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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第86話:孤高を貫く地、ディフィード

この世界、グロース・ファイスには、

4つの大陸が存在する。


気候に恵まれ4大陸一、住みすい場として知られる、

王都をファースターに据えるワームピル大陸。


そのワームピル大陸と古くから友好な関係にある、

一年の平均気温が30℃近くにのぼる灼熱の地、

サーチャードが王都のウォンズ大陸。


一方で長年ワームピルとの対立構図を形成してきた、

一日内での寒暖差が激しい地、

セカルタを王都に選ぶエリフ大陸。


世界を構成する4大陸のうち、

ここに挙げた3つの大陸は関わり方の正邪はあれど、

長い歴史の中で相互に繋がりを持っていた。


だが、残り一つの大陸、

ディフィード大陸だけは、

果て無く続く年月のほとんどを、

孤独に生きてきた大陸だった。


今現在、ディフィード大陸について、

世間一般的に知られていることは、

大陸一面が銀世界に覆われた場所であることと、

王都がキルフォーという地名である、ということだけだ。


かつてはファースター、セカルタ、

そしてサーチャードの王が、

その堅い門戸をこじ開けようと幾度となく、

接触を試みてきた。


ある時は、正式な使者を送り、

ある時は手紙を持った伝書鳩を飛ばしたり、

またある時は船を走らせ、

国王が直々に現地に赴いたこともあった。


だが、いかなる平和的な手段を持ってしてもディフィード大陸の、

王都キルフォーの閉じた外交の扉を解放することはできなかった。


ありとあらゆる手段を講じても、

ディフィード大陸の壁は、

はるか高くそびえ立ち、

他国の介入を拒み続けてきた。


ただ一つ、以前にレイが不意に呟いた、

10年前のあの(・・)戦争を除いては――。





「うぇっくしッ!!

 お~、ようやく見えてきたか」



到着まで5分と伝えられ出てきたものの、

挨拶代りの強烈な北風に、

クシャミを堪え切れなかったプログ。

氷水に浸したかのように冷たいハンカチで、

自らの鼻水を乱暴にふき取りながら、

はるか遠くに見える小さな町並みに目を凝らす。



「あれがレイ執政代理の言っていた港町かな?」



そのプログを風除けにすべく背後に立つアルトも、

視線を同じ方向へ向ける。



「確かカイトって港町だっけ?」


「そうみたいですね。

 無事に辿り着けるといいんですが……」



そのアルトを風除けにするレナ、

そしてその後ろ、最後尾には蒼



「ってかオメーら、

 人を寒さ除けに使うんじゃねぇ!」



……という構図に耐え切れなかった先頭にいた人が、

ついにキレた。



「いいじゃない。

 あんたが一番体格いいんだから。

 こういう時は協力プレイよ、協力」


「その協力プレイに、

 なんで俺だけが参加してねーんだよ!

 年寄りは労われって、学校で習っただろ!

 もっと労われ俺を!!」


「プログ、あんまりはしゃいでいると

 体力無くなっちゃうよ?」


「なんとアルト、お前もか!

 お前だけは……お前だけはずっと仲間だと信じていたのに~!!」



ついさっき誓ったはずの緊迫感はどこへやら、

うおーい! という、

悲痛100%が込められた叫びを轟かせながら、

船はディフィード大陸唯一の港町、

カイトへと近づいていく。





ディフィード大陸南西に位置する港町、カイト。

直角三角形を180°回転させたようなディフィード大陸において、

王都であるキルフォーは、そのちょうど真ん中に位置しているため、

港は存在しない。

また、カイトとキルフォーの他に存在する2つの村、

ルブラントとシックディスにも漁港と呼ばれるものはない。

よって、このカイトだけが海からの唯一の窓口となっている。



「……という情報と、

 ここからキルフォーまでは歩いて3時間程度、

 ってところまでは何とか仕入れることができたワケだ

 とりあえずここまで来たら、

 あとは総本山へ突撃するのみだなッ」



防寒対策にバッチリとハマる厚手のフードを頭から被るプログは、

なぜか準備万端とばかりに右腕をグルグル回している。



「てかあんた、いきなり街の人に話しかけるの、

 やめてくんない?

