『冬の夜』 ※【物語】竜の巫女 剣の皇子 38 帰路の裏話
とある世界、アルテ・ハルモニア。
環竜暦742年、師走。
アーサラードラ、チョコロ村の夜。
山からの冷たい風が吹き下ろす中、ひとりの青年と体長2メートルの四足歩行の白竜が並んで進む。
ふたりの吐く息は白く、しかし足取りは軽い。
「さすがに今の時間だと、みんな家の中かな」黒髪の青年は民家の薄明かりを遠目に見やりながら人気のない場へ灯りを持たずに、歩く。
「なあソロ」白竜が彼に尋ねる。「キミは夜目が効くんだな」問われた青年は星夜と同じ煌めきの瞳を仄かに湛え「そんなものかな」と小首を傾げる。
大気の凍えは刻一刻と強まる。
「さあ、何をして遊ぼうか」ソロフスという名の魔導剣士は竜に笑う。「ちび、噛みつくのは勘弁な」先日、白竜に喰らい付かれ、完治した左腕を振ってみせる。
ちびと呼ばれる白竜も「ふーんだ!知るもんか!」とにこやかに笑いながら青年に飛び付く。他に誰もいないから、彼もだんだん屈託のない笑顔になってくる。
「お前の毛並はほんとうにやわらかいよな」ソロフスはちびの背中を撫でながら感心していう。
竜も「当たり前だ。ボクは麗しい竜だぞ」と胸をはる。「どんどん撫でたまえ」
ソロフスも樹の根元にかけて、ちびの頭を軽く叩く。
「……昔、犬と猫と暮らしていたことがあったんだ」彼はそれだけ言うと、目を細め、無言で竜の背をそっと撫で続けた。
「ソロ」ちびが青年に顔を向ける。「ルチェイもこんな感じで力を抜いて、撫でたらいいぞ」
青年は、大好きな少女ルチェイの事を思い、目を伏せる。
「『痛い』のか?」ちびの問いにソロフスは、少し頷く。
「ひとって、何かしら悩みがあって」彼はちびを優しく撫でながら静かに話す「自分は触っている人の『心の痛み』が痛いって感じるから」
「普段はさ、それがわかっているから『鍵』をかけている」「だから、急に痛くてびっくりっていう事はない」ソロフスは夜空を見上げる。
「ルーのこと、とても好きで……」夜色の瞳が静かに、ちびの顔を見つめる「だから、『鍵』をはずす」「でもルーの心の痛みが痛い。ルチェイは、笑っているときもすっごく悩んでいたりする。ビリって急に痛いときがある。……ルーは優しいから」
ちびは「お前だって優しいぞ!」とソロフスに飛び付き彼の顔をベロベロ舐め出す。彼も「ぎゃ~っ!ちょっ!やめろって!」と大笑いで竜とじゃれ合う。
ちょっとして、地面に寝転んだソロフスは遊び疲れた大きな白い息を吐く。ちびを抱いた彼は「お前はあったかい」「やわらかい」と言い。目を閉じる。
「ソロ。ボクを抱くと、ルチェイがあったかいって思うぞ」と、竜は半身の巫女である少女を思う。そうして、青年の陽の薫りをかぐ。優しい香り。「ルチェイはもう寝てる?」ソロフスはちびに尋ねる。
竜が静かに頷くと、ソロフスは小さくひとつ息を吐き、静かになった。「ごめん」「こんなの変だよな。なんでだろ」彼は戸惑いながらちびに言う。
白竜は彼の黒い瞳からこぼれた滴を舐める。「いいさ。男同士の秘密だ」「俺は男だ。約束は守る」
ソロフスは、目を伏せて、小さく自嘲気味に話す。
「ツキハチとホシタマが、とても好きで。大好きだった」「……たくさん、抱っこして。でも抱きしめてくれていたのは、ハチとタマだったん……」「ヤードがいなくなって」「ミットマも遠くに」「好きになってもいなくなる」そうしてちびを見る「ルチェイがかぞくになってくれてうれしい」「ちびもミカゲも」
「ソロ。大丈夫だ」白竜は若者に身体をすり寄せ「ルチェイもボクもミカゲもずっと一緒だ」笑う。「ボクは『世界の秩序』を司る強い竜だぞ?お前なんかより崇高な生命体だ。ボクに頼れ。ボクがお前を認めたのだ。信じろ」空色の瞳を輝かせる。
予見者から『夜の子』と呼ばれる青年は、白竜をわずかに見開き、静かに頷いた。
星の竜、アステイラは「ソロ、お前が大好きだ!明日、イルサヤに戻っても、それは永遠だ!」明るく笑った。
ふたりの涙目の笑顔が闇夜に紛れ、それは凍る吐息と共に宙に浄化された。
(了)
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【物語】竜の巫女 剣の皇子【第一部】(『小説家になろう』)
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