照美ちゃん
次の日、着替えをすませ、下の食堂に行く時、マリリンが私の耳元で言った。
「今日は学校にお供できないんですが、よろしいですか」
「えっ、それはかまわないけど、何か用があるの?」
「ええ、ちょっと用があって」
マリリンはにこにこしながら答えた。
「そう。じゃあ用が済んだら、私の部屋にいればいいわ」
「はい、そうさて頂きます。お嬢様」
と、そんなことでその日はマリリンなしで学校へと行った。
マリリンの用っていったい何なのかしらとは思ったけれども、学校の授業に没頭しているとそんなことも忘れてしまっていた。
そうして学校が終り、家に着いてみると執事が私に言った。
「お嬢様にお客様が来てますよ」
「お客? お客って誰」
「それは行ってみれば分かりますよ。お嬢様のお部屋にお通ししておきましたよ」
「えっ、私の部屋?」
客なら応接間に通せばいいのにと思って、私は慌てて自分の部屋へと行った。
自分の部屋へと行ってみると、客用の椅子に一人の少女が座っていた。赤いリボンで一つでまとめた髪にえくぼがとっても似合う、とてもかわいい子だ。その子は言った。
「唯ちゃん?」
その声を聞いた時、私はすぐに分かった。
「照美ちゃん?! 照美ちゃんでしょ?」
彼女はにっこり笑うとうなずいた。
うわあ~。照美ちゃんにまた会えるなんて。
私はむちゃくちゃ嬉しくなって照美ちゃんに抱きついた。
「わあ、会いたかったよ。照美ちゃん」
「よかった。昔の唯ちゃんと同じで」
彼女はほっとしたように私を見た。
「それってどういう意味?」
「だってこんな豪邸に住んでいてお嬢様だなんて言われてる唯ちゃんなんて想像できないもん。変わっちゃったのかなって心配してたんだ」
「…」
変わったといえば変わったのかなあ。昔は執事やメイドさんなんて一人もいなかったし、自分のことは自分でがんばってやろうとしていたような気がした。照美ちゃんと競って、どっちがパジャマに早く着替えられるかとか、お泊り会の時やったような気がする。結局うまくできなくてお母様に手伝ってもらったりしてたっけ。
懐かしいかなあ。
「って、どうして照美ちゃん、うちが分かったの」
「この小さなメイドさんのおかげよ」
そう言って机の上でもじもじしていたマリリンが返事をした。
「はい、私が照美様を連れてきました」
「連れて来たってどうやって? 私は昔の家の場所も定かじゃなかったのに」
私は驚いてマリリンを見る。
それでマリリンは私にこんな説明をしてくれた。
「お嬢様が住んでいたという家の側には川があったということを聞きましたので、まず花を出してその花を舟代わりに使って私がこいでいったのです。途中までいくと、れんげの花がとっても綺麗な土手が見えてきたので、ここかと思いいったん降りたのです。それで道いく虫やら空を飛ぶ鳥に照美さまの特徴、赤いリボンの女の子の話を訊いたんです。そうしたらすぐに照美様のお家が分かり、照美様もまだ学校とのことでしたので、しばらくそこで待たしてもらいました」
「驚いたわよ。こんなちっちゃなメイドさんが私を待っていたんですもの。それで嬉しくなってすぐに来ちゃったってわけなの」
「まあ、マリリン! ほんとにありがとう」
私はほんとに嬉しくなって心の底からマリリンに感謝した。するとマリリンの周りにくるっと光の輪がたち、そこから声がした。
『マリリン、どうやら人の役にたったようだな。しかしおまえのいたずらはひどかったから、あとひとつぐらい人の役に立ってこい。そうしたら妖精界に戻してやろう』
声は言うだけ言うと、光とともに消えていった。
「今のって妖精界の王様?」
「はい、そうです。ようやく私人の役に立てました」
「人の役に立つ? 妖精界の王?」
不思議な顔をしている照美ちゃんに私はマリリンのことを話してあげた。
「まあ、そんなことってあるんだ。なんかすごいね」
「私のことより、お二人は久々の再会なんですよね。どうぞ積もる話でもしてください」
マリリンは嬉しそうに私達にそう言った。私と照美ちゃんは顔を見合わせるとそれもそうねとくすりと笑った。
それから私はマリリンに頼むわけにもいかないので、照美ちゃんと私とマリリンの分のお菓子と紅茶を自分で用意して自分の部屋へと運んだ。お付きのメイドがついてからは、こんなことは初めてだ。
それから照美ちゃんと私はそれぞれの自分達のことを話した。私がいなくなってしばらく照美ちゃんは泣いて過ごしていたらしいけど、そのうち新しい友達ができて親友になったということだ。それに比べて自分はどうだろう。
