第91話:答え
「ほう、我が国と不可侵の密約を、というわけか」
「はい。とはいえ、
国家間の拘束力は持たせず、
あくまで申し合わせ程度の意味合い、とのことです」
セカルタの執政代理であるレイからの書状を読み終え、
そう切り出したドルジーハへ向け、プログは続ける。
「我が執政代理は、
隣国でもあるファースターの現状を、
非常に憂いておられます。
長年膠着状態が続いているものの、
ここ最近は国王ではなく、
側近でもある騎士総長の力が、
次第に強くなってきている情報も、
よく耳にします」
「国王より騎士総長への権力が強まれば当然、
戦事に重点が置かれる可能性は高まります。
加えてファースター城内では、
あの盗賊集団シャックが、
出入りしているのではないか、との噂もあります」
プログの加勢、とばかりに、
すかさずレナも言葉を並べる。
「盗賊集団、シャック?」
その言葉を初めて聞いたかのように、
ドルジーハはわずかに眉をひそめる。
(そっか、こっちは列車が通ってないからわかんな
「シャックと言うのは、
今、世界を混乱に陥れている、
正体不明な謎の盗賊集団です」
レナの先入観によるミスに、
プログはすかさずフォローを入れる。
まるで条件反射でも繰り出しているかのように、
プログの、他人の言動に対する行動が早い。
「御仁の大陸内での動きは分かりかねますが、
少なくとも他の大陸、
すなわちワームピル、エリフ、ウォンズ。
この3大陸においては、
金に物品、そして終いには人まで盗んでいる、
列車での犯行を専門にした犯罪集団でございます。
それだけではありません、
近頃そのシャックは、魔物まで操り、
犯行を繰り返しているようです」
「魔物を操るだと?」
「はい。
私自身が経験したわけではございませんが、
報告の中にはそういった事例もございます」
「そのシャックとか言う奴等が、
ファースターの中に紛れ込んでいるというのか?
それを100%信じろと?」
「あくまでも噂、になります。
100%確定事項ではありません。
ですが、火のない所に煙は立たぬ、
ということわざもございますゆえ、
デマだと決めつけるには、
あまりにも情報が少ないかと」
「先ほどの騎士総長の力が強くなっていると言い、
今のシャックとやらの現状と言い、
主らはなぜそれほど詳しく知っている?
まさかスパイでもさせているのか?」
「いえ、スパイ活動のようなことは、
絶対に有り得ません。
無論、自国内での調査がメインになりますが、
ファースターより我が国へ、
命がけで亡命してくる者が稀にいます。
その者達から身柄の保護と引き換えに、
ファースターの現状を聴取しているのです」
総帥ドルジーハから次々と投げかけられる問いに対し、
冷静、かつ言葉を慎重に選びながらも、
プログは言葉に詰まることなく、
スラスラと答えている。
(こいつ……すご……)
情報として真偽が怪しい部分も多少はあるが、
そのあまりの流暢さに、
使者の当事者であるレナは、
フォローの立場を忘れて聞き入ってしまう。
今までは、
腕だけ確かな残念ハンターお兄さん、
程度しか思っていなかった。
だが、事前の打ち合わせもなしに、
入念な対策をしていないにも関わらず、
他大陸のお偉い人、
しかもNO.1に対して、
この堂々とした渡り合いぶりである。
いまだにやや手が震えるレナには、
その姿が子どもと大人くらい、
大きく感じられた。
「繰り返しになりますが、
これらの話がすべて、
憶測の域を出ないということは確かです。
よって、すべてが偽の情報と言う可能性もあるでしょう。
ですが、すべてが偽の可能性があるということは、
逆を言えばすべてが真の可能性もあるということになります。
可能性が0ではないという事象に対して、
国として対策を講じることは、
決してやぶさかな話ではないでしょう。
故に今回、我が執政代理は、
ドルジーハ総帥への書状を決断されたのです」
大人のプログははっきりとした口調で言い、
説明を締めた。
同時に、
(レナ、お前からもうひと押し、
何かあるなら言っとけ)
軽く肘をつきつつ、密かに耳打ちする。
最後に言い残すことがないよう、
すべて話しておけ、ということだろうか。
(え、マジ!?
あんた、さっきあんなに完璧に締めてたじゃん!)
(俺一人の言葉じゃ、まだ説得力に欠ける。
最後のダメ押しをするには、
お前からの言葉も必要なんだよ)
プログの一人舞台に任せて、
ここは黙っておこうと考えていたレナは、
思わぬ提言に肘つくプログを二度見してしまったが、
(落ち着け……ここは冷静に……ッ!)
