食べてくれてありがとう。
「……どういう………え?」
「………。」
お兄ちゃんが私の部屋に来てから一夜明けて。
ようやくお兄ちゃんと、人生の中で初めて朝ごはんを一緒に食べれると。
そう喜んでいた矢先。
お兄ちゃんからとある質問を向けられた。
「あなたは未見ですか?」
そう、聞かれてしまいました。
きっと、今お兄ちゃんに目の前にいる私が「高坂未見」とは違う別の誰かなんじゃないだろうか。
そう言う意味だと思います。
そう聞かれた理由は何となく解りました。
なぜなら。
今、こうしてお兄ちゃんに朝ごはんを食べさせようとしたり。
お兄ちゃんに寄り添ったりしているけれど。
昔はお兄ちゃんに対して、これとは「真逆」の事をしていたからです。
昔、お兄ちゃんと一緒に家の中で暮らしている時は。
私はお兄ちゃんに、人としての人格を疑うような事ばかり仕向けていました。
あの頃の自分は。
本当に「人」じゃなかったです。
「最低」という言葉を、そのまま具現化したような存在だったのです。
きっと、そのせいで。
今お兄ちゃんは怯えているんだと思います。
今の私が、「あの頃」の私なのか。
それとも、「あの頃」とは違う、誰かなのか。
だから、答えます。
私はもう、あの頃とは違うよって。
もう嫌な事もひどい事もしない。
絶対に、痛い事しないよって。
信用してもらえるかは解りません。
でももう。
私は自分を変えました。
無理矢理変えました。
なぜなら。
私は、このお兄ちゃんが「好き」になってしまったから。
あの頃の、まるで「悪魔」のような存在だった私を。
このお兄ちゃんは、ちゃんと「妹」として見てくれていた。
自分を散々ひどい目に合わせてきたこんな私を。
「家族」の一人として見てくれていた。
その証拠を見つけてしまったから。
一人になってようやく見つけ出せたその証拠があるから。
だから私は変わった。
変わったんだよって。
そう伝えるために。
答えます。
手に持っていた蓮華を置いて。
私は答えました。
「……お兄ちゃん。」
「………。」
「私は、『高坂未見』。お兄ちゃんの…正真正銘の…義理の妹だよ。」
「………。」
「…信用してくれないかもしれない。でもね。私絶対、昔の私じゃないから!」
「………。」
「そ、そうだな~…そうだ!試しに、何か私に『命令』とかしてみて?私絶対その通りにするよ!どんなことでもいいから!」
「………。」
「ど、どんな事でもいいよ!たっ例えば!ほらっ!」
私は、自分の決意を証明するため。
朝ごはんを乗せたお盆の上にある「フォーク」の矛先を。
自分の左手首に向けました。
いつでも、刺せます。
「お、お兄ちゃんが!『死ね』って言うなら、私死ねるよ!」
「………。」
「そ、それだけじゃないよ!他にも必要ならっ!どんな事でもっ!」
「………。」
「どんなっ…ことでも…………。」
お兄ちゃんは。
じっと私の事を見てくれています。
その視線は心なしか。
冷たく感じます。
何となくわかります。
きっと私の誠意は、お兄ちゃんには届かない。
だって、信用される訳がないから。
お兄ちゃんの左頬には、「大きな痣」があります。
頬全面が、火傷した様な感じの物です。
これは、私がお兄ちゃんの顔に「アイロン」を押し付けた時にできた痣です。
事故ではなく、私が意図的に押し付けたのです。
押し付けた理由は、ただの「イタズラ」目的。
それくらい、最低な事をする私を。
お兄ちゃんが信用してくれる訳がないのです。
私がお兄ちゃんの立ち場なら、信用できません。
でも、信用してほしい。
その誠意を証明するためならどんな事でもする覚悟があります。
どんなに痛いことでも、恥ずかしいことでも。
だから信用して下さい。
私はもうお兄ちゃんの味方だから。
敵じゃなく味方になりたいから。
味方だと…信じて欲しいから……。
「……ない…よ。」
「え?」
「………フォーク、危ない…よ。…刺さると…………痛いよ……?」
「…お兄ちゃん………。」
「………………やめ、て……血………止まらなく……なるから…。」
「う…うぅぅ……お兄ちゃん………ごめん…ごめんなさい…。」
「…………やめ、て………みみ…る?」
「…ぐすっ、解った…やめる……ごめんね…?」
お兄ちゃんの言葉の裏に合った意味が伝わってしまって。
私の中で、何かが折れてしまった感じがありました。
そうでした。
私は一度、お兄ちゃんに「フォーク」を刺したことがあるのです。
これも事故ではなく、意図的に。
それも、ただの興味本位で。
それなのに私は、わざわざなんでこんなことしてしまったんでしょう。
もうなんで。
なんでこんなに涙が出てくるんだろう。
泣きたいのは私じゃなく。
お兄ちゃんのはずなのに。
私は馬鹿。
本当に馬鹿です。
死にたい。
今すぐ死にたい。
死んで償うべきです。
こんな私なんて。
「……………みみる…?」
「…ぐすっ…ぐすっ……うんっ、何、かな…?」
「……………朝ごはん……食べよう………。」
「…ぐすっ…そ、そうだったね…!……食べよ……。」
もう何やってるんだろう。
私のせいで朝ごはんがまた冷めてしまう。
本当に馬鹿です。
こんな私、早く死ぬべきです。
でも。
「……は、はい!…あ~んして?」
「………あ…。」
さっきまで口を開けてくれなかったお兄ちゃんが。
ようやく口を開けてくれました。
震える手で、その口に蓮華を運んで。
ぱくっと、食べてくれました。
涙が止まりません。
もうなんでこんなに泣いてばかりなのか訳が分かりません。
でも初めて。
お兄ちゃんにちょっと近づけた気がして。
涙をこらえて、懸命にお兄ちゃんに食べさせてあげました。
「おい、しい?」
「……………うん…。」
「…えへへ!冷めてるかな…温め直そうか…?」
「………いい…。」
「そ、そっか!じゃあもう一口っ!はい!」
「………あ…。」
お兄ちゃんが、急に積極的に口を開けてくれるようになって。
すごく、凄く嬉しいです。
私なんかが作った朝ごはんを。
私なんかが差し出したご飯を。
食べてくれています。
感動です。
いままで生きてきた中で、一番感動しています!
少しは、私の事を受け入れてもらえたんでしょうか。
いえ、きっとまだです。
でも。
これが、第一歩な気がします。
私の。
これからのお兄ちゃんとの。
兄妹生活の。
第一歩。




