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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第87話:沈黙の無機質王都、キルフォー

実は、最初から疑問に思っていたことだった。



「そーいやさぁ」



出発直後での最高レベルのイライラから若干落ち着いたレナは、

道中も中盤に差し掛かったところで、

何の気もなく切り出した。



「そもそも、キルフォーのお偉いさんは、

 どーいう心づもりであたし達が来るのを、

 許可したのかしらね」


「んあ?」



意味が理解できなかったか、

はたまた絶え間なく聞こえる吹雪の音にかき消されたか、

プログは寝ぼけた様な声で振り返る。


レナは何よコイツと思いつつも、



「今まで何の繋がりを持とうとしなかったのが、

 ここ急な渡航申請で、

 何であっさりと許可してくれたのかしら、と思って」



ここ数日ぼんやりと感じていたことを、

ふと足をとめ、ぼんやりと呟いてみた。



そもそも、違和感を覚えていたことだった。


ディフィード大陸は、

今まで各大陸の王がどれほど説得を試みても、

決して繋がりを持とうとせず、孤独を生きてきた大陸だ。

下調べはもちろんの事、

入念な準備をしたうえで挑んだ交渉でさえ、

直接面会することもできずに終わったことだって、

歴史の中では星の数ほどあった。


にもかかわらず、今回。


申請を行ったのがレイという、

国のトップだったとはいえ、

たった3日前にいきなり入港、面会の申請をしたのに、

向こうからはあっさりと、承諾の意が届いたのだ。


単なる気まぐれ、で片付けるには、

どう考えても不自然だ。



「えっと……こちらの王様も、

 現状に困っているとか、かな?」


「うーん、その線は考えづらいような気がするぜ。

 もしそうならば、もうちょい支援の相手について、

 じっくり考えるだろうからな」



アルトの言葉に、

しかしプログは真っ先に首を振る。


「アンネちゃん的には何か裏があるかも……ということ?」


「まあね。

 だっておかしくない?

 世界の4王都の中でも最強にめんどくさい相手に対して、

 こんなドタバタなアポイント取りだったのに、

 あっさりアポOKって、怪しすぎるでしょ」


「ま、俺も同意見だな。

 何かワナみたいな臭いがプンプンするんだよな」


「い、言われてみれば確かに……」



この件についてはあまり考えていなかったのか、

アルトがなるほど、とばかりに呟く。


例えば今まで数十年以上、

繋がりが途絶えていたかつての知り合いから、

いきなり“すぐにでも会いたい”という連絡が来て、

一片の疑いも持たずに会うことを快諾する人が、

果たしてどれくらいいるだろうか。


ましてや、国家レベルの話なら、なおさらである。



常識という物差しで当てはめてみれば、

まずは一度、目的を聞いてみるなり、

少し時間が欲しいなり等、

保留の意を示すのが妥当だろう。


だが、謎というベールに包まれた大陸、

ディフィード大陸の王都キルフォーは、

その選択を取らず、

いともあっさり、面会を許可した。


月並みな表現になるが、明らかに怪しい。



「ま、どっちにしろここまで来ちゃあ、

 腹くくるしかねえんだけどな」



だが、プログはそう言って、

レナの発した議論を止めると再び足を速める。



「ちょっと、話がまだ


「考えながら歩けば、キルフォーにはいずれ辿り着けるが、

 止まって考えてたら、キルフォーが俺らを迎えにくることはない。

 そうだろ?」



まるで他の3人を引っ張っていくかのように、

プログはどんどん前へと歩いていく。



「今ここで真剣に考えたところで、

 すべてが憶測の域を出ることはできねえ。

 なら今はとりあえず、キルフォーを目指そうぜ。

 本格的な話はそれからだ。

 じゃないと、その怪しいヤツ等に会う前に、

 俺らが怪しい世界に逝っちまうぞ?」



最後は冗談交じりに、プログは笑ってみせた。



「全ッ然、表現がうまくないわね、5点」


「うお、レナには珍しく、中々の点数!」


「何を寝ぼけたことを。

 誰が10点満点って言ったのよ?

 100点満点に決まってるじゃないの」


「……」



だが、口ではそう言いつつ、

レナのモヤモヤは、

実は少しだけ晴れ間を覗かせていた。


悩みは人に話した時点で半分近くは解決しているというけど、

きっとこういうことなんだろうな、とか思いつつ、

レナもその歩みを速めていく。



(ま、もしかしたらレイが、

その辺も含めてうまくやってくれたのかもしれないしね。

通信機もあるんだし、

最悪時間があれば、もう一回レイと連絡取ってみようかしら)


