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お兄ちゃん依存症  作者: 南瓜
高坂未見の世界
10/54

すべてはお兄ちゃんのために


 「んふふ~♡お兄ちゃ~んっ♡うい~ふい~んふふふふ~♡」

 「………。」


 はぁ。

 幸せです。


 今私は、お兄ちゃんに猛烈に抱き着きながら前後にゆっくり揺れています。

 変な声を出していますが、当然酔っているわけではありません。

 ただ単に、お兄ちゃんに抱き着けるこの幸せをひしひしと噛みしめているのです。


 お兄ちゃんの(くび)が、すぐ目の前にあります。

 痩せ細った首ですが、とても立派です。

 思わず噛みついてしまいたくなるほど、その細い首がかっこよく見えてしまいます。


 ちなみに私は「首フェチ」です。

 正面からでは余りに見えない、影の差しがちな首。

 でも、男性の横顔と共に姿を現すあのシュッとしたラインが凄くかっこよくて。

 汗を拭く時、タオルを首へと近づける瞬間露わにあるあの汗だくの光る首筋。

 飲み物を飲むときに聴こえる「ゴクッ」という音、それと同時に上がり下がりする「のどぼとけ」。

 そして後ろからは、触りたくなるような「うなじ」が見えて…。

 想像すると涙が出るほど、首って素敵なんです。


 まだしたことはありませんが、もしキスをするならまず首からと決めています。

 まずペロッと舐めてから、優しくチュッと口づけする。そしてそのまま流れる様に口へ…。

 それが私の理想のキスです。いつかお兄ちゃんともしてみたいと思ってます。

 まずお兄ちゃんが私のキスを許容してくれるかは疑問ですが…。

 いつか、そんな関係になれるよう頑張ります。


 「………みみ、る……離して………苦し…。」

 「わぁ!ご、ごめん!ごめんねっ?」

 「………いい、よ…。」


 ボーっとしていて思わず、お兄ちゃんに過剰な負荷をかけてしまったようです。

 お兄ちゃんごめんなさい…。

 そうです、今はお兄ちゃんは体が弱いんです。

 もっとしっかり労ってあげないと。

 

 「………みみ、る…。」

 「うん?なぁに?」

 「………寝ても……いい…?」

 「う、うん!じゃあ横になろっか!」


 寝させてしまうのが、なんだか怖いです。

 お兄ちゃんが一度寝たら、もう目を覚まさないんじゃないかって。

 そんな風に不安に思ってしまいます。


 でも、今のお兄ちゃんには体力をつけてもらわないといけません。

 しっかり休んでもらいましょう。


 「はい、これでいいかな?」

 「………うん……ありがと……。」

 「うんっ!」

 「………おや…すみ……。」

 「うん。おやすみ。」


 「ありがとう」や「おやすみ」とお兄ちゃんに言って貰えると、凄く嬉しいです。

 録音して保存したいです。

 私はお兄ちゃんをソファーに横たわらせて、毛布類をゆっくり上からかけてあげました。

 今はソファーで寝てもらうしかありません。まだお兄ちゃんのベッドは買っていないので、買いに行こうと思います。


 きっと今のお兄ちゃんでは、自分から起き上がるのも難しいでしょう。

 ベッドを買うなら、機械付属の、体位を自由に変えられる物がいいでしょう。

 もしかしたらですが、このまま「寝たきり」の生活を余儀なくされるかもしれませんし、なるべく使いやすい物を選ぶつもりです。


 「………zzz。」

 「……ふふっ、かわいい。」


 間もなくして、お兄ちゃんが寝息を立て始めました。

 目を閉じて、ぐっすりと寝ています。


 思わず私は、持っていたアイフォンでその寝顔を。

 パシャリパシャリ。

 二回撮りました。


 これは待ち受けにします。

 もう一枚は保存用です。

 

 「……ゆっくり休んでね。」


 お兄ちゃんと会話ができなくなったので少し寂しいです。

 でも、寝ているお兄ちゃんを見ているのも好きです。


 私はしばらく、そのお兄ちゃんの寝顔をじっと見つめていました。



 * * * * *



 さて、お兄ちゃんが寝てしまったので今からは、お兄ちゃんがより過ごしやすくなるように部屋の環境を整えましょう。

 今は長期期間中で家に居られますが、しばらくすればまた仕事が再開されます。 

 それまでに、身の回りの環境をお兄ちゃん向けに変える必要があります。

 

 まずは、トイレの準備です。

 きっとより頻繁に使うことになるでしょうから、簡易な組み立て式の手すりを設置してみます。

 今のお兄ちゃんは力が非常に弱くなっているため、座るのも立つのも何らかの支えがないといけないでしょうから、トイレでもその工夫は必要な気がします。

 

