第7話:王都ファースターの真実 ~そしてあたしは~
「う、眩し……。
もう、こんな 時間だったのね」
地下通路の終着点にあった鉄格子階段を登りきり、
マンホールから顔を出したレナが、
太陽の陽射しを手で隠し、
少し目をすぼめながら呟く。
ここはワームピル大陸の王都、ファースターの、
街の外れにある、名もなき小さな公園。
公園内にある時計は、朝の5時を指している。
朝の5時と言えば太陽の陽射しも、
それほど強いものではないのだが、
最終列車から今の地下通路に至るまで、
常に暗闇と共に過ごしてきたレナにとっては、
相当眩しく感じられたのだろう。
「よいしょっと。
あーよかった、外に出れたあ」
続いてアルトが顔を出し、
安堵の表情を浮かべる。
レナ同様、アルトも久々に太陽の光との再会である。
「こらこら、一応まだ声のボリュームは、
小さめで頼むぜ」
最後にプログが2人に釘を刺しながら、
顔を出す。
見渡す限り、公園に人の気配はないが、
今は朝の5時である。
朝の5時に物騒な武器を持ち歩いた3人組が、
公園にたむろしている所を見れば、
誰が見ても怪しく感じるだろう。
プログの忠告はそれを踏まえてのものだった。
「確かにそうね。
さて、それはそうと、
あんたたちはこれからどうするの?
あたしはルインに帰るつもりだけど」
ひとまず近くにあったベンチにゆっくり腰掛け、
プログの忠告通り声の音量を下げたレナが、
2人に問いかける。
「そうだな……。
俺はまたハンターとして働くかな」
「大丈夫なの?
ここら辺でハンターとして有名になっちゃったら、
また捕まっちゃうんじゃないの?」
「まぁその、なんだ。
その辺は大丈夫さ、
きっとなんとかなるだろ」
レナの問いに、
なぜか急に歯切れの悪くなるプログ。
何か事情でもあるのだろうか。
ただレナは特にそれ以上、
追求しようとはしなかった。
別に空気を読んだりとか、
プログを思いやってとかいうわけではない、
単純に興味がなかったからだ。
「なによその根拠のない自信……。
まあいいや。
んで、アルトはどうするの?」
「え、僕? 僕はとりあえず母さんを探すよ。
そのために旅に出たんだし。
でも、ファースターで何か手がかりを、
って思ってたんだけどね……」
「うーん、さすがに今ファースターを、
ウロウロするのはやめた方がいいわね」
「そうだな、せっかく脱出できたのに、
自殺行為に等しいぜ」
レナやプログが言うことも、
もっともである。
確かにアルトは自分の母親、
ヴェールを探すため、
ファースターで何か情報を得たいというもくろみがあった。
そのために、反対するばあちゃんを説得してまで、
故郷のファイタルを飛び出してきたのだ。
しかし、いくら情報を集めたいと思ったところで、
このような状況になってしまった以上、
もはや一刻も早く、
ファースターを抜け出さなければ、
というのが正直なところだ。
「そう……だよね。
そしたらどうしよう、違う大陸に行こうかな……。
でもどうやって行けばいいんだろう」
「うーん、出来れば手伝ってあげたいけど、
違う大陸ってなると、あたしもち
「どうやら無事に、脱出できたようですね」
レナ達の耳に、
不意に聞き慣れない男の声が届く。
今後の話に夢中で若干油断していた3人が、
素早く戦闘態勢を取りながら声が聞こえた、
後方を振り向く。
そこには、立派な軍の鎧をまとい、
銀髪を短く整えた30歳後半くらいと思しき、
優しい表情をした男の姿が。
ただ、軍の鎧と言っても、
駅で見た兵士とはまったく違う鎧を着ており、
鎧の中央部分にきらびやかな金の刺繍が入っていたり、
胸のあたりに勲章のようなバッジを付けている。
どうやらただの兵士ではないようだ。
「脱獄犯3人のために、
わざわざ国のお偉いさんがお出迎えって?
