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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第91話:答え

「ほう、我が国と不可侵の密約を、というわけか」


「はい。とはいえ、

 国家間の拘束力は持たせず、

 あくまで申し合わせ程度の意味合い、とのことです」



セカルタの執政代理であるレイからの書状を読み終え、

そう切り出したドルジーハへ向け、プログは続ける。



「我が執政代理は、

 隣国でもあるファースターの現状を、

 非常に憂いておられます。

 長年膠着状態が続いているものの、

 ここ最近は国王ではなく、

 側近でもある騎士総長の力が、

 次第に強くなってきている情報も、

 よく耳にします」


「国王より騎士総長への権力が強まれば当然、

 戦事に重点が置かれる可能性は高まります。

 加えてファースター城内では、

 あの盗賊集団シャックが、

 出入りしているのではないか、との噂もあります」



プログの加勢、とばかりに、

すかさずレナも言葉を並べる。



「盗賊集団、シャック?」



その言葉を初めて聞いたかのように、

ドルジーハはわずかに眉をひそめる。



(そっか、こっちは列車が通ってないからわかんな


「シャックと言うのは、

 今、世界を混乱に陥れている、

 正体不明な謎の盗賊集団です」



レナの先入観によるミスに、

プログはすかさずフォローを入れる。


まるで条件反射でも繰り出しているかのように、

プログの、他人の言動(アクション)に対する行動が早い。



「御仁の大陸内での動きは分かりかねますが、

 少なくとも他の大陸、

 すなわちワームピル、エリフ、ウォンズ。

 この3大陸においては、

 金に物品、そして終いには人まで盗んでいる、

 列車での犯行を専門にした犯罪集団でございます。

 それだけではありません、

 近頃そのシャックは、魔物まで操り、

 犯行を繰り返しているようです」


「魔物を操るだと?」


「はい。

 私自身が経験したわけではございませんが、

 報告の中にはそういった事例もございます」


「そのシャックとか言う奴等が、

 ファースターの中に紛れ込んでいるというのか?

 それを100%信じろと?」


「あくまでも噂、になります。

 100%確定事項ではありません。

 ですが、火のない所に煙は立たぬ、

 ということわざもございますゆえ、

 デマだと決めつけるには、

 あまりにも情報が少ないかと」


「先ほどの騎士総長の力が強くなっていると言い、

 今のシャックとやらの現状と言い、

 主らはなぜそれほど詳しく知っている?

 まさかスパイでもさせているのか?」


「いえ、スパイ活動のようなことは、

 絶対に有り得ません。

 無論、自国内での調査がメインになりますが、

 ファースターより我が国へ、

 命がけで亡命してくる者が稀にいます。

 その者達から身柄の保護と引き換えに、

 ファースターの現状を聴取しているのです」



総帥ドルジーハから次々と投げかけられる問いに対し、

冷静、かつ言葉を慎重に選びながらも、

プログは言葉に詰まることなく、

スラスラと答えている。



(こいつ……すご……)



情報として真偽が怪しい部分も多少はあるが、

そのあまりの流暢さに、

使者の当事者であるレナは、

フォローの立場を忘れて聞き入ってしまう。


今までは、

腕だけ確かな残念ハンターお兄さん、

程度しか思っていなかった。


だが、事前の打ち合わせもなしに、

入念な対策をしていないにも関わらず、

他大陸のお偉い人、

しかもNO.1に対して、

この堂々とした渡り合いぶりである。

いまだにやや手が震えるレナには、

その姿が子どもと大人くらい、

大きく感じられた。



「繰り返しになりますが、

 これらの話がすべて、

 憶測の域を出ないということは確かです。

 よって、すべてが偽の情報と言う可能性もあるでしょう。

 ですが、すべてが偽の可能性があるということは、

 逆を言えばすべてが真の可能性もあるということになります。

 可能性が0ではないという事象に対して、

 国として対策を講じることは、

 決してやぶさかな話ではないでしょう。

 故に今回、我が執政代理は、

 ドルジーハ総帥への書状を決断されたのです」



大人のプログははっきりとした口調で言い、

説明を締めた。


同時に、



(レナ、お前からもうひと押し、

何かあるなら言っとけ)



軽く肘をつきつつ、密かに耳打ちする。

最後に言い残すことがないよう、

すべて話しておけ、ということだろうか。



(え、マジ!?

あんた、さっきあんなに完璧に締めてたじゃん!)


(俺一人の言葉じゃ、まだ説得力に欠ける。

最後のダメ押しをするには、

お前からの言葉も必要なんだよ)



プログの一人舞台に任せて、

ここは黙っておこうと考えていたレナは、

思わぬ提言に肘つくプログを二度見してしまったが、



(落ち着け……ここは冷静に……ッ!)



