封印の洞窟①
翌朝、荷物を持った俺たち一行は、サラの家からそう遠くない洞窟へ向けて出発した。
アイラは猫耳としっぽをぴんと立てた臨戦態勢で、サラはいつもと変わらない気の抜けた顔と服装で、俺はいつ魔物が出ても対処できる用にリブロを手に持ちながら。
しかし、魔物自体はサラの家から洞窟に近くなればなるほど出てこなくなっていった。洞窟の危険度を魔物も感じ取っているのだろうか。
「ああ、見えてきたな。あれが私の心臓が封印された洞窟だ。封印の洞窟とでも呼ぶとしようか」
サラは前方を指さして言った。
アイラも同じ方向を眺めると緊張を強めた。
その洞窟の入り口は、自然に出来たもののような普通の横穴だった。入ろうとすると、サラが「待て、一人で行くな」と忠告した。
「あいつはな。あのクソ魔女は意地がとことん悪いんだよ。私がかつてここに入ったときと、罠の位置が同じとも限らない。うかつに行動するのはよせ。特に、即死系のトラップはしゃれにならんからな。アキヤマ君も知らぬ間にあの世には行きたくないだろう?」
「あ、ああ」
俺は生唾を飲んだ。
「気、気をつけて行くのです」
アイラは顔と姿勢は堂々としているが、びくびくと猫耳を振るわせている。
女の子だもんな。仕方ない。
「わかったよ。じゃあ、どうしたらいい?」
俺がサラに聞くと、サラは自慢げに「それは任せろ」と無い胸を叩いた。
「魔法陣を用いたトラップにはいくつか種類がある。物理感知型と生体感知型、それに時間経過型が主な種類だな。物理感知型はそのまま、トラップの一地点に何かが触れた瞬間に実行される魔法だ。生体感知型は生き物、強いて言えば魔力を感知すると実行される。時間経過型は一定時間後に実行される魔法」
サラは俺のリブロとは違う彼女の魔道書の一ページを開く。
「奴はひねくれているからな。どれを使うともわからん。しかし……だ。ラン!」
魔法陣が光り、目の前に現れたのは、土気色の肌を持つつぎはぎだらけの女の子。腕をだらんと下に垂れて、光の灯らぬ目で俺を見つめている。服を着ていないので目のやり場に困った。
「あの、一応聞くけど、この子は……?」
「召喚獣だが?」
サラは首を傾げる。
「うー?」
召喚獣らしい女の子は涎を垂らしながら言葉ともとれない声を出した。
「人に似ているように見えなくも無いんだけど」
俺が言うとサラはようやく「ああ、そういうことか」と納得した。
アイラの方を見ても困惑顔だったので、一般的な魔物な訳ではないらしい。
「あのな、コレはイカバネ。魔物の一種だよ。あの塔にはたくさんいる。しかし、そんなに害は無いから安心しろ」
サラは土気色の女の子の背中を強く叩いた。その衝撃で女の子は地面に崩れ落ちた。俺は思わずそれを受け止めた。 右手に柔らかくて……そして生き物にしては冷たすぎる感触が伝わった。
「うー」
女の子は特に気にせず再び立ち上がった。
「我々魔女の世話役を司っていたのがそのイカバネという魔物だ。魔物とは少々作りが異なるが、人とも獣人とも反応が違うから、魔物と言っていいだろう」
サラの目が輝きだした。魔法について語る時の目だ。
シンシアもサラもアイラも根っこのところで同じなんだな。
皆、魔法が大好きで、すぐに夢中になる。
「特異的なのは、その性質にあってだな、っておい。ちゃんと聞いているか?アキヤマ君」
サラは怪訝な顔で俺を見つめる。
「あ、ああ」
「イカバネは詳しくその生態系が解明されている訳ではないが、一般的な性質は不死だ」
人差し指を立て、得意げに語るサラ。
「不死……だって?」
それにこの肌の土気色。
まさしく、ゾンビじゃねえか。
「その、噛みついたりしないのか?」
俺が聞くとサラは「心配性だな」と嘲笑う。
「おとなしいもんだぞ。ほら、この通り。撫でても抵抗しない」
サラが頭を撫でるとイカバネは無表情で撫でられ続けた。
「すごいのです。それにしても本当に人に似ているのです……」
アイラは不思議そうにイカバネの姿を眺める。
「どのような魔物なのかは私にも正確にはわからないが……今重要なのはその性質だ」
サラは再び嬉しそうに語る。
「不死って言ったっけか?」
俺が聞き返すとサラは目を輝かせた。
「その通り。イカバネはコレといった長所を持たないが……ああ、せいぜい簡単な作業が出来るぐらいか。攻撃も防御もまるで役に立たないイカバネのもつ不死という特質は、こういった、いわば身代わりの役割としてなら、抜群の機能性を発揮する。なんせ、魔力は込めた分だけ体に存在しているし、魔物だから生体としても認識される。物理感知型と生体感知型両方の罠に見事に引っかかってくれるんだよ。わかるかね!?アキヤマ君」
「え……それってつまり先に行かせて罠に引っかかってもらうってことか?」
俺は年端もいかない娘の姿をしたイカバネをチラリと見た。
「ああ。復活にも魔力を少ししか消費しないからな。コストも良い。さ、行こうか」
サラがイカバネの肩を押すと彼女は一人で洞窟に入っていった。
それにサラとアイラも続く。俺は少し戸惑いながらも最後に洞窟に足を踏み入れた。
入り口は特になんの変哲もない自然の洞窟に見えた。淡々と進むイカバネに、少し離れてサラと俺とアイラがまとまって歩く。
「あのイカバネ、名前とかないのか?」
俺はサラに耳打ちする。
「はぁ?名前?必要ないだろう?アレは私が契約しているとはいえ元は魔物だぞ。そうだな。つけるとしたらワナヨケとかでいいんじゃないか?」
サラの一言に俺は凍り付いた。それを察したのかサラは付け加える。
「ああ、そういえば、君は魔物に名前をつけていたことがあったな。なんだっけか、そうだ。プニリンだ。最弱の魔物に好かれていたこともあったな。まったく変な奴だよ。魔物なんか、ただの敵でしか無いのに」
「おいおい、それは少し言い過ぎじゃないのか?」
俺はプニタローのことを思い出すと悲しくなった。
「いえ、何もおかしくはないのです。魔物は敵なのです。それ以外でもそれ以下でもありません」
アイラも真顔でサラを肯定した。
強烈な違和感。
召喚獣や、守護獣、神聖視された魔物もいるにも関わらず、ただ敵として認識するだけなんて。
俺はこれまで倒してきた魔物たちを一度たりとも忘れたことは無い。
あの優しいアイラでさえ、魔物は敵と切り捨てるのか。
俺が間違っているのか?
魔物は本当に敵でしかない……のか?
「アキヤマさん?」
「ああ、すまんぼーっとしていた。先へ進もう」
俺は頭にこべりついた違和感を振り払い前を向いた。
そしてその瞬間。
俺たちの前を歩くイカバネの頭に、大きな土の塊が降り注ぎ。
ぐしゃりと音を立てて潰れていくのを。
俺はただただ見ているしかなかった。