そんな事を考えながら、

レナはひとまず本来の敵を思考の少し横側へ置き、

目下の敵、キルフォーへの道無き道を倒すべく、

体を貫かれるような寒さへと、再び立ち向かっていく。



まるで片手間程度に書きましたと表現しているかのような、

乱暴に書かれた“↑キルフォー 残り1km”という、

腐食が進んで黒ずんだ木の標識を通過してから、

およそ30分。


ついに、4人が待ち望んだ造形物が、

最悪に近い視界の遥か先、

わずかに見え隠れするようになった。



「オイ、あれって……」



先頭を歩いていたプログはその“光景”に気付き、

思わず足を止めた。

いや、どちらかと言えば、

思わず足が止まってしまった、という表現の方が正しい。



「はぁ~~~、ようやく着いた……の」



ね、という単語まで、

同じ風景を見てレナは言いきることが出来なかった。


ようやくこの地獄の吹雪から解放されると、

わずかながらに緩みかけた緊張の糸が、

まるで誰かに思いきり両端を引っ張られたかのように、

ピーンッ! と再び張りつめる。



「うわ……すご……」


「あれは城壁……ですか?」



微かながらに見える程度でも明らかに分かる、

その圧倒的な“光景”の存在感にアルトと蒼音も、

完全に飲まれてしまっている。


港町カイトを出発してから約4時間半、

レナ達の前に姿を現したのは、

高さが数十メートルにも及ぶ頑強な壁。


……だけだった。

そう、要するに城壁が見えただけ、なのだ。

お城も、街並みも見えない。


雪風によって視野が狭いのもあってか、

まるで見えない国境を具現化したかのように、

視界の右から左まで一直線に、

その石壁は建っていた。



この厳しい環境下ということと港町カイトでの印象もあってか、

景観が壮大なファースター城、

あるいは屈指の高さを誇る、

セカルタ城に比べればいささか……と踏んでいたレナ達は、

想像のはるか斜め上をいく総構えに、

茫然としてしまっている。



「しっかしアレだな……、

 思ってたよりもスゲェ場所そうじゃねーか……」



プログは他の3人の感想も合わせたかのように、

言葉を絞り出すように言う。


荘厳や耽美というよりは、

重厚、屈強といった性格に近い、

キルフォーの外観を目の当たりにして、

4人の足は完全に、ピタッと止まった。


だが、ものの1分もしないうちに、



「……行くわよ。

 あたし達は観光しに来たわけじゃないんだし」



レナは言いきって、すぐに足を動かした。


そう、彼女達は決して、

キルフォーの外堀を見に来たわけではない。

この場はあくまでも目的を果たすために最終地点なだけであり、

最終目標は、違うところにある。


こんな所で足を止めている暇など、ない。



「うん、そうだよ。

 ここからが……勝負なんだから」



みんなに聞こえるように、

しかし自分にもしっかりと言い聞かせるように、

アルトは口元を引き締め、レナを追う。



「ま、ここまで来て今更、足踏みする必要なんざ、

 どこにもないわな」



自分より若いのに先を越された格好となったプログは、



「さて蒼音ちゃん、ここからが本番だぜ。

 一緒に来ていきなりハードな局面(フェイズ)だけど、

 しっかりついてきてくれよな」


「は、はい……!」



表情がうってかわり、

眼光が鋭くなるハンターとしての顔を見せたプログの言葉に、

蒼音は思わず息を飲む。


それは仁武島から行動を共にすることに決めた蒼音にとっては、

戦い以外で初めて見る、プログの顏だった。



「オーケーだ。

 なら、行くぜッ!!」



ほんの少しだけ、

表情を崩したプログはそれだけ告げると、

蒼音と共に先を行く少年少女を追うべく、

寒さで凍った雪道を砕かんばかりの力強さで、

前へと突き進んでいった。





沈黙の無機質王都、キルフォー。


かつてキルフォーを訪れた他大陸の名もなき者が、

その景観を見て名付けたのが、この通り名だ。

もっとも、その名もなき者も、

それから己の生まれし地へ、帰郷することはなかったのだが……。


生物が生きていくにはあまりにも過酷なこの環境で、

新緑や美しい造形といった物は、

ほぼ無価値なものに過ぎなかった。

たとえ植物や花を植えたとしても、

一週間もすれば、すべての種が枯れる。

どれほど美しい像や趣のある造形を造ったとしても、

それが金属でない限り、腐食によってすべてが無になる。


作っては壊れ、植えては枯れ、作っては腐り、

そして植えては凍り……。


虚無のサイクルを繰り返したことによって行き着いたのが、

この城、そして城下町の姿である。

城と街を自然の猛威から護るため、

これらを囲い込むように建築した、

高さ数十メートルにも及ぶ鉄壁。


厚さでさえ数メートルに及ぶこの壁は、

当初の目的であった自然からの攻撃だけでなく、

人工的、つまり他国からの攻撃をも防ぐ、

文字通り鉄壁の役割を果たすようになった。


巨大なる絶対守護壁。(アルティメット・ウォール)

