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メビウスの果てに sideB

作者: 御子柴藍花

我が家の裏の庭には古びた一棟の倉庫がある。それは木造ということもあり長い歴史を感じさせ、蔵といっても過言ではないような厳かさを感じさせる。しかし、今にも崩れそうなそれに近づく者は誰も居なく、手入れも全くと言っていいほどにされていない。しかし、そんな場所は時に子供にとって最高の開拓の地となる。

まあ、つまるところ、いつ何時崩壊してもおかしくない倉庫に入るような子供がこの家にはいたのである。その家の小学五年のやんちゃ盛りの子供、即ち俺という人間が。


「第一部隊侵入成功!只今より室内の捜索を開始する!」


と、誰も近づかないはずの倉庫に明るく元気なこえが響く。ガラガラっと開けられた扉からはぶわり、と埃が舞った。これがこの暗い空間に何十年振りに光が差し込んだ瞬間である。



当時の俺は両親にここへの立ち入りを固く禁止されていた。しかし、駄目と言われるほどやりたくなるもので躊躇うことなくズカズカと中へと入り色々と物色しはじめた。中には綺麗な石や難しい字で書かれていている大量の和紙が所狭しと置かれていた。

これぞ探検、漢の浪漫。誰もが憧れ通る道。俺は瞳をキラキラと輝かせながら箱を片っ端から開けていった。

暫く探索していると、部屋の一番奥の隅に頑丈そうな箱を見つけた。それは何の変哲もないただの鉄で出来た箱なのに、どうにもそれから目が離せない。側にあった物をどかしながらそれに手を伸ばして取る。

手に取った箱には鍵は掛かってはおらず、少し錆びてはいた割にはすんなりと開いた。

中から出てきたのは一台のカメラ。型は古そうだが汚れどころか塵一つ付いていない。

そのカメラが俺には何だか魅力的に見えて、こっそりと倉庫から持ち出した。


カメラを抱えて家の壁の隙間から小道に鮮やかに躍り出る。子供にしか使えない隠し通路だと昔父さんが教えてくれた。だが、そろそろ俺にも狭くなってきて嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだ。

まあ、そんなこんなで歩きつつ、レンズを覗くともう一つの世界が見えた。ここまでしたのだ、景色を取らないわけにはいかない。そう思いながら何となく視界に入った景色に向けてシャッターを切る。

視界が白く光ったかと思うとカメラの画面が暗くなり、一気に白い文字で訳のわからない記号が表示された。


n=π20sinxsinn−1xdx=[−cosxsinn−1x]π20+(n−1)∫π20sinn−2xcos2xdx=(n−1)∫π20sinn−2x(1−sin2x)dx=−(n−1)In+(n−1)I−2In0π2sinxsinn1xdxcosxsinn1x0π210π2sinn2x2xdxn10π2sin2x1sin2xdxn1Inn1In2In=n−1nIn−2Inn1nIn2,nIn=n−1nIn−2=n−1nn−3n−2In−4=⋯=(n−1)!!n!!I1=(n−1)!!n!!Inn1nIn2n1nn3n2In4n1nI11n,nn In=n−1nIn−2=n−1nn−3n−2In−4=⋯=(n−1)!!n!!I0=π2(n−1)!!n!!


いきなり現れた文字列に驚きカメラを落としそうになった。


「なにこれ、怖い······」


不可解な記号に悪寒がし、俺は来た道を慌てて家に戻り、カメラを箱に戻して倉庫に鍵を閉めた。


その日近所で傷害事件が起きたと知ったのはその数時間後のことだった。



* * *



「凪!あんた倉庫の掃除お願い!母さん屋根裏の掃除してくるから!」

数年後、俺は高校生になった俺は例の不気味な倉庫の前に立たされていた。

カメラのことがあって以来俺はこの倉庫を避けていたが、もう子供ではないし、気にするような気性でもない。そして俺は躊躇うことなく倉庫の戸をガラリと開け放った。五年前同様、ぶわりと舞う埃。当時と違うのは俺の装備品が、マスクと箒にエプロンであることだろうか。


「いざ、出陣!」


取り敢えず手前の積み重なった貴重そうな書物から手をつけていく。子供の時は筆で書かれた字が何だったかはわからなかったが今なら意味まではわからずとも読むことはできる。

