鍵となるのは①
お待たせしました。新章開幕です。
週末に一話ずつは更新予定……です。
ルクスの郊外に佇む魔女の家。森の中に立つその家には魔女が一人と猫娘が一人。それにどこの馬の骨ともわからない男が一人いた。琥珀色の液体が入ったカップが三つ並んだテーブルを囲んで三人は会話を始めた。
「君たちの冒険譚を余すことなく聞きたいところなんだが……私にも、君たちにも時間がなさそうだ。それは後回しにしよう」
サラは腕を小さく振って真顔で俺たちを見つめる。
「あの洞窟に挑むというのならば、私は全力で協力しよう。ただし、期限内に私が挑戦に値すると思える強さにならなかった場合は挑むことは許さない」
「「……」」
俺もアイラもサラの迫力に何も言葉を返せなかった。
「何れにせよ、よぼよぼの私を倒せないようじゃ、あの洞窟の入り口で死ぬことになる。それなら私一人の犠牲で済むからね。愛弟子二人を同時に失うなんてこと、私は絶対にしたくない」
サラはいつになく真剣で、目は潤んでいる。
愛弟子か……。
あんまり教えられた経験ない気がするのは置いとくとして。
「分かった。俺たちもあまり時間はかけていられない。期限っていうのはいつまでなんだ?」
俺が聞くとサラは安心した顔で頷いた。
「君が物分かりのいい子で助かったよ。アイラも、いいね?」
サラはアイラの方を向いて聞くが、アイラは黙っている。アイラのほうが師匠、サラに対する思いは強いのだろう。簡単に納得できないのは仕方のないことだ。
「俺たちが期限までに強くなればいいってだけの話だろ?」
「それは……そうなのですけど……」
アイラは自信なさげに俯く。その眼からは涙がこぼれそうになっている。
「心配するな。アイラ君にはとっておきを残してある。アイラ君にしかできない方法で強くなることが出来るんだ。アイラ、いや。アイリーン・ロマネスクにしかできない方法がな」
「え?」
突然の話の転換にアイラは目を丸くしてサラを見た。
「王家の秘宝。ロマネスク・ホーン。誇り高き神獣が、まさかキメラにされていたとはね」
サラは大げさにため息を吐く。
「アキヤマ君が倒した幻獣は、ロマネスク王朝の守り神、ロマネスク・ホーンを元に作られたものだ」
「ロマネスク・ホーン?」
俺は何のことかわからず聞き返す。
「ああ、アキヤマ君は知らないか。ロマネスク・ホーンは一角獣だよ。ペガススは幻獣をキメラにした幻獣ってわけだ」
「訳が分からなくなってきたぞ」
続けて尋ねる。
「その口ぶりだとロマネスク・ホーンってやつがなんかの役に立つのか?」
俺の言葉にアイラは目の色を変えて怒り出す。
「ロマネスク・ホーンはロマネスク王朝を古代から守り続けてきた神獣なのです! 役に立つとかそんな言い草はあんまりなのです!」
「いや、すまん」
とりあえず謝るとサラが間に入ってくれた。
「まぁまぁ、アイラ君。落ち着き給え。アキヤマ君だって悪気があったわけじゃない。それに、かの神獣は我々の役に立ってくれるぞ? 十分すぎるほどにな」
サラは俺にどんどん歩いて近づいて、顔と顔が10センチほどの距離まで来た。そしてするりと手を俺のポケットの中に忍び込ませると、握りこぶしを作ってポケットから手を取り出した。
そうだ。
俺のポケットには、サラの言うロマネスク・ホーンとやらの角のかけらが入っていたんだ。
ふとアイラを見るとアイラは目に涙を浮かべていた。
「アイラ……?」
俺の一言を気にかけずに、サラは揚々と言葉を発した。
「これだよ!これこれ!」
サラが手のひらを広げると、手の中にはごつごつとした琥珀色の透明な岩石が存在していた。
「これがロマネスク・ホーン。王家に伝わる秘宝。魔素が凝縮した魔石ってやつだな。一昔前には結構あったんだけどもね。今では貴重なものだ」
サラの言うひと昔がどれほどのスケールなのかはあえて聞かないでおこう。
「ちょっと待ってください。お師匠様がなぜそんなことを知っているのです?」
