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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第90話:黒い記憶

「もしもし、ナウベル?

 ナナズキよ。

 例の件、指示通り城に飛ばしといたから」



ファースター騎士隊4番隊隊長ナナズキは、

エリフ大陸の王都セカルタの城門脇、

人目のつかない茂みの中で、

同じく5番隊隊長であるナウベルへ、

通信機でそう告げた。



『了解したわ、ありがとう』


「っつーか、鳩飛ばすくらい、

 自分でやりなさいよねッ!

 アンタ、まだこっちにいるんでしょ!?」



ご機嫌斜めなのか、

隠れているにも関わらず、

思わず声を荒げてしまう。



『いるけど、私も別の任務があるから』


「あっそ!

 そもそもこの鳩飛ばすのに、

 何の意味があるのよ」


『さあ?

 私は騎士総長様に頼まれただけだから』


「あーそーですか!

 どうせ聞いても答えてくんないから、

 もう聞かないことにするわ!」


『そうしてもらえると助かるわ』


「ったく、こっちは頭の中が誰かさんのせいで、

 しっちゃかめっちゃかなんだから!

 少しくらい整理する時間を取らせなさいよね!!」


『あら、誰かさんって、誰の事かしら』


「……とにかく、

 任務はソツなくこなしました!

 そんじゃねッ!!」



ブチッ!


通信機が切れた音か、

はたまた我慢袋の緒が切れたか、

ナナズキは乱暴に通信を遮断した。


数日ぶりに連絡をよこして任務の依頼と聞き、

さて何のことやらと思ってフタを開けてみたら、

預けられた鳩をセカルタ城に向けて飛ばせ、という、

子どもどころかサルにでもできそうな依頼を、

半ば強引に押し付けられたのである。


なぜ鳩を飛ばすのか、

理由を聞いても、

先ほどのように知らない、の一点張りである。


ただでさえシャックやクライドの件で、

思考の整理がついていないナナズキにとっては、

この上なく面倒で、邪魔な任務だった。



「ったく、こっちだって暇じゃないってのに……!」



おかげでナナズキの機嫌は、

リンゴが勝手に転げ落ちるくらいに斜めになっている。


だが、同時に。



(とはいえ、なぜ鳩を飛ばす指示が来たのかしら?

しかもナウベル経由で)



ナナズキはふと思う。


騎士総長クライドが、

ファースター5番隊隊長であるナウベルの事を側近として、

一番信用していることはナナズキも知っている。


表舞台に姿を見せることがほとんどなく、

裏の社会で暗躍することを主な活動としているナウベルを、

騎士総長であるクライドが重宝することは、

秘密裏に事を進めるのを考えれば、

自然な流れ、ナナズキもそのくらいの想像は容易にできる。



(そのナウベルからこの依頼が来たってことは、

鳩を飛ばすってことが、ソコソコ意味ある行動ってことよね……)



鳩の“真実の意味”を知らないナナズキは、

茂みの中からコッソリと抜け出すと、

セカルタの市街地へと足を向ける。



(あの鳩に、騎士総長様は一体何をさせようとしたのかしら?

近くにいる誰かに、何かを気付かせようとした?

いや、だとしたら直接通信機で話が出来るハズ。

となると、気付かせようとした相手は、

通信機で話が出来ない相手?)



市街地を歩く道中、

ナナズキはトレードマークである、

青髪ツインテールを風になびかせながら、

脳内で想いを巡らせる。



(通信機で話が出来ない相手となれば、

候補はかなり絞られるわね。

少なくとも、隊長レベルの話じゃない。

あ、イグノ……いや、アイツは別に必要ないか。

だとすると……)



身内のものではなく、

クライドが何かを気付かせようとして、動く相手。

となれば、ナナズキの中には、

もはや数名程度の候補者しかいない。



(まさか、レナがいる?