目の前には大いなる壁、

総帥ドルジーハがそびえている。

冗談や隙は許されない、

レナはすぐさま思考を切り替え、



「隣のプログが話した通りです。

 騎士総長の権力肥大、そして盗賊集団、シャック。

 これらの可能性がもし交われば、

 世界はファースターを中心に、

 更なる大きな混乱に陥ります。

 そして、ファースターが動けば、

 すなわち同盟関係にあるウォンズ大陸の王都、

 サーチャードも同時に動くことを意味します。

 よって最悪の場合、

 戦争が起こってしまった際に、

 我がエリフ大陸は2大陸を相手に、

 戦わなければならなくなります」



レナの言葉に、

ドルジーハは口を真一文字にしたまま、

ただ黙って聞き続けている。



「確率は限りなく0でも、

 0ではない限り、

 常に最悪のケースを考えておくのが、

 国家として本来、あるべき姿。

 だからこそ我が執政代理は、

 同じ境遇下にあるドルジーハ総帥との、 

 面会を望んだのです」


「万が一ファースター、

 そしてサーチャードに戦争を吹っかけられても、

 主らのセカルタと我がキルフォー、

 どちらかは抜け駆けせんように、

 要はそういうことだろう?」



それまで閉口していたキルフォーの最高責任者が、

重い口を開いた。



「互いに抑止力を持っておこうと。

 同盟とまではいかずとも、

 事が起きる前に繋がりを持っておき、

 有事の際には双方が裏切り行為を働くのを防ぐ。

 そういうことだろう?」



小ばかにするように、

フン、と鼻で笑うように、

ドルジーハは2人の使者にそう吐き捨てた。


これが大陸の、

すべての民の上に立つ者が、

他大陸の使者に対して見せる態度なのか。

嫌気を通り越して憐れみさえ感じたレナだったが、



「私達が任されたのは、

 あくまでも書状、そして言伝(ことづて)を総帥へ届けること。

 執政代理の意図まではお預かりしておりません。

 故に事の真意に関しては、

 まず一度、我が執政代理とお会いし、

 お聞きしてはいかがでしょう」



それでもプログは一切表情を変えることなく、

ただ自分の任務を完璧に全うするべく、

坦々と言葉を述べ、深々と頭を下げた。


伝えることは伝えた、締め(クロージング)の意思表示。

察したレナも慌てて、

後を追うようにこうべを垂れる。


こちらから伝えたいことは、

すべて伝えた。

あとは――――。



「この俺にここまで食い下がったのは、

 お主達がはじめてかもしれんな」



頭を下げていたため黙視できないが、

言葉の意からして、

そう切り出したドルジーハの表情がほんの少しだけ、

緩んでいる気がする、

レナは直感でそう感じた。



「主ら、そして主らの長が、

 言いたいことは良くわかった。

 ……もう、頭をあげてよいぞ」



気のせいか、

言葉遣いも柔らかくなった気がする。


頭をあげると、

そこにはほんの少しだけ、

雰囲気が変わったように見えるキルフォーの総帥が、

力強く大地を踏みしめていた。



「それでは――」



隣のプログもその空気を読み取ったのか、

すぐさま声をあげ、

次に発せられる総帥からの言葉を期待する。



「セカルタに戻って、

 主らの長に伝えるといい。

 この度の貴公の申し出――」



ワザとらしく溜めるように、

大きく息を吸い込むとドルジーハは、



「断固として拒否する、とな」



セカルタからの使者を、

天国から奈落の底へと突き落す一言を、

謁見室に響かせた。



「……え?」



レナとプログは一瞬、

その言葉が一体、

誰が発した言葉なのか分からなかった。


今の話を快く思わない誰かが、

取決めを妨害するために発した言葉かと一瞬、

本気で考えた。



「さあ客人よ。

 謁見は終わった。

 直ちに帰られよ」



そこまで言われて、

2人はようやく、

その言葉がドルジーハから発せられた言葉で、

自分達が聞いた言葉が、

聞き間違いないことを理解できた。


だが、理解と納得は違う。



「ちょ、ちょっと待ってください!

 総帥、どういうことですか!!」


「あたし達の言葉、

 信じてくれたんじゃ、なかったんですか!?」



先ほどまでの顔色とはうって変わり、

プログとレナは血相を変えて食い下がる。


直前まで得ていた、

これ以上ない好感触。

その感覚とは真反対の言葉を突きつけられた現実を、

まったく受け入れることができない。



「何度も同じことを言わせるな。

 主らとの協力体制を築くつもりなど毛頭ない、

 早々にここから立ち去るがいい」



だが、ドルジーハは使者たちの言葉を待つことはなく、

これ以上話すことはない、とばかりに、

謁見室の奥にある私室に戻るべく、

2人の使者に背を向けた。



「総帥! 総帥が想われている以上に、

 ファースターは危険な存在なのです!

