表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
98/219

第94話:ダークマター、フロウ

やはり、聞き間違いではない。

間違いなくこの男、ただ者ではない。



「……あんた、何者?」



小声ながら訊ねるレナの表情も一気に変わった。


周りには数名の巡回兵士が、

街に異変はないかを探るため、眼を光らせている。

ふだんの声量で会話をすることは許されない。



「さっきの通りさ。

 ドルジーハの野郎とこの国を変えたいってんなら、

 俺はお前らの味方さ」



フロウは改めて、そう告げた。

言葉を発するたびに強烈なアルコール臭が、

レナの顔を襲撃してくるが、

今はそんなことに構っている暇はない。



「街のど真ん中でいきなり絡んできて、

 そのうえ俺はお前らの味方とか、

 一体、どういうつもりかしら?」



レナはとにかくまず、見極めようと思った。

この男の、真の目的を。


キルフォーの兵士がウロチョロする、

この街のど真ん中で、

市民がいない分、

通常よりさらにドタバタが目立つようなこの場所で。

なぜわざわざ、この男は自分達に接触してきたのか。


それに、自分らがドルジーハと接触したのを、

予め知っているということ自体怪しいのに、

この男はなぜ、それをいとも簡単に公言したのか。


それらの謎をすべて明らかにすることで、

果たしてこの男の言葉が信ずるに値するかどうか、

もっと砕いていえば、

この男は味方なのか敵なのか、

その答えを導き出そうとした。



「その理由を聞かないと、

 悪いけどあんたの言葉、

 信じることはできないわね」



とはいえ、長時間この場に留まり続けるのも、

兵士に怪しまれる――。

最後はストレートに、

肩を組むフロウに言葉をぶつけた。



「ま、疑われて当然だろう。

 だがこの場で話すと、ちと具合が悪い。

 とりあえず悪いことはしねえ、

 これだけは必ず保証する。

 もしほんの少しでも興味があるなら、

 俺に合わせろ、いいな?」



だがレナの言葉には従わず、

フロウは顔を動かさず目線だけで、

周りを歩く兵士に目を配りそう告げると、


「よぉ~っしゃあ~、

 今日のお供はこのカワイコちゃんに決~めたっと。

 わりいがちょいとばっかし、

 俺と付き合ってくれや~ヒック!!」



つい1分ほど前まで見せていた、

呑兵衛フロウへと姿を変え、

レナ(17、未成年)を強引に、

あの地下酒場へと引き連れていこうとする。



「……ッ!!」



レナは引きずられた一瞬だけ、

迷いの表情を見せたが、

ものの数秒もしないうちに、



「あ! ちょっとコラ!

 あたしは酒飲まないって、

 何回言ったらわかんの……!」


「まあまあ堅いこと言わずにカワイコちゃ~ん。

 オッサンがおごってやるから、

 一夜くらいおなしゃーすよぉ~」


「ちょっと待った!

 飲むだけだったのが、

 なんで一夜になってんのよ!

 あんたなんかと一夜なんて、

 死んでもゴメンよ!」



今すぐにでも殴りかかってやろうか、

と言わんばかりの言葉を、

フロウに浴びせる。


……が、かといって力ずくでも引き剥がす、

という態度まではいかない。


つまりレナが選んだの選択肢は、

そういうことだった。


フロウと、肩を組まれるレナの2人は、

ぎゃーぎゃー騒ぎながらも、

町の外れに位置する酒場へと、

千鳥足にて歩いていく。



……という状況を知らない、

一方の後ろに控えていた面々は、大慌てだ。



「あ、ちょッ!

 ちょっとレナッ!!」



焦りでうわずる声をアルトが発せば、



「ど、どうしましょう!

 アンネちゃんが変な酔っ払いに、

 連れてかれちゃいました!!」



蒼音も目の前で起きた光景に、

動揺を隠せずにいる。


無理もない、

(外から観察している身としては)道を歩く酔っ払いにいきなり絡まれ、

挙句大切な仲間を強引に、

連れて行かれてしまったのだ。


これでまあとりあえず落ち着けよ、

という方が明らかに少数意見(マイノリティー)だろう。



ところが。



「あーあ、

 ったくしょうがねえなぁ。

 ちょっとばっかし、

 あの酔っ払いに付き合ってやるか~」



ただ1人、プログだけは、

その少数意見に該当した。


妙にわざとらしく、

周りに聞こえるような声でそう言うと、

連れさられるレナをゆっくりゆっくり、

まるで追いつくつもりなどありません、

とばかりに追い始めた。



「もう!

 そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!