現地の人々は敬意、そして自負の意味を込めて、

その壁をそう呼んでいる。


そして、その絶対壁に護られる、

キルフォーの城下町は……。





「しかし、なんとまぁ……」



レイから預かった書状を門番に見せ、

いざ目的地、王都キルフォーへと乗り込んだプログが、

最初に呟いたのは、その一言だった。



「外観の趣、そのまんまって感じね。

 ま、さすがに想像以上にヤバそうだけど」



続けてレナが、その光景を見渡してから、

小声で言う。



「うわ……機械だらけ……」


「それに煙も……すごいです」



後を追ったアルト、そして蒼音も、

その異様な雰囲気に言葉を詰まらせる。


言葉が出てこない、というよりは、

どちらかと言うとその異様な雰囲気に、

少々面食らっているという感じだ。


4人が足を踏み入れた王都キルフォーの城下町。

そこに広がっていたのは、

色味の無い鉄製の窓無し住宅の数々、

その住宅に立つ煙突から、

途切れることなくわき続ける、

いかにも有毒そうな濃灰色の煙。


そして城下町とはいえ、

明らかに必要数を超えて見える、

甲冑を纏ったキルフォー兵の数々。

その数は、行きかう市民の数よりも多い。


まるでどちらがこの街の主役であるか分からない程に、

至る所に兵士が巡回をしている。


当然、市民同士の会話などない。

まるですべての市民がこの場を初めて訪れたかのように、

よそよそしい立ち振る舞いを見せている。



「こりゃ、下手にデカい声で話もできねぇな」



圧倒的兵士の多さ、

そして街を包む静寂に、

プログの声も自然に、

蚊の鳴くレベルの声量へと変わる。



「んで、どうするよ?

 一旦、態勢を整えるか?

 それとも一気に、大勝負に出るか?」



そのような状況の中で、

プログは改めて、レナに訊ねた。

現在、午後4時30分。

時間としては、

かなり微妙な時間帯にさしかかっている。

想定していたとはいえ、

すべてがギリギリの時間となっていた。



「そうね……」



ふう、と一つ気を落ち着かせて、

レナは思考を回転させ始める。


午後4時30分。


カイトからキルフォーに要すると想定していた、

最大時間よりかはほんのわずかに早く、

この地に到達することは出来た。

少なくともこの時間ならば、

謁見を申し込んでも、

それほど失礼には当たらないだろう。

加えて今回の任務(ミッション)は、時間制限がある。

早くセカルタ城に戻らなければ、

ファースター元王女、

ローザの身に危険が及ぶ可能性が出てくる。


さらに言えば、

途中でシップイーターに襲われ、

七星の里へ立ち寄った影響で、

今レナ達は、全行程の予定を遅れ気味に推移している。


ただでさえピッチを上げて行かなければならない中での、

この遅れ。

もはや一刻の猶予もないということは、

重々承知だ。


頭では理解している。


だが。



(今回の案件、

向こうがすんなりOKを出してくるハズがない。

きっと何かをチラつかせて来たり、

下手をすればヤバい状況を作られるかもしれない……。

可能なら作戦会議は、しておきたいんだけど……)



レナは悩んでいた。



急がなければいけないのは明白。

だが、それ以前にレナ達が、

明らかに準備不足なのも、また事実だった。


キルフォーへ向かう雪道の中では、

レナの中で結論は出ていなかった。



得体のしれない相手が、

今回どのような思惑を持って謁見を許可したのか。

何が望みなのか。

自分達と会って、何をするつもりなのか。

結局、その答えどころか、

仮説にすら、辿り着くことはできなかった。


迷いは、顔に出る。

いくら表情を固めても、

いくら言葉を並べても、

心に迷いがあるのであれば、

それは相手に伝わる。


それが国家のトップを担うものであったら、

なおさらだ。


レナは迷いを消したかった。

敵を前にしても、決して動揺することがないように。

敵に何をされても、決して冷静を保てるように。

そのためにも、

みんなとの意見交換をしておきたかった。


だが、かと言ってここで、

4人で話し合いの場を持てば、

今日の謁見時間に間に合わなくなる。


そうすれば、明日まで謁見を待たなければならない。

そしてそれはつまり、

セカルタへ戻る時間の更なる遅延を意味する。


時間はない。

だが、迷いがある。


時間か、迷いか。


この時間となってしまっては、

頼みのレイに相談する猶予も、

残されていない。


故にどちらか一方は、

自分たちの独断で、

捨てなければならない。



「……」



レナは考えた。

リスク、可能性、時間、迷い、そして人。

すべての要素を思いつく限り浮かべ、

検証していった。



他の3人が見守る中、

17歳の少女が出した、結論は。


「今から会いに、いきましょう」


少女は一言だけみんなに、そう告げた。

次回投稿予定→2/5 15:00頃

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