あたし達、ずいぶんと丁重に扱われてるのね」
レナがため息をつきながら、
皮肉たっぷりにそう言い放つ。
無理もない、せっかく何時間もかけて、
薄暗い地下通路を通り、
難解な仕掛けを苦心して解き、
ようやくたどり着いた出口に、
気品あふれる風格漂う、
偉そうな兵士が待ち構えていたのだから。
「待ってください、
私はあなたたちを、
捕まえに来たのではありません」
「……え?」
さてどうやってこの状況から逃げ出そうか、
そのことしか考えていなかったレナ達だったのだが、
男から予想だにしない言葉が飛び出し、
思わず声を揃える。
「私はファースターで騎士総長を務めている、
クライドと申します。
皆さん落ち着いて聞いてください、
実は皆さんにお願いがあって来ました。
……あなたたちにこのファースターを、
救っていただきたいのです」
「は? どういうこと?」
レナがぶっきらぼうに言い放つ。
騎士総長と言えば騎士団の中で一番偉い、
重役中の重役である。
風貌を見る限り、偉いとは思っていたが、
まさか騎士の中で、
一番偉い人だったのは想定外だったし、
さらにその騎士総長から発せられた言葉が、
あまりにも壮大すぎて、まったく理解できない。
基本的には目上の人には、
敬語を使うようにしているレナだが、
あまりの急な話につい、
普通の口調で話してしまった。
「あまりにも話が大きすぎる話でしたね。
失礼しました、詳しくお話しします。
シャックの事は皆さんご存知ですよね?
……実は、今この王都ファースターを、
統治している貴族の半数以上は、
シャックと繋がっているのです」
「何だって!?」
「しーっ! 声が大きいです!」
突然聞かされた事実に驚くアルトを、
子供を叱る大人のように、
クライドが素早く注意する。
さらにクライドは続ける。
「もちろん、彼らは表向きには貴族として、
王国に仕えている身として城の中で働いています。
しかし、シャックの討伐といった話になると、
シャックに関する情報を城内でかく乱させ、
シャックの居場所や手がかりといったものを、
もみ消しているのです。
あなた達をシャックとして捕まえたのも、
おそらくその一味でしょう」
「オイオイ、
とんでもないことになってんじゃねえか」
「はい。そのため、
今ファースターでは、
シャックに関する正確な情報が、
一体どれなのかがまったくわからず、
対策及び活動が、
何もできない状態になってしまっています。
それに陛下をはじめ王族の方々が、
ふだん市民街にそのお姿を見せられることがないことも、
皆さんご存知かと思いますが、
あれも実は、シャックと繋がっている高官が、
王族の方々を城の中に、
軟禁状態にしているためなのです」
「陛下たちが市民街に出かけられた際に、
シャックの噂を聞かれないように、
城の中から出させない、ってところかしら?
まあ色々ツッコみたいところがあるんですけど、
とりあえずあなたは何で、
そのことを知っているのかしら?
それにあたし達捕まったの、
警察とあなたの部下である兵士だったんですけど?」
雰囲気からも表情からも、
そして敬語を一応使っているとはいえ、
言葉遣いからも明らかに何かを疑っているレナが、
横槍を入れるように、
話を遮ってクライドに訊ねる。
「おそらくその兵士は貴族が個人で、
雇っている兵士なのでしょう。
私の部下ならば私と同じ鎧を、
身に着けているはずですから。
それとなぜ、貴族とシャックが繋がっているのを、
私が知っているかという話ですね。
個人情報に関わるので、
あまり誉められたものではないのですが、
怪しいと思われた数名の近辺を、
私の部下に調べさせたのです。
最近頻繁に市民街の方へ、
外出申請する貴族がいたもので。
すると、本来ならばほんの一部の者しか知らない、
シャックに関する対策事項や極秘情報を、
何者かに漏らしている現場が確認されたのです」
「外部いるシャックの人間に、
情報を流していたってことかしら?」
「ええ、そのようです。
最初は数人の貴族が確認された程度だったですし、
現在も正確には把握はしておりませんが、
その後も多くの貴族が、
同様の手口で情報を漏らしているのを確認しています。
なのであくまで見立てではありますが、
半数以上がシャックと絡んでいる、
私はそう推測しています」
「じゃあその場で、
捕まえればよかったじゃないですか」
「私もそれは考えまして、
すぐに上の高官の方と掛け合ったのですが……、
そこもすでに……」
「そいつもすでに、
シャックの一味だったってワケか」
「じゃあ、なんで直接陛下にそのことを伝えないの?