アイラは当然の疑問を訪ねた。それは俺も気になっていた。
サラはぴゅーと口笛を吹きながら顔を反らした。
わかりやすい奴だ。
……いや、違うな。
サラはあえてこう道化を演じてくれているのだろう。
たまに彼女の恐ろしく冷たい性質を垣間見ることがある。何百年も生きてきた魔女が嘘一つ付けないなんてことはない。現に命の危機が迫っていることを何の気なしに隠していたのが彼女だ。
「もしかして、その、ひと昔前には魔石が結構あったって話と関係があるのか?」
俺が聞くと、サラは体を小さく震わせた。
「す、するどいな。いやでも、その話は今はしなくてもいいんじゃないかな?」
「いや、関係あるだろ。ちゃんと話してくれよ。俺たちを信用してくれるならな」
俺とアイラは顔を見合わせるとサラを真っ直ぐに見つめた。サラは顔を赤くして、それからしばらくしてため息を吐いた。
「はぁ、そういうのやめてくれたまえよ……。私とて乙女ということを忘れないでくれ……」
「はぁ? それってどういう……」
「食べたの!」
サラは顔を真っ赤にして叫んだ。
「は?」
俺は意味が分からずアイラを見たが、アイラも首を傾げるばかりである。
「だから、食べたの!」
サラは恥ずかしがっているようだが、俺は何を恥ずかしがっているのかわからない。
「すまん、ちょっと意味がわからない」
「あぁ、そうだろうさ。いや……説明まで私にさせるとは、なんという凌辱……。私はね、アキヤマ君。魔石を食べたんだよ」
「魔石を……食べる?」
俺が怪訝な顔をしていると、アイラが補足する。猫耳がぴこぴこと動いて興奮を隠しきれないでいた。
「そういえば! 聞いたことがあるのです。七人の魔女の中には、食べることによって魔力を得る特殊な能力を持った方がいると! お師匠様がそのお方なのですね!?」
アイラの指摘にサラは頬の筋肉を痙攣させ、顔を引きつらせながら答える。
「そ、その通りさ。原始の魔女の『暴食』を司るのがこの私、サラ・アイバーンだ」
「つまりお師匠様は魔石を食らうことで魔力を得ていたということですね!?」
「そ、その通りだとも!」
「で、それのどこが恥ずかしいんだ?」
俺はまだ理解できない。乙女心がわかっていない……のか?
「くっ。そこまで説明させるとは。アキヤマ君の凌辱スキルも上がったものだね。見直したよ」
サラはふんふんとうなずきながら言った。顔は真っ赤だけど。
「私は、世界中の魔石を食らいつくしたのさ」
「たった一人で!?」
「う、……そうだよ」
サラの声は小さかった。
「もしかして王国に詳しいのも魔石をつまみ食いしようとして忍び込んだから……?」
俺が言うと、サラは目を丸くしてぱちぱちと瞬きをした。いや、こいつ。本当に嘘がうまかったのか不安になってくるな。こっちが素なんじゃないか?
「お師匠様……」
アイラまで白い目でサラを見始めた。
「いや、しょうがないではないか? 私だって若かりし頃は結構食べ盛りだったし? そのおかげで心臓封印されてもここまで生きてこれたんだからサ!」
サラは両手を懸命に動かして必死に弁明した。
「わかったよ……。それはもういいわ。他の魔女についても気になるけど、まずはアイラにその石がどう役立つのか教えてくれないか?」
俺が聞くとようやくサラはまじめなトーンに戻った。
「そうだね。ちゃんと説明しないとね。魔石は本来、特殊な魔法陣がなければ力を取り出すことは出来ない。私みたいな存在は置いておいてな。しかし、ロマネスク王朝には先祖代々伝わる特殊魔法陣によって力を取り出すことのできる魔石が存在していた」
「それがこの石だってわけか」
「その通り。その特殊魔法陣は何処にあるのか聞きたそうな顔をしているな。心配ご無用。ロマネスクの血にこそ、その魔法陣が組み込まれているんだからね!」
「私の血に……なのです?」
アイラは猫耳をぴくりと反応させた。
サラの話は続く。