 どうか今一度、お考え直しを……ッ!!」


「万が一、ファースターからの侵攻に遭えば、

 恐ろしい事態になることは免れません!」


なおも必死に、食い下がる2人。

徐々に姿が小さくなるドルジーハの足を何とか止めるべく、

懸命に、しかし慎重に言葉を選びながら絞り出す。


このままでは、終れない。

自分達を信頼して送り出してくれたレイのためにも、

安全を祈る、ローザのためにも。


彼らの期待に応えるためには、

是が非でも、ドルジーハの足を、

引き止めなければならなかった。


だが、無情にも足は止まらない。



「総帥ッ!」


「ドルジーハ総帥!!」



キルフォーの最高責任者が、

私室へのドアに手をかけた時、

2人の使者の最後の叫び声が、

虚しく謁見室に響き渡る。


願いは、届かなかった。



「我々は自分たちの力で生きる。

 我々はどこの国の援助も要らん。

 これまで自分たちの力で生きてきた。

 そしてこれからも、自分たちの力だけで生きていく。

 これが最後の警告だ、

 すぐにここから立ち去れ。

 これ以上我らの邪魔をするのであれば、

 主らの命は保証せんぞ」



ドルジーハはそれだけ告げ、

自室へと姿を消した。



「くッ……!!」



ふつふつと湧き上がるものを堪えるように、

レナは力の許す限り、歯を食いしばった。


なぜ?

レナの脳内思考は、

その言葉だけが何の法則もなく、

まるで落ち葉のようにゆらゆらと動いている。

何をどこで間違えたと言うのか。

決して失言はしていない。

相手を刺激するような単語も出していない。

話の流れの持っていき方としては、

最高のハズだった。


何一つ違和感は、ない。

プログの攻め方も完璧だと思ったし、

自分の言葉も、適切なモノだったと自負できる。


なのにどうして?


原因を解き明かそうにも、

大失敗という重い現実に、

正常な思考の巡りを阻害されて何も考えられない。


まさに頭が混乱――。


今のレナは、こみ上げるものがありながらも、

何も考えられなかった。



「謁見は終わりだ。

 早く外に出ろ」



すぐ隣で冷たくあしらおうとする、

キルフォー兵士の言葉も、

レナの異状な脳内には届かない。



「オイ、ボサッとしてんな!

 サッサと外に出ろ!!」


「あ……」



痺れを切らした兵士の怒号によって、

レナはようやく、現実へと目を向けた。


気が付けば、自分の周りを十数名の兵士が、

殺気を隠そうともせず、

まるで小さく、弱いアリを観察するかのように、

周囲を取り囲んでいた。



「レナ、ひとまず出よう。

 これ以上の長居は危険だ」



隣からプログの力のない声が、

レナの耳へとぼんやり聞こえてきた。


プログも自分同様、

十数名の兵士に、身の回りを固められていた。


もし抵抗でもしようものならば、

すぐさまその場で、とでも言いたいかのように、

兵士皆が腰に据える剣に、手を置いている。


どう見ても逆転は、不可能。

レナ達がとれる選択肢は、

もはやたった一つしか、

残されていなかった。


それはレナ達が一番、

選びたくなかった選択肢。

それは執政代理であるレイが聞いて一番、

ガッカリするであろう選択肢。

そしてそれはローザが聞いて一番、

悲しくなるであろう選択肢。


だが、それしかなかった。



「……ッ!」



レナは黙って、

謁見室の出口へと歩いた。

不甲斐なさ、怒り、悲しみ。

そのいずれにも当てはまり、

でもそのいずれにも当てはまらない、

どんな感情かもわからないものを抱えながら、

ただ黙って、出口に向かった。


謁見室の去り方としてはこの上なく無礼だということは、

レナもわかっていたが、

それでもレナは足早に、

決して後ろを振り向くことなく、

一礼をすることもなく、

謁見室を後にした。



「数々の無礼、失礼しました。

 忙しいところお時間をいただき、

 ありがとうございました。

 それでは……これにて失礼します……ッ!!」



最低限の礼作法だけは見せたものの、

プログもレナ同様に何かを呑み込むように、

部屋を出た。


つまり、交渉は完全な失敗だった。


次回更新予定→3/5 15:00頃

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