騎士総長様なんですし、
陛下に直接お話しされることもあるのでは?」
レナと違い、騎士総長という肩書を聞き、
慎重に言葉を選びながら、
アルトがクライドに質問を投げかける。
「まぁ、そういうわけにもいかんだろうさ。
もし騎士総長さんが言うとおり、
仮に半数以上がシャックの一員だとしたら、
陛下とその話をしようにも、
どこで誰が聞いているかわかったもんじゃない。
それに、仮にうまく陛下だけに話ができたとしても、
陛下も独断で動くようなことはせず、
誰かに相談するだろう。
そこで騎士総長さんよりお偉いさんに、
シャックの一員がいたら、
その時点で話をもみ消されてアウトだし、
さらにそのお偉いさんは、
騎士総長さんを全力で潰しに来るだろう。
そう考えると騎士総長さんも動くに動けないってこと、
そうだろ、騎士総長さんよ?」
プログが今までに比べて、
かなりトーンを落とした口調で、
クライドへの質問の代わりに、
妙によそよそしく答える。
その表情は心なしか、
若干イライラしているように見える。
「さすがに理解が早くて助かるよ、プログ・ブランズ。
やはり牢に入れておくには惜しい人材です」
「フンッ」
クライドの何か含みを持たせているような笑顔に、
鼻で返事をするプログ。
今までに何かあったのかしら、
とレナは2人の様子を伺っていたが、
特にそれ以上追求しようとはしなかった。
別に、プログを思いやってとか、
興味がなかったからではない、
空気を読んだのだ。
それに、地下通路を一緒に通ったとはいえ、
レナの中ではまだ100%、
プログを信用していなかった部分があり、
今のやり取りを、
黙って観察してみたかったという思いもあったため、
あえて追求しなかったのだ。
まあ、2人の様子を見る限り、
どう見ても仲がいいようには見えなかったのだが。
そんなレナの腹の中はさておき、
クライドの一連の話を聞いて、
ひとまず今わかっていることは、
どうやらファースター城内には、
すでにかなりの人数のシャックの手の者が、
入り込んでいるということだ。
レナが腕を組み、頭の中で思考回路を回転させる。
つまり、レナ達はシャックと繋がっている貴族たちによって、
わざとシャックに仕立て上げられた。
ということは、
おそらくレナ達以外にも、
無実で捕まっている人が何人もいるだろう。
プログがそのいい例である。
そして、そういった情報操作によって、
貴族たちは陛下達から、
本物のシャックに関する情報を遠ざけ、
シャックの活動を助けている、というからくりだ。
もし仮にクライドの話していることがすべて本当ならば、
急に捕まったり牢屋での扱い等々、
一通りの辻褄が合う。
いくつか気になるところはあるけど、
どうやら言っていることに間違いはなさそうね、
レナの思考回路はひとまずその結論に至った。
「つまりファースター内にシャックの手が回っていて、
情報も掴めず身動きが取れない状態、
他の国に応援を頼もうにも、
お偉いさんがその案自体を押さえつけていて、
頼めない、ってことなのかしら?」
「ええ、そういうことです。
シャックの事件の件数は、
このワームピル大陸が一番多いため、
他の国も情報をファースターに求めているのですが、
城内が今のような状況ですのでなかなか……」
ややうつむき加減に申し訳なさそうに、
声を出すクライド。
犯人はわかっているのに捕まえることができない、
騎士総長としての役目が果たせていない自分に、
失望しているのだろう。
「ひとまずファースター城内が、
大変なことになっているのはわかりました。
それで、そのファースターを救うってのと、
あたしたちがどう関係するのかしら?