優秀な成績を取るためにひたすら勉強して勉強して、気がついたら、友達なんていなかった。あるのは尊敬の念とねたみの両方の視線ばかりだ。同等に友達になろうと近づいてくる子なんていない。私はしかたないので、今習っているピアノの練習曲や、読んでいる本のことをなどを話した。それはそれで照美ちゃんは瞳を輝かせて聞いてくれたけど、退屈なのではとちょっと心配になった。
「う~ん。でも唯ちゃんほんとにお嬢様なんだね。こんなおうちに住んでるんだもん。すごい」
「別にすごくないよ」
「ううん、ほんとすごいよ、うらやましい」
「そんなことないって。私だって未だに自分でリボン結べないんだ。いっつもれんげの冠も、照美ちゃんが手伝ってくれてなんとかできてたじゃん」
「そうなんだ。最初は自分で結ぶのむずかしいよ。けどコツをつかめば平気だよ。今やってみようか」
不思議。学校じゃあ、まさか自分がリボンが結べないなんてさらっと言えないのに照美ちゃんの前じゃ、簡単に言えちゃう。やっぱりこれって、これって…。
「ううっ」
私が急に泣きだしたのを見て、照美ちゃんは驚いた。
「どうしたの唯ちゃん。」
「すごい年月経っちゃったけどやっぱり照美ちゃんが私の友達だと思う。私達これからもずっと友達だよね」
「当り前だよ。私は昔も今も唯ちゃんの友達だよ」
照美ちゃんは、ぱっと明るい顔をした。私も涙を止めながら、笑い顔を作った。
と、その時、マリリンが泣きだした。
「うえーん、うえーん」
「ちょっとなんでマリリンが泣くの。泣きたいのは私なのに」
「だってほんとにいい話なんだもん。それに私も故郷に帰りたいって余計思うようになりました。友達っていいもんですね」
「うんうん。いいもんだよね」
照美ちゃんはマリリンをなでなでしながら、そう言った。
「ところで唯ちゃん。リボンの猛特訓してみようか」
「えっ。うん。照美ちゃんが手伝ってくれるなら」
こうして私と照美ちゃんは私の持ってるリボンコレクションの中から、リボンを取り出し、髪を一つにまとめる練習をした。なかなかうまくできなかったけど、照美ちゃんの指導がよくて、それなりにうまくできるようになった。自分でできるって本当に素晴らしい。いつもお付きのメイドにやってもらっていた私は心底そう思って喜んだ。
気がつけば夜も遅くなっていて、照美ちゃんは帰る時刻になった。私は照美ちゃんに友情の印としてリボンコレクションの中から赤いチェックのリボンをあげた。照美ちゃんはとても喜んでくれた。
「ありがとう。そういえば強君って、唯ちゃん覚えてる?」
「強君?!」
強君は幼稚園の中でもなかなかイケメンくんで、かっこよかった男の子だ。その子は照美ちゃんのことをいじめたりしなかったので、私もよく遊んだ。そして間違ってファーストキスをしてしまった男の子でもある。でもこのことは唯ちゃんにも内緒なのだ。強君は私のこと覚えているだろうか。
「うん、覚えてるよ。よく遊んだ」
「私は今でも仲がいいんだけど、今度遊びに来る時、強君も連れてくるね。強君も唯ちゃんに会えて嬉しいと思うんだ。じゃあ、また今度ね」
照美ちゃんは満面の笑みを浮かべながら帰って行った。
照美ちゃんの帰った後、私はぽけーっとしてしまった。久々の親友の再会でのぼせあがってしまった。照美ちゃんはかわいいまま成長したなあと思う。丸い大きな瞳に色白で特徴的なえくぼがますますかわいさを引き立てている。その点私はどうだろう。ようやくつけた水色のリボンに、照美ちゃんに負けず劣らずの大きな瞳に赤みを帯びたふっくらとした頬。美人とは言えないけれど、それなりに見れるんじゃないかなあ。今度は強君を連れてくるねと言った照美ちゃんの言葉がこだまする。強君かっこよくなったかなあ。どんな格好すればいいんだろう。
私がそわそわしていると、マリリンが言った。
「あの、あの。もしかしてその強さんって方、お嬢様の好きな方なんでしょうか」
うっ。なぜこの子には分かってしまうのだ。メイドらしいことは何もできないというのに。
「好きっていうか、好きだった子って言った方が正確かも」
私は焦りながら付け加えた。
「そうよ、今は分からないんだから」
好きかもしれないし、普通かもしれないし、マリリンに言われてなんだかドキドキしてきた。どうしよう。もしも、ものすごくかっこいい男の子になっていたら。今日、照美ちゃんに会ったことも忘れて、私の心臓はどきまきしまくりだった。




