第81話:3、4人目の刺客
「うわ……あれって……」
草むらに隠れ、
いまだ様子をうかがう4人のうち、
アルトの表情がみるみる強張っていく。
無理もない、
魔物を倒したらしき痕跡は別にしても、
今まで人の気配など微塵も感じられなかったのに、
いきなり目の前に人、
それも総勢100名を超える人影が見え、
加えてその面々を束ねる、
長らしき2名が突如として確認できたのだ。
「こりゃまた随分な大所帯だな」
一方のプログはやれやれ、
といった表情を見せ、
「……」
蒼音はただ黙り、
何かを必死に抑えこむように、
ギュッと唇を噛んでいる。
その中で、
「あれ? あの恰好って……」
レナは今一度、2名――ではなく、
そのすぐ背後に綺麗に整列している、
100名の服装に視線を送る。
100名全員が身に着ける、
見覚えのある鎧。
それは以前、
明らかに目にしたことのあるものだった。
そう、レナ達の前に幾度となく現れては、
ほぼ自滅のような形で敗北を重ねているトンチンカンな男、
イグノ、の後ろにいた2人の部下と、
まったく同じ鎧。
ということは、つまり――。
「まさか……」
アイツ等は、と言葉を続けようとした、
レナだったのだが。
「そこに誰かいるんだろう?
隠れてないで、早く出てきたらどうだい?」
「!!」
プログやアルトの声とは明らかに違う、
妙に透き通るような青年の大きな声が、
レナ達の耳、そして心臓を突き抜け、
思わず言葉が止まる。
危険を察知した小動物のように、
4人とも反射的に、
今まで身を隠していたその姿勢を、
さらに低くする。
それでも、青年の言葉は止まらない。
「そこにいるのは分かっているんだよ?
大人しく姿を現した方がいいと思うけど」
冷静に、それでいて強い確信を持った口ぶりで、
青年は未見の相手へと言葉を投げかける。
姿は見えずとも、
その声は間違いなく、
レナ達に向けた言葉だった。
「ど、どうしよう!?
み、み、見つかっちゃったよ!!」
声こそ必死に殺しているものの、
アルトは動揺を隠せずあたふたしている。
「クソ、あの様子だとどうやら、
カマをかけているワケじゃなさそうだな……!
どうするレナ、強引にでもやり過ごすか?
それとも……」
無駄とは分かりながらも、
より一層態勢を低くしながら、
プログは忌々しそうに舌打ちをする。
「そうね、あそこまで大声で堂々と言えるってことは、
おそらくあたし達のことに、
カンペキ気づいているっぽいわね……!」
そう返すレナの表情は、
完全に曇っている。
無論、青年がカマをかけるために、
わざと大きな声で、
言葉を投げかけている可能性もゼロではない。
ただ、本当にカマをかけるためだったとしたら、
本来ならばこの辺りだけに聞こえるよう、
ある程度声量を抑えたものになるはずだ。
今のように大声で語りかけようものならば、
必要以上のエリアにまで声を届けることとなってしまう。
そうなれば逃げられることはもちろん、
不審者がいると通報され、
自分たちの立場が危うくなるだけだ。
つまり、カマをかけるために大声をあげるのは、
完全な自殺行為なのだ。
だが、青年はそれを実行した。
それこそイグノ程度のトンチンカンでない限り、
そのようなリスクがある事くらいは心得ているハズだ。
それを鑑みてなお、実行に踏み切ったということは、
青年にそれ同等の確証があった、
という結論が出てくる。
「いい加減、そろそろ出てきてくれないかな。
こっちも忙しいから、
のんびりと相手をしてあげられないんだよね」
「もしいないのなら、それはそれで構わん。
じゃが、もし隠れているようなら、
早いところ姿を見せろ。
ワシも彼も、それほど気は長い方ではないぞ」
青年の声に続き、今度は年季の入った、
やや渋めの声が新たに、4人の元へと届く。
当然、4人には聞き慣れない声だ。
「マズイな……。
こりゃ完全にバレてるぞ」
そう言うプログの表情は、
いよいよ険しくなっている。
淀みを感じない男2人の言葉に、
そう考えざるを得なくなっていた。
「ど、どうする、レ――」
絶体絶命とも言える危機に、
アルトはレナに意見を求めようとした。
が、しかし。
「こうなったら一か八か、よ」
その相談を聞き入れることなく、
一切の迷いを捨てたレナはそう言うなり、
スクッとその場で立ち上がった。
そして、
「隠れていて悪かったわね。
ただ、不法侵入と知りながら堂々と森の中で歩く、
あんた達だけには、
言われる筋合いはないと思うけれど」
まさに開き直り、
とばかりに堂々とした口調で、
レナは言い放ってみせた。
怯むことなく、
むしろ群衆に1人、
立ち向かっていく一匹オオカミのように。
その瞬間、
今まで人形のように立ち続けていた、
100名ほどの兵隊たちが規律正しく一斉に、
レナの方向へと振り返り、
手に持つ槍の矛先を敵へと向ける。
「! 君は確か……」
遠目に登場した金髪の二刀流少女を目にした瞬間、
青年風の男の表情が変わった。
「あーあ……。
ま、結局こうなるわな」
大きくため息をつきながら、
プログはワンテンポ遅れて立ち上がる。
こうなってしまっては、
もはやどうにもできない。
2人の男と100名ほどの兵隊が睨みを利かせるなか、
すでに冷や汗ダラダラのアルト、
そして先ほどから沈黙を続ける蒼音も、
ゆっくりと姿を現した。
ここで初めて、両者が相対する。
「あんた達、ファースターから来たんでしょ?
