ちっちゃいメイドさん
しかし事件はその次の日の朝に起こった。
「ジリリリリリ」
いつもの通り目覚まし時計が鳴る。私はもぞもぞと動いて目覚まし時計のスイッチを止めようとしたその時、私の胸に何かがあたるような気がする。まるっこい何かがある。
「ん?」
何だろうと私が布団の中をのぞき込もうとした時、それはもぞりと動いた。
「きゃあ」
私は思わず虫なのかと思って慌てて布団をはぎとった。
「ジリリリリリ」
目覚まし時計はまだ鳴ったままだったけど、私の目はそんなことおかまいないしにそれを見つめていた。そこにいたのは手の平にのってしまいそうな小さな人。よく見ると、黒のエプロンドレスに白いキャップ、髪は前髪の上の方だけ二つに分けて結んである。その人は慌てたように顔をあげて私を見た。彼女は土下座すると頭を下げて言った。
「おはようございます、お嬢様。私はちっちゃいメイド、マリリンです」
「ちっちゃいメイド」
私は目覚まし時計を無意識に止めながら、鸚鵡返しにつぶやいた。
そこで初めて昨日のことを思い出した。ちっちゃいメイドさんの名刺のことを。会社名かと思ったけれど、本当にちっちゃいメイドさんだったなんて。こんなことってあるのかしら。
私は額に手をやり、しばし考えた。しかし考えたところで、ちっちゃいメイドさんはにこにことした顔をして私を見ている。
「さあ、お嬢様。なんなりとお申し付けください」
そこまで言われたら、やってもらうのが筋ってもんでしょう。それではお手並み拝見と行きましょうか。
「それじゃあ、着替えるのを手伝って」
「はい、お嬢様」
マリリンはお安い御用とばかりに私の身体をよじのぼってくる。
「よいしょ、よいしょ」
かわいい声でかけ声とともに登ってくるけど、なんだか大変そうだ。それで私はしかたなく彼女を私の肩の上にのせてあげた。
「あっ、ありがとうございます」
マリリンは顔を赤らめながら、肩からそろりと降りながら、私のボタンをぱちんとはずしていく。それもものすごく力を入れないと駄目らしく、彼女は歯をくいしばりながら、ボタンをはずしていくではないか。
私は見るに見かねて、彼女に言った。
「き、着替えは手伝ってくれなくていいわ。自分でするから」
マリリンは申し訳なさそうにしゅんとしている。それはそれでものすごく着替えづらい。しかし早く着替えなくては遅刻してしまう。
着替えが終わると私は彼女に言った。
「髪をすいて、リボンをつけてくださらない」
彼女は、ぱっと顔を明るくすると、自分の身体よりも数倍もあるリボンをかついできた。が、彼女は髪をすくことができなかった。私の持ってるヘアブラシでは彼女にとってはこん棒をもっているようなものだ。彼女はそのこん棒で髪をなでまわすのだが、うまくいかない。むしろぐちゃぐちゃになっていく。
「あっ、私が髪をすくから、リボンだけつけてくれる」
だんだんといらいら度がつのっていったが、私はとりあえずにこやかに言った。
「すみません」
ちっちゃなメイドさんは更にちっちゃくなりながら、頭を下げる。私は念入りに髪をすく。例の三人組にまたなんか言われたくない。きれいにすいてやるんだ。意地になりながら髪をすくと、私はマリリンに頼んだ。
「じゃあ、リボンつけて」
「かしこまりました」
彼女は返事をすると、しゅるしゅるとリボンを巻き始めた。しかし気がつくとマリリンの身体にリボンがまとわりついて、彼女の身体はいつのまにかリボンでぐるぐる巻きになってしまっていた。私は大きなため息をついた。
「リボンはいいわ。私、このままで行くから」
私は呆れ返ってランドセルを手に取った。
私は不機嫌のまま、彼女と共に(肩にのせて)一階の食堂へ向かった。
食堂に入るといつもの美味しそうな食事が盛られている。私は優雅に座ると、テーブルの上に私のちっちゃいメイドをおいた。マリリンは困ったように私を見る。
「あの、何をすればいいですか」
「私に食事を取り分けて」
私がつんとすました様子でそう言うと、マリリンはその小さな身体を使って、お皿を転がして私の前まで持ってきた。かなりぜいぜいと息を切らしている。マリリンにとってはどうやらとても重いらしい。
「このお皿でよろしいですか」
マリリンが訊くと私はうなずいた。
彼女は山と積まれたバターロールを一つ持ってこようとした。よいしょともちあげた彼女はバランスがとれなくなって、バターロールに押しつぶされてしまった。
私は何度めかのため息をついた。このメイドはパン一つ持ってくることもできないしょうもない奴なのだということがようく分かった。
私は言った。
「マリリン、いいわ。自分で取り分けるから」
私は自分で取り分け食事をとった。