第79話:虎ゴリラの更なる妙
4、5、6か所……。
過去の聖人たちが、
祈りを捧げたとされる場所を訪れるたびに、
レナ達の目に飛び込んでくるのは、
全身という全身に針を打ちこまれ、
魔術を唱える体制のまま事切れている、
虎ゴリラの惨状だった。
各々絶命時の佇まいが違うところが、
まるで美術館の彫刻でも見ているかのような、
妙な芸術観さえ、覚えてしまう。
そして今立つ、7か所目の空間においても。
「ここもか……。
ったく、ここまで徹底しているとはな」
もはや見飽きた、
といった様子でプログはため息をつく。
最初の方こそ、全身針まみれという、
異様な光景に顔を引きつらせていたが、
さすがにほぼ同じような状態を数回見たからだろうか、
通算6度目のご対面時では、
それほど驚く様子もなくなっていた。
慣れというものは、つくづく恐ろしいものである。
プログだけではない。
「ここまで針、針、針だと、
明らかにおかしいわね」
「ええ。
アンネちゃんの言う通り、
明らかに妙ですね。
自然現象だけでは、
説明がつけられませんものね……」
レナと蒼音も、
何の違和感や恐怖感を覚えることなく、
まじまじと魔物の姿を見つめている。
もっとも、
「み、みんな何でそんなに平気でいられるの……」
若干一名、いまだ慣れず、
声を震わせる者もいるのだが。
「これであとは1か所ね。
……まあ、どーせ似たような感じなんでしょうけど、
行くだけ行ってみましょ」
ものの数秒ほど止まっただけで、
レナは再度歩き出した。
一度や二度ならまだしも、
似たような光景をすでに6度も見ていれば、
特に時間を費やす必要はない、
そう判断したためだ。
7か所目の“聖人地点”へ別れを告げ、
4人はさらに奥へと進んでいく。
「しっかし、
よくよく考えたらアレだな、
もし俺ら以外の誰かが、
あの魔物を倒していたとしたら、
相当な手練れだぜ?」
道中ふとプログが、
そんなことを口にする。
「そうね。
もしあの針が人の手によって為されているとしたら、
かなりの強者だと、あたしも思うわ」
「だよな。
しかも魔物との戦いすべてが圧勝、ときたもんだ、
俺達の味方であってくれればいいが、
もし仮に敵だとしたら、
これほど厄介なことはねえぞ」
髪を一つに束ねているゴムの辺りをポリポリと搔きながら、
4人のうち一番後方を歩くプログは、
つまらなそうに言う。
「圧勝……ってどういうこと?」
「虎ゴリラに何もさせることなく、
誰かさんが一方的に魔物を倒しているってことよ。
虐殺、とまでいったら、
さすがに言い過ぎだと思うけど」
アルトの問いに答えたのはプログではなく、レナだった。
蒼音に続き2番目を歩くレナは、
クルッと体の向きを変えると、
「あの魔物がいた場所の足元、見た?」
「足元? いや、見てないけど……」
「普通、魔物と戦ったら、
お互い激しく動き回る分、
地面が荒れるハズよね?
けれど、この針が刺さっていた地点の足元は、
まったく荒れていなかった。
ってことは……」
「お互いほとんど動かずに、
決着が着いていたってこと?」
「そういうこと。
おそらくだけど、
魔物が動こうとした瞬間には、
もう雌雄は決していたんじゃないかしらね」
最後はどこか達観するかのように、
レナはアルトに向けて言う。
8ヶ所あると言われる聖人の祈祷地点のうち、
レナ達はすでに7か所訪れている。
その地点ごとに、
7体の虎ゴリラがいたわけなのだが、
そのうちレナ達が戦った1番最初の地点は、
地面は荒れ、
周りの草木は魔物の炎によって焼き尽くされるなど、
いかにも戦いが繰り広げられた、
という爪痕を残していた。
だが、虎ゴリラが大量の針に屈していた、
残りの6か所においては、
周りが焼け野原になるどころか、
足元すらまったく荒れていない、
綺麗なサラ地のままだった。
それこそ、戦いなどという言葉とは無縁な、
いつもの八雲森林の姿が、
そこにあったのだ。
確かに戦いによって命を奪われたという虎ゴリラと、
戦いが繰り広げられたとは思えない、
ありのままな祈祷地点の情景。
この正反対の要素を成り立たせることができる展開は1つ、
どちらかが一方的に相手を打ちのめした、というものだ。
それも、異常なまでの一方通行性をもつもので。
例えば、一方的な攻撃の状況として、
“いじめ”がある。
“いじめ”とは嫌がる相手に気を遣うことなく、
一方的に暴行や嫌がらせを加える、
という意味合いを持つが、
その“いじめ”でさえ、
受ける側が必死に抵抗すれば、
周りに置いてあった物が壊れたり、
地面が荒れたりなど、
その場所に抵抗した跡、というものが残る。
だが、この6か所においては、
それすらない。
生命の危機に瀕したであろうにも関わらず、