それらはどうやら戦死した爺さんの遺した物のようだ。そういえばお婆ちゃんから爺さんが書道を教えていたと聞いたことがある。

左隅には“吉田浩太”という名前が記載されており、間違いないだろう。

取り敢えずはその紙を整理することにした。たかが紙だと思うだろうがその枚数が尋常ではない。積み重なる段ボール箱はおそらく全て書道関係のものだろう。

家から持ってきたラジオを付けながら作業をする。ラジオからは近頃世間を騒がせている連続殺人犯についてのニュースが流れていた。

四時間ほど掃除していると粗方部屋が片付いた。

最後の段ボール箱を開けると中から爺さんの手記と思われるものが出てきた。時間もあったこともあり、何となく俺はそれを読んでみようと思った。

綺麗に片付けた床に座り、ページをパラパラと捲る。

大体が裏庭で猫を拾っただとか、重いものを持ったらギックリ腰になったとかそんなようなどうでもいい事ばかりだった。

だが、閉じようと思った時、栞が挟まれているページがある事に気付いた。そこに目を通してみる。




私は近所の骨董品屋であるカメラを買った。随分と

ボロかったしどうせ俺にしか使えないからと訳のわからないことを言いながら店主は私に安く売ってくれたのだ。


試しに空を撮ってみようとシャッターを押そうとすれば、何やら横に不思議なレバーがあるのを見つけた。


何だ何だと思っていれば箱の中から一枚の紙がひらりと落ちてきた。


その紙にはこうあった。


コレハエラバレタニンゲンニシカツカエナイシャシンキ。


(これは選ばれた人間にしか使えない写真機)


フラッシュヲイレテシャシンヲトッテクダサイ。


(フラッシュを入れて写真を撮ってください)


ガメンニフシギナモジガアラワレマス。ソレガジカンジクデス。


(画面に不思議な文字が現れます。それが時間軸です)


シャシンキノミギヨコノレバーヲタオシテクダサイ。コノドウサハエラバレタニンゲンニシカデキマセン。


(写真機の右横のレバーを倒してください。この動作は選ばれた人間にしかできません)


ツギニレンズにカバーヲシタママソノジョウタイデシャシンヲヒョウジシテシャシンヲトッテクダサイ。


(次にレンズカバーをしたままの状態で写真を表示して写真を撮ってください)


コレデアナタハシャシンヲトッタミライヘトイケマス。


(これで貴方は写真を撮った未来へと行けます)



「えっこれ本当か?ってかその写真機って俺が昔使ったカメラじゃ······」


高揚を抑えて手記の続きを読む。



私は取り敢えず一旦家に帰ってから外に写真を撮りに行こうと考えた。

だが、家に帰ってみれば赤紙が家に届いていた。使う前に出兵の準備で慌しくなり使う事は出来そうにない。帰ってきたら使おうと思うが、もしも私死んだら誰か代わりに使ってくれないか。店の人に聞いたがどうやら私の血縁関係にあるものなら誰でも使えるらしい。よくわからないがそういう力があるらしいから。


手記はそこで途切れていた。


「······カメラ、使うか!」


俺はそれをパタリと閉じて、五年前に置き去った箱を探す。鉄で出来た箱はすぐに見つかり、開けてみればカメラがあった。

五年前同様俺はカメラを手に取り倉庫から出る。取り敢えず何処か景色のいい場所を探して記念すべき一枚を撮ってみようと思う。過去に本当に戻れるかはわからないが面白そうだし。

壁にある隙間からはもう出られないためきちんと玄関から出て行く。


綺麗な景色を探しながら歩いてみる。歩きながら画面をいじっていると一枚だけ過去に撮られた写真が写っている。だが、写真と言ってもいいのか真っ黒な画面を背景に白字で書かれた狂気じみた文字列。

