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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第93話:怪しすぎる酔っ払い

街を歩く人が皆無であることから、

沈黙の無機質王都と呼ばれている、キルフォー。

だが、ただ一ヶ所だけ、

その由来とは無縁の場所がある。

それが街の外れにある、地下式の酒場だ。


ふだん街を歩いていれば、

市民よりも兵士の方が多く見受けられるのが、

酒場は違う。

くたびれた看板に導かれ、

木製の階段を十数段降れば、

そこにはならず者たちの楽園が広がる。


いかに厳しい規制がしかれている、

キルフォー政府といえども、

この酒場だけは、その干渉の範囲外だ。


と言うより、

干渉の範囲外というよりは、

干渉しようともしない、という表現が正しい。

場内に常に充満する、

思わず顔を背けたくなる程のアルコール臭。

そこに入り浸る、働くこともせずに飲み続ける、

血の気だけは一人前以上の、

数多のならず者たち。


そんなならず者が、

酒を飲むためだけにたむろする場なんぞ、

というのがキルフォー政府の、

無視の態度をとる理由らしい。


24時間365日営業している、

見捨てられた場の酒場。

当然、レナ達が滞在している本日も、

その例外ではない。



「お、フロウどうした?

 また外に行くのか?」



手に持つどぶろくを一気に飲み干した、

ならず者の1人が、

酒場の扉から外へ出ようとする、

ある男を呼び止める。



「ん~? まあな。

 ちーっとばっかし、

 飲み過ぎちまったもんでよ、ヒック」



フロウと呼ばれたその男は、

すこぶる上機嫌に笑う。


振り返ったボサボサ頭の男の顏には、

たんまりこさえた無精髭。


そう、フロウとは先ほど、

アルトと蒼音を背後から呑兵衛全開で見ていた、

あの酔っ払い男だった。



「オイオイ、さっきも同じセリフ吐いて、

 散歩してきたばっかじゃねーか」


「うぃ~、そうだったか?」


「うひゃひゃひゃ、

その歳でアルツハイマーか?

アラサーのフロウさんよぉ?」


「バーロ、アラサーっても、

 まだ25だっつーの。

 ……ありゃ、26だったか?

 どっちだったかな、うひゃひゃひゃ!」


「はいはい、冗談はそれくらいにして。

 外出るのは構わないけど、

 風邪は引かないように、頼むわよ?」



低レベルの会話を見かねたのだろうか。

カウンター内に立つ、

ならず者達のたまり場にはあまりにミスマッチな、

20代前半の緑髪を短髪にまとめた女性が、

まるで子供をたしなめる母のように言いつける。

この店のマスターだろうか。



「ハイハイ、わーってますってぇ!

 ほんの2時間くらいで帰ってきますわ、

 ひゃひゃひゃッ!!」



女性の忠告を聞いているのかいないのか、

最後はやや汚い引き笑いをその場に残して、

フロウは乱暴に扉から、

外の世界へと消えていった。



「まったく、フロウったら……」



ダメ息子を見送り、

女性は困ったものねとばかりに、

ため息に続いて首をかしげる。


とはいえ言葉とは裏腹に、

それほど困っていない表情から察するに、

どうやらこういうやり取りは、

日常茶飯事らしい。



「でも珍しいわね、フロウがこれほど、

 外に出たがるなんて」



男が出ていった扉をジッと見つめながら、

女性はポツリと呟く。


24時間中少なくとも、

18時間(睡眠除く)は酒場に居座るフロウが、

これほど短いスパンで、

極寒の外へ出たがることは早々ない。


万が一あるとすれば、それは――。


女性はもう一度、

扉に視線を向けると、



「なにか、面白いことでもあったのかしら?」



さらにもう1つ、首をかしげた。





「そっか。

 じゃあ、交渉は……」


「全ッ然ダメ。

 あの頑固オヤジじゃ、

 話にならないわ」


「そう、だったんですね。

 アンネちゃんとブラさんなら、

 と思ったんですが……」


「レナと俺どころか、

 ありゃ誰が話したって無理だわ。

 それこそレイが行っても、

 門前払いだろうさ」


「そんなに難しい人だったんだ、

 そのドルジーハって人」


「難しい、というか、

 基本他人の話を聞く耳持たず、

 聞いても否定ありきって感じだな。

 まさに文字通り、右から左ってヤツ」



キルフォー城内での出来事を話題に、

レナ、プログ、アルト、そして蒼音は、

急激に気温が低下してくる中、

キルフォーの市街地を目がけて歩いていく。


……が、沈静したと思われていた、

若干一名の怒りは、

決して収まっていなかったようで。



「あーもう!

 今思い返しただけでもイライラするッ!

 断固拒否するとな、とか、

 何をカッコつけて言ってんのかしらね、まったく!!」



言葉を発するたびに、

レナの声量は右肩上がりに上昇していく。

そしてそのたび、



「わかったわかった。

 とりあえずこの街を出るまでは、

 静かにしとけって」



プログのたしなめによって、

その声量を沈静化させる、

そのサイクルが延々と続いている。



「あんたはムカついてないの!?