 ただでさえ慎重に動かないといけないのに、

 逆に目立つ行動してどうすんのよ?」


「しゃーねぇだろ、どのみち情報は必要なんだからよ。

 まさか、王都についてから情報を集める訳にもいかねえし、

 加えてここのヤツ等がほとんど無口とくりゃ、

 手当たり次第に話してくれそうなヤツを探すしかねぇだろ」



「そりゃまぁ、

 言っちゃえばそうなんだけど」



一言苦言を呈してみたレナだったが、

プログの返しに理解を示しつつふと辺りに視線を向ける。


エリフ大陸の王都セカルタまではいないにしろ、

決して人が少ないというワケではない。

唯一の港町という触れ込み通り、

それなりに人の往来はある。


だが一つ、他の大陸の港町と決定的に違う点がある。

それは“活気”だ。


まるでこれから誰かの通夜にでも行くかのように、

行き交う人々のほとんどが、

表情に影を抱えているのだ。


もちろん会話などない。

各人が己の目的を果たすことのみに特化し、

必要以上に、

いや、必要最低限にも達していないレベルで、

他人の干渉を遮断しているのだ。


現にレナ達(厳密に言うとプログ1人なのだが)が質問を投げかけて、

その回答が戻ってきたのはたったの2人だった。

しかもその2人も口にこそしなかったものの、

“めんどうくさい”と顔にでも書きたいかのように、

嫌々に、そしてぶっきらぼうに言葉を返したのだった。



「しっかしアレだな、

 空が暗いと心まで暗くなっちまうんかねえ」


「さあ、どうでしょう。

 私にはちょっとわかりませんが……」


「あー大丈夫よ蒼音、

 この御仁の言うことは半分くらい、

 聞いてなくていいから」


「おー悲しい悲しい。

 ……という冗談はさておき、

 準備が出来たら、早いとこキルフォーに向おうぜ。

 昼でこの寒さだ、夜のことなんざ、想像もしたくねえぞ」


「そうだね。

 寒さ対策はできたし、先を急い、だ方がいいね」



寒さに口がうまく回らず一度噛んでしまったアルトだったが、

言っていることは正論そのものだ。


現在午前11時にて、-7℃。

昼手前でこの寒さだ。


もしこの場を発つのが遅れ、

キルフォーに到着する前に、

夜にでもなってしまったら。


それはエリフ大陸の夜間移動以上に、

自殺行為となる。


それはアルトやプログだけでなく、

レナ、そして蒼音も十分に理解している。



「そうね。

 そしたらこの街でできることもないし、

 サッサと目的地に向かうとしますか」


だからこそ、レナはあっさりと、

そう言い切った。


先ほど、とあるカイトの住人から得た情報だと、

ここから王都であるキルフォーまでは、

歩いておよそ3時間。

普通に考えれば14時には到着できる計算になり、

それほど夜の寒さを警戒する必要はない。


だが、この時間はあくまでも、

ここの住人が歩いた場合での計算である。


大陸のことを知り尽くし、

かつ雪道に慣れているであろう、

ここの住人が歩いた時間が、

3時間なのだ。


温暖な気候であるワームピル大陸出身のレナやアルト、

そして仁武島という独自の文化を持った地で育った蒼音は、

雪道を歩いた経験がほぼ皆無に等しい。