 早くレナを追わないと――」


「落ち着けってアルト君。

 ありゃおそらく、演技だ」



昔のマンガに出てきそうな、

頭から湯気を出しているかのように怒るアルトを、

プログは小さな声で制した。



「は?」


「考えてもみなって。

 レナがもし本当に嫌がっているなら、

 相手を丸焦げにしても逃げるだろ。

 それにほれ、アレ見てみな」



プログは顎で前を行く呑兵衛たち……もとい、

レナとフロウを指す。


アルトが2人へ視線を送ると、

ちょうどレナが、

こちらを振り返る瞬間だった。

レナは一度、アルト達に向かってウインクを決めると、

再びフロウと共に前を見据えて進んでいく。


明らかに何かを訴えるような、

レナにしてはらしくない(・・・・・)、

女の子の必殺技、ウインク。


レナが敢えてそれを、

こちらに送ってきたということは。



「……何か考えがある、ってこと?」


「そういうこと。

 おそらくだが、レナもあの男も、

 巡回する兵士達に怪しまれないよう、

 酔っ払いとそれに絡まれるっていう、

 演技でもしてるんじゃねーかな。

 ま、あくまでも俺の推測だが。

 ほれ、見失わないように、

 俺達も行くぞ」



そこまで言って、

プログは動かす足を速めた。



「演技か……」



アルトは周囲に目を配る。


酔っ払いフロウと、

怒るレナの大声により、

周りの巡回兵士達は当然、

その視線をこちらに向けている。


が、見てはいるものの、

まるで傍観者を決め込むかのように、

そこから先の行動を起こそうとしない。

どこか面倒臭そうな、

それでいて諦めに近いような表情を、

露骨に顔に出している。


どうせ注意するだけ、あの野郎には無駄。

そんな言葉が、レナとフロウの、

“真の”やり取りを聞いていない兵士達からは、

今にも口から飛び出してきそうだ。


フロウという存在に気付いていながら、

レナ達へ秘密裏に接触したことには気付かない。



「そっか、だから2人とも、

 敢えて騒いで……」



アルトの思考の点と点が、

ここでようやく線として繋がった。


それはまさに、逆転の発想だった。


例えば、誰かと秘密裏にコンタクトを取りたい時。

通常ならば、どこか人の気がない場所で、

静かに対象相手に接触を試みる。

これはごくごく自然な流れだろう。


だがもし、その接触したい理由が、

国家を揺るがす、

強烈かつ凶悪な要因になるものだったなら。

この場合、先に挙げた方法は、

機密度、そして接触の安全度が、

絶対的に不足している。


というのも、

誰にも見つからないようコソコソと、

コンタクトを取っている最中、

仮に兵士に見つかってしまったら。


表舞台から隠れ、

息を殺しながら密会を遂げている場を目撃されては、

もはや言い逃れなどできない。


裏で密会するということは、

高い匿名性と同じくらい、

高い危険性を孕んでいる。


つまり、理由が衝撃度の大きいものほど、

この選択はベストから遠ざかる行動になる。


一方で。

フロウとレナがとった、

わざと周りに見せつけるかのように、

コンタクトする手段。


一見すれば、騒ぎを自分から起こし、

周囲からの、

視線の集中砲火を浴びることになる、

最も愚かな行為だと、

誰しもが思うだろう。

ところがこの愚かな行動。

たった1つの事由が適用される場合に限り、

愚者の行動から賢者の行動へと、

劇的な変化を遂げる。


そのたった1つの事由。

それは接触者が、

世間から完全に見捨てられた人物である、ということだ。


アルトを始め、

プログも蒼音も、

そして実際に今肩を組まれて連れて行かれているレナも、

フロウの素性はまったく掴めていない。


出会ってから数分しか、

経っていないのだから当然である。


だが、そのたった数分だけでも、

フロウという男が、

周りからふだん、

どのように見られているかは、

アルトにも何となく想像はできた。


酒に溺れ、羞恥の心を持つことなく、

厳寒の市街地を徘徊する男。

おそらくだが、それがこの街の、

そしてフロウの日常なのだろう。


現にあれだけフロウが大声で、

レナ達に絡んで来ても

キルフォー兵は、

誰一人として注意をしない。

通る兵士全員がもれなく、

我関せず、我知らずといった様子で、

自分たちの視界から、

フロウという男を抹殺しているのだ。


アイツにはもはや、

気に掛ける程の価値もない――。


おそらくそれが、兵士たちが、

そしてキルフォー政府の下した結論なのだろう。


まるでキルフォーというコミュニティー内の底辺に、

フロウの存在を定義づけられているかのよう、

少なくとも4人はそう感じていた。


だが、それこそが、

その底辺と定義づけることこそが、

先入観という概念の盲点となる。


先ほどフロウは、

あろうことか、キルフォー市街のド中心で、

レナ達との接触を試みた。


社会的な立場として、

しっかりと認識されている人物ならば、

その行動を兵士は疑問に思い、

可及的速やかに対応をとるだろう。


だが、フロウという、

社会的に見捨てられた立場の人間が、

その行動をとると、

兵士は見向きもしなかった。

フロウがなぜ、

レナに話しかけてきたのかは、

アルトにはわからない。


だが少なくとも、

何らかの理由があって、

レナ達とどうしてもコンタクトを、

とりたかったのだとしたら。

