どうしてそんなに優しいの?
「――――はっ!?!」
「………zzz。」
「……………はぁ………はぁ……はぁ……。」
どうやら…朝のようです。
私は飛び起きるように、布団からバッと体を起こしました。
とても嫌な夢を見てしまったようです……。
私が馬鹿だった頃の昔のあの時、そのままの夢です。
あれは夢ではなく…現実。
大好きなお兄ちゃんに……私は……なんて酷い事をしていたのでしょうか……。
「……はぁ………うぅ………ぐすっ…。」
しばらく頭が働かず、真っ白な状態でした。
胸の中で掻き乱れる罪悪感と、自分自身への憎悪感とが渦巻き、吐き気がするほど苦しい。
その苦しさと共に、喉の奥から込み上げてくる後悔と憂い。
もうあの時の事なんて考えたくなかったのに…。
考えない様にしようって決めたのに…。なのに…。
自然と涙が目から溢れ出てきます。
その涙が垂れるにつれて、どんどん自分という存在が嫌になっていって……。
憎くて…情けなくて…。
「嫌……もう考えたくない……もういやだ…ぐすっ……どっかいってよぉ……。」
私の意志に反して、過去のお兄ちゃんに犯した罪がどんどん脳裏に湧き出て来て、私の心を襲ってきます。
そうです。
全部、私が悪いんです。
お兄ちゃんが苦しむ事になったのは、全部全部私のせい。
私の家族から酷い仕打ちを受け続ける破目になったのも、お兄ちゃんが部屋に閉じこもらなければいけなかったのも、食事を与えられなかったのも。
挙句の果てには、家を追い出されなければいけなくなったのも…。
全部私の…。
私の…。
「もうやだ………私の頭に出てこないで……お願いぃ………忘れさせてよぉ……。」
もう自分が嫌だ。
今すぐにでも死にたい。
どうして私は、大好きなお兄ちゃんにあんな事をしてしまったの?
男だから?嫌いだから?
なんで…なんであんな事したの…。
もう解らない…。
自分が信じられない…。
もう何も…考えられない……。
「う………うぅ……。」
「………み……みる…。」
「――!?」
私が自分の忌々しい過去を嘆いていた矢先。
私を呼ぶ、か細い声が耳に入ってきました。
側で寝て居たお兄ちゃんが目覚めて、私に話しかけてきてくれたようです。
きっと私の嗚咽で目が覚めたのでしょう。
涙を流す私の顔をじっと見つめ、気遣うような顔をしています。
「………泣い……てるの…?」
「お………おにぃちゃん……。」
「………泣かない、で……僕………みみるが、泣いてるの……いや、だ…。」
「……。」
駄目だよ……。
なんで…なんでそんな優しい言葉を使うの……?
こんな私に、そんな優しい目を向けないで……。
貴方をそんな醜い体にしたのは、この私なんだよ…?
そんなに見つめないで……。
そのお兄ちゃんの目…私大好きだよ…。凄く好き…。
でもね……その純粋無垢なその優しい瞳が…私にとってはどんな鋭利な刃物よりも鋭くて辛いの……。
お兄ちゃん…やめて…。
もっと私を憎んで…。
じゃなきゃ……辛いよ、私…。
「うぅぅ……おにぃちゃぁぅぅん……。」
「………みみる………てぃっしゅ……使う…?」
「…ぐすっ……ごめん…ありがっ……本当にありがとね……。」
「………うん……おはよう…みみる…。」
「…うんっ、おはよ…おはよぉ……。」
時刻は、朝の6時半。
まだ外は薄暗く、部屋もぼんやりと青みがかっています。
そんな部屋の真ん中で、私は。
私の、この世で一番大好きな人に。
私が、この世で一番憎まれるべき人に。
身を寄せて縋り、胸に顔を埋めて泣きじゃくりました。
* * * * *
「………みみる……大、丈夫…?」
「…うん、もう平気だよ……ありがと……本当にありがと…。」
「………。」
顔を俯けながら、お兄ちゃんにぎゅっと抱き着いたまま数分が経ちました。
先ほどまでの気分とは一転し、気分は落ち着いています。
お兄ちゃんが優しく励ましてくれたおかげです。
私の背中を、子供を寝付かせる時の様にトントンと打ってくれたり。
時折、私の頭を撫でてくれたり。
そんなお兄ちゃんの介抱もおかげもあって、涙もぴたりと止まりました。
本当に…優しくて素敵なお兄ちゃんです…。
ありがとう…大好きだよ…。
「……お兄ちゃん…。」
「………?。」
「大好き…。」
「………。」
「お兄ちゃんは…私の事…………嫌い?」
「………。」
「…ふふっ……嫌いに決まってるよね……。散々酷い事してきた私の事なんて……好きになる訳無いよね…。」
「………。」
「……。」
お兄ちゃんは、表情を何一つ変えず私を見つめてくれています。
その視線が、何だか辛いです。
当然だよね…。
取り返しのつかない事、お兄ちゃんにいっぱいしちゃったもんね…。
ごめんね…。その分、一生かけて償ってあげるからね…。
グぅぅ。
静寂の中、誰かのお腹が空腹を訴えました。
今のは…お兄ちゃんかな?
「………ご…ごめ……その……。」
「…へへへっ、お腹すいたね。…朝ごはんにしよっか。」
「………。」
「何かリクエストある?」
「………。」
「…いつも通り、お任せ?」
「………。」
「…お味噌汁とかでいい?」
「………うん…。」
「うん、解った。直ぐ作るから待っててね?」
「………うん…。」
私はお兄ちゃんからすっと離れ、朝ごはんの支度をしにキッチンへと向かいました。
なんだか私最近、お兄ちゃんに泣き付いてばかりですね…。
もっとしゃんとしないと…。
本当…私は学習しない人間ですね…。
自分がつくづく嫌になってきます。
今すぐにでも、自分を捨てたい……。
でもそんな私には今、お兄ちゃんを養うという大事な責務があります。
その責務がある限りは、自分を捨てる訳にはいかないんです。
だから…。お兄ちゃん。
こんな私だけど、側に置いててね。
きっと私、立派なお兄ちゃんの「道具」になって見せるから。
昔私が、お兄ちゃんを「道具」として扱っていた時の様に…。
お兄ちゃんだけの、道具になるの。
これからずっと。ずーっとね。