雪道の歩行が常態化する人と、

雪道に関してド素人に近い人。


所要時間を算出するにあたってこの差は、

決して誤差という範疇で収まるものではない。


それがわかっているからこそ、

レナ達は素早い対応、

すなわちこのカイトからキルフォーへ、

旅立ちの時を急いだ。


今すぐに出発しておけば、

例えば住人の言っていた倍の時間、

つまりここからキルフォーに辿り着くまで6時間を要したとしても、

到着時刻は17時。


さすがに気温は下降していく時間帯にはなるが、

それでも所謂“夜”の時間帯の前には、

目的地に到達することができる。


そう、今すぐに出発さえ、しておけば。



「それじゃ、行きましょっか」



自慢の金髪をフワッとかきあげ、

付着した小雪を掃いながらレナは言うと、

活気が存在しない沈黙の港町、カイトを後にした。





今日はまだ、比較的穏やかな天気。

この言葉は、カイトの住人から聞いた言葉だ。



「これがいつもよりマシな天気というなら、

 あたしは一生、この大陸には住めないわ……!」



まるで大量のパチンコ玉が全身に、

次々と襲い掛かってくるような感覚。

北風に乗った雪という名の無数の悪魔を必死に振り払いつつ、

レナは明らかに苛立っていた。


王都キルフォーを目指すべくカイトを発ったレナ達だったが、

その道中は予想以上に険しい道だった。


際限なく降り注ぐ白雪、

その白雪の凶暴性を高める強烈な北風に加え、

レナ達の行く手を阻んだのは、“道”そのもの。


最初はファースターから始まり、

長く通り、歩き続けてきた、レナ達の道。

その踏破してきた今までの道のほとんどが、

歩行者用に舗装された、

言うなれば“歩きやすい道”だった。


だが、このディフィード大陸は、違った。


日照時間が短く、一年中雪に覆われたこの地において、

人の手によって整備された道など、作られていない。


ある地点には雪原が一面に広がっていたり、

またある地点には、巨大な岩石がむき出しになっていたり、

またある地点には突如凍りついた池のようなものが出現したり。


歩行者のためにあるものと言えば、

歩く方向だけを間違わないように建てられている、

腐りかけの木でできた標識ぐらいだ。


そのため数分歩けば、

4人のうち誰かが必ず足を取られる、滑る、転倒を喫してしまい、

思うように先に進むことができずにいた。



「くそッ、こりゃ想像以上にキツいぞ……ッ!」



寒さには多少慣れていたが、

雪道には慣れていなかったのだろう、

プログも忌々しそうに舌打ちを繰り返している。



そして、悪戦苦闘を続ける彼女達に、

さらに追い討ちをかけるのが。



「くそッ!

 また出てきやがったッ!!」



先頭を歩くプログが乱暴に言い放つ、

その視線の先には、


4人を目がけて猛然と突進してくるイノシシの形をした魔物、

ワイルボアの姿が。



「あーもうッ!

 ただでさえ面倒なのに!

 ゴメン、アルトッ!!」



物事がうまく進まないことにいら立つレナは、

そう吐き捨てると不意に、

その身をかがめる。


すると次の瞬間、


パァンパァンパァンッ!!