 あたし達にあそこまで喋らせておいて、

 拒否の一言で片づけられて!」


「そりゃまあ、まったくないと言えばウソになるが、

 それを今ここで言ったところで、

 しょうがねえだろ」


「そうだけど!

 そうなんだけど!!」


「それにここで陰口を爆発させて兵士にでも聞かれたら、

 いよいよ何をしに来たかわからんだろうよ」



レナのアツい投げかけにも、

あくまでも冷静に、プログは答える。

いつものプログが騒ぎ、

レナが坦々と返すやり取りとは、

まったく正反対の立場だ。



「とか言っときながら、

 本当はプログが何か、

 失言でもしたんじゃないの?」



レナのあまりの沸騰具合に、

プログが何かやらかしたとばかりに、

交渉の展開を知らないアルトは、

プログを肘でつついてみる。



「いやー、そんなことはな


「そんなことはない。

 プログの言葉は完璧だったわ」



だが、プログが苦笑いしながら釈明しようとする前にレナが、

先ほどまでとはまるで人格が変わったかのように、

冷静な口ぶりでピシッと言い止める。



「プログの話し方に間違いはなかったわ。

 今回はたまたま、相手が悪かっただけ」



もう一度、レナは低く重い口調で言った。



「そ、そうなんだ。

 だとしたら、とてつもない相手だったんだね」



なぜそこまで言いきれるんだろうと、

アルトは不思議に思わずにいられなかったが、

レナの変貌ぶりに面食らい、

それ以上は追及しなかった。





「しっかしアレだな、ここからどうするよ?

 総帥があの様子だと、

 ちょっとやそっとの時間じゃ、

 考えは変えられねーぞ」



徐々に暗くなってきた市街地を歩く道中、

プログは大きくため息をつく。

交渉は失敗した。

どれだけ相手に対して怒りの感情を抱いても、

どれだけ自分たちの行いを悔いても、

この事実は変わらない。

レナ達は今、完全に路頭に迷っていた。



「明日もう一回、

 会いに行っても無理そう、だよね……」


「いや~、さすがに無理だと思うぞ。

 そもそも城の中に入れてもらえんだろうしな」



アルトの言葉に対しても、

明らかに歯切れの悪くなる、プログの言葉。


決して考えが後ろ向きなワケではない。

だが、何をやったところで、

成功のビジョンが見えないのだ。


こちらがどれほどの優良策を講じて挑んだとしても、

あの頑固総帥、ドルジーハを振り向かせる姿が、

まったく想像できない。



「そうね。

 これ以上あの頑固オヤジに近づくことは、

 止めた方がいいわね。

 下手したら次は捕まるかもしんないし」



レナでさえ、そう言うのがやっとである。

次にもし下手な動きをしたら拘束される可能性がある、

それが唯一レナ達の得た、

欲しくもない収穫だった。


キルフォーの空に浮かぶ黒ずんだ雪雲のように、

4人の間にも重い空気がのしかかる。

気分が滅入っている影響か、

自然に足取りも重い。



「今日は休もう。

 諦めてすぐにセカルタに戻るにしろ、

 今からカイトに戻るのはあまりに危険すぎる。

 それなら宿屋で一旦、

 態勢を立て直す方が得策だ」



そう提案する、

プログの表情は明らかに疲れていた。


素性の分からぬ者、

しかも最高責任者を相手にして、

極限の修羅場を展開したプログ。

4人の中で最年長とはいえ、

齢23の青年にとっては、

その重圧は想像を遥かに超えるものだったに違いない。


そして、それはレナも同じだ。



「そうね。

 ローザの事を考えたら、

 今すぐにでも行きたいけど、

 さすがに今日はキツいかも」



腹の虫がおさまっていないのが、

モロに顔に出ているレナもそこだけは同意する。


急がなければいけないのはわかる。

だが、自分が疲れているのもあったが、

今回ばかりは、

大車輪の活躍を見せたプログの心労を慮って、

そう決めたのだった。



「今日はとりあえず休んで、

 明日の早朝に出発。

 それで大丈夫かしら?」


「ああ、俺は別に構わんぜ。

 アルトと蒼音ちゃんも、それでいいかい?」



今日はもう休もうぜ、

そんな言葉が聞こえてきそうな表情で、

プログは待機組だった2人へ顔を向ける。

蒼音は一つ返事で、



「はい、私は大丈夫です」



一方アルトは、



「……うん、そうだね。

 それがいいと思う」


「? どうかしたの?」



一瞬間が空いた返答に、

レナは頭に?マークを点滅させるが、



「ううん、何でもないよ!

