サラ先生の魔法講座・最終編④
「だから、これはロザリオが持っていたやつじゃなくてだなぁ……」
俺はサラの家で、テーブルを囲いながら『リブロ』について説明をしていた。テーブルに身を乗り出す勢いで、前のめりになって耳を傾けるサラとアイラを相手に。
「君にはまったく驚かされるばかりだよ、アキヤマ君」
サラは首を傾けながら、俺の目を5センチほどの近距離で覗き込んでいる。隈だらけの俺の目なんぞそんな近くで見ても面白くないだろうに。
「一体、なんなのですか!? それは!?」
アイラは子供のようなきらきらした目で俺の持つ本を見つめる。
命令を実行する魔法陣がプログラムに似たものならば、その魔法陣の集合体である魔道書はいわばソフトウェアのようなものだ。
しかし、そのような説明をしても、サラとアイラに伝わるとは思えない。
「えーっとだな。これは……」
説明に詰まっていると、アイラが先に質問を重ねる。
「さっきの魔法は何なのです!?」
「ちょっとちょっと、まずは落ち着くんだ。アイラ君」
制止するサラの青い瞳はギラギラと輝いている。あれでも我慢しているんだな。
「魔法陣の集まり、それがこの魔道書『リブロ』くんだ!」
俺は例の本を持って立つと宣言する。
「そんなことは知っているのです。それをどこで手に入れたのかと聞いているのです!」
アイラは机を勢いよく叩いた。それと同時に栗色の髪と猫耳が跳ねる。
――いや、白熱しすぎでしょ。
「作ったんだよ。これまでだって、魔法陣をいくつかまとめて組み合わせるのはやってきたし、その応用だよ」
俺は自慢げに言う。褒められるのは、この年になっても嬉しいものだから。
「ふむ。確かに、魔法文を読むことが出来るアキヤマくんのことだ。あり得ない話じゃなさそうだな」
サラは頷くとリブロを手に取った。
リブロの章構成はロザリオの持っていた魔道書を参考にした。
0章、ゼロ。魔道学園で手にした魔法を魔素に分解し無効化する魔法だ。
1章、炎。2章、氷(吸熱)。3章、土。4章、風。5章、水。6章、雷。
まだ未完成の部分も多いが、ばらけた状態で魔法陣を管理するより遙かに使いやすい。ロザリオはむかつくやつだったが、このアイデアを盗むことが出来たのは感謝すべきかもしれない。
「章ごとに魔法のタイプが違う訳か。いいじゃないか。独特なのは0章だけだが」
サラはぺらぺらページをめくりながら呟いた。
「えっ!?」
「どうした?」サラは驚いた俺を見て驚いた。「まさか、『自分は天才だー!?』とか、思っちゃってたのか?」
「ぐっ!? そんなことは」
「どういうことです?」
アイラだけは訳がわからず猫耳をぴょこぴょこ動かしている。
「あのな、アイラ君。魔道書という概念自体はそれ程珍しいものでもないんだ。魔法教会はその存在を公表してはいないが、魔女や魔法教会に属さない者は結構使っている者はいる。だって、魔法陣一枚ずつ持ち運ぶなんて面倒くさいだろう?」
そう言うと、サラは本棚に歩いて行き、1冊の本を取り出した。つかつかとリズムよく帰ってくると机の上にその本を勢いよく置いた。
「これも、魔道書のうちの一つだ。とはいっても、魔法陣が種類別に並べられているだけだがね」
そういえば、魔道学園でも似たようなのを使っている講師がいたな。今思うと、全く恐ろしい思い出しかないが。
「俺のは、それとは違うぞ。魔法陣は連動し、並列で実行される。実行までに時間がかかることもあるが、より複雑な処理が組める」
徹夜でデバッグしたから、睡眠不足だがな。しかも、5章の途中で寝落ちした。
「処理か、変な言い方をするな、アキヤマ君は。しかし、魔力の少ない問題はどうなったのだ?」
サラは自らの手を動かさずに茶色の液体をコップにいれた。スプーンが一人でに動いてコップの中をかき混ぜる。
思えば、この魔法はどういった魔法なんだろう。
今度聞いてみよう。
「それが、やっぱり足りないままなんだよ。並列で動かせても、すべての魔法陣を実行しきるまでに必要な魔力は変わらない。ただ、派手な魔法は使えなくても、なんとかしてみせるさ」
格好つけて言ったつもりが、サラの反応は「ふーん」だけだった。
なんだか対応冷たくないか?