雪の影響で若干湿った、銃声が3発響くと、

目の前のワイルボアは突進が止まり、

ドスン、とその巨体を雪原へと打ちつけた。


レナの背後で、アルトが手に持つ銃で、

ワイルボアを撃ち抜いたのだ。



「ゴメンねアルト、さっきから」


「全然、気にしないでいいよ。

 それにしても、徐々に増えてきたね、魔物……」



かじかむ手を息で必死に温め、

拳銃に銃弾を補填しながら、

アルトはポツリと口にした。


そう、雪、風、道に加え、

今度は近辺に野放しにされている魔物が、

4人目がけて襲い掛かってきているのだ。


しかも今までに比べてこの大陸では、

遭遇したらほぼ確実に、

レナ達を目がけて襲い掛かってくるという、

最悪の状況である。


これまでの大陸では、

魔物に遭遇しても、

意外と魔物が戦闘態勢に入らず、

そのままやり過ごすということも多々あった。


だが、ここではその確率が極めて低い。

魔物がレナ達を見つければ、

もれなく戦闘態勢をとってくるのだ。



「この環境だとやはり魔物も、

 獲物がそれほどいなくて、

 人間を襲うことが多くなってくるのでしょうか……?」


「たぶん、そうでしょうね」



蒼音の言葉にレナは答えつつ、



「向こうも生きるために、

 必死で獲物を捕まえたいだろうし」



ふと、自分達を苦しめるディフィード大陸の空を見上げる。


今まで見てきた空の中では群を抜いて暗い、

灰色に染まった雪雲が余すところなく、

大陸の空を埋め尽くしている。


太陽の光を浴びようとしても、

一縷の望みもないくらいに、

灰色の空はどこまでも広がっている。


人が生きていくに厳しい環境であるということは、

同時に魔物が生きていくのにも厳しい環境であることに等しい。


何せ一年中雪が溶けることのない土地だ、

土壌は痩せ細り続ける一方である影響で、

分解者である微生物が生きていく環境には程遠い。


となれば生態系のバランスが崩れ、

植物といったいわゆる生産者も、

他の大陸に比べて種、数、共に圧倒的に少なくなる。


生産者の絶対数が少ないとなれば、

消費者は生きるために多少リスクを背負ってでも、

自らの食べ物を得ようとする。


すなわち、人を襲うことだ。


ワームピル大陸やエリフ大陸などは、

生産者、消費者、そして分解者という、

生態系がしっかり成立していたため、

魔物が人を襲う必要があまりなかった。



だが、今レナ達が足を踏み入れているディフィード大陸は、

その生態系のバランスがない。

分解者、生産者というカテゴリーが極端に少ない、

歪な生態系を作りだしてしまっているのだ。


そして、生態系崩壊の成れの果てが、

今の、飢えに飢えた魔物の襲来、という事である。



「しっかしアレだな、よくもまぁ、

 こんなワケわからん大陸で生活してるよな……冷てッ!!」



プログは口に侵入してきた雪をペッ、と吐き出すと、



「つかよ、お前の炎でこの寒さ、

 何とかなんねーのかよ!?」



明らかにイラついている様子で、

真後ろのレナに問いかけた。


そう、思えばレナは、炎の使い手だ。


剣先に意識を集中さえすれば、

たちどころに炎を生み出すことができる。


レナが繰り出す炎の温度は、約700℃。

あと100℃ほど高ければ、

ガラスを溶かすことが出来るほどの超高温だ。


その炎があれば、

雪を止めるのは無理にしても、

せめてこの寒さだけでも――と考えたプログ。


だが。



「はぁ!? 冗談は顔だけにしてくんない?

 あたしにどんだけの時間、力を使わせる気よ!?

 こんな寒い所でずっと力使い続けたら30分もしないうちに、

 天国から迎えが来ちゃうでしょうがッ!!」



レナはそれ以上に、イラついていた。


人の脳というものは非常に単純なもので、

自らが苦手なモノに直面すると、

嫌悪感と共に苛立ちの感情が芽生える。


ワームピル大陸という温室で育った、

真の寒さを知らないレナにとって今の状況は、

嫌悪感の値をすべて苛立ちに乗せたような、

最大級のイライラを募らせていたのだ。

そのせいか、いつも以上に口が悪くなってしまっている。



「…………。

 あーもう、標識でもなんでもいいから、

 早く何か見えてこねえかな……ッ!」



理不尽に年下にマジギレされたプログは、

必死に怒りを胃の中へ飲み込むと、

ヤケクソになった子どものように大げさに前へと進んでいく。



「あ、あの……」



一方、最後尾を歩いていた蒼音は、

雰囲気の悪さ、そして気まずさに耐え切れず、

おそるおそるレナへと話しかけようとしたが、



(止めといた方がいいよ。

今のレナ、メチャクチャ機嫌悪いから)



間に挟まっていたアルトがクルッと振り返り、

蒼音の言葉の続きを遮った。


アルト自身ももちろん、

今の雰囲気は最悪、ということは分かっていた。


しかし、だからと言って今、

誰かに話しかけたところで、

雰囲気が良い方に向かうことはまず有り得ない。


この嫌な空気感を生み出している原因は、

このディフィード大陸という環境であり、

個々の関係性が直接の問題点ではない。



プログもレナも、

そしてアルト自身も、

誰かにイラついているわけではなく、

この降りしきる雪と吹き付ける風、

そしてしきりに遭遇する魔物によって、

苛立ちを隠せないでいる。


ならばいくらここで声をかけたところで、

根本的な問題が解決できることはできない。


むしろ下手に話しかけたら、

ただでさえ良くない空気が、

更に悪化の一途を辿る可能性がある。


結局のところ、

この最悪な重苦しい雰囲気を吹き飛ばすためには、

この劣悪な、王都キルフォーへ続く道を、

いち早く踏破するしかないのだ。


(とにかく、早く王都キルフォーに辿り着かないと)


心の中で自分に言い聞かせるように、

そして聞こえていないであろう、

他の3人に向け、アルトは1人心を新たにし、

キルフォーへの道を進んでいった。


次回投稿予定→201/1/29 15:00頃

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