これは俺が子供のときに撮ったやつか。当時突然現れたこの文字列を見た時はとても恐ろしく思ったが今は何て事ないただの文字だ。

カメラの真偽を確かめるため試しにこの写真で未来に飛んでみようと思った。

俺は手記を思い出しながらレバーを倒してレンズにカバーをし、表示してある写真を撮ろうとする。

そのときだった、声がしたのは。


「やめてっ!やめてください!!」


揉め事だろうか。それにしては一方的だ。俺は気になってそちらへ行く。路地の奥に二人いるようだ。その内の悲鳴をあげている女性と目が合った。その瞬間、視界がに赤が散った。最初は何かわからなかったが、徐々にその赤が女性から出ていると気付く。そしてそれが鮮血であると認識する。


「······え?」


一瞬の出来事で思考が追いつかない。

パニックに陥りかけているとどこからか視線を感じ、それを辿る。そこには血に染まった男がいた。手に持つのは包丁。

それを見てようやく女性がこの男に刺されたんだと気が付く。それと同時に自分の置かれている状況の危うさにも。


「見たな?」


男がそう声を発する。

俺はふるふると首を振るが男の包丁を持つ手に力が入った。


殺られる。


恐怖で手からカメラを滑り落とす。


がしゃんっ、


その音を合図に俺と男はほぼ同時に走り出した。

足の速さは同じくらい。何処かの家に飛び込もうかと思ったがこの速さだと数秒止まれば背中から突き刺される。直ぐに脳内からその考えを打ち消してひたすら走る。

こうなったら体力勝負かと思い、地の利を使うため裏道を通って上手く逃げて行く。

だが、向こうもこの地に詳しいのかなかなか距離は離れない。それに、どんどん人里離れている場所に向かっているような気がした。

誘導されているのか?

そして俺は近頃よく報道される連続殺人犯について思い出した。テレビで見た男と俺を追いかけている顔が一致した。

そんな時、男がいきなりスピードを上げたのが足音の接近でわかった。振り返れば、そのまま右側から飛びかかってきたため左の路地へと飛び込む。

そして、距離を離さなければと足に力を入れた時に、ここが行き止まりだと目の前に迫る壁を見て悟った。


「はぁっ、はぁっ、追い詰めたぞ餓鬼ぃっ!!」


突然スピードを上げたのは俺をここに誘い込む作戦だったのか!?

男がジリジリとこちらに迫ってくる。もちろんその手には未だ女性の血がポタポタと垂れる包丁。

俺は後退するが、すぐに背に壁が当たった。

何か、何か逃げる方法はないのか!?

だが、視線をあちこちに彷徨すが無情にも逃げ道はどこにも見当たらない。

男はニヤリと狂気的な笑みを浮かべて包丁を振り被る。

俺は痛みに備えて、目をギュッと閉じた。


もっとやりたい事あったのにな······。


しかし、痛みは一向にやって来ない。十秒以上経っても何も起こらないことに疑問に思い恐る恐る目を開く。


すると、目の前にいた男は跡形もなく消えていた。


俺は突如起きた怪奇現象に目が白黒させた。そう、いなくなったのではない、消えたのだ。何となくそう思った。どこを見ても綺麗さっぱり男のいた痕跡は一切残っていないのだ。包丁から地面に滴っていた血も含めて、だ。

俺は地面にペタリとへたり込む。


「よかったぁ」


本当に、死ぬかと思った。あんなに明らかな殺意を向けられる事などこの後にも先にもないだろう。

ふう、と呼吸を整えると直ぐに刺された女性の事を思い出した。

俺は慌てて立ち上がり今来た道を走って戻る。

戻った先にはその女性の姿はなかった。場所を間違えたかと思ったが、落としたはずのカメラを見つけたためここで正しいと確信する。


全てが無かったことになっているのか?


ふと落としたカメラが壊れていないか心配になった。慌ててカメラを確認する真っ暗な背景にと爺さんの手記曰く、時間軸と呼ばれるが表示されていた。


x)=x2(1+e−2(x−1))(1)x>120≤f′(x)<12(2)x0x0

1212 {xn}xnxn+1=f(xn)xn1fxn limn→∞xn=1n∞xn1 1=f′(c)cc 11 xnxn(1) xn>12,xn≠1xn12xn1・ |xn+1−1|<12|xn−1| x0=1{xn}1・ x0≠1{xn}xn>12,xn≠1|xn−1|<12n|x0−1|xn112nx01→0n→∞limn→∞xn=1xn)xn1fxn limn→∞xn=1n∞xn1 1=f′(c)cc 11 xnxn(1) xn>12,xn≠1xn12xn1・ |xn+1−1|<12|xn−1| x0=1{xn}1・


