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2016/02/21

作者: なりたい

 オートマチック・サンドバイクのフロントガラス越しに太陽が照りつけて来る。俺は日光に肌を焼かれないよう、顔や体中に纏ったぼろ切れをさらに強く結び直した。



 ――昔、この大地は美しい草木と豊かな海に包まれていたらしい。食事にも水にも困らない生活だったらしいが、生まれてこの方茶色い砂漠とかつて栄えた文明の遺産である灰色の廃墟しか見た事の無い俺に言わせれば、そんな極彩色の世界は目がチカチカして生き辛いようにも思える。



 確かに、今の生活は食事や水を手に入れるのも一苦労だ。だけど、人間やっぱり生まれた環境に慣れてしまうもので…今さらそんな世界に連れて行かれても元の世界に戻してくれ、と願うかもしれない。…いや、やっぱり願わないかな。



 そんな事を考えながら14−Bオアシスへの道をオートマチック・サンドバイクで向かう。オアシスとは言っても旧文明時代にあったような湖と草木によって作られたオアシスじゃあない。旧文明の遺産である廃墟だ。ちなみに、俺の乗っているオートマチック・サンドバイクも旧文明の遺産だ。今の技術ではなんとか旧文明の遺産を整備して使って行くのが関の山で、とうてい新しいものを作るなんて出来ない。



 廃墟とは言えかつて作られたシステムは生きていて、どういう仕組みか(太陽光をエネルギーとしているらしいが、そんな事可能なのだろうか?)定期的に地下水が汲み上げられさらにその地下水を元に農作物が作られている。



「さて、着い…ん?」



 この14ーBオアシスは他のオアシスから離れており、最も近いオアシスからオートマチック・サンドバイクで4日の距離だ。俺がこのオアシスを訪れるのも半年ぶりになる。



「…だから、この有様か」



 114ーBオアシスに足を踏み入れると、すでに全ての人間が死に絶えていた。死に絶え、乾涸びていた。腐臭すら漂わない。



「おそらく給水装置の故障だな…しかも、一ヶ月は経ってる」



 俺達は旧文明の遺産を整備し、それを使って生きていく事しか出来ない。新しいものを作り出すのは不可能だ。だから…それが整備不能な程に壊れてしまえば、そこに待っているのは死だ。死者の多くは女性だった。それもそのはず、どういった要素によるものなのか何なのか、旧文明が崩壊した後生まれてくる女性の割合は男性の五倍となっていたのだ。



「不味いな…このオアシスもか」



 そう、このオアシスも。破滅してしまったオアシスはここだけではないのだ。この二ヶ月で訪れたオアシス、全てが同じような有様となっていた。これはきっと偶然ではないのだろう。おそらく地下水を汲み上げる給水装置の耐用年数が過ぎ、小さなばらつきはあるものの世界中全てのオアシスで同じような状況に陥っているはずだ。



 おそらくそう遠くないうちに、人類は滅亡する。…いや、既にもう滅亡して俺は最後の一人、なんて可能性もあるのかもしれない。



「は…はは…」



 乾いた皮膚の上を涙がつたう。それをもったいないと思う感性は、もう俺の中に残っていなかった。オートマチック・サンドバイクに備蓄してある飲料水は、残り三日分を切っていたが知った事か。人類は滅亡する。俺も死ぬ。水を節約してあと二、三日生きた所で何になる?



 ――と、そこで不意に人の気配を感じた。



「だ、誰だ?」



 驚きと僅かな期待と共に振り向けば、そこには男がいた。しかも男が着ているのは俺達が着ているような旧文明の衣服を繋ぎ合わせたボロじゃない。継ぎ目ひとつないゴムのような服。手にはおそらく先程まで装着していたのだろう、フルフェイスのメットを持っていた。