 とりあえず、今日は早く休もう!」



その?を素早く打ち消すように、

アルトは早口に、そうつづけた。



「? まあいいか。

 それじゃ、体も冷えちまったことだし、

 早いとこ宿屋に行きましょっか」



若干疑問を抱きつつも、

室温26℃から一気に40℃近くも暴落した、

極寒という環境からの脱却を優先したレナは、

一仕事を終えたかのように肩をグルグル回しながら、

真っ先に宿屋へと歩いていく。



「しっかしアレだな、

 本当にこれからどうしたもんかね……」


「そんなに難しい方だったんですね」


「いや、難しいっつーか……。

 単純っちゃ単純なんだけど、

 単純ほど、タチが悪いモンもなくてだな」



そんなやり取りをしながら、

プログと蒼音も、レナの後に続く。


そして最後にアルトも、

3人の姿を目に、宿屋へと歩く。



(母さんとフェイティの情報、

さすがにこの雰囲気じゃ、

聞きこむのは諦めるしかないかな……)



ほんの少しだけ遺憾と後悔の念を、

心ににじませながら。


4人は足取りが重いながらも足早に、

今晩の宿泊地へ急ぐ。





……ハズだったのだが。



「ヘイヘイヘイヘイそこの彼女~!!

 今から俺とお酒しない~?」



4人の中で先陣を切るレナの進路を阻む者が。



「あ、この場合はお酒じゃなくてお茶か、

 まあ、どっちでもいいか、ハッハッハ!!」



そう、その男はあの、

先ほど酒場から外へと飛び出してきた無精髭の酔っ払い、

フロウだった。


しばらく銀世界をほっつき歩いていたフロウは、

アルコール度数が50に達するブランデー瓶を片手に持ち、

今しがた見つけた、

未成年であるレナに絡んできたのだ。


ただ、非常に残念なことながら、

フロウは今のレナが、

もはや大爆発寸前の、

巨大時限爆弾であることを知らない。



「何? 悪いけど今あたし、

 最高潮に機嫌が悪いのよね」



下衆を見下すかのような冷徹な眼差しで、

レナは言う。

その姿はさながら、

嵐の前の静けさといった様子だ。



「うわーお、こりゃ失礼。

 俺はフロウっつーんだ。

 名前も名乗らずメンゴメンゴ~。

 でもせっかくのカワイコちゃんが、

 そんな眉間にシワを寄せちゃあ、

 良い素材も台無しになっちゃうぜ~?」



だが、おそらく酔いが回り過ぎていて、

空気が読めなくなっているのだろう、

フロウは意に介することもなく、

ニヤニヤと笑っている。



「もう一度だけ言うわよ、

 あたしは今、

 これ以上ないくらいイライラしてるの。

 雪の中に生き埋めにされたくなかったら、

 サッサと目の前から消えて。

 さもないと本当に生き埋めか、

 ケシズミにするわよ」



対するレナは、もはや大爆発まで5秒前、

といった感じだ。

あと少しでこめかみ辺りから血管が浮き出てきそうなほど、

ストレス度が急上昇を遂げている。



「あー……。

 こりゃヤバいな」



少し後方でやり取りを観察していた、

プログは再び、頭を抱える。


よりにもよって最悪な機嫌の時に、

最悪なタイミングで、

最悪な相手がレナに話しかけてきたのだ。


プログ自身の経験則からして、

この後の悲惨な結末が、容易に想像できる。


だが、かといって、

プログは決して止めようとはしない。

自分が介入したところで、

爆発に巻き込まれるだけと学習しているからだ。

そう、今の状況はいわば、

死にゆく者を黙って見送るといった状態。


まあ、彼は勇敢な奴だったよ、

どこの誰だか知らんけど。

すでにプログは、心の中で合掌していた。


そして、その想いを抱いていたのは、

プログだけではない。



「あー、やっちゃった……」



最後尾から様子を見守るアルトも、

ポツリと漏らす。

レナの性格を知っているアルトにとっても、

フロウという男がとる行動は、

どんな自殺の手段よりも、

効果的な自殺行為だった。


だが、プログやアルトの心情などお構いなしに、



「まあまあ、そんな堅いこと言わずに、

 一杯くらいどうよ、お嬢ちゃん♪」



命知らずは千鳥足でレナへと近づくと、

あろうことかレナの右肩へと手を回し、

ガバッとレナと肩を組み始めた。


ブチッ、という音が、

レナ自身の全身に駆け巡る。

完全に、キレた。



「あんたねぇ、 いい加減に――」



しなさいよコラァッ!!

とレナが裁きの鉄槌を下そうとした、

その瞬間だった。



「お前ら、ドルジーハに会ったんだろ?

 その様子、俺に詳しく聞かせてくれねぇか?」


「!?」



何かのスイッチが入ったかのように、

フロウは肩越しに低いトーンで、

レナへと問いかける。

一瞬、人違いかと思わせるほどに、

先ほどまでの調子とは違う。

過剰なアルコール摂取で虚ろだった瞳も、

いつの間にか生気が戻り、

どこか強い意志のようなものを感じる。


そのあまりの変貌ぶりに、

レナも思わず表情が固まる。

この男、確かに酒は飲んでいるものの、

ただの酔っ払いではない。

しかし、だとしたらこの男は一体?


先ほどまでの時限爆弾はどこへやら、

肩を組まれる中、

レナが迷いの最中にいると、

フロウは強烈に酒臭い息に似合わない、

しっかりとした口調で、さらに続けた。



「お前たちがドルジーハを何とかしたいってんなら、

 俺はお前らの敵じゃねえ。

 だから、城内で起きた話、

 ちょっくら聞かせてくれねーかな?」


次回投稿予定→3/19 15:00頃

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