……いや、レナ達がセカルタ城にいるハズがない。

ナウベルが、レナ達は別の大陸に旅立ったと言っていたし)



もっとも、この情報もナウベルがなかなか口を割らず、

やっとの思いで吐かせた情報ではあるのだが。


だが、それでも今のナナズキにとっては、

敵に関する、貴重な情報となっていた。




(となると、有り得る選択肢は……)



レナという可能性を排除できた今、

ナナズキの考えられる範囲内で浮かび上がる人物は、

わずかしか残っていない。


クライド騎士総長直々の命で、

わざわざ対立国であるセカルタ城を目がけ、

何かしらのシグナルと思しき鳩を飛ばす。


万が一向こうの兵士達に見つかってしまったら。

それを鑑みると非常にリスクが高い行動のハズだ。



(もしかして……)



そのリスクを冒してでも、

やり遂げなければいけなかった、

それほどの人物となれば。



「ローザ王女がいる?」



ここにナナズキの、

小さな疑念が生まれた。





『お久しぶりです、偽りの姫君よ』



突如ローザの耳を貫いた、低い男の声。



(この声ッ!

ま、ま、まさか……ッ!)



まるで体を撃ち抜かれるように、

低い男の声が、ローザの全身を駆け巡る。


忘れるはずのない、

忘れたくても忘れることができない、

幼少時からあまりに聞き慣れてしまった声。


ローザの透き通るような肌から、

みるみるうちに血の気が引いていく。


ローザ自身は違うと思いたかった。

あの魔の手から逃れるため、

必死に逃げてようやく辿り着いた、この場所。

頭では、この声の主はあの方ではないと、

否定したかった。

だが、幼い頃より、

長い触れ合いによって沁みついた思い出が、

思考の抗いを完全に打ち消してしまう。


名前を聞かずとも、誰かは分かっていた。


だが、それでもその声の主は、

ローザの想像に任せることなく、



『騎士総長クライド、

 このような形でのお声かけになってしまうことを、

 どうかお許しくださいませ、()王女様』



明らかに元、を強調しながら、言った。


まるで暗闇の中で背後からトントン、

と肩を叩かれたかのように、

ローザは体を震わせながら、

ゆっくりと後ろを振り返る。


そこにはローザの元を訪れた、

先ほどの鳩しかいない。

だが、その瞳が不自然に赤く光り続けている。



『クックック、驚かれましたかな?

 喋る鳩とは我ながら、

 なかなかな一興です』


紅い瞳の鳩は、そう続けた。

理屈は不明だがどうやら、鳩を媒介として、

自分の声を届けているようだ。



『驚かれる元王女のお顔を拝見できないのが、

 このクライド、本当に残念ですよ』



だが、ローザにとって、

心を完全に乱した元王女にとって、

そんなことはどうでもよかった。



(そんな……ッ!

クライド! どうして……ッ!!)



