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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
82/219

第78話:虎ゴリラの妙

「あらん?

 もう壊れちゃったのかしらん?」



レナ達が立ち去った数分後の、

あの決戦場。

そこには激闘の果てに命を落とした、

通称“虎ゴリラ”の姿を確認する、

1人の女の姿があった。



「なるほどなるほど~♪

 やっぱり他のサンプルと同じく、

 このサンプル35758号もスピードを重視しすぎて、

 決定打に欠けたってことねん」



変わり果てた魔物を、

まるで観察するのを愉しむかのように、

どこか薄ら笑いを浮かべながら、

彼女は360°全方位、

虎ゴリラの様子を余すところなく見る。



「んー、頑丈に作れたと思ったのだけれど、

 やっぱりアレを付けないと、ただのクソゴミねん」



口調こそ、いつもの甘ったるいものであったが、

どこか吐き捨てるように、

その女は結論付けた。


そう、何を隠そう、

この異様な魔物――いや、サンプルは、

この女、ファルターが生み出したものだった。


あのバンダン水路でレナ達が対峙したサンプル一号同様に、

今回レナ達が相対した虎ゴリラも、

サンプル35758号として、

ファルターがこの八雲森林へこっそりと送り込んでいたのだ。


無論、先ほどのレナ達の戦いも、

木々の一番高い所から、

文字通り高みの見物をしていた。

そしてレナの紅蓮衝破によって、

サンプル35758号が敗北を喫したのを確認すると、

その敗因とデータ収集を兼ねて、

この場へ降りてきたのだった。



(ま、レナとか言うクソガキの、

 とっておきの技を見れたってだけでも収穫ってことで)



ファルターはそう呟いて、自分を納得させた。


実際、ファルターにとってこの場における実験は、

あまり重要視するものではなかったものの、

やはり見に来たからには何か収穫を、

という思いがあったのだろう。





……と、確かに気持ちを落ち着かせたはずだったのだが。



(まったく、あのバカ共が余計なことをしなければ、

もっと色々愉しめたのにん、チェッ)



ほんのわずかではあるが少しばかり、

ファルターは残念がる素振りを見せ、

そして容姿に見合わない、男勝りの舌打ちをする。


真意は定かではないが、

言葉から察するにどうやら何者かに、

自らの悦楽具合を阻害されたようだ。


そのストレスはファルターにとって、

食や睡眠といった、

生理的欲求の阻害にも匹敵するものだ。


ただ、こればかりはもうどうしようもないのも、

また事実。



(でもまあ、これ以上やると、

またクライドからウルサイお説教を受けちゃうし)



ファルターとて『統率者』と言われる3人のうちの1人だ。

それくらいの見識は持ち合わせているし、

同志の忠告を二度も無視してまで、

無茶をするフェイズではないということは、

重々わかっている。



「さてと、それじゃあ、

 次の実験場へ行こうかしらん。

 今回不完全燃焼だった分、

 思いっきりやっちゃうんだからん♪」



それだけ残して、ファルターは腰をクネクネと動かし、

いつものようにコツコツと、

靴音を響かせながら一足早く、

八雲森林を後にした。





「あれ? あそこって……」



そんなことは露知らず、

八雲森林のさらに先へと進んでいたレナ達の約10メートル程先に、

どこかで見覚えのある光景が。


上空から差し込む、太陽の光。

その光に合わせて草木が避けるかのように、

地面がむき出しになっている地。

その形はサークル状。



「はい、あそこも先ほどと同じ、

 8名のうちの1名が祈りを捧げた場所ですよ」



レナの問いに、

すっかり笑顔の戻った蒼音が優しく答える。


そう、レナ達が辿り着いたのは、

先ほど虎ゴリラ……もとい、

サンプル35758号と戦った場所と同じ、

8名の勇敢なる者が祈りを捧げたと伝えられる、

2つ目の地点だった。

日光をまるで光の柱のように差し込む、

神秘的なこの場所に、レナ達は足を踏み入



「待て、何かいるぞ」



れようとしたが、

プログの低い声に思わず、

全員の足が止まる。


いや、プログの声によってというよりは、

同時に他の3人も異変に気付いた、という方が正しい。



「……最ッ悪なんだけど」



その異変に、レナの表情は一気に曇り、

今出し得るすべてのストレスをこめるかのように、

大きなため息をついた。


見覚えのあるその場所へ入っていこうとした瞬間、

これまた見覚えのある、

魔物の後ろ姿が確認できたからだ。


そう、あの虎ゴリラである。


レナに気付いていないのか、

完全に背中を見せてはいるものの、

ゴリラの体つきに不自然に乗っかったトラの頭、

紛れもなくあの虎ゴリラが、

まるで背を向けた銅像のように、

ただ静かに、その場所に座り込んでいた。



その距離はおよそ15メートル程度、

といったところか。



「ど、どうする?