そしてその手段として、

今回のような、

立場の盲点を利用した手段を、

あえてとったのだとしたら。


だとしたらあのフロウと言う男、

相当なクセ者、

もしくは切れ者である可能性が高い。



「とりあえず、

 警戒だけはしておかないと……」



ドルジーハとの決裂で沈んでいた心に見えた、

怪しすぎる救いの手に、

アルトは警戒心半分、

ワラをも掴む思い半分で、

レナとフロウの行方を追った。





「うわ、酒くっさ……」



フロウに連れられて酒場のドアを開けた瞬間、

レナは思わず顔をしかめる。

レナ自身はもちろん、

酒を飲んだことは一度もないが、

ルインの町にいた頃、

親方であるマレクが時々酒を飲んでいたため、

“酒臭い”というニオイが、

どういうものかは知っている。


だが、たった今踏み込んだ未知の領域での臭いは、

レナの脳内で認識していた酒臭い指数を、

すこぶる超えていた。


いかにもガラの悪そうな男たち。

全身を真っ赤にしながら、

なおもウィスキーを飲み続ける者。

アルコール摂取による睡魔に負け、

テーブルでたらしなくイビキをかく者。

重力の法則に負け、

テーブルから崩れ、床で寝る者。


そのすべての者達から一斉に、

酒臭い息が絶え間なく、発射されている。

ざっと数えて3~40名程いるその空間は、

フロウの酔っ払い具合が可愛く思えるくらいに、

ある意味凄惨な光景が広がっていた。



「寒いところじゃ、

 体を温めるためにウイスキー辺りを飲む、

 ってのは聞いたことあるが、こりゃすげえな」



年長者で酒の経験のあるプログですら、

その異臭に.鼻をつまむ。

どうやらプログの23年の人生内でも、

史上まれにみる酷さのようだ。



「まあ、とりあえず座ろうや。

 汚ねぇ粗末なテーブルだけど、

 少しばかりの間、勘弁してくれ」



フロウは近くにあった6人掛けのテーブルに、

レナ達を案内した。

言われるがまま、レナ達が着席しようとすると。



「悪かったわね、

 汚い粗末なテーブルを提供していて」



背後から、若い女性の皮肉が、

すぐさま飛んできた。


レナが振り返ると、

カウンター内で腕組みして仁王立ちをする、

20代前半と思しき、

緑髪をショートにまとめた女性の姿。

カウンター内にいるということは、

どうやらこのならず者の巣窟と化している、

酒場の店長のようだ。

先ほどのフロウの言葉にムッとしているのか、

やや頬を膨らませている。



「言葉のアヤってヤツだろ、

 気にすんなって」


「どこをどうとっても、

 ただの悪口にしか聞こえないんですけど?」


「あーハイハイ、

 俺が悪うございました~っと」



反省する気ゼロを時で行くかのように、

フロウは自分でまいた種ながら、

面倒臭そうに軽く手であしらっている。



「まったく……それで!

 オーダーは何に致しましょうか!!」



明らかにご機嫌ナナメに、

女性はそう問いかけ、

というよりは叫ぶと、

背後の棚に綺麗に整頓されている、

多くの酒瓶を取るべく、フロウに背中を向けた。



「そうだな……」



フロウは少しだけ、

フッと笑みをこぼすと、



暗黒物質(ダークマター)の剣、もらおうか」


「……え?」



その言葉を聞いた瞬間、

女性から先ほどまでの膨れ面が消え、

まるで自分の耳を疑うかのように、

再びフロウ、そしてレナ達のテーブルへ振り返る。



「暗黒物質の、剣?」



聞き慣れない単語に、

レナ達は?マークを浮かべずにはいられない。


それに気のせいだろうか、

酒場内が若干、

騒音の度合いが少なくなり、

飲んで騒いでいた客の数名が、

女性と同じ表情でこちらを見ている気がする。



「暗黒物質の剣、1つもらおうかッ!」



今度は大声で、

酒場内に響き渡る雄々しい声で、

フロウは叫んだ。



「!」


「!!」



瞬間。



「あ、あれ??」



その違和感に、

アルトはすぐ気付いた。

アルトだけではない。



「ん?」


「何だ、どうした?」


「皆さんが、静かに……」



レナやプログ、そして蒼音も、

フロウの一言から起こったその変化に驚き、

困惑を隠せず、

まるで都会へ来た田舎者のように、

周囲をキョロキョロ見渡している。


フロウが暗黒物質の剣と言う、

何とも怪しげなオーダーを口から発した瞬間、

それまで思い思いに、

ドンチャン騒ぎをしていた酒場の客たちが、

まるで声帯を突如失ったかのように、

言葉を発することを止めたのだ。


それどころか、

今まさに飲み干そうとしていた酒に目もくれず、

ただ一点、ある地点に視線を集中させている。


その地点とは――。


「フロウ、といったかしら?

 これは一体、どういう……?」


視線の集中を浴びる主役たちの1人であるレナは、

暖かいとも、殺気とも違う視線を感じながら、

目の前のオーダー者に問う。


この雰囲気、明らかにただの酒場、

そしてならず者達ではない。


レナがそんなことを考えていると、

フロウはスクッと立ち上がり、

どこぞの教主かのように両手を広げると、

高らかに声をあげた。



「ようこそ客人。

 ここは現政府を打倒を掲げて立つ、

 反政府組織、暗黒の剣さッ!!」


次回投稿予定→3/26 15:00頃

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