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お兄ちゃん依存症  作者: 南瓜
小嵜綾香の世界
41/54

「計画」実行。そして珍事。


 「………ん…。」



 もう朝か。

 朝来るの早すぎ。

 寝たかどうかすらはっきりしない。


 「………起きなきゃ…。」


 すごく眠いけど、それでも体を起こした。

 今日は、私にとって大事な日だから。

 寝ぼけてる場合じゃない。支度しないと。


 今日は、兄貴に「ヘッドホン」をプレゼントするため、今日の前期末テストが終わったら速攻で買い物に行く予定を立てている。

 目標の店舗も押さえてあるし、お金もたぶん大丈夫。

 お店も今日は営業している日だし、あとは私の行動力次第。

 

 「……ふぅ~~~。」


 息を深く吐いて、無理にでも眠気を吹き飛ばそうとしてみたけど、効果無し。

 はぁ、もう7時前か。

 起きよう。起きよう。

 そう自分に暗示してるけど…。


 なかなか体が動かない。

 あぁ駄目だ。また寝てしまいそう。

 でも駄目。今日に限って二度寝なんてありえない。

 


 「お~い!起きろぉ~!」

 

 兄貴が私の部屋に向かって呼びかけてくれている。

 その力強い声で、パチリと眠気が覚めた。


 「は~い今行く~。」

 「う~すっ。」


 よし、さっさと支度して学校に行こう。

 テストもだけど、「計画」も頑張らないと。


 今日一日、良い日になるといいな。



 * * * * *



 シャワーとさっと浴びて、髪の毛をさっとセットして。

 着替えも終わって、あとは朝ごはんを食べるだけ。

 

 「ほい、朝飯。」

 「ありがと。」


 兄貴が颯爽と私の朝ごはんを用意してくれた。

 今日は「豚汁」だ。

 香ばしくて美味しい。

 具にも味が染みていて、何杯でもイケちゃいそう。


 「なぁ、今日昼飯は大丈夫なのか?」

 「え?あぁ、うん。…自分で何とかする。」

 「そうか、なら良かった。」


 本当は、テストの日は購買は閉まっている。

 なのでいつものように安いパンなどは買えない。

 だから本当はコンビニ等でお昼を補充するはずなんだけど。


 そのお昼代にお金を回すと、今日の「計画」が失敗するかもしれない。

 それくらい、金銭面では不安が残るから。

 だから今日はお昼ごはんは抜きかな。

 兄貴には大丈夫って言っちゃったけど、兄貴には「計画」の事を悟られたくないし。

 嘘ついちゃってごめんね兄貴。


 だからその分、今日に限って朝ごはんは必須。

 お昼の分も今食べておかなきゃね。


 私は黙々と朝ごはんを啜った。

 そんな様子を、兄貴は優しく見守ってくれていた。



 * * * * *



 「いってきま~す!」

 「おう、テスト頑張れよ。」

 「うん!」


 ローファーをするっと履いて、玄関に立って。 

 あっそうだと、兄貴の方に向き直った。


 「兄貴。」

 「ん。」

 「……触って?」

 「よし、任せろ。」


 景気づけとして。

 兄貴にセクハラして貰う。

 

 兄貴の手がすっと、私の脚の間に入り込んでくる。

 そのまますーっと私の太ももをなぞって。

 その手が、だんだん上に近づいて来て…。


 「……ぁぁ…。」

 「お、声が漏れるとは珍しいな。」

 「…もう兄貴、触り方うますぎ…。」

 「ほほう。満足して貰えたかね?」

 「…うん、頑張れそう。」

 「おし!行って来い!」

 「わぁ!イッタぁ!」

 

 トドメと言わんばかりにお尻を叩いてきた。

 もうさ、お尻叩くのやめてよ。

 腫れるってば。


 「…もう、意地悪。」

 「ほれ、はよ行け。」

 「…うん…行ってきます。」

 

 でも、兄貴に叩かれると。

 その日は、意外といい事あるんだよね。


 うん、今日はきっと全部うまくいく。

 そんな気がする。


 さぁ、私の「計画」はもう始まっている。

 頑張ろう。兄貴のために。



 * * * * *



 「では、開始してください。」


 高校生活初の、テスト一日目。

 最初は「地理」のテスト。


 各都道府県の県庁所在地や、その地の名産物の記入、各都道府県の配置等、中学校の時にもやったような内容の物ばかりだった。

 もちろん、昨日までの勉強ですべて把握済み。

 特に悩むこともなく、答案用紙が黒い文字で埋め尽くされていった。

 これくらいなら余裕かな。

 ちょっと身構えすぎたくらいかも。

 