 まだ気づいていないみたいだし、

 このまま黙って……」


「いや、さすがにそれは無理だろ。

 いくら足音を殺しても、

 いずれは気付かれちまうぜ」


「そうね。

 それにあたし達は原因を調査しに来ているんだから、

 あのまま放っておくわけにもいかないわ」



口でこそ、そう言っているものの、



(とはいえ、必要がないなら、

もう戦いたくはないんだけど……)



レナもアルトの意見と同じく、

出来ることなら戦うことなく、

このままやり過ごしたい想いが強かった。


無論相手が手強かったということもあるが、

何より厄介だったのが、

あの魔物が無差別に繰り出す、

炎の魔術だった。


それにより、レナ達自身への攻撃に加え、

この八雲森林への破壊攻撃も同時に成立させてしまう。

そうなってしまっては本末転倒だ。


だが、だからといって、

今回の侵入騒動の犯人と思しきあの魔物を、

このまま放っておくわけにもいかな



「ちょっと待って下さい。

 あの魔物……何か様子がおかしくありませんか?」



ジレンマに悩むレナの耳に、

ふと蒼音の言葉が飛び込んでくる。



「え?」


「あの魔物、さっきからまったく動かないです」



赤髪巫女の言葉に、

レナは今一度、憎き虎ゴリラの方へ、

視線を向ける。


確かにそこには、

地面に座る虎ゴリラがいる。

間違いなく、いる。


いるのだが。



(言われてみれば……)



確かに、15メートル程先に見える虎ゴリラは、

微動だにしない。



(確かに変ね……)



