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お兄ちゃん依存症  作者: 南瓜
高坂未見の世界
14/54

おやすみ、お兄ちゃん。


 「よしっ!晩ごはん作るね!」

 「………うん…。」

 「何かリクエストある?」

 「………。」

 「おまかせ?」

 「………うん…。」

 「うんっ!」

 

 お昼ごはんの後、お兄ちゃんと色々話し合ってしました。

 その中で、今後の方針や決定事項などが沢山出てきました。


 まず一つ、お兄ちゃんの名前が決まりました。

 新咲(しんざき) 未来渡(みくと)と言う名前です。

 買い物しながら考えただけの、対した工夫もしていない名前ですが。

 お兄ちゃんは、この名前を気に入ってくれたようです。

 なんだか申し訳ないです。こんな名前で本当に良かったんでしょうか…。

 

 そして先ほどまで、この新しい名前の読み書きをお兄ちゃんに教えていました。

 お兄ちゃんは訳合って「小卒(しょうそつ)」なので、既に漢字のほとんどを忘れてしまっているようです。

 なので、書き順や字の止め・払い等を教えながら一緒に勉強していました。

 私も漢字の書き順なんて普段意識する事がないので、ちょっと貴重な体験でした。

 これからも、この様な小まめな勉強がお兄ちゃんには必要そうです。



 後は、近いうちに「診察」を受けて貰おうと思っている事などを伝えました。

 このまま医師等に、お兄ちゃんを一度も診て貰わずに生活し続けると言う訳には行きません。

 今のお兄ちゃんの体に異常があるかどうかまでは私にも解らないので、その辺りは専門家にお願いするしかないでしょう。


 でもお兄ちゃんは相変わらず、病院に行くことを拒んでいます。

 なので、「診療所」のような小さな医療機関にその内連れて行こうと思います。

 小さな規模の物なら、本人も恐らくは平気なんじゃないかなと考えています。 

 ですが、仮に診療所すらも拒否されるようならもう()()()()に頼むしかありません。

 あまりあの人は信用出来ませんが…知識はある人なので大丈夫でしょう。



 「よ~し、今日の晩ごはんは『ドリア』に挑戦してみようかな~!」

 

 私はぎゅっと腕まくりをしてキッチンに立ちました。

 「ドリア」なら何度か作ったことがあります。

 なるべく味を濃くしないように工夫しながら調理してみましょう。


 待っててね、お兄ちゃん!

 


 * * * * *



 「はい、あ~ん」

 「………あ…。」

 「…どう?美味しい?」

 「………うん……すごく…。」

 「よしっ、よかった♪」


 試行錯誤の末、無事に「ミートドリア」を完成させる事が出来ました。

 お兄ちゃんも、味に満足してくれてるみたいです。

 こうしてお兄ちゃんに美味しいと言って貰えると、もっと豪華な料理が作りたくなっちゃいます。

 この調子でどんどんお兄ちゃんを喜ばせていってあげたいです。


 「………みみる…。」

 「うん?」

 「………ありがと…。」

 「…もう、お礼なんていいよぉ!お礼言いたいのは私の方なんだから!」

 「………。」

 「ふふっ、はいっポテトサラダもどーぞ?」

 「………うん…。」


 お兄ちゃんが私にこうして食べさせてあげてる時は、いつも申し訳なさそうな表情をしています。

 そんな顔しなくていいのに…。

 なんだか、複雑な気持ちです。

 

 「ねぇお兄ちゃん。」

 「………?。」

 「えへっ♪お兄ちゃんの食べてる姿可愛い!」

 「………。」

 「写真撮ってもいい?」 

 「………。」

 「だめ?」

 「………。」

 「撮るね!」


 パシャ


 「ありがと!」

 「………。」


 終始困った顔のお兄ちゃんでしたが、おかげで戸惑っている可愛いお兄ちゃんを写真に収める事が出来ました。

 さっそく保存しましょう。


 この様に、日々日常のお兄ちゃんを収めた「写真集」のような物を本人には秘密で作成する予定です。

 きっと私にとって、かけがえのない「一生物の宝物」になるでしょう。

 完成が待ち遠しいです。

 

 

 * * * * *



 「お風呂は入る~?」

 「………。」

 「どうする?」

 「………入った……ほうが……いい…?」

 「ううん!お兄ちゃんに任せるよ!」

 「………。」

 「やめとく?」

 「………うん…。」

 「うん!じゃあ、今日はもう寝よっか!」

 「………。」


 晩ごはんも無事完食してくれました。ありがとうね、沢山食べてくれて。

 そして食器類の片づけも済ませて、お兄ちゃんにはもう就寝してもらう事になりました。

 まだ時間帯的には早いのですが、今はしっかり体を休ませてあげないと。


 「はい、横になってね~。」

 「………。」


 お兄ちゃんを支えてあげながら、ゆっくりとソファーに横たわらせて。

 そっと、毛布を掛けてあげました。

 そうすると、お兄ちゃんの表情も心なしか柔らかくなりました。

 きっとこの体勢が落ち着くのでしょう。


 「寒くない?」

 「………うん…。」

 「うん!…じゃあ、おやすみ。」

 「………みみるは…。」

 「うん?」

 「………みみるは……まだ…寝ないの……?」

 「うん、私はちょっとだけお仕事したら寝ようかな?」

 「………。」


 ここ最近お兄ちゃんに付きっきりだったので、本来するべき仕事の作業を少し溜め込み気味です。

 今のうちにやっておきましょう。

 私はノートパソコンを持ってきて、お兄ちゃんの寝ているソファーの前の机でそれを開け、作業する事にしました。

 