 問題文を見ながら、そんな風に嘲笑えるほどだった。



 * * * * *



 その後、「数学A」「生物学」といった内容のテストをこなし。

 私の午前中のテストがすべて終了した。

 手ごたえはそこそこありかも。

 100点とまでは言える物じゃないけど…。

 でも、私にしては頑張ったよ。兄貴。


 その後すぐ、教科毎に指定されている提出物をすべて提出し。

 特に誰かと会話することなく、私は「目的地」に向かうべく学校を出た。

 友達と会話出来なかったのはちょっと寂しいけど、テストの話は兄貴としたいし。

 私はこの後が忙しいんだもん。仕方ないよね。


 そしていつもの帰りのバス停には向かわず、私は「ヘッドホン」を買える場所に移動するため「駅」へ向けて早歩き気味に邁進した。


 電車なんて普段乗らないけど、きっと何とかなるよね。

 うん、きっと大丈夫。

 今日はいい日なんだから。



 * * * * * 

 

 

 学校の最寄りの駅からは4駅ほど乗り継いだ場所。


 私は今、「繁華街」の中を歩いている。

 

 周囲にはレストランや洋服店が並んでおり、人の川が前から後ろからと流れている。

 私はその流れに沿ったり逆らったりと、周囲を忙しく見渡し右往左往しながら。


 私は、捜していた「目的地」にようやく辿り着いた。

 オーディオ機器を多く取り扱っている専門店だ。

 下調べで、ここでなら私の探している「ヘッドホン」が見つかりそうだったから。

 

 私は少し緊張しながらも何食わぬ顔で入店し、事前に撮ってあった「ヘッドホン」の画像と、周囲にあるヘッドホンを見比べながら目的の機種を探す。

 色鮮やかなヘッドホンの数々がぼんやりと照らし出されて、見るからに購買意欲を掻き立てられる。でも、私の探している物は一つだけ。

 違う物なんて買ってしまったら取り返しがつかなくなるし。

 入り組んだ店内をキョロキョロと見回しながら、探すこと数分。


 「………あ!」


 これだ!と思うヘッドホンが私の視界に入った。

 昨日カタログに載っていた物と、まったく酷似したヘッドホン。

 品番も、調べていた物と同じ物だ。


 「……あった。」


 見つけてしまった。

 私の探していた物。

 兄貴に、プレゼントするヘッドホンが。

 今目の前にある。

 

 「……。」


 そっと、そのヘッドホンを手に取り。

 何も聴こえてくるはずの無いそれを、何気なく頭に嵌めてみた。

 

 私が使うには、少し大きいかな。

 でも、何か落ち着く。

 イヤーパッドの触り心地も素敵。

 私はこんなの使ったことないから解らないけど、兄貴はこれに目をつけていたんだ。

 きっと、それなりにいい物なんだろう。



 「……これ、なんだよね。」


 別に悪いことしている訳じゃないのに。

 何か、イケない事に手を染めているような感覚が心情から離れない。


 しかもこのヘッドホン、品の陳列状況から察するにどうやらこれが最後の一つのようだ。

 そんなヘッドホンの「運命」を左右する一線に、今私は立っている。


 鼓動が早まり、じんわりと汗も出てくる。

 何だろこれ、買い物ってこんなに緊張しなきゃいけない物だっけ。

 はぁドキドキする。

 買っちゃっていいんだよね。大丈夫なんだよね。


 うん、大丈夫。

 私が探していたのはこれだから。

 これ………だよね?

 何度も画像と見比べて、探し求めていた物と間違いないことを確認し。


 私はレジを探し求めて、ゆっくりと歩み始めた。



 * * * * *



 「あぁ…あのぉ!」

 「…!?」


 購入する決心がついた矢先。

 誰かに呼び止められてしまった。

 私は体をビクッと跳ねあがらせ、サッと素早く声のした方向を向いた。


 私が向けた視線の先に、一人の男の子が立っている。

 やや金髪よりのマッシュショートの髪型に、学生服。

 一見、私よりも少し年下かのような雰囲気が、その形振りから察せる。

 そんな子が荒々しい息遣いで、じっとこちらを泣きそうな顔で見つめている。

 

