お兄ちゃんを、一生養います。
「もうおかわりいらない?」
「………。」
「ごちそうさまでいいかな?」
「………うん…。」
「うん!わかった!」
一度ごはんを口にしてからは、お兄ちゃんは素直に食べてくれるようになりました。
やはり相当お腹が空いていたのでしょう。
私が準備していた朝ごはんを見事に完食してくれました。
そしてなにより。
私は人生で初めて、お兄ちゃんと朝ごはんを一緒に食べる事に成功しました。
嬉しいです。感無量です。
お兄ちゃんと食べる朝ごはんがこんなに楽しくておいしいなんて。
もっと早く、こんな気持ちになることができたら良かったのに。
本当に、昔の私は大馬鹿者です。
昔、まだお兄ちゃんと一緒の家で住んでいた頃。
家族から完全に関係を断たれていたお兄ちゃんは、何時も私たちと同じ食卓に並ぶことはありませんでした。
お兄ちゃんは自分の部屋に閉じ込められ、食事も私たちから与えられる事もなく。
たまに部屋の前に置かれる少ないお小遣いで、何とかやり繰りしていたようです。
どれほど辛かったことでしょう。
想像しただけでも、胸が苦しくなります。
だからせめてこれからは、毎日でも御馳走を食べさせてあげようと思っています。
お金はいくら使ってもいいです。「焼き肉屋」に行ったり「バイキング」に行ったり、もうどんな贅沢な料理でも食べさせてあげるつもりです。
勿論私の手作りの料理も腕を振るいます。
料理に自信があるわけではありませんが、それでも頑張ります。
そうじゃなきゃ、申し訳が立ちません。
「お兄ちゃん、服着よっか!持ってくるね!」
「………。」
毛布に包まっているお兄ちゃんは、未だ全裸です。
なので私は、前もって買っておいた男物の「ジャージ」をお兄ちゃんに着せてあげる事にしました。
本当は病院服のような服の方がいいのかもしれませんが、そこまで準備はできませんでした。
でも、お兄ちゃんがいつ私の部屋に来てもいいように、男の人が普段過ごすのに必要な物は基本すべて買い揃えてあります。
準備は万端です。
「こんなんでいいかな?ジャージしかないんだけど…。」
「………。」
「ごめんね…もっとカッコイイ服今度一緒に買いに行こ?」
「………。」
「じゃあ、着ようか。ちょっと一瞬寒いけど、毛布外してくれる?」
「………。」
「ん~、何か反応あると嬉しいなぁ~。」
お兄ちゃんは毛布を外してくれる様子はありません。
でもきっと今の状態のお兄ちゃんでは、自分で服を着るのも困難でしょう。
私が着せてあげるしかありません。
許可してくれるでしょうか。
「私が服着せてあげるから、ちょっとだけ毛布外してほしいなぁ~。」
「………。」
「う~ん……私じゃ嫌かな?裸見られたくないとかかな?」
「………。」
「だ、大丈夫だよ!ただ服着せてあげるだけで、痛いことは何にもしないからさ!」
「………。」
「う~ん。」
どうしたらいいでしょうか。
お兄ちゃんが反応を示してくれません。
ただジッと、私を見つめてくれています。
「…私が怖いのかな?」
「………。」
「…ごめんね。でも、もう怖いこと絶対しないから…お願い…信じて…。」
「………。」
泣きそうな顔になりながら、お兄ちゃんにそう呼びかけました。
そしたらお兄ちゃんが。
一瞬だけ、するっと毛布を外してくれて。
すぐにハッと、何かを思い出したような顔になって、またすっと毛布に包まってしまいました。
ど、どういうことでしょう。
今の一瞬で何かあったんでしょうか。
「あ、あれ?」
「………。」
「も、毛布外してくれたままでいいんだよ?そうじゃないと服着せてあげれないから…。」
「………やじゃ…ないの…?」
「へ?え?」
「………はだか………いや……ゃないの…?」