彼女の疑問は、

その一点に集中されていた。


ワームピル大陸の王都、ファースター。

そのファースターが誇る王国騎士隊。

その騎士隊の騎士総長を務めるのが、

この声の主、クライド。

同時に現在、

世界を股にかけて悪名を轟かせている列車専門の盗賊集団、

シャックのボスでもある、クライド。

そして、さらに同時に、

ローザの命を奪うべく、

彼女を追いかけているのも、

このクライドだ。


姿こそ見えないものの、

幼少時から、

まだ王女として君臨していた頃から知るクライドの声を、

ローザが間違えるはずがなかった。



「あ……あ……」



ぺたん、と。

ローザはまるで腰が抜けたかのように、

力なくその場に座り込んだ。

口元は震え、

両眼は瞳孔が開いているかのように、

大きく見開いてしまう。


恐怖。


今のローザの頭は、

完全にその二文字が支配していた。



『さて、と。

 今回元王女様に、

 お伝えしたかったのは他でもない、

 近々開催される、三国首脳会議についてです』



「ひっ……!」



言葉を発するたび、

ローザは心臓を誰かに掴まれているかのように、

ビクッと全身を震わせている。


が、眼の光る異形の鳩は、

言葉を続ける。



『実は私、予定よりも少し前に、

 セカルタに赴こうと思いまして。

 久しぶりにお会いする、

 レイ執政代理にもご挨拶しておきたいですし。

 それに……』



じつにわざとらしく、

ひと呼吸置いたのちに、



『万が一、元王女様がお城にいらっしゃるようでしたら、

 ぜひこちらで保護させてもらうよう、

 お願いしたいですからね』


「……!!!!」



その言葉がローザの弱った心臓に、

無慈悲に突き刺さる。


絶望。


つい先ほどまで支配していた恐怖は、

絶望へと悪化を遂げる。

気が付けば、

元王女の瞳からは、

何筋もの涙が頬を伝っていた。



『まあ私も、

 あれほどセカルタ城に連れて行けと、

 レナ達に言ったものですから、

 まさかバカ正直に、

 セカルタに連れて行ったとは思っていませんが、

 念のためと思いまして……ねぇ?』



姿は見えずとも、クライドの含み笑いが、

平和の象徴とも呼ばれる白鳩の奥から、

今にも見えてきそうだった。

だが、

動揺、恐怖、絶望に苛まれている今のローザには、

そこまで読み取る感受性はない。



(クライドが……すぐここに来る……!

私を……私を狙って!!)



クライドが、私を狙い続けている。

私の命を奪うために、

この場に来る。


その思考だけが、

ローザの目の前を独り歩きしている状態となっていた。



『おっと、そろそろ時間のようです。

 どこにいるかはわかりませんが、

 楽しみにしていますよ。

 元王女様を……』


「いや……やめて!」



ローザは咄嗟に、

両手で耳を塞ごうとした。


聞きたくない。

次に発する言葉を、絶対に。


何かを察した本能で、

元王女はまるで何かに憑りつかれたかのように、

首を左右に振り、

言葉を耳から遠ざけようと



「殺せる日をな!!!!」


「いやあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



鳩の光る眼が消えた瞬間、

耐え切れなかった、

元王女の嗚咽と悲鳴が部屋中に響き渡った。





「うっ……!」


「マジか、こっからまだ暖かくなんのかよ……!」



レナとプログがドアを開けた瞬間、

思わずそう言葉が漏れた。


決して不快、というわけではないが、

今までキッチリ、24℃に保たれていた室温が、

謁見室のドアを開けた瞬間、

更なる温風の歓迎を受けたのだ。


予想外の気温変化に、

2人は戸惑い、というよりも驚きが隠せない。



「貴君らが、セカルタ執政代理レイ殿の使者か?」



不意に前方から、

仰々しい言葉遣いの台詞が、

2人の耳へと届く。


息つく間もなく、

2人が声のする方向、

やや上前方を見上げると、

そこには。



「ようこそ、我らが誇りのキルフォー城へ。

 私がこのディフィード大陸、

 そして王都のキルフォーを治める総帥、

 ドルジーハだ。

 セカルタからの長旅、ご苦労であったな」



自らの名をドルジーハと名乗る、

凛々しくも立派に生やした白髭が特徴のその男は、

黒ずくめの甲冑に身を包み、

鋭い目つきを崩さぬまま、

レナとプログを見つめ、

というよりは睨み続けていた。

齢にして、おおよそ60代中盤から後半、

といったところか。


ファーストコンタクトにしては随分な態度ね、

とレナは内心思いつつも、



「お目にかかれて光栄です、ドルジーハ総帥」


「わが国の最高責任者、レイの使者として、

 参上いたしました」



共に右膝を地に着き、

プログと共に深々と頭を下げる。

たとえ相手がどういう態度であれ、

国の責任者である以上は、

決して礼を失してはならない。

個人の感情で動くような無礼は、

この場では決して許されないのだ。



「して、名は共に何と言う」


「レナ・フアンネと申します」


「プログ・ブランズです」


「レナにプログだな。

 その態勢だと話しづらかろう。

 崩してよいぞ」


「ありがとうございます」



(使者とはいえ、いきなり呼び捨てなのね)