目の前には大いなる壁、
総帥ドルジーハがそびえている。
冗談や隙は許されない、
レナはすぐさま思考を切り替え、
「隣のプログが話した通りです。
騎士総長の権力肥大、そして盗賊集団、シャック。
これらの可能性がもし交われば、
世界はファースターを中心に、
更なる大きな混乱に陥ります。
そして、ファースターが動けば、
すなわち同盟関係にあるウォンズ大陸の王都、
サーチャードも同時に動くことを意味します。
よって最悪の場合、
戦争が起こってしまった際に、
我がエリフ大陸は2大陸を相手に、
戦わなければならなくなります」
レナの言葉に、
ドルジーハは口を真一文字にしたまま、
ただ黙って聞き続けている。
「確率は限りなく0でも、
0ではない限り、
常に最悪のケースを考えておくのが、
国家として本来、あるべき姿。
だからこそ我が執政代理は、
同じ境遇下にあるドルジーハ総帥との、
面会を望んだのです」
「万が一ファースター、
そしてサーチャードに戦争を吹っかけられても、
主らのセカルタと我がキルフォー、
どちらかは抜け駆けせんように、
要はそういうことだろう?」
それまで閉口していたキルフォーの最高責任者が、
重い口を開いた。
「互いに抑止力を持っておこうと。
同盟とまではいかずとも、
事が起きる前に繋がりを持っておき、
有事の際には双方が裏切り行為を働くのを防ぐ。
そういうことだろう?」
小ばかにするように、
フン、と鼻で笑うように、
ドルジーハは2人の使者にそう吐き捨てた。
これが大陸の、
すべての民の上に立つ者が、
他大陸の使者に対して見せる態度なのか。
嫌気を通り越して憐れみさえ感じたレナだったが、
「私達が任されたのは、
あくまでも書状、そして言伝を総帥へ届けること。
執政代理の意図まではお預かりしておりません。
故に事の真意に関しては、
まず一度、我が執政代理とお会いし、
お聞きしてはいかがでしょう」
それでもプログは一切表情を変えることなく、
ただ自分の任務を完璧に全うするべく、
坦々と言葉を述べ、深々と頭を下げた。
伝えることは伝えた、締め(クロージング)の意思表示。
察したレナも慌てて、
後を追うようにこうべを垂れる。
こちらから伝えたいことは、
すべて伝えた。
あとは――――。
「この俺にここまで食い下がったのは、
お主達がはじめてかもしれんな」
頭を下げていたため黙視できないが、
言葉の意からして、
そう切り出したドルジーハの表情がほんの少しだけ、
緩んでいる気がする、
レナは直感でそう感じた。
「主ら、そして主らの長が、
言いたいことは良くわかった。
……もう、頭をあげてよいぞ」
気のせいか、
言葉遣いも柔らかくなった気がする。
頭をあげると、
そこにはほんの少しだけ、
雰囲気が変わったように見えるキルフォーの総帥が、
力強く大地を踏みしめていた。
「それでは――」
隣のプログもその空気を読み取ったのか、
すぐさま声をあげ、
次に発せられる総帥からの言葉を期待する。
「セカルタに戻って、
主らの長に伝えるといい。
この度の貴公の申し出――」
ワザとらしく溜めるように、
大きく息を吸い込むとドルジーハは、
「断固として拒否する、とな」
セカルタからの使者を、
天国から奈落の底へと突き落す一言を、
謁見室に響かせた。
「……え?」
レナとプログは一瞬、
その言葉が一体、
誰が発した言葉なのか分からなかった。
今の話を快く思わない誰かが、
取決めを妨害するために発した言葉かと一瞬、
本気で考えた。
「さあ客人よ。
謁見は終わった。
直ちに帰られよ」
そこまで言われて、
2人はようやく、
その言葉がドルジーハから発せられた言葉で、
自分達が聞いた言葉が、
聞き間違いないことを理解できた。
だが、理解と納得は違う。
「ちょ、ちょっと待ってください!
総帥、どういうことですか!!」
「あたし達の言葉、
信じてくれたんじゃ、なかったんですか!?」
先ほどまでの顔色とはうって変わり、
プログとレナは血相を変えて食い下がる。
直前まで得ていた、
これ以上ない好感触。
その感覚とは真反対の言葉を突きつけられた現実を、
まったく受け入れることができない。
「何度も同じことを言わせるな。
主らとの協力体制を築くつもりなど毛頭ない、
早々にここから立ち去るがいい」
だが、ドルジーハは使者たちの言葉を待つことはなく、
これ以上話すことはない、とばかりに、
謁見室の奥にある私室に戻るべく、
2人の使者に背を向けた。
「総帥! 総帥が想われている以上に、
ファースターは危険な存在なのです!