先程見た昔の俺が撮ったのとは文字の配列が違う気がした。いや、少しの変化ではなく大幅に形式が変わっていて明らかに違う。

そして気付く。先ほど倒したはずのレバーが起き上がっていることに。

俺はこの写真の中に男が消えた理由があるような気がしてこの時間軸に飛ぼうと思った。

レバーを倒してレンズに蓋をし、そしてワープしたい時間の文字列を表示して写真を撮ればいいはず。

準備を整えてゆっくりとシャッターを押す。

すると途端に何倍にもなったような重力が身体にかかった。地面に吸い込まれるような感覚の後、俺の意識は途絶えた。




次に目を開いた時、俺は道の真ん中にいた。記憶にある景色。間違えない、ここは俺の近所だ。だが五年前に写真を撮った場所とはまた違う。これはどういうことか。

キョロキョロとしていると少しした所に俺と同い年くらいの男がうつ伏せに倒れていた。驚いて駆け寄ると、呼吸はしているが反応がない。警察、そう思って顔を上げれば、その先にも幼い子供が倒れていた。


「おいっ!何があった!?」


尋ねるが返答はない。あちらの男と同様の症状だ。

取り敢えず心臓マッサージを試みようと思ったが直ぐそばの家が騒がしいことに気がつく。

まさかまだ被害者がいるのかと思って家の中を覗き込む。


すると、背の高い男が自分の頭にフライパンを叩きつけていた。


もう一度言おう。背の高い男が、自分の頭に、フライパンを、叩きつけていた!!


「はあっ!?」


いやいや、何故あの男はあんな自傷行為をしているんだ?だが、気を失った男は直ぐに小さい女の子とその父親であろう男に縄跳びで拘束されていた。よくよく見れば気を失った男は先程俺を殺しに来た男とそっくりだった。


まさかな、と思って呆然としていたが倒れていた二人の事を思い出して慌てて振り返るとそこに倒れていたはずの俺と同い年くらいの男はすでにおらず、幼い男の子は男の子で丁度立ち上がったところだった。


「え?君大丈夫!?」


すると男の子と視線が合い、俺の方に駆け寄ってきた。


「お兄さん、お騒がせしてごめんね?」


それだけ言うと男の子は家の中へと入っていってしまった。


男の子が去ったと同時に先程と同じように地面に吸い込まれるような感覚がして目を閉じる。

案の定、次に目を開くと世界は俺の元居た場所に戻っていた。


何が何だかわからないが、俺が滞在した過去の時間の中で何かがあって、それで俺の命が助かったということだけはわかった。


カメラを片手に家に帰れば、連日あれほど世間を賑わせていた連続殺人犯のニュースは一度も流れなかった。



* * *



あれから月日が経ち、俺は大学生となった。俺はあの後一度も爺さんのカメラを使っていない。私利私欲のために使ってはいけないものだと思ったからだ。倉庫の方も今も健在であり、時々俺はあそこへ行ってカメラの手入れをしている。


ある日の講義の時、隣に座った男に何処か見覚えがあった。どこで見たのだろうか?講義を聞く以上に頭を働かせて考えていると、過去へ行ったときに出会った同い年くらいの男にそっくりだと気が付いた。そして、あの幼い男の子の面影があることにも。

俺はルーズリーフを取り出してその隅に、『フライパンで自傷行為をした連続殺人犯に覚えはない?』と書いて男の机の上に置いた。

それを読んだ男がピクリと反応したのを見逃さない。俺は講義が終わった瞬間男の腕をがっちりと掴んで捕獲し、そのまま連絡先を交換した。お互いこの後に講義が入っていないこともわかり、近くのファミレスに入った。もちろん、あの日何が起きたのかを洗いざらい話してもらうためだ。俺は何かが起こったことは知っているが、何が起こったかまでは全く知らない。むしろあの状況で何があったか別れという方が無理だろう。伊草と名乗った男には今日はとことん付き合ってもらうつもりだ。

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