 次は部屋の至るところにある段差の工夫です。

 なるべく段差が無くなる様に、ガムテープで段ボールなどを張り付けて角を無くします。

 こんな単純な工夫で効果があるかはわかりませんが、一応です。

 あとは部屋にある家具をなるべく減らし、歩くときに何か引っ掛けて躓いたりしないようにして、と。

 念のために買っておいた、体が弱い人用の食器類も開けておきましょう。

 きっと使う事があるでしょうから。


 お兄ちゃんの様子を見る限りでは、普通に生活してしばらく安静にしていれば直に体調は回復しそうです。

 なので、部屋中に手すりなどを設置する等の工事までは考えていません。でも、見当はしておきます。

 お兄ちゃんがより住みやすくなるなら、それが最優先です。

 お兄ちゃんのためならお金はいくらでも使います。

 そのために今まで節約して稼いで来たのですから。


 そう、すべてはお兄ちゃんのために…。



 * * * * *



 「よし、こんなもんかな?」


 私が用意していた「お兄ちゃん専用キット」の全ての準備が終わりました。

 あとは一応「オムツ」も準備しておきましょう。

 もうお兄ちゃんは25歳ですが、今の彼の体調を考えると仕方ありません。


 あとは今から買い出しに行って、食材とバスローブを買ってきましょう。

 今はお兄ちゃんにジャージを着せていますが、思いのほか着させるのに苦労してしまいました。

 もっと脱ぎ着が楽なバスローブのような物がいいと思ったので、何着か買っておきます。

 あと、先ほど買おうと考えていた体位変換ベッドも、市販の物があれば買います。

 でも売っているかどうか怪しいです。お取り寄せしか扱っていない可能性があるので、見かけたら買う程度に考えておきます。

 あとは…。


 「…携帯かな。」


 連絡手段が欲しいです。


 私が仕事に言っている間は、お兄ちゃんは一人です。

 その間にお兄ちゃんに何かあったら困ります。なので、いつでも駆けつけられるように「アイフォン」等の何かしらの連絡手段は用意しないといけません。


 誰かに面倒見を任せてもいいのですが、当然のことながら私の家族になんて頼めたものではありません。

 誰かヘルパーさんなどを呼ぶとしても、それは私が嫌なんです。

 今のお兄ちゃんに、私以外の人を会わせる訳にはいきません。

 いえ、会わせたくありません。 

 

 お兄ちゃんの面倒は私が見るんです。

 誰にも、お兄ちゃんに会ってほしくない。

 お兄ちゃんは、私が幸せにするんです。


 私が、この私が。

 お兄ちゃんをお世話するんです。


 誰にも、私たち兄妹の邪魔は。

 絶対にさせません。

 絶対に。


 



 なので、お兄ちゃん専用の携帯も買おうと思ったのですが、困ったことに。


 お兄ちゃんには、今は名前がありません。

 契約に明記できる名前が無いのです。


 一緒に住んでいた頃も、私たち家族からは名前を託さなかったので呼び名がありません。

 そしてお兄ちゃんは「小卒止まり」で、丁度お兄ちゃんが中学校に入る前にお兄ちゃんは家族を失っていて、そのまま名前も聞かずに私たちと住み始めました。

 それ以降、学校には行かせていません。

 ずっと家で、閉じ込めていたのです。

 そのせいで、誰もお兄ちゃんの名前を知っている人がいないのです。

 お兄ちゃん自身も、もう名前を忘れてしまっていると思います。


 

 でも、くよくよしていられません。

 名前がないなら、考えるしかありません。

 買い物しながら名前を考えましょう。

 勿論、お兄ちゃんが納得するような名前を。


 「……じゃあお兄ちゃん、お買い物行ってくるね。」

 「………zzz。」


 ぐっすりと眠っています。

 この様子なら寝かせておいても大丈夫でしょう。


 私は気持ちを新たにして、家を出ました。


 

 他に買っておくべきものはあるでしょうか。


 近いうちに「パソコン」なども買っておくべきかもしれません。

 あとは、お兄ちゃんと一緒に遊べる「ゲーム」類。

 あとは「マンガ」や「小説」等、他にもお兄ちゃんの「趣味」になりそうな物が思いつけば買っておくべきでしょうか。

 考えるとどんどん出てきます。


 すべてはお兄ちゃんのため。

 

 今まで「地獄」しか見てこなかったお兄ちゃんに、これからは「天国」のみを見てもらいたい。


 そして、その「天国」を作り出すのは、私。


 「よ~し、頑張ろう!」



 そう自分を鼓舞して。



 私は車へと向かいました。

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