サラ先生の魔法講座・最終編⑤終
夜。
とっくに限界を超えていたはずの俺の睡魔は、なぜだか俺を襲わなかった。あたりがすっかり暗くなっても、俺は眠れずにいた。
俺は外に出て、夜風に当たってシンシアのことを考えた。
彼女は今、一体どんな目に遭っているのか。考えるだけで寒気がする。
早く助けに行きたいが、そのためには、サラの心臓の封印を解かなければ。そう思えば思うほど、眠気は覚めていく。
「眠れないのか?」
いつの間にか、後ろにサラが立っていた。薄い布一枚を身に纏い、髪を後ろで一つくくりにしているサラの姿は新鮮だった。
「ああ、なんだかな」
「それじゃあ眠くなるように、魔法の話でもしようか」
サラはケラケラ笑う。
「魔法の話?」
「ああ。最後の講義さ。正真正銘のな」
サラがパチンと指を鳴らすと地面から土で出来たベンチが析出した。「座り給え」
俺はおずおずとそのベンチに座った。続いて、サラもさっと隣に座る。
「魔法とは、実際のところ、何なのだろうな」
「へ?抽象的な問いだな」
俺は少し夜空を眺めながら答える。
「便利な技術……っていうのは答えになっていないか。本質的な話か?」
「いやいや、そんな大層な話じゃ無い。軽く答えてくれればそれでいいさ」サラは珍しく物静かに言った。
「じゃ、とりあえずは夢を実現できる手段ってとこかな」
「ふむ、夢か。存外君はメルヘンチックなところがあるのだな」
サラは微笑を浮かべながら土のベンチをさする。
「私はね、魔法はそんな夢に溢れたものではないと考えているんだ」
「どういうことだ?」
俺はサラの顔に視線を戻した。
「アキヤマ君は、魔法文の文字を読むことができるんだったな?」
「あ、ああ」
「この世界で唯一。それって、おかしいとは思わないか?」
サラは目を細めて俺を睨む。
「おかしい?」
「ああ、どう考えてもおかしいではないか。アキヤマ君、君がよく知るあるアイテムが、その矛盾した事実を突きつけているのだよ」
よく知るアイテム?
確かに俺だけが魔法文を読めるってのは、都合がいい話だとは思わないこともないが……。
「それは、俺が異世界から来たからっていうのは理由に……」
「ならないな」
サラはぴしゃりと言った。
「じゃあ一体何がおかしいんだよ」
「言の葉の珠……」サラはぽつりと漏らすように呟いた。「君が最初に使った魔法道具だ。もう忘れてしまったか」
「ああ、そういえば言葉がわかるようになるとかいう」
「そうだ。おかしいだろう?」
サラは大手を広げて言う。
「魔法文に書かれた言語を理解する君が、君を主語として仮に異世界語とでもいうべきこの世界の言語を理解できたのだ。逆もまた然りだとは思わないか?」
「確かに……言われてみればそうだな」
地球語→異世界語の理解が可能なら、異世界語→地球語が理解できないのは少し不自然だ。
サラは興奮して立ち上がる。
「そこで、私はある仮説を立てた。言の葉の珠に組み込まれている魔法文は、魔法文に使われている言語に対しては使えないように制限が掛けられているのではないかとね」
サラの興奮は止まらない。
「それに、それにだぞ。疑問はもう一つある。魔法陣を最初に開発した者はどこへ行った?そのものは少なくとも魔法文を理解できるはずだろう。この世界では、魔法文を使った魔法陣の開発は一切進められていないんだぞ?」
最後の話は初耳だった。
「え?でも魔法教会だけはそれができるんじゃないのか?」
「いや、違う。奴らはそれが出来ないことを隠しているだけだ。奴らの開発とはすなわち、既存の魔法陣の使い方、組み合わせを試すことのみを指す」
「そうだったのか……あれ?それじゃ、今ある魔法陣は?」
俺は当然の疑問を口にした。
「すべて遺跡から見つかったものだ。七人の魔女とともにな」
サラは意味深に唇を舐めた。
「確かその魔女って……サラともう一人以外は……その、サラが殺したんだっけ?」
口にするとえぐいな。
「そうだ。奴らは敵だからな。殺して……食べたとも。そもそも……我ら七人の魔女と魔法陣の原典は、300年と少し前、神都アポロンにある塔に突如出現した。それから魔法という概念が始まったのだ」
「へぇ」
それも初耳だ。
「え?じゃあ開発者はわからず仕舞い?」
「……そうなんだよ。だから、私が依然として魔法文を理解できなくても私が馬鹿な訳じゃないからな」
ぷいと顔をそらして再びベンチに座るサラ。
「それを俺だけが理解できるのは、確かにサラにとっては飲み込みづらい事実だってことか」
「そういうことだ。だが、私が本当に言いたいのはそういうことじゃない」
「じゃあ、サラは一体俺に何を……?」
「魔法の開発者は、私たちに魔法を理解して欲しくなかったんじゃないかということだよ」
「だから……言の葉の珠は魔法文を理解できないように作られたんじゃないかってことか。確かに、それなら筋が通らないこともないな」
俺は腕を組んで考えた。
「あれ?それじゃあ、魔法道具だとか、体内に魔法陣を取り組むインクルードとかは、誰が?」
「よく気づいたな。アキヤマ君。それなんだが……」
サラは言いにくそうにうつむく。
「私たちの頭の中に、最初から存在していたんだ。変な話なんだが」
「ん?」
俺は顔を顰める。少し意味がわからなかった。
「つまりは、魔女全員に記憶として埋め込まれていたってことだ。誰に教わるでも無く、最初から知っていた。その知識と、ある魔法がすでにインクルードされていた」
サラはずいと顔を近づけて、確信に迫る。
「その魔法って?」
俺が聞くと、サラはごくりとつばを飲んでから告げる。
「老化を遅らせる魔法だよ」
サラはベンチから再び立ち上がると、くるくると回って自分の体を俺に見せつけてきた。
「姿だけを変える魔法陣は普通に売っているが、実際の老化を食い止める魔法というのは、魔女の体内に最初からインクルードされていた魔法しかないんだ。この世界のどこを探してもね」
「そうだったのか……ふぁ」
感心するとともに俺の口からあくびが出た。
「すこし難しい話をしすぎたかな。そろそろ私たちも眠るとしよう。明日はきつい一日になるだろうからな」
サラは俺に向かって手を差しのべた。
俺はその手を掴んで立ち上がる。
「その話、明日心臓を取り返して、シンシアを助けた後にまた聞かせてくれ……ふぁぁぁ」
急に眠気が猛威を振るってくる。
「そうだな。では、アキヤマ君。ゆっくり休むんだぞ。私はもう少しここでもの思いに耽っておくよ」
サラはひらひらと手を振る。
「ん」
答えると俺はそのままサラの家へと戻ってベッドへと倒れ込み、深い眠りの渦に落ちた。