どう頑張っても、話が繋がらないんですけど」
まだいくつか気になるところがあるレナだったが、
ここで話を急がせる。
確かに騎士総長という、
騎士の中では一番偉い人が目の前にいるため、
いきなり捕まることはないだろうが、
クライドの話が本当ならば、
シャックに絡んでいる者に、
この場を目撃されてしまっては元も子もない。
一刻も早くここから遠くに行きたい、
というのが本音だったからだ。
「はい。じつは陛下には一人娘の、
王女様がいらっしゃるのですが、
どうやらこの王女様の命を、
シャックが狙っているらしいのです」
「また随分と話が唐突ね。
それも部下から入った情報なのかしら?」
自分で急がせたとはいえ王女、そして命といった、
また急に聞き慣れない単語が耳に入り、
レナは思わず顔をしかめる。
「ええ、そうです。
どうやら城内の何者かが、
王女様の毎日のご予定を、
シャックに流しているようなのです。
幸い王女様が滅多に外出されることはないため、
危険な目に遭うといったことは、
今まではありませんでしたが、
最近では城内でも、
怪しい動きをしている者がしばしば見られます。
陛下のたった一人のお子様のため、
王女様はこの国の跡取りとなる重要なお方。
陛下同様、王女様の身に何かあったら、
この国は大変なことになります」
「ふーん。
んで、あたしたちは何をすれば?」
「皆様に、王女様を隣国の王都、
セカルタへお連れしてほしいのです。
ローザ様、どうぞこちらに」
そう言うクライドの声に呼応し、
木の陰から静かに姿を現したのは、
レナ同様、美しい金色の髪を、
肩に少しかかるくらいで揃え、
レナやアルトと同世代くらいだろうか、
少女の面影を残しながらも、
優しい目つきをした女の子だった。
「この子が……もしかして?」
「そう、このお方が陛下のご息女にして、
王女であるローザ様です」
なんとなくわかってはいたが、
アルトが念のためクライドに確認する。
というのも、恰好が世間一般で言う王女のような、
立派なドレスを着ていなかったためだ。
ちなみにクライドが言っていた隣国の王都、
セカルタというのは、
ファースター大陸から西にある第2大陸、
エリフ大陸のちょうど中心に位置する、
エリフ大陸の王都である。
ドレスという王女の煌びやかより、
セカルタまで赴くために、
動きやすい恰好を取ったというところだろうか。
「初めまして、ローザです。
よろしくお願いします」
ローザが丁寧にお辞儀をしながら3人に挨拶する。
ただの挨拶からも、
貴族の気品といったものが十分に感じられ、
アルトやプログも思わずお辞儀をする。
「セカルタに連れてけってどういうこと?
てか、それって表向きには立派な誘拐じゃないの」
ただ一人、お辞儀よりも王女の登場により、
気になることが増えてしまったレナが続ける。
最初はところどころに敬語を使っていたが、
怪しいといまだに踏んでいるからだろうか、
完全に普通の口調になってしまっている。
「セカルタには私の古くからの友人が、
執政代理として勤めています。
彼の下へ、ローザ様をお連れしてほしいのです。
事情を話していただければ、
彼が何とかしてくれるでしょう。
それと誘拐の件ですが、
大変申し訳ありません、
ひとまずそのような形になりますが、
あなた達の追跡や対策責任者は私になりますので、
そのあたりはうまく誤魔化します」
「シャックの疑いをかけられているあたし達に、
脱獄の上に騎士総長のお願いで、
誘拐の罪も重ねろって?
あたし達、随分と気前のいい犯罪者ね」
肩をすくめながら両手を広げ、
レナは自虐的な感じに鼻で笑っている。
しかし、クライドは厳しい表情を崩さぬまま、
「……あなたたち2人が列車内で魔物を退治し、
暴走した列車を止めたことは聞いています。
私はあなた達が、シャックの一員とは思っていません。
だからこそ、あなた達にお願いしているのです。
いや、あなた達の力を借りたいのです。
シャックが引き起こした一つの事件を、
たった2人で解決させたあなた達の力が。
今回のことがうまくいけば、
あなた達の罪を晴らすこともできます。
それに捕えられていたとはいえ、
プログも元々は、
優秀なハンターであったことも聞いております。
あなた達3人ならば、
必ず成功させていただけるはずです。
なのでお願いします、ファースターのために、
そして陛下やローザ様のためにも、
力を貸していただきたい」
そう言うと深々と頭を下げる。
少々自虐に走っていたレナも、
クライドの真摯な態度の前に、
さすがに真面目な表情に戻る。
「要するにこの王女様を護衛するってことよね?
