私は何もいらない。
「……………ん…。」
朝かな。
外で鳥がチュンチュン鳴いてる。
まだ6時半。
なんか最近は、夜遅くまで起きてても早く起きれる。
なんでだろ。
兄貴のおかげ?
「………はぁ…。」
口から勝手に、ため息が出てきた。
なんか最近ため息ばっかついてるかも。
これはなんでだろ。
これも、兄貴のせい?
ううん、きっとテストのせい。
勉強はできてるけど、勉強できてるからこそなんか憂鬱な気分になる。
やだなぁ。テスト。
早く終わらないかな。
* * * * *
「おはよ、兄貴。」
「うっす。」
やっぱり兄貴は、もう起きてる。
電気の点いてない、暗いリビングのソファーに座って何かのカタログを見ている。
夜勤明けなのになんで早起きできるんだろう。
意識高いなぁ。素直に関心してしまう。
私なんかとは、大違い。
「何読んでるの?」
「ん。なんかいい『ヘッドホン』ねぇかなって。」
「…ふ~ん。」
さりげなく兄貴の隣に座って、そのカタログを覗いてみた。
兄貴も、私に見えやすいようにカタログを傾けてくれた。
今開いているページ一面に、ずらりと「ヘッドホン」の値段と見た目が載っている。
「…高いね。ヘッドホン。」
「あぁ、なんか安くていいのねぇかなぁ。」
「…欲しいの?」
「まぁな。」
「……私が買ってあげる。」
「お前金ないだろ。」
「…でも貯金してるよ?」
「じゃあその金は自分のために使え。お前の金だろ。」
「…嫌。」
「あ?……お前俺に逆らうのかぁ?」
兄貴がくいっと、私の顎を掴んで引き上げた。
すぐ目の前には兄貴のニヤついた顔がある。
もうちょっと近づけば、キスできそう。
「…なんで買っちゃ駄目なの。」
「駄目とは言ってない。だが俺のために金を使うとか、そう言うのは止せ。」
「なんで。」
「駄目だからだ。」
「嫌。」
「……お前もなかなかナマイキになったなぁ。嬉しいぜ。」
「…買わせてよ。私だって兄貴に何かしてあげたいもん。」
「うるせぇ。お前は大人しく俺に世話されてればいいんだ。」
「…………私はペットか何か?」
「あぁそうだ。お前は俺の大切で、かけがえのない命よりも大事な可愛いペットだ。」
「……。」
何よそれ。
ずるい。
いつもはそんな事言わないのに。
なんか、不機嫌なのかな。
あと、言ってる内容と態度が全然合ってない。
「で、そんな可愛いペットちゃんには何か欲しい物はないのかな?」
「……ない。」
「嘘つけぇ、何かあるだろ。JKなんだからよ。」
「……ないもん。」
「ほんとかなぁ~?」
そう言いながら、兄貴が私のわき腹をすりすりと撫でてきた。
くすぐったい。
思わず笑ってしまいそうな衝動を抑えつつ。
私は頑なに否定する。
「……私は、何にもいらない。」
「強がるな。ほれ、素直に言いな?」
「……いらないってば。」
兄貴が突然私の欲しがる物を、しつこく聞きただしてきた。
私には、それにどういう意図があるのか解っていた。
もうすぐ、私の誕生日だから。
きっとここで、私が何か欲しい物を言ってしまえば。
兄貴はプレゼントとしてそれを買ってくる。
しかも、なるべく高価な物を。
それが嫌だ。
兄貴にはもう迷惑をかけたくない。
むしろ、私が兄貴にプレゼントしなきゃいけない立場なのに。
だから、絶対言わない。
「ほれほれ綾香ちゃ~ん?お兄ちゃんにおねだりしてみな~?」
「…キモイ。」
「おいさらっとひどい事言うなよ…。」
兄貴は変態だけど。
凄くお人よしだから。
だから、これ以上迷惑はかけない。
兄貴が辛くなることは、絶対しない。
そう決めてるの。
* * * * *
ぼちぼちと、学校へ行く準備をしている。
軽くシャワーも浴びて、髪をセットして。
で、朝ごはんに手をつけようとしてるんだけど。
「おい綾香~何か欲しい物言ってくれよぉ。」
「……。」
兄貴がしつこい。
もういい加減あきらめてよ。私は何もいらないんだってば。
「なぁ~綾香~。」
「……。」
「ほぉ~そうか~そんなに『ダイヤモンドの指輪』が欲しいのか~メモメモ~。」
「…!!そ、そんなのいらないッ!!」
「冗談だって。」
「…もう。」
そんなの冗談だって解ってるよ。
でも、兄貴なら本気で買いかねないと思ったから。
それくらい、兄貴は馬鹿ほど優しいから。
「…ほんとだってば。」
「ん?」
「…何にも、いらないもん…。」
「ホントに何もいらないのか?」
「…うん。」
「ホントだな?」
「うん。」
「ほんとのホントだな?」
「だからうんってば。」
「ほんとのほ―――」
「う゛っっっっっっん゛っっっっっっ!!!!」
「…アッハイ。」
もう。
さすがにしつこすぎ。
怒るよほんと。
「…だからさ。」
「おう。」
「私が、兄貴に買ってあげたいの……プレゼント。」
「駄目だ。」
「嫌。買う。」
「……じゃあもう『セクハラ』してやらねー。」
「…そ、それはイヤッ!」
「だろ?」
「……。」
何よ。
今日の兄貴いつもよりイジワル。
なんか、感じ悪い。
「まぁいいや。また今度聞くわ。」
「…もう聞かないで。」
「嫌だね。」
「嫌、聞かないで。」
「嫌。」
「嫌!」
「んだよぉ。お前そんな頑固だったかぁ?」
「うん。」
「まじかよ…。」
もう、しつこい兄貴なんか嫌い。
私の事思ってくれてるのは解るけど。
そんな優しい兄貴だからこそ。
金銭面では、迷惑かけたくないの。
それだけは解って。兄貴。
* * * * *
「じゃあ、行ってきます。」
「おう、行ってきな。」
何とか兄貴の質問攻めから抜け出して、家を出れた。
もう、なんか変にイライラする。
今日の兄貴は一段と必死な感じだった。
そんなに私に何かプレゼントしたいのかな。
もう、ホント馬鹿な兄貴。
そりゃ嬉しいよ。
そこまで私の事思ってくれてるんだもん。
でも、何もいらないの。
ううん、いらないんじゃない。
私が兄貴に、何か買ってもらうような権利はない。
兄貴が苦しい思いをしているのは。
私のせいだもん。
だからごめん兄貴。
私の誕生日は。
素気ない物にして欲しい。
ケーキもいらないし、ご馳走もいらない。
だからその分、兄貴が誕生日の時はご馳走にしよ?
その為に、私も頑張って貯金するから。
兄貴が私の事を優先するなら。
私は、その逆なの。