魔物の周りには、一切の痕跡が残っていない。
“抵抗”することもなく、
いや、できることなく、
魔物は命を散らしていったのだ。
そして、それは逆を言えば、
抵抗する隙すら与えず、
この針の使い手は一瞬にして、
魔物を葬り去ったということになる。
虎ゴリラの強さを身に沁みて知るレナ達にとっては、
それがどれほど困難なことであるか、
そして破壊的なことであるか、
容易に想像ができてしまっていた。
無論、この針の使い手が、
レナ達にとって仲間であるならば、
これほど心強いことはない。
ただ、もし万が一、
その者が4人に敵対する者だったとしたら。
そして、もし不運にも、
この八雲森林内で遭遇してしまったら。
「……」
その意味を知った4人の間に、
重苦しい無言空間が広がる。
敵対する者と出会うこと、
それはつまり戦いの始まりと同義ととらえていい。
相手の人数や特徴も不明な今の状況では、
レナ達にとって圧倒的に不利だ。
「……ま、とにかく進みますか」
諦めとも無責任とも、
そして腹を決めたともとれるような口調で言う、
プログの言葉を最後に、
4人は8ヶ所目にして最後の祈祷場所と呼ばれる地点へと、
歩を急いだ。
7か所目の祈祷場所から距離にして約100数メートル、
4人はいよいよ最後の祈祷場所、
8番目の聖者が祈りを捧げた地点へとたどり着いた。
そして、そこはやはり、
今までの場所とまったく変わらない、
陽の光を一点に浴びる暖かい場所だった。
そして、ここにもやはり、虎ゴリラはいた。
そして、ここでもやはり、虎ゴリラは絶命していた。
……のだが。
「……どういうことだ?」
虎ゴリラのその姿に、
最初に言葉を絞り出したプログは、
戸惑いを隠せない。
見たまんまの結論から言うと、
8体目の虎ゴリラは、
真っ黒焦げになっていた。
虎ゴリラを中心に半径数メートルに渡り、
まるで中規模の爆発でも起きたかのように、
地面が深くえぐれており、
爆発で言う所の爆心地であるちょうど中央で、
虎ゴリラはケシズミのような状態で倒れていたのだ。
針まみれとなっていた今までとは、
明らかに一線を画すその有様に、
4人の足は完全に止まった。
「まさかとは思うけど、
最初の場所に戻ってきたわけじゃない……よね?」
今まで通ってきた道を振り返るしぐさを、
アルトは見せている。
そういえば針針針ですっかり記憶の隅に追いやれていたが、
最初の虎ゴリラと対峙した際は、
レナが紅蓮衝破によって焼きつくしている。
「んや、それはねえだろ。
あん時はここまで地面はえぐれてなかったし、
何より周りの草が燃えてねえ」
だが、プログはあっさりと、
その可能性を切り捨てた。
言われてみれば、
周辺の、蒼音の神術、
鏡水によって何とか進行を食い止めた、
あの焼け野原が、この場所には見あらない。
あくまでも祈祷場所の、
地面剥き出しの部分のみがえぐれており、
その周りの草木は何事もなかったかのように、
地に根をはり、確かに生きていた。
もしこの短期間の間で、
あの焼け野原がここまで復活したとなれば、
今までのバイオテクノロジーだの生物学だのが、
じつに陳腐なものになってしまうだろう。
「そうね。
この感じは、あたしの炎じゃないわね」
レナは爆炎によって、
50センチほどえぐれた魔物の元へと近寄る。
(……?)
自らが炎の使い手だからこそ、
レナは自分が撃った炎ならば、
何となく感覚でわかる。
言葉では表現しづらいし、
五感で感じることができるものではないのだが、
なんかこう、第六感とでもいうのだろうか、
雰囲気で分かるのだ。
(この感じは……)
だからこそ、レナははっきりと言えた。
この状況は、自分の炎によって作りだしたものではないと。
そして、もう1つ。
「これ……この虎ゴリラが放った炎じゃないかしら?」
「え?」
「100%確証があるワケじゃないけれど、
おそらく自分で撃った炎が、
自分の近くで暴発したんじゃないかしら」
予想外の言葉に固まる3人を尻目に、
レナは言葉をさらに続ける。
「何かこう、雰囲気が似ているのよ
ここの雰囲気と、
1か所目で虎ゴリラが放った炎を撃ち落とした時と。
プログは感じない?」
「感じない、って言われてもなぁ……。
俺にはさっぱり……」
唐突な振りと質問に、
思わずプログはしどろもどろになる。
無理もない、
例えば近くに幽霊がいるのがわからないのか、
と言われてハイわかりますと即答できる人物など、
そうそうこの世にいるハズがない。
「でも、だとしたらこの魔物は、
自爆した、ということですか?」
「そこまでは、
さすがにあたしもわかんないけど……。
でも、その可能性もあり得るわね」
爆心地から3人の元へと帰ってきたレナは言う。
(針の使い手に焦って、
この魔物が魔術を暴発させたのかしら?
