、取っちまって」
俺は手にした黒い鱗を眺めて言った。
「問題ない。わらわの鱗はすぐに再生する。それより、わらわがあの女にしてやられたせいで随分と迷惑をかけたな。身体もかなり傷つけてしまった」
アムネシアは白く細い手を俺の顔に伸ばしてきた。いつもならここでアイラやサラの静止が入るところだが、二人は急に人型になったドラゴンを警戒しているのかツッコんでこなかった。
「いいよ。済んだことだ」
「いや。そうはいかん。お前たちは先に進まねばならんのだろう?」
「それはそうだけど……」
俺は自分の傷だらけの体を見た。この状態で先に進むのは厳しいが悠長なことを言ってもいられない。
「なら、わらわと契約を交わせ。一時的にわらわの魔力を提供してやる」
アムネシアは舌なめずりして言った。女の子がそんな仕草するんじゃありません。と言う間もなく、サラが大声で静止してくる。
「止めておけ! アキヤマ君の魔力じゃ吸い尽くされてしまうのがオチだ!」
「あんな女放っておけ。わらわは小僧……アキヤマだったか? 貴様のことがよくわかっておる。貴様は魔力を放出する能力がないだけじゃ。私が少しずつ引き出して溜めておいてやる。だからわらわと契約せよ」
アムネシアは露出の多い身体を晒したまま、俺に近づき、そして抱き着いた。
「契約すると言うだけで良い。あとはわらわに任せておけばよい」
いたいけな少女(合法)に流されるまま、俺は「契約する」と口にした。
それがどのような結果を招くかも知らずに。
アムネシアとの長き戦いは、そうして幕を閉じたのであった。