まるで本物の銅像であるかのように、

まったく動きがない。


人間を含めた動物は、

意識的に動きをピタリと止めようとしても、

呼吸やわずかな筋肉の動き等により、

100%完全に動きを止めることは出来ない。


当人は完璧に静止状態、と思っていても、

ほんの1センチ、1ミリでも、

必ず動きがあるハズなのだ。


だが、目の前にいる虎ゴリラは、

遠目という色眼鏡を度外したとしても、それがない。

何もかもが、すべて停止しているのだ。


まるで時が止まったかのように。



「……」



レナは一歩、

ゆっくりと足を前へと踏み出した。



「ちょ、レナ!?」


「蒼音の言うように、

 あの虎ゴリラ、確かにおかしいわ。

 もっと近づいて様子を見てみましょ」



アルトの制止を振り切り、

レナは一歩、また一歩と、

両手を双剣のもとへ置きつつ、

動かぬ魔物の元へと歩み寄っていく。



14メートル、13メートル、12メートル。

慎重に、足音を必死に殺しながら、レナは近づく。


徐々に姿が大きくなっていく、

魔物のフォルム。


11メートル、10メートル。



「……?」



ここまで来て、

レナはある異変(・・)に気付いた。


燦々と降り注ぐ太陽光の影響で正確には確認できないが、

レナが近づいてもなおピクリとも動かない、

虎ゴリラのシルエットの周りに、

なにやら無数の細い線が、

まるで虎ゴリラから生える毛のようにくっ付いている。



先ほどレナ達が戦った虎ゴリラには生えていなかった、

長さにして十数センチほどの、

直線の黒い線だ。



「ん?」



いまだにこちらの動きに、

まったく気付かれないこともさることながら、

その雰囲気に明らかな違和感を覚えたレナは、

さらに魔物の元へと近づく。


9メートル、8メートル……。


光というベールに包まれていたその姿、

そして真相が、徐々に明らかにな



「……ッ!?」



瞬間、レナの足は突如止まり、

顔色が一気に青ざめる。

そして目の前の光景に呆然となり、

しばし言葉を失ってしまう。


「オイ、どうした?」


「何か変なところでも――!?」



レナの異変に気付いて近くへと寄ってきたプログとアルト、

そして蒼音も、レナの見たその光景を目の当たりにし、

思わずすべての行動を止めてしまった。


そこには確かに、虎ゴリラがいる。


いや、言葉の表現としてはいた、

という方が正しいか。


その虎ゴリラは、死んでいた。

ありとあらゆる全身に、

無数の針を刺されて。


まるでイソギンチャクのように、

全方向から太さ1ミリ程度の、

銀色に光る太い針が虎ゴリラの生命を、

完全に奪い取っていたのだ。



レナが遠くから見た黒い毛のようなものの正体は、

この針だったのだ。


魔物にとっても、

おそらく一瞬の出来事だったのだろう。

普通ならば苦痛に歪んでいるハズの表情が、

今から襲い掛かる、と言わんばかりの獰猛なまま、

絶命している。


まるで針の雨を全身に浴びたかのような虎ゴリラが、

そこにはいた。



「何、これ……」



ビジュアルに訴えるもの以上の異常さを覚えたレナは、

そう絞り出すのが精いっぱいだった。

まるで背中で虫が動いている様な、

ゾワッとした悪寒がレナを襲い続ける。



「こりゃ……なかなかショッキングなモノ見ちまったな」


「誰がこんな……ひどい……」



4人の中で魔物との戦いに最も慣れているであろう、

プログですら、このリアクションである。

隣に立つ蒼音の顔色は、

スーッと青白くなってしまい。

その後方に控えるアルトに至っては、

視覚が耐えきれなかったのか、

言葉を発することが出来ずに視線を背け、

ガタガタと小刻みに震わせている。


それほど、その光景は目に毒々しいものだった。



「戦わなくていいのはありがたいが、

 さすがにここまで来るとな……」


「確かにそうね。

 それにしてもこの針……」



いまだ押し寄せる背中の悪寒に抗い、

レナは恐る恐る近づき、

虎ゴリラに突き刺さる針を、

まるで現場検証する警察のように、

あらゆる角度から観察する。


(どう見ても、自然のものじゃないわよね。

だとすると……)



自然による偶然の産物とは思えないほど、

怪しく銀光りするその針を見て、

レナはふと、一つの不安を覚えた。



(あたし達以外に誰か、ここに来ていたのかしら?)



レナの中に、

その仮定はすぐに生まれた。


この針が、例えばハリネズミのような、

動物によるものでない限り、

この針は人工的に生み出されたものになる。

そして、それがこの虎ゴリラに刺さっているということは。



(今じゃないにしろ、誰かがここに来て、

この虎ゴリラを倒したってことよね)



たった今じゃないかもしれないが、

しかし最近のうちに、

誰かがこの八雲森林に入り、

この虎ゴリラを倒した。

レナの仮定は、そこまで導き出した。


七星の里長である石動の話では、

里内に魔物が頻繁に侵入し始めたのは、

ここ数日と話していた。


もしその原因が、

この虎ゴリラだったと仮定するならば、

その数日前くらいから、

この異様な形をした魔物がこの八雲森林で、

猛威を振るっていたということになる。


そして、原因がこの虎ゴリラだったという仮定が、

正しいと“さらに仮定”するならば、

その時期辺りから今に至るまでの間に、

何者かがこの八雲森林に入り、

この針を以って戦い、そして勝利したと、

考えることができる。


仮定に仮定を重ねるという、

何とも乱暴な考え方ではあるものの、

それでも今のレナには、

そう考えることしかできない。


そしてそのような、

いわばグラグラして今にも倒れそうな、

仮定による仮定を、

より強固なものにするためには。



「とりあえず、先に進もうぜ。

 何か、嫌な予感がしやがる」



まるでレナの次の考えを代弁するかのように、

プログはそう言うと、

足早にこの場所から立ち去っていく。

そう、より強固なものにするには、

ここからさらに奥を目指す必要があるのだ。



「そうね。

 先に進んでみましょ」



多くを語らず、

レナはプログの後を追った。

七星の里への魔物侵入の真相、

そしてこの針の仮定を真実に変えるために。





程なくして、4人は3か所目の祈祷場所である、

いわば“陽だまりの場”へ辿り着いた。

形状は、今まで通ってきた2か所と、

まったく同じだ。



「…………」



だが、本来ならば日光浴をするべく、

多くの動物が集まるであろう、

この暖かい場所で、

レナ達は再び、

表情が凍りつくような光景を目のあたりにする。

そこには三たび、虎ゴリラがいた。


ただし、先ほど同様、

全身に針を撃ちこまれた状態で、である。


またも虎ゴリラは絶命していたのだ。


急所を打つというよりは所構わず無差別に、

攻撃の質より量をとる、

といった具合なのだろうか。

座るように死んでいる虎ゴリラの周辺には、

標的を外したであろう、

十数本の針が、

まるでワナでも仕掛けているかのように、

地面へと突き刺さっていた。



一度ならいざ知らず、

二度までも同じような、

この有様である。


その光景は、

八雲森林という大自然の営みの中で、

明らかに異質な空間を作りだしていた。



「クソ……こりゃあもしかしたら、

 面倒なことになるかもしれねえな……」



どうやらレナと同じ可能性を感じているのだろう、

魔物の姿を見て、

プログは舌打ちまじりに言う。



(…………)



だが、その言葉にレナは反応することなく、

ただ一点、ワケもわからないうちに命を奪われたであろう、

虎ゴリラの姿を見つめている。



大自然の中に異質な空間を作りだせるとしたら、

その方法はただ一つ、

人工的な手を加えることだ。


この虎ゴリラという魔物ですら、

自然とは相容れ難い存在感を放っているというのに、

その虎ゴリラをさらに凌駕する、

数百本にも及ぶ銀色の凶器。


やはり、この森には自分達以外にも――。



「とにかく、奥へ行きましょ」



それが今とるべき最善の策、

そう考えたレナはそれだけ言い放つ。


そして残りの5か所あるであろう祈祷場所と、

いまだ捉えられぬ未知なる()を追うべく、

また一歩、足を踏み出した。

2週間ぶりの投稿です。

先週はすみませんでした。。


次話投稿予定→3/20 15:00ごろ

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