だったら、この場所は管轄外で、
立派な不法侵入になると思うんだけれど?」
まずは先制“口撃”、とばかりにレナは言い、
多くの槍の矛先に臆することなく、
草むらから最深部へ向けて歩み始める。
「やれやれ、とんだ外れくじだと思ってたけど、
どうやら僕の見間違いで、
大当りだったみたいだね」
一方、距離を詰められている青年は、
慌てる素振りなど微塵も見せず、
むしろこの状況を愉しむかのように、
若干頬を緩ませ、
「君、レナ・フアンネだろう?
ナウベルやナナズキから話は聞いているよ」
レナの問いに答えることなく、
逆に質問を返してきた。
ナウベルにナナズキ。
青年の口から飛び出したのは、
レナ達にとって、
あまりに聞き覚えのある名前だった。
イグノの部下達の鎧と同じものを身につける、
100ほどの兵隊。
加えて、その兵隊の長と思しき青年から飛び出した、
ナウベルとナナズキという名。
もはや聞くまでもなく、
という状況ではあったのだが、
「人に名前を聞く時は普通、
まず自分から名乗るものじゃないかしら?」
レナは一応、投げかけてみた。
99%の確率を、100%に変えるために。
「おっと、それは確かにそうだ。
失礼したね、俺はシキール。
ファースター騎士隊2番隊の隊長を務めているよ」
隠すこともなく、臆することもなく、
端正で整った顔つきに細身の体型を持つ、
シキールは堂々と名乗った。
「ワシはアーツ。
シキールと同じく、
ファースター騎士隊で6番隊の隊長じゃよ」
シキールの隣に立つ、
角刈りで筋肉も隆々としているアーツも続く。
まるでこの場が、
自分たちの管轄内であるかのごとく、
平然と言ってのけた。
やはり、この2人もファースター騎士隊の関係者、
すなわちクライドの部下だった。
99%が100%確定と変わり、
「やっぱりね。
ま、ナナズキとかナウベルって名前が出た時点で、
何となくそんな気はしてたけど」
レナは何ともつまらなそうな表情で、
そう呟いた。
ほぼ想定通りだったとはいえ、
結局、敵であることに変わりはない。
その不変の事実に、
諦めとも焦りとも違う、
何とも言えない感情がこみ上げていた。
「さて、こちらの自己紹介はしたんだし、
そちらもぜひ、
自己紹介をして欲しいな。
大体は何となくわかるんだけど、
一部分からない人もいるんでね」
シキールはチラリと、
依然言葉を発せず、
厳しい表情を崩さない蒼音の方を見る。
「さっきあんたが言った通り、
あたしはレナよ」
今度は正直に、
レナは自らの名を告げた。
もはや隠す必要もない、
というよりも、
すでにバレてしまっている以上、
何らリスクはなかった。
「俺はプログだ。
クライド辺りから、
話くらいは聞いてんだろ」
「僕はアルト。
アルト・ムライズだよ」
続けて、男衆が矢継ぎ早に、
どこか刺々しい雰囲気を醸し出しながら、
自己紹介を済ませる。
「レナにアルトにプログ。
お主達のことは騎士総長殿より聞いているぞ。
王女を連れ去った反逆者、とな」
蒼音の紹介を前にアーツが年相応らしい、
厳しい口調と鋭い視線を3人へと浴びせる。
片手に巨大なハンマーを手にするその姿は、
今まで遭遇した7隊長、
イグノ、ナナズキ、
そして隣に立つシキールと比べても、
明らかに威圧的なものを感じる。
「ホントは全然違うんだけどね。
ま、あんた達に言ったところで、
信じてもらえるとは思っていないけど」
その気に押されないようにすべく、
レナも負けじと言葉を並べる。
実際に戦を交えているわけではないものの、
すでに戦いというものは始まっている。
相手の存在感に委縮することは、
すでに交戦前に敗北の白旗を上げるようなものだ。
ましてや、頭数で不利なら、なおさらである。
その姿を示すべく、
レナはとにかく、
食ってかかる姿勢をとっていた。
「そういえば王女の姿が見えないね。
どこかに置いてきたのかい?
