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お兄ちゃん依存症  作者: 南瓜
高坂未見の世界
13/54

お兄ちゃんの新しい名前。


 「ごちそうさまでいい?」

 「………うん…。」

 「は~い!ごちそうさまでした!」

 「………ごちそ……うん…。」


 お兄ちゃんが無事、お昼ごはんを完食してくれました。

 焼き魚を食べさせるのになかなか苦戦しましたが、でも美味しそうに食べてくれました。

 今晩は肉類も食べてもらいましょう。

 腕によりをかけて作ります。


 「………みみ…る…。」

 「お?なぁに?」

 「………あ………。」

 「え?」

 「………ごめ、ん……なにも……。」

 「え、え?なに?言っていいよ?」

 「………。」

 「…うん?」


 お昼ごはんの片づけをしている途中。

 お兄ちゃんが私に何か求めてきたのですが、口を噤んでしまいました。

 もしかして、まだ食べたりなかったのでしょうか。


 「まだ、お腹空いてる?」

 「………ううん…。」

 「あれ?じゃあ…なにかな?」

 「………な……なにも……。」

 「ん~?」


 頑張って考えたのですが、お兄ちゃんが言おうとしていることが解りませんでした。

 何を言おうとしたのでしょう。

 

 解らないまま、私は食器を洗う事にしました。



 * * * * * 



 「ねぇお兄ちゃん。さっきなに言おうとしたの?」

 「………。」

 「ねぇ~~教えてよぉ~~。」

 「………。」

 「む~。」


 その後、お兄ちゃんが何故かだんまりとしてしまいました。

 どうしたのでしょう。遠慮せずに言ってくれていいのに。


 「お兄ちゃ~ん?」

 「………。」

 「ん~わかった。さっきの事はもう聞かないから、他の事聞いていい?」

 「………うん…。」

 「やった!」


 話を逸らすと、素直に応答してくれました。

 さっきお兄ちゃんが言おうとした事は、よほど本人の中で何か引っかかる事だったようです。

 

 「じゃあお兄ちゃん、一つだけ提案があってね?お兄ちゃんの…名前決めようと思うんだけど、いい?」

 「………なま、え…?」

 「うん。お兄ちゃんの呼び名…まだないからさ、決めよ?」

 「………。」

 「あ、それか『昔の名前』を憶えてるならそれでいいんだけど、憶えてる?」

 「……………おぼえて、ない……。」

 「そっか……じゃあ、新しいの決めよっか!いい?」

 「………うん…。」


 買い物しながら密かに考えていた、「お兄ちゃんの名前」。

 本人もやはり「昔の名前」を憶えていないようなので、思い切ってもう考えてしまいましょう。


 実は「姓」を私と一緒にするか別にするかも悩みましたが。

 取りあえず別の「姓」にする事にしました。

 本当は兄妹っぽく一緒の「姓」にしたかったのですが…。

 一緒だと、後々不便な事がありそうだったので。


 「じゃあ、どんな名前にしよっか?」

 「………。」

 「お兄ちゃんは、こんな名前がいいなぁ~とかってある?」

 「………。」

 「まぁすぐには思いつかないよね~…。」

 「………。」

 「一応ね!私が考えてみた名前があるんだけど、見てくれる?」

 「………うん…。」


 人の名前を勝手に考えるって、失礼ですよね…。

 それは重々承知しています。

 でも、これからお兄ちゃんに明るい人生を歩んでもらう為にも。

 これは必要なことだと思っています。


 「こういう字なんだけど…。」

 「………。」


 小さなメモ帳に、私の考えた名前をさらっと書いて。

 それをそっと、お兄ちゃんに見せました。




 「新咲(しんざき) 未来渡(みくと)」。




 私の考えた、名前の解らないお兄ちゃんの。

 新しい名前です。


 

 「ど…どうかな……さ、流石に変かな~?」

 「………。」

 「や、やっぱ変だよね~!ど、どうせならもっとカッコイイ名前にしたいよね!」

 

 私は、その名前を書いた紙を切り取って捨てようと思ったのですが。

 お兄ちゃんが、その私の手をグッと抑制して。


 「………それで、いい…。」

 「えぇ?」

 「………それでいい…。」 

 「…こ、こんな名前でいいの?」

 「………うん…。」

 「私みたいな奴が考えた名前なんだよ?ただ文字を当て嵌めただけの名前だよ?もしかしたら凄く不吉な名前かもしれないんだよ?」

 「………うん…。」

 「本当に……いいの?」

 「………いい…。」


 承諾、されてしまいました。

 どうしましょう。

 景気のよさそうな字を当て嵌めただけなのに。


 「じゃあ……これが、お兄ちゃんの名前…でいいんだね?」

 「………うん…。」


 まさかこんな名前を受け入れてくれるとは思ってなくて。

 頭が若干混乱しています。泣きそうです。

 もっと姓名判断士さんとかにお願いして、しっかり決めるべきでした。

 こんな簡単に決まってしまっていいんでしょうか。



 でも。

 お兄ちゃんが、その私の書いた名前をじっと見つめていて。

 まるで、捜していた何かを目で捕えた様な、すごく真剣な表情をしていて。

 その眼差しを見ると、考え直そうなんて言い出せなくて。

 


 「………みせ、て…。」

 「え?あぁうん!はい!」

 「………。」


 見て覚えようとしてくれているのか、新しい名前をじっと見つめたまま動かなくなりました。

 なんだか、そんなに真剣に見られると申し訳ないです。

 もし縁起の悪い名前とかだったらごめんね…。

 

 「………なんて、読むの…?」

 「え、それ?えっとね、『しんざき みくと』って読むんだよ!」

 「………しんざき……みくと…。」

 「…ど、どうかな。やっぱ変かな?」

 「………僕の……名前、なんだよね…?」

 「う、うん…そのつもりだよ?」

 「………ありがと……みみる…。」

 「え…。」

 「………嬉しい……名前……くれ、て………ありがと……みみる………ほしかった……嬉し………ありがと…。」

 「……。」



 なんだか。

 すごく、そのお兄ちゃんの声が。

 か細くて。

 切なくて。

 思わず、泣けてきてしまって。


 よほど辛かったのでしょう。

 誰からも、名前を呼んでもらえず。

 「おい」だの「おまえ」だのとしか呼ばれなくて。

 何時しか、自分の名前すら思い出せなくなって。


 どんなに辛くても、寂しくても、誰も自分を呼んでくれない。

 必要な時以外は、ずっと無視され続けて。

 亡き者として、粗雑に扱われ続けて。


 

 「お兄ちゃん…!」

 「………。」


 私は思わず、お兄ちゃんを抱き寄せました。

 何だか、消えてしまいそうだったから。

 すぐにでも崩れてしまいそうなくらい、お兄ちゃんの肩が虚しかったから。

 儚かったから。


 「大丈夫だよお兄ちゃん…!もう…寂しい思いなんてさせないからね……!」

 「………みみる……ありがと…。」

 「ううん…!」


 私みたいな人間なんか。

 お兄ちゃんにお礼を言って貰えるような奴じゃないのに。


 私は、お兄ちゃんに肩に縋り付いて。

 

 今まで散々苦労してきたであろう、そのお兄ちゃんの背中を。


 そっと、撫でてあげて。



 そしたらお兄ちゃんもそっと、私の背中に腕を廻してくれて。

 

 そんな静かで優しい労り合いが。


 しばらく続きました。

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