朝ごはん食べよ?
「………これでよしっと。」
朝ごはんの準備がある程度整いました。
蒸かした野菜を細かく刻んだものを混ぜあわせた、玄米のお粥を炊いて。
少し味を薄めに調整したお味噌汁を作って。
あとはヨーグルトに、温かい麦茶を準備して。
こんなところでしょうか。
体が弱い人にどんな物を食べさせるべきか、よく解らないまま作りました。
あまり塩分が高いと体の負担になるかもしれないと思い、全体的に少し控えめな献立にしたのですが。
お兄ちゃんの口に合うか、不安です。
なにせ私は、一人暮らしを始めるまでは「フライパン」すらも握ったことが無かったのですから。
いつかお兄ちゃんと過ごす時のためにと、必死で勉強しました。
でも、こうして自分の作った料理を誰かに食べさせるのは今回が初めてです。
少し、緊張します。
「…まだ寝てる?」
「………zzz。」
そしてそのお兄ちゃんは、未だに眠ったままです。
心なしか、先ほどまでよりも息が浅い気がします。
大丈夫…ですよね?
寝息を立てているのだから…。
大丈夫な…はずですよね?
…。
急に不安になってきて。
少し強引かも知れませんが。
軽く揺さぶって起こしてみることにしました。
「…お兄ちゃん?お兄ちゃん?」
「………zzz。」
「お兄ちゃん!ねぇ、お兄ちゃんってば!」
「………うぅ…。」
「お、お兄ちゃん?」
「…………んん。」
ようやく返事がありました。
どうやら大丈夫なようです。
ですが、ちょっと起こし方が雑だったかもしれません。
もうこんな起こし方はしないようにしないと。
「お兄ちゃん?おはよ?」
「………んん。」
「ごめんね、無理矢理起こしちゃって…。」
「………。」
「朝ごはん、食べよう?お腹空いてるでしょ?」
「………。」
お兄ちゃんは眠そうに目を開けて。
私のことをじっと見てくれています。
でも。
意識があるはずなのに。
私の呼びかけになかなか答えてくれません。
どうしたのでしょう。
その反応に、なんだか怖くなって。
お兄ちゃんの手を握り、話しかけました。
「お兄ちゃん?大丈夫…?」
「………。」
「…大丈夫なら、今私が握ってる手を、動かしてみて?」
「………。」
クイっ。
お兄ちゃんの反応がありました。
私が握っている手を、握り返してくれました。
そのことに、ちょっと感動して。
それだけで涙が出そうでした。
「…大丈夫なんだよね?」
「………。」
「声は、出せる…?」
「………。」
「喉が渇いて、声が出ないとか…?」
「………。」
「…温かいお水、持ってこようか?」
「………。」
じっと私を見て。
何か言いたげなのは解ったのですが。
口を動かそうとしている様子がありません。
どうしてなのか、解りませんでした。
昨日はちゃんと話してくれていたはずなのに。
もしかしたら私が何かミスをして、それが原因で声が出せないのでしょうか。
でも、思い当たる節が無くて。
そう考え出したら。
不安と、恐怖がどんどん押し寄せてきて。
思わず。
涙がこぼれ落ちてしまって。
「……ぐすっ……お湯………持ってこよか?」
「………。」
「……いらないの…?他に……欲しい物があるの……?」
「………。」
「…ぐすっ………何か………はんのぅ……ほし……ぐすっ…。」
「………。」
お兄ちゃんは、黙ったままです。
手も、握り返してくれません。
目も開いてて、息もしていて。
意識はあるはずなのに。
突然、無視されるようになってしまいました。
何が嫌だったんでしょうか。
何かこの一瞬で、悪いことでもしてしまったのでしょうか。
怖くて。
涙が止まりませんでした。
でも。
ようやく。
「………………ない、で。」
「…ふぇ…?」
「………か、ないで…。」
「………え…?」
お兄ちゃんが、声を出してくれました。
何と言ったのでしょうか。
「かないで」
と聞こえました。
どういう意味なのか。
なんて言いたかったのか解らなくて。
でも。
何て言ったのか解らないのに。
何だかすごく嬉しくて。
もう、限界で。
「……うぅぅ……おにぃちゃぁぁぁん………うぅぅぅぇぇ。」
「………。」
「ぐすっ…うぅぅ……おにいちゃ……ぐすっ…おにいちゃぁぁん………。」
なぜだか。
もう顔がぐちゃぐちゃになるほど泣いてしまって。
寝たままのお兄ちゃんに、顔を擦りつけて。
しばらく、泣いてしまいました。
* * * * *
しばらく、子供のように泣きじゃくった私は。
その後、何とか落ち着くことができました。
しばらくずっとお兄ちゃんにしがみ付いて泣いていたので。
お兄ちゃんも、少し困った顔をしていました。
作っていた朝ごはんも、ちょっと冷めてしまっていて。
今温め直している最中です。
「………お兄ちゃん、電気つける?」
「………。」
部屋の電気は付けていません。
今日は曇り空のようで、部屋の中は薄暗いです。
部屋の中には、先ほど作った朝ごはんを温め直しているコンロの音が「コォー」っと鳴り響いています。
そんな静かな部屋で。
体を起こして、ソファーの上に座って、毛布に包まっているお兄ちゃんに。
今私は、擦り寄って座っています。
直に、お兄ちゃんの温もりを感じます。
もっと、この温もりを感じたい。
そう思うのですが。
私が今以上近づこうとすると、お兄ちゃんに遠ざけられてしまいます。
なのでほんの少しだけ、お兄ちゃんと距離を空けています。
私としては、今すぐにでもお兄ちゃんに抱き着きたいです。
ぎゅっと。今まで抱き着けなかった分、強く抱きしめたいです。
でも、今それをすると。
嫌われてしまうかもしれないと思って。
できませんでした。
と言うより。
もう、嫌われているのかもしれないと。
そう感じていて。
嫌われて当然です。
お兄ちゃんが、こんな体になる破目になったのは。
すべて。
私のせいだからです。
でも、嫌われてもいいです。
もう決めたんです。
私の生涯一生賭けて。
お兄ちゃんを養うと。
そう、決めたのです。
嫌われても、遠ざけられても。
私はずっとお兄ちゃんを世話し続けます。
どんなことがあっても。
ピピーッピピーッピピーッ
温め直していた朝ごはん達の準備ができたようです。
「今すぐ準備するからね?」
「………。」
私は急いで、二人分の朝ごはんを食器に盛り。
それらをお盆に載せて。
部屋の電気をつけて。
机に運んで。
「よし、じゃあ食べよっか!」
「………。」
「はい!待たせてごめんね!」
「………。」
今お兄ちゃんはおそらく、手足が自由に動かせない状態です。
昨日の様子を見て、そんな感じがします。
なので、私がお兄ちゃんに食べさせてあげる形での朝ごはんになります。
私の朝ごはんは後回しです。
「はい、あ~んして?」
「………。」
「私が食べさせてあげるからっ!はい、あ~ん」
「………。」
「う~ん、お口空けてほしいな~?」
蓮華に乗せた玄米のお粥を口に近づけますが。
お兄ちゃんは口をなかなか開いてくれません。
もしかして、お粥が嫌いなんでしょうか。
それか、熱くて食べたくないのでしょうか。
それとも、何か足りないのか。
そんなことを考えていると。
小さくお兄ちゃんの口が開いて。
私に。
「………みみ、る………なん…だよね?」
「…え?」
「………あなた、は……みみる…………なん、だよね?」
…え?