「え、えーと…ハロー、ニイハオ、グーテン・ダーク、こんにちは?アッサラーム・アライクム?」



「…何だ?」



「あ、えっと、そうか、この言語でいいのか。えーと…初めまして」



 男は突然右手を差し出してきた。俺はあっけに取られるばかりで生存者がいた事に喜びを感じる事もなくぽかんと口を開けていた。



「あれ…握手って文化は廃れちゃったのかな」



「お、お前は…誰だ」



「ああ、僕?僕は…突然言われて理解出来るかどうか分からないけど、この世界がこうなる前、今からざっと四百年前にこの地から宇宙に…空に飛び出した人間さ。他惑星に知的生命体がいるかどうかを調べるため、コールドスリープされながらずっと宇宙を彷徨っていた」



「コールド…?」



「ま、要は歳を取らず四百年ずっと眠ってたって訳。だけど結局文明を持った惑星は見つからなかった。やっと見つけたと思ったらかつての地球だったとはね。これじゃまるで猿の惑星だ。まあ…新しい知的生命体のいる星が見つかるよりもう一度地球に帰り着く方が高いよな…単純な確率の問題だ…はは」



 乾いた笑いが響く。男の落胆は俺以上の様子だ。何が何だか状況を理解出来ない俺にとって男の言葉は説明不足極まりなく、色々説明してもらいたかったが何から聞いていいのか分からない俺はまず最も知りたい事を質問した。



「空から来た…って事は、空から他にも生きてる人間とか、見なかったか?」



「ん…ああ、残念だけど、地球上において人間の生体反応は君ひとりだった。それにしても、死体が女性ばかりだったのはどうしてなんだい?」



「それは、旧文明が滅びた後女ばっかり生まれるようになったからだよ!」



 俺としては男のそんな質問はどうでも良かったから少し苛立たし気に答えを返し、すぐさま次の質問を口にする。



「じゃ、じゃあ…動いてるオアシスとか、見えなかったか!?」



「オアシス…ああ、給水インフラの生きている町って事?それについては地球におけるクラウド・ナノマシンシステムはマザーコンピュータが故障した事で全て運用を停止したみたいだ。つまり、世界中全ての給水機能は停止している。そもそも、僕の宇宙船がここに帰って来たのもマザーコンピュータ停止によるSOS信号を受け取ってのものらしい。…しかし、手遅れだった」



「手遅れ?…じゃあやっぱり、直らないのか?」



 やっと人と会えたと思ったが、結局、それは絶望が少しだけ先延ばしになっただけのようだ。しかし、落胆する俺に対し男はさも簡単そうに。



「いや、直るよ。そもそもナノマシンシステムは最初にいくつか専門的なプロセスを行なえば後はナノマシン自身が勝手に修復してくれる」



「だったら!…助かるじゃねーか!」



 俺の喜びとは対照的に、男は暗い表情で深い溜め息を吐いた。



「確かに生き延びる事は可能だろう。…だけど、僕の本来の使命は人類の存続。人類の衰退を感じ取り、知的生命体を探して宇宙に飛び出したのも元々そのためだ。僕と君が生き残った所で、互いの寿命が尽きればその時点で人類の滅亡だ。手遅れというのはそういう意味なんだよ。はあ…他惑星に行って巨乳の宇宙人と子作りしたかったのになあ」



「だから…助かるじゃねーかって!」



 訝し気にこちらを見てくる男。俺はその男に見せつけるように、体中に纏ったぼろ切れを脱ぎ捨てる。久しく日光に晒していなかった胸が、太陽の日差しの下で大きく揺れた。



「な――お前…女」



「…何言ってんだ、女の方が男の五倍多いんだから女に会う方が可能性が高いに決まってんだろ?――単純な、確率の問題だ」



 戸惑う男に歩み寄り、悪戯っぽく微笑んだ。



「まあ、俺はそれなりに巨乳だし?一応、宇宙人って言えない事もないし…お前と子作りしてやっても…いいんだぜ」



 ぽかんと口を開けていた男の頬に、涙が伝い…俺の背に手が回された。それに応えるように、俺は男を抱きしめ返す。



 ――美しい草木と豊かな海が再びこの砂漠だらけの星を覆うのかどうか、それは分からない。だけど、少なくとも人類はまだもう少し存続していくみたいだ。

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