どうか今一度、お考え直しを……ッ!!」
「万が一、ファースターからの侵攻に遭えば、
恐ろしい事態になることは免れません!」
なおも必死に、食い下がる2人。
徐々に姿が小さくなるドルジーハの足を何とか止めるべく、
懸命に、しかし慎重に言葉を選びながら絞り出す。
このままでは、終れない。
自分達を信頼して送り出してくれたレイのためにも、
安全を祈る、ローザのためにも。
彼らの期待に応えるためには、
是が非でも、ドルジーハの足を、
引き止めなければならなかった。
だが、無情にも足は止まらない。
「総帥ッ!」
「ドルジーハ総帥!!」
キルフォーの最高責任者が、
私室へのドアに手をかけた時、
2人の使者の最後の叫び声が、
虚しく謁見室に響き渡る。
願いは、届かなかった。
「我々は自分たちの力で生きる。
我々はどこの国の援助も要らん。
これまで自分たちの力で生きてきた。
そしてこれからも、自分たちの力だけで生きていく。
これが最後の警告だ、
すぐにここから立ち去れ。
これ以上我らの邪魔をするのであれば、
主らの命は保証せんぞ」
ドルジーハはそれだけ告げ、
自室へと姿を消した。
「くッ……!!」
ふつふつと湧き上がるものを堪えるように、
レナは力の許す限り、歯を食いしばった。
なぜ?
レナの脳内思考は、
その言葉だけが何の法則もなく、
まるで落ち葉のようにゆらゆらと動いている。
何をどこで間違えたと言うのか。
決して失言はしていない。
相手を刺激するような単語も出していない。
話の流れの持っていき方としては、
最高のハズだった。
何一つ違和感は、ない。
プログの攻め方も完璧だと思ったし、
自分の言葉も、適切なモノだったと自負できる。
なのにどうして?
原因を解き明かそうにも、
大失敗という重い現実に、
正常な思考の巡りを阻害されて何も考えられない。
まさに頭が混乱――。
今のレナは、こみ上げるものがありながらも、
何も考えられなかった。
「謁見は終わりだ。
早く外に出ろ」
すぐ隣で冷たくあしらおうとする、
キルフォー兵士の言葉も、
レナの異状な脳内には届かない。
「オイ、ボサッとしてんな!
サッサと外に出ろ!!」
「あ……」
痺れを切らした兵士の怒号によって、
レナはようやく、現実へと目を向けた。
気が付けば、自分の周りを十数名の兵士が、
殺気を隠そうともせず、
まるで小さく、弱いアリを観察するかのように、
周囲を取り囲んでいた。
「レナ、ひとまず出よう。
これ以上の長居は危険だ」
隣からプログの力のない声が、
レナの耳へとぼんやり聞こえてきた。
プログも自分同様、
十数名の兵士に、身の回りを固められていた。
もし抵抗でもしようものならば、
すぐさまその場で、とでも言いたいかのように、
兵士皆が腰に据える剣に、手を置いている。
どう見ても逆転は、不可能。
レナ達がとれる選択肢は、
もはやたった一つしか、
残されていなかった。
それはレナ達が一番、
選びたくなかった選択肢。
それは執政代理であるレイが聞いて一番、
ガッカリするであろう選択肢。
そしてそれはローザが聞いて一番、
悲しくなるであろう選択肢。
だが、それしかなかった。
「……ッ!」
レナは黙って、
謁見室の出口へと歩いた。
不甲斐なさ、怒り、悲しみ。
そのいずれにも当てはまり、
でもそのいずれにも当てはまらない、
どんな感情かもわからないものを抱えながら、
ただ黙って、出口に向かった。
謁見室の去り方としてはこの上なく無礼だということは、
レナもわかっていたが、
それでもレナは足早に、
決して後ろを振り向くことなく、
一礼をすることもなく、
謁見室を後にした。
「数々の無礼、失礼しました。
忙しいところお時間をいただき、
ありがとうございました。
それでは……これにて失礼します……ッ!!」
最低限の礼作法だけは見せたものの、
プログもレナ同様に何かを呑み込むように、
部屋を出た。
つまり、交渉は完全な失敗だった。
次回更新予定→3/5 15:00頃




