第80話:不穏
「ふんふふんふふ~ん♪
昨日は楽しいお買いもの~♪
今日も楽しいお買いもの~♪
明日もきっと楽しいお買いもの~♪」
セカルタの街中では、
今日も絶賛ご機嫌BBAが奏でる、
何とも言えないメロディーが聞こえてくる。
レナ達がセカルタ港を発ってから、
2日目の出来事、である。
つまりレナ達が八雲森林にて、
虎ゴリラと死闘を繰り広げていたまさにその時、
セカルタに残る決断をしたフェイティは、
前日同様、ショッピングに心躍らせていたというわけだ。
とはいえ前の日は、
お土産を買おうとした最中、
ファースター騎士隊4番隊隊長であるナナズキの登場により、
強制的に買い物を中断されてしまっている。
ナナズキとの会話自体は、
それほど長い時間を要しなかったのだが、
その内容があまりにもナナズキ、
そしてフェイティ、お互いに重いものであったため、
故にフェイティは、思うように買い物をできなかった。
その昨日の雪辱(?)を晴らすかのように、
フェイティは再び、
セカルタの街並みへと繰り出したのだった。
「昨日はあんまりお買い物ができなかったけれど、
ナナズキちゃんのおかげで、
セントレーが生きてくれていることもわかったし、
昨日の分も今日、思いっきりお買いものをすれば、
まさに一石二鳥ね♪」
デカい独り言を言う、
フェイティはまさに、
破顔一笑といった様子である。
セントレーとはフェイティが生き別れた、
実の息子の名前だ。
8年前、3人でピクニックに出かけていた際、
フェイティと夫アロスが魔物を撃退するため、
ほんの少し目を離したスキにセントレーは姿を消し、
それ以来一度も会うことなく、
今日に至っている。
その最愛の息子が、どこかで生きている。
ナナズキは確かに、そう教えてくれた。
場所こそ教えてくれなかったものの、
今のフェイティにはその事実だけで、
十分に今のような、
嬉々とした表情へとなることができた。
「よーし、前祝でセントレーの分も、
いっぱいお土産を買っておいちゃいましょ!」
すっかりご機嫌なフェイティはそう言葉を締めると、
軽やかな足取りで、
昨日よく見ることができなかった、
市場の方へと歩き始めた。
……が。
「オイ、待て」
そのフェイティの様子とは180°違う、
低い声、かつどこかイラついた様子を匂わせる、
少年の暗い声が。
「……あらら?」
その怖い声に一瞬、
フェイティはふと身構えそうになってしまったが、
どこか聞き覚えのある声、ということにすぐ気付き、
スッと後ろを振り返る。
まるで昨日と同じ部分を再生しているかのように振り向く、
フェイティの視線に飛び込んできたのは。
「ったく、相変わらず呑気なオバさんだ」
その少年は、
じつにつまらなそうな表情のまま言った。
まるで話すのが不本意、とばかりに。
声の正体は王立魔術専門学校が生んだ天才少年、
スカルドだった。
「あら、スカルド君!
お久しぶりじゃない!
元気にしてた~?」
そんな様子に気付いているのかいないか、
それほど久々でもないはずの再会を、
フェイティは笑顔満開、といった顔で喜び、
スカルドの元へと駆け寄る。
「久しぶりでも何でもねえだろうが。
ったく、とことんズレてるな」
「あら、それは褒め言葉かしら?」
「…………」
言葉のやり取りに疲れたのか、
スカルドはそれ以上の言葉を発せず、
そのかわりにこれ以上ない、
わざとらしく大きなため息をついた。
まるでもういい、と言わんばかりに。
「ところでスカルド君は、
こんな所で何をしていたの?
