イマドキの女子高生を助けた。
「はぁ…………やっぱ私だけじゃダメかぁ…。」
お兄ちゃんを家で寝かせたまま、彼の「身分証」等を取得するため各所を回りながら何とかできないかと奮闘している所です。
本当は本人が居てくれれば一番いいのですが、体が弱いお兄ちゃんを連れて回るのはさすがに難しいと思ったので、こうして一人で駆け巡っているのですが…。
やはり世の中、そこまで甘くはありませんでした。
私一人ではなく、本人であるお兄ちゃんも一緒でないと「身分証」を取得できない事になっているようです。
まぁ当然と言えば当然ですし、私も解ってはいたのですが。
ここまで何ともならないとは思っていませんでした…。相談どころか、会話すら取り合ってくれません。
私の考えが浅はかでした。
ごめんねお兄ちゃん…私、やっぱり一人じゃ何もできないみたい…。
「どうしよかなぁ……。」
もはや手詰まりの状態です。
今日は、これ以上私がお兄ちゃんのためにしてあげられる事は少ないでしょう。
さすがに色々準備が足りませんでした…。ショックです。世の中の厳しさと複雑さを改めて実感しました。
私はがっくりと肩を落とし、とぼとぼと車の中に戻りました。
* * * * *
でも。
「あ、そうだ。」
電化製品を取り扱っているお店が多い商店街の前を車で横切る時に、一つだけやるべき事を思い出しました。
お兄ちゃんとの、連絡手段の入手です。
新しく私が「アイフォン」を新規契約し、それをお兄ちゃんに託せば…。
そう考えて私は、近くの通りにある駐車場に車を止めて、最寄りの携帯ショップに駆け込みました。
* * * * *
「では、こちらにサインをお願いします。」
「はい!」
目的通り、二台目の「アイフォン」を入手する事ができました。
もちろんこれはお兄ちゃん専用機にするつもりです。
これで無事、お兄ちゃんとの連絡手段を入手する事が出来ました。
こうして離れ離れになっていても、これがあればお兄ちゃんとラインも出来ますし通話もできるでしょう。
そう思うと、何だかわくわくしてしまいます。
本当のカップルの様な事がお兄ちゃんと出来てしまうかも知れません。
まぁその分使用料等も増えてしまうのですが…。
これもお兄ちゃんのためです。お金なんて気にしていてはいけません。
「これで一歩全身だよね。」
物事が一歩前進したことに喜びを感じながら、私は新しいアイフォンを携えながら携帯ショップを後にしました。
* * * * *
「ふぅ~、今日はこんな物かな~。」
一日中駆け巡った割にはあまり物事が進展しませんでしたが、これも一興です。
一個ずつコツコツと熟していけば、その先にはお兄ちゃんと幸せに過ごせる日々が待っているはずです。そう私は信じています。
「さてと、する事も終わったし…ちょっと買い物したら帰ろっかな。」
さぁ、家でお兄ちゃんが待ってます。
やることも無くなってしまったので、そろそろ帰途につきましょう。
そう思い、駐車場に向けて歩き出そうとした―。
その刹那。
「キャァッ!」
どこからか、劈くような女性の金切り声が聴こえました。
何事かと思い、周囲を見渡していると。
私のいる通りの奥から、如何にも怪しそうな男がこちらに向けて走ってきました。
帽子を被り、マスクとサングラスを装着しているその男の手には。
その男の私物とは思えない、「学生バッグ」が握られていました。
「だ、誰かそいつを!」
その男の向こう側には、体勢を崩して倒れている一人の女性が見えました。
服装を見る限り、女子高生の様に見えます。
そこまで見て、状況を把握できました。
この男が、彼女のバッグを強奪したのだと。
間違いなく、「窃盗」です。
「おらどけぇッ!」
「……。」
メラメラと、私の中で何かが燃え始めました。
私が何とかしなきゃ。
そんな使命感が、私の中で煮え滾ってきました。
男は私が居ることなどお構いなく、こちらに向けて走ってきます。
きっと私くらいなら、どうにかなるとでも思ったのでしょう。
甘いです。
私は持っていた荷物をするっと地面に置き。
ダンッ!!
と、その男に向かって大きく踏み込みました。
「!?」
その私の行動に驚いたのか、男が一瞬怯んで。
私はその隙をついて。
思い切り。
「せいやぁぁっ!!!!!!!!!」
男の「首」に目掛けて。
「足刀蹴り」をかましました。
その蹴りを受けて、男は「ぐふっ!」と咳き込むような声を上げながらバタリと倒れ。
そのまま地面に伸びてしまいました。
どうやら、気絶してしまったようです。
「は~~っ…。」
勢いよく息を吐いて、私は構えを解きました。
私は背もあまり高くないですし、体つきも女らしくないので周囲からよく見下されがちですが。
「力」にだけは、自身があります。
もう何人も変質者を撃退したことがあるんです。
空手女子を、舐めないで下さい。
「…よいしょっと。」
私は、地面に置いた自分の荷物を手に持ち。
続けざまに、気絶した男の手から「学生バッグ」を取り上げて。
それを、未だ奥で倒れている女子高生の元へと持って行きました。
その私の様子を見て安心したのか、その女子高生も立ち上がってこちらに歩み寄ってきます。
「これ、君のかな?」
「あ…は、はいっ、そ、そうです。」
余程怖かったのでしょう。私がバッグを手渡すと、それをぎゅっと抱きかかえながら静かに泣き始めてしまいました。
「すみませ……ありがとう…ございますっ。」
「いえいえ!ちゃんと気をつけなきゃ駄目だよ?」
「はいっ……すみま…せっ…。」
「怪我とかしてない?怖かったでしょ。」
「はい…だいじょうぶっ……です。」
ぽろぽろと涙を零しながら、懸命に答えてくれています。
イマドキ系の女子高生ですが、何だか真面目そうな雰囲気の子だなぁと思いました。
それにしても、こんな時間帯にこんな子が一人でぶらついているなんて驚きです。
この辺りは人気も少ないですし、女性にとって目ぼしい物は無い様に思えるのですが。
「あの……すみませ…御礼とか、したいんですけど……私…。」
「ううん!いいよそんなの!それより、誰かに見られる前に何処か別の場所に行った方がいいと思うよ。高校生みたいだし、これ以上面倒になりたくないでしょ?」
「え……でも…………いいんですか?」
「うん!後は私に任せて!」
運よく、この通りには私たち以外誰もいないようです。
たぶん先ほどの出来事も、おそらく目撃者はいないでしょう。
事が荒立たない内に、この子には退散して貰った方が早く事が済みそうです。
そうでないと、私が迷惑を被ります。
私は早く家に帰ってお兄ちゃんに会いたいんです。
こんな事で時間を取っている暇はありません。
さっさと終わらせて、さっさと帰りましょう。
「あ…あの、じゃあ……本当に、ありがとうございました!」
「うん!これからも気をつけてね!」
「はいっ。」
そう言って、彼女は何処かに走り去って行きました。
本当はあの子も踏まえて警察に行くべきなのでしょうけれど…。
あの子に非は無いでしょうし、これでいいでしょう。
「さてと…どうしようかなぁ。」
私は、地面に突っ伏している男に目をやりました。
早くこいつを警察に突き出して、うまく事情を話して家に帰りましょう。
お兄ちゃんを待たせる訳にはいかないですし。
思わぬ面倒事に巻き込まれてしまいましたが、いい刺激になりました。
お兄ちゃんへの見上げ話にしましょう。
そう思いながら、私は警察に連絡しました。
「変質者を撃退しました」、と。




