兄貴の「仕返し」
「ねぇ兄貴。」
「ん。」
「今日も夜勤?」
「あぁ。」
「…ふ~ん。」
「それがどうかしたか?」
「…がんばれ。」
「おうよ。」
兄貴は、今日は夜勤の日らしい。
今はちょっと早めの、晩ごはんの支度をしている所。
野菜炒めを作ってるらしい。
結構いい匂い。
胡椒の香りがお腹に響く。
「ねぇ。」
「ん。」
「味見させて?」
「おう、口空けな。」
「あ~…。」
私が口を開けて待機していると。
味見ってレベルじゃない量の野菜を一気に口にねじ込んできた。
「あがっ……!!」
「ほれほれこぼすなよ?」
「…っ!!!」
ひどい。いきなりあんな量入れて来るなんて。
本気で全部吐きかけたんだけど。
必死に口を動かして、何とか食べることが出来た。
やっぱ美味しい。
鶏がらスープの素か何か入れてるのかな。
「もう!意地悪しないでよっ!」
「で、味は?」
「………美味しい。」
「よし。」
何事も無かったかのように、またフライパンで料理を転がし始めた。
何よ。
ひどいよ兄貴。
仕返ししてやる。
この間、私の「下」を全部引きずり降ろしたように。
兄貴のを全部降ろしてやる!
えいっ!
ガッ
あれ、全然下がらない。
ズボンが硬くて何も動かない。
男の人のズボンって、こんなにキツイの?
「はは~ん残念だったなぁ。お前くらいの握力じゃ俺のガードは崩せないぜぇ~?」
「…むぅぅぅ!はあっ!!」
ムカついたから。
思い切り兄貴の「脛」を蹴ってやった。
「ア゛ア゛ア゛ェェーーーー!!」
「ふんっ!ざまぁみろ!」
「お…お前……これから夜勤の奴の脛を蹴るとは…いい度胸してんなぁ…。」
「あ…ご、ごめん。」
「後で『仕返し』してやるからな…。」
「だ、だってさ!兄貴が先にしてきたんだもん!」
「みてろよぉ…?」
「うっ…。」
あぁどうしよう。
兄貴に火をつけちゃった。
後でひどいことされそう。
まぁただ痛いだけなら平気なんだけど。
恥ずかしいのだけは…ちょっと勘弁かな…。
* * * * *
「いただきます。」
「いただきゃす。」
晩ごはんの時間。
さっき兄貴が作ってくれた野菜炒めが美味しそうな匂いを漂わせながら、机の真ん中に鎮座している。
見るからに美味しそう。
「………。」
「………。」
さっき兄貴が、「仕返ししてやる」と言っていた。
兄貴がいつ何を仕掛けてくるか解らない。
私は警戒しつつ、箸を進めた。
パシャ
ん?
何かを撮るような小さな音が聴こえた気がした。
しかも、机の下から。
まさか。
「…!」
私は机の下をバッと覗いて。
だけど、確信できる証拠はもう無かった。
でも何をされたかは解る。
兄貴に、絶対「スカートの中」を撮られた。
「ねぇ兄貴。」
「ん。」
「今、撮ったでしょ。」
「何を?」
「……私の…下着…。」
「それが何か?」
「何か?じゃないでしょ!」
「…今日は『ピンク』か。可愛いじゃねぇか。」
「……今すぐ消して。」
「おい、そりゃないぜ?わざわざ部屋着にスカートなんか履いてるお前が悪いんだからよ。」
「……じゃあ、もうご飯食べないもん。」
「解った消すから、ほれ。」
兄貴がスマホを私の前に差し出してきて。
私の「下着」が写った写真を、目の前で削除した。
「これでよろしいか?」
「…うん。」
「よし、ほら食うぞ?」
「うん。」
私が拗ねると、すぐに兄貴は折れてくれる。
まぁそう言う所は優しいよね。
でも、兄貴の「仕返し」にしてはあっさりし過ぎている気がする。
まだ、何か仕掛けてくるつもりだろう。
「んだよぉ。そんなに警戒しなくても何もしないって!」
「……。」
絶対嘘だ。
隙を見せたら絶対何かされる。
私は足をきっちり閉じながら、警戒しつつ晩ごはんを進めた。
* * * * *
でも、それ以降兄貴が特に何か仕掛けてくることはなかった。
おかしいなぁ。いつもの兄貴なら絶対何かしてくるはずなのに。
「……。」
「…なんだよ。何不服そうな顔してんだよ。」
「いや?別に?」
「ほう?そうか。」
何か企んでる顔はしてるんだけど。
何するつもりなんだろう。
なんか怖いな。するなら早く仕掛けてきてよ。
「ねぇ。」
「ん?」
「早くしてよ。」
「何を。」
「……『仕返し』するんじゃないの?」
「さぁ?どうだろうな。」
「……。」
ニヤニヤしてるって事は、何か考えてるんだろうな。
でも何か解らない。
何か新しいこと仕掛けてくるのかな。
それはそれで、こっちもちょっとわくわくする。
何されるんだろうって。
* * * * *
あと数十分もすれば、兄貴が夜勤に行く時間だ。
兄貴も、ごそごそと出発の準備をし始めたみたい。
様子をみる限り、何かしてきそうな気配がない。
もしかしたら、「仕返し」って夜勤から帰ってきてからするのかな。
きっとこの前みたいに「長いキス」か何か仕掛けてくるんだろう。
なんだ、今は仕掛けてこないんだ。
そう思うと、ちょっとホッとして。
でもちょっぴり、残念だった。
謎の劣等感に見舞われながら、私は用を足しに「トイレ」に入った。
* * * * *
ドンッ!