「要するに、便利本ってことなのですね!」
アイラのかわいい要約が入る。しっぽがうねうねと動いて、俺の視線を誘導する。
「ま、そんな認識でいいよ。どうせ俺は天才魔道士じゃないからな」
「おいおい、拗ねるなよ。まったく子供だなぁ」
サラに言われたくはない。今も幼女の身なりでぼさぼさの長い髪を地面に引きずって歩いているくせに。髪切れよ。
俺は生涯技術者だよ。陽は当たらなくたって良い。
「ま、アキヤマ君の場合、魔力の穴が小さいだけで、魔力そのものは人並みだから、召喚獣と契約するのもいいかもしれないな」サラは茶を啜る。「少しずつ魔力を与える契約にすればいい、魔力を貯めておくような意識でいい」
「なるほどな。よくわからんが、その召喚獣はどこで契約できるんだ?」
「古代から伝わる遺跡とかだな。そこらへんの魔物を捕まえて強化したのが一般的だが、それだと少しずつしか魔力を与えられないアキヤマ君にとっては意味が無い。そもそも強化し続けるので魔力を消費するからな」
サラは講師モードに入っていない方がよっぽどわかりやすい話をするな。
サラは説明を続ける。
「ユニコーンだとかドラゴンなんかは遺跡の奥深くとかにしかいないし、契約は死ぬほど大変だな。ドラゴンは私も欲しいんだが、まだ紛い物しか手に入れられていない」
「紛い物?」
聞くと、サラは嬉しそうに「見たいか?」と聞いてきた。
「ああ、見たいな」と答えると、示し合わせたかのようにアイラも「見たいのです」と。
「そんなに見たいなら、仕方ない。外に出ようか」
サラは先の本を手にしたまま悠々と出口へと歩いて行き、先だって扉を出た。
三人とも外に出ると、サラは本のあるページを開いた。
「一度、アキヤマ君達を迎えに行ったこともあるんだ。ま、見てくれたまえ。ラン!」
サラは大きな声で叫んだ。
それと同時に魔法陣が光り、サラの目の前に人と同じぐらいの大きさの翼を持った爬中類が姿を現した。俺にとっては、ドラゴンと言われてもわからないが……。
「魔力が弱まっているせいで、この大きさしか出ないか」
サラは舌打ちをした。
「どういうことだ?」
「これは、ゲカという小さな魔物を強化しているだけなんだ。翼も私の魔力で無理やりつけただけ。飛ぶのは私の魔法がないと出来ないし……」
サラが魔法陣に手をかざすと光が弱まった。すると、みるみるうちに、召還された魔物の姿が小さくなっていった。翼は無く、鱗と手足でかわいらしく不器用に動き回る。
「か、かわいい……」
俺は気づけばゲカを撫でつけていた。この世界に来る前も爬虫類には目が無かった。
「ああ、慣れてないのにそんなことしたら噛むぞ」
サラの忠告むなしく、ゲカの牙は俺の右手に食い込んだ。
「痛え! 血が出てる! こいつ、意外と牙鋭いな!」
「まったく。君という奴は」
サラは召喚獣を元に戻すと、俺の手を引いて家のなかに戻っていった。太鼓を持つタイミングを失ったアイラも一緒に。
俺の手の怪我の手当が終わると、俺たちは再び席に着いた。
「結局、召喚獣無理じゃん!」
「ま、そういうことになるな」
サラはため息を吐いた。
「でも、魔力が貯めれたらいいのか。考えようはありそうだな……」
「良い案が浮かぶと良いな」とサラは微笑した。
「そろそろ君たちも休むといい」
サラは暖かい茶を今度は自分の手で煎れると、俺とアイラの前のテーブルに置いた。
「明日、私の心臓を取り返しに行こう。いや、行ってくれるな?」
「もちろんなのです!」アイラの力強い返事。
「ああ」俺は短く同意する。
「今度こそ。今度こそ取り戻したい。恋い焦がれた……」
サラは大きく息を吸い、口にする。
「……私の心臓」