ちなみにもし、
これを断ったらどうなるのかしら?」
「……護衛だって??」
レナの発した「護衛」という言葉に、
今までわりと静かだったプログが、
急にピクッと反応する。
その目つきは細く鋭い。
「その場合は申し訳ありませんが、
牢屋からの脱獄罪として、
もう一度牢屋に入っていただくしかありません」
レナの問いに頭を下げたままクライドが答える。
頭こそ下げてはいるものの、
もし断ったら容赦はしません、
そんな雰囲気が伝わってくる。
「私からもお願いします」
さらに追い打ちをかけるように、
王女、ローザが深々と頭を下げる。
まだ何点か腑に落ちない部分もあったが、
牢屋を脱出してなんとか疑いを晴らしたいという想いと、
シャックに一泡吹かしてやりたい想いを持っていたレナ、
そしてファースター以外に、
母親の情報を得る場所を探していたアルトにとっては、
決して悪い話ではなかった。
それに、そもそもここで断ったら牢屋に逆戻りである、
何としてもそれだけは避けたかった。
「しょうがないわね、私は構わないわ。
アルトは?」
「僕もやるよ。
だってそうしないと、
牢屋に戻されるんでしょ?」
レナもアルトも快諾、というわけではないが、
クライドに返事をする。
「ありがとうございます!
これで何とか目処がた
「待て、俺は受けないぜ」
喜びの表情を作りながら、
クライドの頭が上がる瞬間、
すべての話を突き破る針のようなプログの言葉が、
全員に突き刺さる。
「え?」
「俺は護衛なんて絶対に受けない。
そんなもん受けるくらいなら、
俺は牢屋にいた方がマシだ」
今までのプログの雰囲気とは180°違う、
低い、それでいて冷たい言葉が、
次々とレナ達を襲う。
「ちょ、どうしたのプログ?」
「どうしたも何もないさ、
俺は人の護衛は絶対にしない。
悪いがやるなら2人で行けよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、
あたしは牢屋に逆戻りなんて嫌
「そんなことだ?
お前ら人を護衛することが、
どんなに大変なことだかわかってんのか!?
失敗すれば、この王女が命を落とすことになるんだぞ!!
この国の王族だぞ!!
それがどれだけ責任が重いことか、
お前らホントにわかってんのか!!
軽はずみで受けるようなことじゃねえってことが、
わかんねえのか!!」
レナの発言に、
急に声を荒らげるプログ。
早朝の公園にプログの怒号が響き渡る。
急な大きな声でびっくりしたのだろう、
近くの木にとまって休んでいた小鳥たちが、
一斉に大空へと飛び立っていく。
あまりに急なことに、
レナとアルトは思わず固まってしまう。
「す、すまん、つい……」
「いや、何かこっちこそ、ごめん……」
ふと我に戻ったプログと、
何か地雷を踏んでしまったと感じ、謝るレナ。
気まずいを絵に描いたような、
微妙な空気があたりを包む。
「とにかく俺は護衛だけは絶対に受けない、
絶対にだ」
なぜか護衛という仕事を頑なに拒むプログ。
初めて会った時や、
地下水道で話していたプログとはまったくの別人だ。
この様子だと、
とてもじゃないが折れることはなさそうな雰囲気である。
「困りましたね……。
ぜひとも3人でお願いしたいのですが。
というより、このお話を3人にしてしまった以上、
皆さん全員でないとこちらとしましても……」
「何度も言わせるな、俺は護衛はやらない」
クライドとプログは平行線のままである。
このまま話していても平行線のままだし、
あまりにも平行線が長引きすぎて、
クライドの考えが変わってしまったらまずい――。
ここでレナとアルトは、
2人で何やらコソコソ話を始める。
当然、プログを何とかして、
一緒に連れて行く方法を話し合うためである。
そして、?マークを浮かべるクライドやローザを尻目に、
わずかの時間で、とある結論に至った。
「わかったわ、プログ。
そしたら、王女の護衛はあたしとアルトでやるよ。
それであたし達が、