「警告する!!!!!!!!!!!!」
…は?
トイレに入って、衣服を降ろして座った途端、扉の外から兄貴が叫んできた。
え、まさか。
「いいかぁ!今お前は『盗撮』及び『盗聴』をされているぅ!お前が用を足した瞬間、その映像と音を『記録』するように仕向けたカメラとマイクをそこに設置したぁ!」
「え…え…。」
「もし今お前がようを足せばぁ!俺はそれを『ディスク』に焼き付けて『永久保存版』にするぅ!勿論ネット上に公開したりはしないがぁ!俺はそれを未来永劫、自分用『オカズ』にする事だろうぅ!」
「え…ちょっと待ってよ兄――」
「それが嫌ならばぁ!俺が夜勤に行くまでの間、お前は用を足さずにそこでじぃ~~っと我慢するのだぁ!せいぜい漏らさないよう辛抱強く我慢するんだな!ふはははは!」
何何何っ。
何言ってるのコイツ。
つまり私にトイレをするなと?
やめてよ。ここで何もせず数十分待ってろってこと?
結構お腹痛いんだけど。
そんなの嫌だ。
トイレに仕掛けてるんでしょ、ならそれを見つけ出して電源を切れば…。
そう思って、トイレの中を覗いた。
案の定、黒くて細い端末がトイレの内上層部から顔を覗かせている。
でも。
それの電源を切ることが、私じゃ絶対無理だという事が、見ただけで解った。
カメラが、トイレの中に。
「入り込んでいる」からだ。
カメラが貼りついているのではなく、元々トイレの一部であったかのようにしっかりと固定されている。
しかも、どうやったら電源が切れるのか解らない。
外そうと思ってガタガタ動かしてみたけど、全然外れない。
なら、何かそのカメラに覆い被せる物があればと思ったけど。
それらしいものは近くにない。
あれ、っていうか「トイレットペ-パー」がない。
は、なにそれ。
一番ずるくない?
どうしよう。
考えるたびにお腹が痛くなってきた。
もうこれ以上行動を起こすのは限界かもしれない。
「あ、兄貴!もう降参!もう解ったから!」
「あと8ふ~ん。」
「え!ちょっと待ってよ!お願いだから!」
「あと8ふ~ん。」
もう最悪。
これが「仕返し」?
冗談じゃないよ。
こんなのひどい。
扉を開けようにも、前に兄貴がいるからか全然ビクともしない。
え、まってよ。
もう無理だって。
「あ、兄貴ぃ!もうやぁ!助けてぇ!」
「あと7ふ~ん。」
「解ったよもういいから!降参でいいからトイレするからぁ!だからせめて紙ちょうだい!お願い!」
「あと7ふ~ん。」
「もういいってばぁ!………もうっ!…泣くからぁ!……ぐすっ…。」
あぁ、泣きそう。
いくら仕返しと言えど、こんなのって…。
私が嗚咽混じりに扉に呼びかけたら。
ガチャっと扉があいて。
「すまんすまん。流石にやり過ぎたわ。」
「…ぐすっ、もうっ!ひどいっ!」
「悪かった悪かった。一回試して見たかったんだよ。な?」
そう言ってトイレにずかずか入ってきて。
便座の後ろに手を廻し。
トイレの中のカメラを、後ろから「引っこ抜いた」。
何それ、後ろから差し込める場所あったの?
初めて知った。
「凄いだろ?後ろから差し込むだけで撮れるカメラだぜ?俺の発明品だ。」
「ぐすっ…もうぅ…馬鹿ぁ…!」
「悪い悪い。ちなみに『盗聴』してるってのは嘘だ。マイクもねぇよ。安心しな?」
「もうっ!変態っ!最っ低!このゲスぅ!」
「おうおう『褒め言葉』がどんどん突き刺さってくらぁ。ほら、紙。」
「馬鹿ぁぁ!!」
あぁもう疲れた。
ホントに漏れそうだったじゃん。
ホントここまで変態だとは思わなかった。
まさか妹のこんな所撮ろうとしてくるなんて。
もう、早く夜勤いっちまえ!
でも夜勤頑張ってね。
帰って来たら、きっちり説教してやるんだから。
あぁお腹痛かった。