もっとも、素直に答えてもらえるとも思ってないけど」
柔和な表情のまま、
シキールは肩をすくめる。
どうやらこの様子だと、
シキールとアーツも今までの7隊長と、
同じ任務をクライドから与えられているようだ。
「まあいいや。
それよりもまず、そちらの女性は――」
シキールが言いかけた、その瞬間。
「何ですか、あなた達は?」
今まで言葉を発しないでいた蒼音が一言、
そう投げかけた。
七星の里で出会ってから今に至るまで、
一度も耳にしたことがないくらい、
静かで低く、そして重い声で。
まるで今まで平穏だった湖へ、
一滴の水滴が落ちたかのように、
蒼音は問いかけた。
「蒼音?」
様子の変化にレナは思わず、
蒼音の方へと目を向ける。
「誰の許可を得て、
この森に入ったのですか?」
気が付けば蒼音は、
レナよりも前に出ていた。
「その雰囲気だと、
随分とご立腹みたいだね。
この森は誰かに許可を得なきゃ、
入れない場
「先に質問に答えなさい。
誰の許可を得て、この森に入ったのですか?」
シキールの言葉を、
重い蒼音の言葉が、いとも容易く握りつぶす。
「許可なしにこの聖林へ足を踏み入れることは、
八雲森林を汚すことと同義。
この八雲森林を汚すようならば、
たとえ誰であろうとも、
許すわけにはいきません」
まるで説法を解くように、
石動神社の巫女は言葉を並べていく。
明らかな怒気こそ発していないものの、
それは紛れもなく、
静かなる“怒り”だった。
「なるほど。
君はこの島の住人で、
この地は住人達にとって大事な場所、ってところか。
それは失礼した。
……お前達、下がってくれていいぞ」
蒼音に対してシキールは軽く頭を下げると、
総勢100名の部下に向かって、
この場から立ち去るよう、指示を出した。
カシャカシャ……という甲冑音を響かせながら、
整った列を成すファースター兵たちが次々と、
最深部から姿を消していく。
ものの1分もしないうちに、
この場にはシキールとアーツ、
そして4人だけが残った。
大勢の兵士たちが去った最深部は、
レナ達が初見で感じた広さよりも、
遥かに広大な面積を誇っていた。
それこそ、総勢6人が戦火を交えるには、
十分すぎる広さに。
「さて、と。
俺達もすぐに立ち去るつもりではいるけど、
その前に一応、もう一度だけ聞くよ。
ローザ王女はどこにいるんだい?」
部下が完全に、
この最深部からいなくなるのを待ってから、
シキールは改めて口を開いた。
やはり、一番気になる部分はそこらしい。
ただ、
「一応、って言ってる時点で気付いてるでしょ?
そんなこと聞かれても、
あたし達が答える気がないことくらいは」
「まあね。
さすがにそれほど簡単に、
事が進むとは思っていないさ」
敵意むき出しのレナの言葉に、
シキールは動揺することなく、
あっさり従った。
まるでとりあえず聞いておきました、
とばかりに。
ストレートに質問をぶつけられたところで当然、
素直に質問の返答するワケにはいかない。
王女であるローザの身を考えれば、
レナの行動は当然である。
ただ、この世の中は基本的に、
等価交換の原則のもと成立している。
「んで、あんた達の目的は何?
ローザを連れて帰ること?
それとも、あたし達を連れて帰ること?」
「そうだね。
さっきの君の言葉を、そのまま返すよ。
俺達がそれを聞かれて、
素直に答えを教えると思う?」
今度はレナの問いに、
シキールが困ったような表情を浮かべて言う。
「ま、そりゃ当然、
言うワケないわな」
レナの思いをそのまま、
プログが言葉で代弁する。
そう、こちらが情報提示を拒否する以上は、
向こう方とて情報を開示することはない。
「やはり、素直に教えてくれぬか。
これも若いが故の血気か」
やれやれといった様子で、
この場の最年長であるアーツは首を横に振る。
決して意外でも想定外でもなく、
考えていた通りに進む、シナリオに。
レナ側とシキール側、
どちらもこの状況は当然、
織り込み済みだった。
対話による解決は、成立しなかった。
だとすると、次に待ち受けているのは。
「ならお互い、成果を勝ち得るには、
こうするしかないってことかしら?」
言いながら、
レナは腰の双剣へと手を置いた。
理性による等価交換が成立しないのならば、
野生による力の優越を示し、
強者が弱者から奪い取る。
結局、方法としてはそれしかなかった。
次回投稿予定→4/10 15:00頃