 「…え、え?」

 「あのぉ!……それ…買っちゃうんですか…!」

 「え…う、うん。そのつもりだけど…。」

 「あぁ……そんなぁ…。」


 私がそう答えると、その子ががっくりと膝を落とした。

 地面にぺたりと座り込み、もれなく静かに泣き始めた。


 「え!?…ちょ、どうしたの…?」

 「それ……僕もぉ……欲しかったんですぅ…。それを買いに…ここに来たのにぃ…。」

 「え…そ、そんな事言われてもさ…。」


 このヘッドホンを引っ掻けてあった場所には、もうこれと同じ物はない。

 これが、どうしても最後の品になるだろう。


 「僕ぅ……それを買って…兄さんにプレゼントする予定だったんですぅ…。」

 「…え?」

 「それを買うために、毎日こつこつ貯金して……兄さんにこっそり…渡そうと…。」

 「……。」


 これを買って、兄に渡す。

 それが、この泣き崩れている男の子の目的なんだそうだ。



 それを聞いて、少し親近感が湧いた。

 なぜなら…。


 

 「…私もさ、これを…私の兄貴にプレゼントする予定なの。」

 「……えぇ?」

 「私の兄貴さ、凄く親切で。私その兄貴にいつも迷惑かけっぱなしで。だからそんな兄貴に、何かしてあげたい。何かお礼がしたいって思って。今日ここに買いに来たの。」

 「……。」

 「だから、私もこれを買いたいの。君にも事情はあるかもしれないけど…私にもちゃんとした理由があるの。だから…。」

 「……そ、そうだったんですねぇ…でも、それなら僕も同じです。」

 「だね。私たち、全く同じ目的でここに来たみたい。」

 「…ぐ、偶然ですねぇ…こんな事あるんだぁ…。」


 全く、不思議に思った。

 お互い「兄」へのプレゼントを買うためにここに訪れ、同じ種類のヘッドホンを買い求めて、同じタイミングで鉢合わせた。


 こんな偶然、本当にあるんだ。

 凄いな。これってある意味本当の「奇跡」かも。


 「僕の兄さんも、凄く素敵な人なんですよ。かっこよくて頼り甲斐があって、クールで落ち着きがあって。そんな兄さんの側に居るだけで、何だか勇気が溢れでちゃうんです。」

 「……うん、何となく解るかも、その気持ち。」

 「…わぁ!解って頂けますか!」

 「何となくだけどね。」


 この子も、相当兄の事を信頼しているらしい。

 兄が側に居てくれるだけで安心できる。それは、私ももう何度も経験してるし。

 以外と、この子とは気が合いそう。

 ただこの子の場合は「()()」の関係だろうから、私の感じとはまた違う物かもしれないけれど…。

 

 「…君とは、また何処かでお話ししたいかも。」

 「…僕も、何だか貴方とならちゃんとお話し出来そうな気がします。」

 「連絡先、交換してみる?」

 「え…で、でもぉ…。」 

 「嫌ならいいけど?」

 「い、いえぇ!折角なので、お願いします!」

 

 こういう仲間が居ても、いいかもって思っただけ。

 変な意味は何もない。


 ただ、この子なら。

 自分の悩みを打ち明けられるような存在になってくれるかも。

 率直に、そう思っただけ。

 

 「あ、ありがとうございますぅ!」

 「……まさかここに買いに来て、こんな事になるなんて思ってなかったよ。」

 「ぼ、僕もですぅ……あははは……。」

 「あぁこの『ヘッドホン』さ、どうする?君も欲しいんでしょ…?」

 「…あぁいえ!手をつけるのが遅かったのも運命だと思うので…貴方が買って下さい。僕は……またの機会にします。」

 「…ごめんね、なんか。」

 「いいえ!…貴方のお兄さん、喜んでくれるといいですね。」

 「…うん、ありがと。……君も、お兄さんと仲良くね。」

 「はい!」

 「じゃ、またね。」

 「あぁ…あのぉ!」

 「ん?」

 「…お名前ぇ、聞いてもいいですか?」

 「………私は小嵜綾香(おざきあやか)っていうの。君は?」

 「僕は紗河樹人(さがわみきひと)って言います。よ、よろしくお願いします…。」

 「…うん、樹人(みきひと)くんね。覚えとく。」

 「はい!お願いします!」

 

 返事がしっかりした、元気のある子。

 でもちょっと内気な所もあるみたい。

 そんな、ちょっと不思議な子だった。


 その後、また連絡を取り合うことを約束し、彼と別れを告げた。

 そして真の目的であった「ヘッドホン」を無事購入する事が出来、なんだかルンルンっと上機嫌な気分のまま店を後にした。

 

 まさかこんな出会いがあるとは思ってなかった。

 凄いな、運命って。

 やっぱり今日はいい日だったんだなぁ。

 まぁ朝起きた時から、そんな気はしてたけどね。

 うん。いい思い出が出来た。

 人生、捨てたもんじゃない。


 そんな事を考えつつ、購入したヘッドホンを空っぽのカバンに仕舞い込み。

 


 兄貴の待つ家に帰る為、「駅」を目指した。

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