(高飛車っつー言葉を絵に描いたような人物像だな)



頭の中で思わず、

呟かずにはいられなかった2人だったが、

同時に、



(さて、あとどれくらいで本題に入るかしら、ね)



堅い表情を崩さず、

いつ何時、その話題が投げかけられるかを待った。


通常、謁見でのやり取りの場合、

軽く挨拶を交わした後はすぐに本題に入らず、

アイスブレイク、

言うなれば日常内における話題を出すことが多い。


例えば今年の天候はどうだだの、

ここまでの旅はどうだっただの、

本題とは直接的に関係のないジャンルの話を、

その国の責任者側から投げかけられる。

それがたとえ、

謁見時間ギリギリの訪問客であったとしても、だ。


これは訪問者側の緊張をほぐす効果があり、

双方話し合いがしやすいような環境を作りだすためには、

非常に有効な手段となっている。


ところが。



「して、今回はどのような要件か?」



それが、キルフォーの総帥、

ドルジーハが次に発した言葉だった。



(くっ、やっぱりソッコーで来たわねッ!!)



ある程度は想定していたレナだったが、

心の中で思わずそう吐き出す。


城に入る前の兵士の態度といい、

城内で見かけた人々のやり取りといい、

こちらの常識が通用する相手ではない、

頭ではしっかり念頭に置いていたつもりだった。

だが、心のどこかで、

普通ならこうなのに、と考えてしまう。

この固定概念が、

レナの判断をわずかながらに鈍らせ、焦らせている。



「はっ。

 実は我が執政代理レイから、

 ドルジーハ総帥への書状を預かって参りました」



一瞬言葉に詰まったレナのすぐ横で、

プログはドルジーハに向けてそう切り出すと、

ホラ、書状を出してくれとばかりに、

レナへ向けて手を差し出す。


言われるがままレナは懐にしまっていた書状を、

差し出された手に置くと、

プログはその書状を近くにいた、

キルフォー兵士へと手渡す。



「ほう。国の代表者直々の書状とはな。

 だからこのようなギリギリの時間でも、

 我を訪ねて来た、というワケか」


「遅いご訪問となりましたこと、

 深くお詫び申し上げます。

 ですが預かった物が総帥へ向けた書状でしたので、

 一刻も早くお渡しするのもまた礼儀かと思いまして」


「ふん。まあいい。

 それよりどのような内容か、

 見せてもらおうじゃないか」



最上段まで昇った兵士からレイの書状を受け取ると、

ドルジーハはレナやプログからここでようやく視線を外し、

書状へと目を落とした。



(サンキュー、助かったわ)


(気にすんな。

それより、ここからが勝負だぞ)



視線から外れたのを確認し、

2人はすぐさま、

小声で即興打ち合わせを展開し始める。



(了解が得られたら余計なことは言わず、

そのままサッサと引き下がる。

もし万が一厳しい状況だったら、

向こうを立てつつ、少しずつ食い下がるぞ)


(相手のプライドやメンツは保って、

デカい爆弾投下はNGってことよね、了解したわ。

もし難色を示し始めたら、

刺激しない程度に説得していきましょう。

いざとなったら、互いのフォローは頼むわよ)


(オーケーだ、任せとけ)



その時間、数秒程度。

ほんのわずかの時間しか、

互いに言葉を交わすことができない。


だが、レナやプログにとっては、

それでもよかった。


いわば見切り発車気味に、

ここまで来てしまった2人にとって、

このわずか数秒だけでも、

相手の意思表示直前に会話を交わせたことは、

1の準備が50に膨らむくらい、大きな出来事だった。


(さあ、次はどう出るかしら、キルフォーのお偉いさん!)



50の準備を胸に、

レナは今考え得る、ありとあらゆる言動の可能性を、

脳内思考に張り巡らせて、

ちょうど書状を読破したドルジーハの、

キルフォーの最高責任者の所感を待った。


次回投稿予定→2月26日 15:00頃

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