それとも針の使い手が何らかの方法で爆発させた?
もしくは……)
そこまで考えて、レナの脳裏にふと、
1つの黒い可能性の影が、ふとよぎった。
(まさか、複数人がいるのかしら?)
それはレナ達にとって一番、
あってほしくない可能性だった。
いままで針の使い手が、
かなりの手練れであることは承知している。
だが、もし相手が単体であるならば、
対するこちらは4人で1対4。
いくら相手が強敵であっても、
十分に戦える余地はあるだろう。
だが、もしこれが単体でなかったとしたら?
針の使い手のような手練れが、複数いるとしたら?
決して有り得ない話ではない。
(どうしようかしらね……。
もしまだ、この辺りにいるとしたら、
ひとまず逃げるのが賢明かしら。
でもそれじゃあ、七星の里にいる人々が、
危険に晒される可能性が出てきてしまうし……)
人間の脳は極めて単純な作りだ。
とある想定を超える、
悪い想定が頭の中に浮かぶと、
もはや前の仮定のことはすっかり忘れ、
悪い想定のことばかり考えるようになっている。
レナとて例外ではない。
可能性はいくらでもあるのに、
思考はすっかり、
最悪なシチュエーションについてで、
いっぱいになってしまっていた。
「さて、と。
8ヶ所にそれぞれいた虎ゴリラさん達は、
どうやら全員お亡くなりになったみたいだが。
他の場所にもいたりするのかね」
「さあ、どうだろう。
僕としては、もう居てほしくはないんだけど」
「そりゃ俺も同じだ。
こんなワケわからんバケモノとなんざ、
二度と戦いたくねえしな。
……蒼音ちゃん、
八雲森林で人が立ち入ることのできる場所って、
ここが最深部になるのか?」
「いえ、もう少しだけ、
奥にはいることができますよ。
そうですね、ここから歩いて、
だいたい10分程度だと思います。
非常に険しい道にはなりますが、
そこが一番、
この八雲森林の中で開けた場所になっています」
蒼音が指さすその先には、
今までよりもより一層、
草木が生い茂り、巨木が道を阻む、
いかにも進みづらそうな細い道が見える。
まさに秘境、と言ったところだろうか。
「そうか。
ならひとまず、そこまで行ってみるしかねえな。
まだ魔物がいるかもしれねえし、
それに……」
「それに?」
アルトの問いに少しだけ、
プログは表情を締めながら、
「この先、誰がいるか、
分かったモンじゃねえからな」
その言葉には、妙に重みがあった。
つられるように、
アルトの顏から感情が消え、
唾を一つ、大きく呑み込む。
「うん、そうだね。
気を付けていこう。
ね、レナ」
緊張の面持ちでアルトは言ったが、
「……」
その言葉の受け手である、
レナからはまったく反応がない。
(いや、待って……。
相手が2人以上の可能性もあり得るわよね?
もし4人よりも多かったら、
とてもじゃないけど太刀打ちできないわ。
そうしたら、多少リスクを背負ってでも……)
完全に、自分の世界へと、
また、思考の悪循環へと、
のめり込んでしまっていた。
「……レナ?」
「! ああ、ごめん。
とりあえず、先に進みましょっか」
不思議そうな表情を浮かべる、
アルトの顏が視界に入り込み、
レナは慌てて意識を現実の世界へ戻し、
とりあえず差し障りのない提案をしてみた。
どのみちここからは、
余計な思考を張り巡らせる余裕はない。
この八雲森林の最深部へ行くということは、
今まで以上の危険因子が待ち受けていても、
何ら不思議ではない、というか、
その可能性の方が大きい。
(気にはなるけど……。
ここまで来たらアレコレ考えても仕方ないか)
ここからは、今まで以上に、
自然を含めた周りのあらゆる一挙手一投足に、
すべての感覚を研ぎ澄ましておかなければならない。
(とにかく、今は先に進むしかないわね)
ここからは、迷いは不要、
というより邪魔だ。
「よし、行くぞ」
レナの思考を含めたすべてを吹っ切るような、
元ハンターの顏となったプログの言葉を皮切りに、
4人は八雲森林の最深部への道を歩みだした。
次回投稿予定→3/27 15:00頃