もしかしてスカルド君も、
何かお土産を買うの?」
「ンなワケねぇだろ。
仮にそうだとしても、
わざわざアンタなんざに声はかけねえよ」
「あらあら、BBAショック……。
でも、そしたら何を?」
「この場所に来ることが、
俺の用事ってことじゃねえ。
俺が用あるのは……アンタだよ」
「あら、またBBAに?」
思わぬ展開、そして昨日と似たような展開に、
フェイティは目をキョトンとさせる。
「また、だと?」
「あーいえいえ、こっちの話よ。
それで、スカルド君はBBAに何の用かしら?」
怪訝な様子を見せたスカルドに対し、
フェイティは素早く、その話題を切った。
昨日、本来敵であるハズのナナズキと接触していたということに、
下手に触れられたくない、
というより、触れられないようにしたかったためだ。
一度共闘しているとはいえ、
ナナズキは敵だ。
その敵であるナナズキと2人きりで話をしていた、
となれば、妙な疑いをかけられたとしても、
フェイティは文句を言える立場ではない。
あらぬ誤解をかけられないよう、
あえてスカルドに対しては、
何も言わないでおいたのだった。
「まあいい。
それよりも……」
幸い、スカルドがそれ以上、
深く踏み込んでくることはなかった。
フェイティは一瞬、ホッとしたのだが、
息つく間もなく、少年の口からは別の、
スカルドがもっとも深入りしたい質問が発せられた。
「教えろ、
あのクソ学長を殺したのは誰だ?」
「!」
瞬間、BBAの顏から笑顔が消えた。
「しかしアレだな、
世の中ってのはじつに広いモンだな、うん」
八雲森林の最奥地へ向かう道中、
唐突にプログが、そんなことを口にする。
「いきなり1人で、
何言ってんの? 頭大丈夫?」
「安心しな、大丈夫過ぎてむしろ清々しいくらいぜ。
……ってのはさておき、だ」
キツいレナの言葉を、
それとなくあしらいつつ、プログは続ける。
「炎を使う魔物なんて、
お前ら今まで見たことあったか?」
「あーそれね。
てか魔物って、
魔術は使えないんじゃなかったっけ?」
挑発(?)に乗ってくれず、
レナは残念そうな表情をしたが、
プログの持ち出した話題が、
わりと自分も気になっていたことだったため、
そのまま会話に参加することにした。
「世界の常識的には、な。
俺も今までに色んな魔物を相手にしたが、
ただの一匹も、魔術を使うヤツはいなかったぜ」
「僕も見たことないなぁ。
もしかして、この仁武島ならではの性質とかなのかな?」
背後から会話へ参加したアルトは、
そう蒼音に問いかけてみる。
だが、
「いえ、それはないと思います。
私も多くの魔物達と相対してきましたが、
あのように神術……じゃなくてマジュツを使える魔物は、
一度も目にしたことがありません。
それに……」
仁武島の七星の里出身の巫女は、
狐につままれたような表情で首を横に振り、
「あのような奇妙な姿をした魔物も、
遭遇したことがありません」
困惑する表情のまま、
蒼音は答えた。
ゴリラの体つきに虎の頭という、
あの数奇にして気味の悪い、
魔物の姿を想像して。
「そりゃぁ、俺だってあんな気持ち悪いヤツ、
見たことねえぜ」
「左に同じく」
「うん、僕も」
当然、3人の回答も、
まったく同じである。
明らかに自然界とは距離を置いている、
異質なフォルム。
加えて今までの魔物という概念を打ち砕く、
魔術を使うという特異性。
「今までも見たことが無くて、
この地域特有の魔物というわけでもない。
となると、だ。
考えられるとすれば、
ある日突然、突然変異として生まれたか、
あるいは……」
「人工的に生み出されたか、ね」
プログの視線にそう答えながら、
レナはとてつもなく嫌な予感がしていた。
プログが言うように、
突然変異で生まれた可能性も、ゼロではない。
例えば紫外線の過度な照射や、
有害物質の摂取といった外部要因、
または細胞の増殖や、
DNA複製の誤りという内部要因も含めれば、
長い年月の間にこういった、
突然変異体が生まれることも、
有り得なくはない。
だが今回の件は、
あまりにも時間が短すぎる。
もし仮に長い年月をかけて、
今回の虎ゴリラという生物が、
突然変異体として生まれていたとするならば、
この八雲森林内に、
もっと個体数がいてもいいはずだ。
すべてをくまなく調査するのに、
およそ数年かかると言われる、
この八雲森林。
その中でいまだ8体しか遭遇していないというのは、
自然に発生した突然変異というには、
あまりに“不自然”だった。
だとするならば、
この虎ゴリラのルーツはやはり、
自然に生み出されたものではなく――。
「今、あれこれ考えてもしょうがねえか。
とりあえず、一番奥を目指すとすっか」
嫌な予感の核心部分へ到達しようとした、
まさにその時にプログの声によって、
レナの思考の網辿りは寸断された。
そしてすべての思考をバッサリ斬りおとすかのように、
それまで速度が落ちていた歩みのスピードを、
プログは徐々に速めていく。
元々この話題を振ったのはあんたでしょうが、
と文句を言いたかったレナだったが、
「そうだね。
まずは最深部に行ってみようよ。
考えるのはそれからでもいいと思うし」
「そうですね。
では、先に進みましょう」
一気に少数派意見へとなってしまったため、
何だかぐちゃぐちゃになった思考をとりあえず止め、
「……そうね、
先を急ぎましょ」
不満タラタラといった様子で、
口を尖らせながら呟いた。
最深部までの道は、
完全な一本道だった。
だが、蒼音が言った通り、
今まで以上に草木が密集しており、
そのせいで道は塞がれ、
歩いて進むのは困難を極めた。
唯一の救いは、
魔物が出現しなかったことだろうか。
散々レナ達を苦しめた、
あの虎ゴリラはもちろん、
元来この八雲森林に住む魔物達にも、
一度も遭遇することがなかった。
そのため、歩いて進むのには、
非常に苦労したレナ達だったが、
以外にも今までの行程ほど、
疲労が溜まることはなかった。
そして、最後の祈祷場所から、
およそ15分歩き、ついに。
「そろそろ、最深部へと到達しますよ」
道案内役として先頭を歩いていた蒼音から、
待望の言葉が飛び出した。
赤髪巫女が指をさす向こう、
およそ100メートル先には、
今まで聖者が祈祷を捧げた地点よりもはるかに明るい、
地面に芝の敷かれた一帯が広がっている。
低木の枝や葉によって、
すべてを見渡せるわけではないが、
どうやらその地点が、
この八雲森林の最深部のようだ。
「よっしゃ、ようやくか」
「何もなければいいけど。
また虎ゴリラとかいたら嫌だなあ……」
この探索の終わりが見えて嬉々とするプログと、
最悪の状況を想定し、げんなりとするアルト。
対照的な2人を横目に、
「ま、行ってみればわかるでしょ。
とにかくまずはあの地点に行――」
ってみましょ、と言おうとしたレナの、
両足がピタリと止まった。
そして、
「ヤバッ……みんな、伏せて……ッ!」
声色を出さない程の小声でそれだけ言うと、
何かに気付いたレナはその場で素早く、身を屈める。
一瞬、他の3人は戸惑いを隠せなかったが、
明らかに冗談ではない、
レナの鋭い眼差しに素早く指示に従い、
身を低くして草木に体を隠した。
「な、何? どうしたの?」
「シッ! 静かに……!