「裸…?あ!もしかして、私に気をつかってくれてるのかな?」
「………うん…。」
「ふふっありがと!ううん大丈夫だよ!私気にしないから!それに…どっちかって言うと……お兄ちゃんの裸……見たい…というかさ…。あはは!」
「………。」
さりげなく、自分の欲望が口に出てしまいました。度し難いです。
どうやら、私に裸を見せてしまうかもと気を使ってくれていたようです。
本当にありがとうお兄ちゃん。
こんな妹に気を使ってくれて。
* * * * *
その後お兄ちゃんが許可してくれたのか、するっと毛布を外してくれました。
そして私は空かさずお兄ちゃんに、持っていた服を着せてあげました。
私が想定していたお兄ちゃんのサイズよりもジャージが大きく、着せてもぶかぶかになってしまいました。
これでは余り服としての役割は果たせていないかも知れません。
このままでは結局体が冷えてしまうかもしれないので、お兄ちゃんには続けて毛布を羽織っておいてもらう事にしました。
ごめんなさいお兄ちゃん、もっとちゃんとした服一緒に買いに行こうね。
「寒くなぁい?」
「………。」
「寒かったら言ってね?いくらでも温かくしてあげるからさ。」
「………。」
「例えば、こんな感じで!」
今だ!と思い。
私はお兄ちゃんに抱き着こうとしました。
ですが。
「………!!」
「あっ…。」
お兄ちゃんが。
驚いた表情をしたまま、私からぐっと離れていってしまいました。
…。
あまりに解りやすい反応だったので、少しショックです。
やはり私は、お兄ちゃんに嫌われているようです。
今のではっきり解りました。
そんなお兄ちゃんの反応に、泣きそうになりました。
「…あ…ご、ごめんねお兄ちゃん……悪気は…ないんだよ…?」
「………。」
「ごめんなさい……。もう…しないから…。本当に……ごめんなさい……。」
「………たないから…。」
「…え?」
「………僕………きたない…から……触っちゃ…だめ……みみるも……汚れるから…。」
「……お兄ちゃん…。」
もう限界でした。
涙がまた溢れてしまいました。
まだ朝ごはん食べ終わったばっかりなのに、これまでに何回泣いてしまったでしょうか。
どうやらお兄ちゃんは、こんな所でも気遣いしてくれていたようです。
汚いから触らないでと、そう言ってくれました。
本当に優しいお兄ちゃんです。
そうなんです。
昔は私が散々嫌っていたお兄ちゃんを、今更になって「好き」になってしまった理由。
お兄ちゃんを虐げてきた私たち「家族全員」に、一切の怨みを持っていない事。
むしろ怨みではなく、日頃の虐待を「感謝」と捉えて私たちと接してくれていたその心意気の広さ。
お兄ちゃんのそんな所に、本人が家にいなくなってからようやく気付くことができたのです。
私がお兄ちゃんに一生を賭けて尽くそうと思ったのはそれがきっかけです。
いままで虐げてしまった分を、一生かけて償おうと。
「すんっ……ありがとお兄ちゃん………。」
「………。」
「そうだ…お風呂、沸かそうか…?」
「………。」
「お風呂入りたいでしょ?今すぐ沸かしてくるねっ。」
「………うん…。」
私は、零れ落ちる涙を拭いながら風呂場へと向かいました。
お風呂が沸いたら、お兄ちゃんの体を洗ってあげよう。
きっと一人だと難しいだろうから。
今までの償いの思いを込めて。
償いとはいっても、こんな小さなことでは割に合いません。
何せ、お兄ちゃんの人生を台無しにしたのは私ですから。
だからこそ、これからのお兄ちゃんには豊かな人生を歩んでもらえるように私が全力で彼を養います。
欲しいと言われた物は全部買います。
食べたいと言われた物は必ず用意します。
それくらいは、当たり前のようにするつもりです。
だって私は。
お兄ちゃんが好きだから。