ハンターのあんたに魔物討伐を依頼するって形でどう?」
「俺は護衛から外れるってことか?」
「そうだよ。
だからプログは途中で出てくる魔物を、
討伐するのを専門ってこと」
つまり、3人一緒にはいるが、
レナとアルトはローザの護衛をして、
プログは依頼主であるレナとアルトに同行し、
魔物討伐の依頼を受けているハンター、という構図になる。
かなり形式的な印象もあるが、
これならプログは護衛ではなく、
1人のハンターとして一緒にいられる、
2人はそう判断したのだ。
「まあ、それなら構わんが……知らんぞ、俺は」
「わかってるって。
言われた以上は、しっかりと護衛してみせるわよ」
2人を心配している、
というよりはどこかよそよそしく話すプログを、
レナが引き止めるかのように、すぐに答える。
地下通路から脱出した頃には、
まだそれほど強くなかった陽射しが、
時間と共に徐々に強くなり、
レナを背中から明るく照らしていく。
その様子が、
まるでレナ達の強い決意を表すかのように綺麗に、
そしてたくましく映しだす。
「どうやら話はまとまったようですね。
本当にありがとうございます、
よろしくお願いします。
今後のことですが、
ここから北西の方角に洞窟があります。
そこは緊急用として王族のみが使える、
エリフ大陸に抜けられる転移装置があるのです。
そこを使うといいでしょう」
話がまとまったことに一安心し、
どこから出してきたのか、
地図でファースターの北西の方向を、
指でなぞりながらクライドが説明する。
「転移装置!?
す、すごい、そんなのあるんですか!?
本でしか見たことなかったけど、
実物を見られるなんて……!
あれ? でも、王族専用って……。
そんなあっさり教えていただいて大丈夫なんですか?
緊急用なんですよね?」
転移装置とは、
気術の最高峰とも言われる、
空間転移(人が使える距離は最大10数メートル程度で、
それ以上は使用者の肉体的な負担が重すぎて、
肉体崩壊を起こすと言われている)を、
科学の力によって人工的に生み出す装置の事である。
機械が人工的に気術を生み出しているため、
転移する人間が気術を使用するわけではない。
よって、使用者の負担がなく、
はるか遠くへの転移を可能にした、
画期的な発明と言われている。
ただ、当然ながらそんな高等技術が、
そこら辺にゴロゴロあるわけはなく、
3人とも実物は、一度も見たことがない。
転移装置と聞いて、
アルトが妙に興奮し始めたのは、そのためである。
「本来ならば、
むやみやたらにお教えするものではないのですが、
今は一刻を争います、やむを得ないでしょう。
それに、あそこの洞窟には特殊な仕掛けがしてあるので、
一般の人には入れないようになっています」
「仕掛け?」
「洞窟の入り口には、
特殊な音声認識システムを使用しています。
これにより、王族の音声を聞き取った場合のみ、
扉が開くシステムになっているのです」
「なるほど、つまり王女を連れて、
王女の音声で扉を開くって寸法だな」
プログが腕組みをしながら口を挟む。
その表情は先ほどよりもかなり和らいでいる。
どうやら先ほどの護衛の件は、
引きずっていないようだ。
「そうです。
ただ、扉が一回開いてしまえば、
15分は扉が閉まらないような仕様になっています」
「なにそれ。
何でそんなややこしい仕組みになってんのよ?」
難しい問題を目の前にしたかのように、
レナが表情を曇らせる。
クライドはすみません、
とばかりに軽く頭を下げ、
「私も詳しい話はわかりませんが、
システム上の問題のようで……。
ただ、入り口付近には特殊な結界が張られていて、
魔物が外からは、
入り込めないようになっていますので、
そこは安心してください。
それに、洞窟前には、私の部下が警備に当たります」
「そう、それならいいけど」
「洞窟の中にはそれほど多くはありませんが、
魔物が棲みついているとの報告もあります。
洞窟前に粗末ではありますが、
小さな小屋があります。