そこの最深部に、誰かいるわ」
「え?」
空気の振動だけで話すようにレナは言うと、
ホラそこ、とばかりにツンツン、
と最深部へ向けて指をさす。
アルトとプログ、そして蒼音は、
不審に思いながらも、
レナが指さす方向へと視線を向ける。
そこで目に飛び込んできたのは――。
「あーあ、こりゃ完全に、
外れくじを引かされたっぽいね」
広く開けた、八雲森林の最深部、
はるか頭上を見上げながら、
細身の男は一言ボヤいた。
見渡す限り、青く澄みきった青空。
雲は1つもない。
言葉通り、快晴の空。
何もない空が、そこにはある。
「結局、魔物退治をしただけ、
になってしまったな」
最深部の周辺を偵察していた、
身長2メートル程の大男は、
そう言いながら、
細身の男に並ぶように立つ。
その右手には、
全長3メートルを超える、
鉄製の巨大なハンマーが握られている。
「どうする、シキールよ。
もうちょっと辺りを探すか?
このままシャックについて手ぶらで帰るのも、
ワシはどうかと思うが」
「うーん、どうしようか」
シキールはチラッと後ろを振り向く。
そこにはシキールと隣に立つアーツの、
総勢100名を超える優秀なる部下が、
きれいな正方形を描くように整列している。
この100名と手分けして探すようにすれば、
もっと効率よくシャックを探すことができるかもしれない。
だが、再び視線を上空へと戻すと、
シキールは黙って、首を横に振った。
「いや、いいよ。
どうやらここが一番奥地っぽいし、
ここにいなかったら他の場所にも、
シャックはいないと思うしね」
「そうか。
まあ、お前がそう言うなら、
ワシは別に構わんが」
巨漢の大男、アーツはそう言うと、
右肩に乗せていた鉄ハンマーの、
ヘッドの部分を地面へ降ろす。
ズウゥゥン、という、
いかにも重そうな音が、一体に響き渡る。
「しかしナウベルも、
ヒドい外れくじをよこしてくれたモンだね。
こんな辺境の地まで、
行って来いとは」
「まあ、それは仕方あるまい。
奴もすべて当たりの情報を、
持っているわけではあるまい」
「そうなんだけどね。
ただ僕らの立場も、
少しは考えてほしいんだよなぁ。
万が一、誰かに見つかりでもしたら
非常に厄介なことになるだろ?」
「そう言ってやるな。
ナウベルも何か考えての指示じゃろう。
ならばワシらはそれに従うまで。
そうじゃろう?」
年上のアーツは、
どこかたしなめるように言う。
一回り程若いシキールは、
その言葉に少しだけ考えるしぐさを見せたが、
「……ま、コレばっかりは、
しょうがないか」
アーツに対してと、
自らにも言い聞かせるように一言、シキールは呟いた。
彼とて、子どもではない。
27歳にもなれば、
多少の不満はあったとしても、
それをストレートに言葉に出すことはしないのが、
社会でのルール、
それくらいは分かっている。
ましてや、多くの部下を抱え、
その部下の上に立つ者なら、
なおさらである。
「さて、と。
そしたらもう用はないし、
早いところ、この森から抜けようか」
気を取り直して、
という表現がしっくりくるような感じに、
シキールは声をあげる。
そうじゃな、
とその言葉に力強くアーツはうなずくと、
「そしたら、今来た道を――」
戻るとするか、と言おうとしたのだが。
「ちょっと待った」
途中でシキールが、
表情に妙な緊張感を帯びたシキールが、
その言葉を遮った。
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