 「何かあったらいつでも呼んでね?」

 「………うん…。」 

 「うん!」


 今はまだ20時です。

 22時くらいまでは頑張る事にしましょう。

 私は部屋の明かりを若干暗くして、メガネをかけてパソコンに向き合いました。

 


 * * * * *



 「…………。」


 無言のまま、作業に徹しています。

 打込み作業に入って、もう30分ほど経過しました。

 お兄ちゃんはまだ起きているようです。

 眠くないのでしょうか。

 

 「………。」


 ちらっと、お兄ちゃんの方を見ました。

 やはりまだ起きているようで、薄く目を開けて私の事をじっと見つめてくれています。


 「…もしかして、明るくて眠れない?」

 「………ううん…。」

 「大丈夫?」

 「………うん…。」

 「そっか!」


 お兄ちゃんに見られていると、ちょっと恥ずかしいです。

 でも、何だか安心できます。

 見守られているような感じがして、落ち着きます。

 

 今の調子なら、予定通り22時くらいには今日のノルマは達成できそうです。



 * * * * *



 21時半。

 

 時間を忘れて作業に集中して。

 ちょっと目を休める為に、後ろに仰け反りました。


 そしてまた、くるっとお兄ちゃんの方を見ました。 

 まだ起きているようで、未だにじっと私のことを見てくれています。

 なんだか嬉しいです。

 思わず、ずりっとお兄ちゃんの近くへ近寄り。

 そっと、毛布の上に手を置きました。



 「…まだ眠くない?」

 「………うん…。」

 「うん。喉は乾いてない?」

 「………うん…。」

 「うん、なら…良かった。」


 そんな静かな会話を交えつつ。

 じっとお兄ちゃんと、見つめ合っていました。




 「………みみる…。」

 「ん?」

 「…………もう…………僕のこと…………嫌いじゃ、ないの?…………」

 「…。」




 突然お兄ちゃんから向けられた質問に。

 ゾワッと、血の気が引くような感じがしました。



 「…うん。お兄ちゃんの事、凄く好きだよ。」

 「………。」

 「だから安心してね。もう、怖い私はいないから…。」

 「………。」



 まだ信じては貰えないでしょう。

 解っています。

 でも、本当なんです。

 もうお兄ちゃんには、ひどいことは絶対しません。


 昔の様なことは、絶対に。





 「………みみ、る…。」

 「うん?」

 「…………僕……このまま………生きてて…………いい……?」

 「…。」




 やめて…。




 「………いつまで……みみるの……とこ…………居ていい……?」

 「…。」




 そんな事…。




 「………みみるが…………言って、くれたら………僕……いつでも…………出ていく………いつでも………………死ぬ…………。」

 「…ううん。」



 そんな事言わないで…。

 お兄ちゃんがそんな事言っちゃ駄目だよ。

 そんな、出ていくとか死ぬとか。

 そう言う選択肢を選べるのは。


 私だけだよ。


 

 「お兄ちゃんは…何も…考えなくていいよ……。」

 「………。」

 「ちゃんと、私が全部するから……だから…変な事……考えちゃ駄目…。」

 「………。」



 もう、駄目だなぁ私。

 何ですぐ泣いちゃうんだろう。

 ホント馬鹿だな、私って。



 「だからね……お兄ちゃんはね……。」

 「………みみる……ごめ……………泣かないで………大丈、夫?………ごめ……。」

 


 お兄ちゃんが。

 わなわなと震える手を、私に向けて伸ばしてくれて。


 私は、その手をぎゅっと握って。

 縋り付いて。



 「うぅぅ………ごめんね…お兄ちゃん…。」

 「………泣かない、で………ごめ………みみる……。」

 「うぅぅ…。」



 そのまま、泣き崩れてしまいました。

 ごめんねお兄ちゃん…。

 こんな泣き虫な妹でごめんね…。



 あぁ…もうすぐ22時だ…。



 * * * * *



 その後、泣きじゃくりながらパソコンに向き合って、無理矢理作業を終わらせました。

 少し時間をオーバーしましたが、今日の仕事ノルマ達成です。

 もう夜も遅いので、私も寝ることにしました。

 


 「…お兄ちゃん。」

 「………。」

 「お兄ちゃんの側で寝てもいい?」

 「………。」

 「嫌なら…やめとくよ?」

 「……………みみるが……いい、なら……。」

 「ホント?」

 「………うん…。」

 「ありがと!」



 お兄ちゃんから許しを得て、私はお兄ちゃんの横たわるソファーのすぐ側に布団を敷き。

 ごろりとそこに寝転がりました。

  

 「えへっ!ここ邪魔じゃない?」

 「………うん…。」

 「うん!」


 ついに。

 お兄ちゃんと人生初の「添い寝」です。

 嬉しいです。最高のご褒美です。

 いつか体験してみたかったんです。

 

 電気を消し、布団に包まって。

 ずりっと、お兄ちゃんの方に寄り添って。



 「ふふっ♪………じゃあ、おやすみ…お兄ちゃん。」

 「………うん……おや、すみ……。」

 

 お兄ちゃんの方を向きながら。

 眠気が来るのをじっと待ちました。





 「…ねぇ…お兄ちゃん。」

 「………?。」

 「もうちょっと、そっちに寄ってもいい?」

 「…………うん…。」

 「やった。」


 私はお兄ちゃんにずいっと近づきました。


 「…大好きだよ…お兄ちゃん…。」

 「………。」

 

 そのまま私は、ゆっくり目を閉じました。

 今なら、流れでキスとか出来たかな?


 いえ、キスはまだ駄目です。


 私はお兄ちゃんが好きだけれど。

 お兄ちゃんは、私の事なんて何とも思ってないかも知れないから。



 もっと仲良くなるまでは。


 我慢しなきゃね。

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