そこで一旦休まれてから、
洞窟に入るといいでしょう」
クライドはそう説明すると、
懐から何やら袋を取り出す。
小さな音ではあるが、チャラチャラ、
といった音が聞こえる。
どうやらお金のようだ。
「ハンターとしての依頼なら、
これを報酬にしてください」
「別にいらないんだけど……。
まぁくれるなら、ありがたく頂いておくわ」
本音としてはこのクライドという、
100%は信用していない人物に、
貸し借りを作りたくなく、
お金を受け取りたくなかったレナだったが、
話を終わらせたいのと、
一刻も早くここから立ち去りたい、
それと一日まったく眠っていないという疲労から、
さっさと受け取ってその小屋へ行きたい、
という結論に至ったのだった。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「こっちこそよろしくお願いしますね、
王女さん」
話がまとまったところで改めて、
深くお辞儀をするローザにレナが話しかける。
その表情は、どこか明るい。
今まで男2人と行動を共にしてきたレナにとって、
身分は違うし、限られた時間ではあるものの、
初めて同世代の女の子と、
行動を共にできるということが、
ちょっとばかし嬉しかったのだろう。
「皆さん、くれぐれもよろしくお願いします……。
あ、それと最後になりますが、
王族は嗜みの一つとして、
武術を習得することになっています。
ローザ様は格闘術と、そして気術の心得をお持ちです。
ですのでいざとなった時は、
ローザ様のお力もお役に立つでしょう」
「それじゃ護衛の意味がないんじゃ……。
ってか王女が格闘術と気術?
これまた随分と物騒なものを覚えたわね」
てっきり細剣や短剣といった、
体格にふさわしい武術と思いきや、
どっちかと言えばパワー系の武術の名前が登場し、
この体型のどこにそんな力があるのかしら、
とローザの全身をじろじろ見ながらレナは言う。
「格闘術に気術……僕とほとんど被っているね」
「そうなのか?
こりゃ、逆にアルトが王女様に、
色々と教わったほうがいいかもな」
先ほどのレナとアルトからの提案によって、
気も晴れたのだろう、
すっかり元気になったプログが、
アルトを茶化している。
「この場所を誰かに目撃されては、
すべてが台無しになってしまいます。
たいした見送りもできずに申し訳ありません。
それに洞窟付近まで通る列車がありませんので、
道中長旅になってしまいますが、
皆さん、どうかお気をつけて……。
ローザ様、どうかご無事で……」
もう何度目のお辞儀だろうか、
今までよりもさらに深々と、
ローザに向けて一礼するクライド。
「ありがとう、クライド総長。
あなたもどうか無事で……」
そんなクライドの右肩付近にそっと手を置き、
優しい声をかけながら、
ローザがクライドに顔をあげさせる。
その姿は、たとえ身なりが美しいドレス姿でなくとも、
たとえまだ幼く見える少女だったとしても、
王族だからこそ醸し出せる、
荘厳な雰囲気そのものだった。
「よし、それじゃ行きますか!
まずは洞窟前の小さな小屋ね!」
(親方ごめんなさい。
あたし、しばらくルインには、
帰れそうになくなっちゃいました。
でも待っててください、王女さんを送り届けたら、
すぐに戻りますので。ちょっと色々と勉強してきます)
皆には気丈に言い残し、
また心の中でマレクに向けそう呟くと、
レナは公園の出口へ歩き出す。
続いて、アルト、ローザ、
最後にプログがその足を公園の出口に向け、
レナを追いかけていく。
脱獄者3人と、王女による護衛の旅はこうして静かに、
とある晴れた早朝の街外れにある、
名もなき小さな公園でひそかに始まった。
「くれぐれも…頼みます」
最後に誰もいない公園に残されたクライドは、
強い口調でそう呟き1人、公園を後にした。
今回はちょっと色々と難しかったです。
詳しくは活動報告のほうに書きたいと思います。
ということでこっちに書く内容が微妙になってきましてすいません。。