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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第76話:あの日を胸に

「ん?」



遠くから女性の叫ぶ声がした気がして、

その男は思わず立ち止まり、眉をひそめた。



「どうした?」


「今、何か聞こえなかったかい?」


「いや、ワシは何も聞こえなかったが」



細身の男の問いに対し、

大柄で身長が2メートルに達する大男は、

周りに目を配りながらもすぐに答える。


両方とも黒髪ながら、

細身の男が前髪等を綺麗に整えているのに対し、

大柄の男はこれでもか、という程の角刈りという、

妙なコントラストを生み出している。


ただし、見た目で判断するに、

年齢は大男の方が高いように見え、

おおよそ細身の男が20代後半に対し、

大柄の男はゆうに40を超える。



「誰かが叫ぶ声がしたような……」


「気のせいじゃろ。

 ここまでの遠征で疲れているんじゃないか?」


「そうか、僕の聞き間違いか」



それだけ言って、

細身の男はふと考え込む。



(確かに聞こえたはずなんだけどな)



そう心で呟いたが、

それを言葉にすることなく、

代わりに別の話題を投げかける。



「しかし、ここはかなり特殊な生態系を持っているね」


「ああ。ワシも長く生きているが、

 これほど大きな木々はお目にかかったことがない」


「そうだね。

 それに、動物なんかもワームピル大陸では、

 ほとんど見かけないものが多いね。

 無論、魔物も含めてだけど」


「先ほどからよく遭遇する、アイツの事か?」


「まあ、アレも含めて、かな。

 だってアーツは今まで見たことあるかい?

 トラ頭でゴリラ胴体な魔物とか」


「んや、見たことないな」



アーツと呼ばれた大男の返答は早かった。



「早々に調査を済ませて、

 早くここから抜け出すのが賢明じゃな、シキールよ」


「そういうことだね。

 でも、ホントにこんな所に、

 シャックがいるのかねえ……」



細身の男、シキールはふと、

視線を未踏の地である前方へと向ける。


あちらこちらに乱立する巨大な木々。

無造作に伸びた草花。

彼女(・・)から報告があったとはいえ、

このような場所に、

列車専門の犯罪集団である、

シャックが出現したと言われても、

まったく説得力がない。



(ま、でも任務だしね、コレも)



とはいえ疑うことと、

与えられた任務を放棄することはイコールではない。



「……ま、とりあえず進むだけ進んでみますか」



ふう、とため息をつき、

どこか他人事のようにシキールはそう言い残すと、

再び先へ歩き出した。



「……。

 ワシら以外に、誰か来ているのか?」



一度はシキールの言葉を否定したものの、

何か妙な引っ掛かりを覚えたアーツは一言だけ呟くと、

先へ歩き出した盟友、シキールの後を追った。


その2人の背後を歩くのは大量の――。





「石動流十神術その弐、鏡水ッ!!」



力の限りを尽くした蒼音のその声は、

前線で戦う3人の耳にも、しっかりと届いた。



「ん?」


「な、なんだ?」



背後から聞こえた蒼音の叫び声に、

レナとプログは消火活動を行っていた手を、

思わず止め、ふと振り返る。

同時に、



「アンネちゃん、ブラさん!

 こっちに戻ってきて!」


「え? でも……」


「早く!」



困惑する2人を蒼音は強引に、

魔物とアルトが対峙する、

あのサークルへと呼び戻す。



「いや、火災を何とかし



と、プログが言いかけた、その時だった。


サァァァァ……



はるか空から聞こえてきた、妙な音。



「?」



レナとプログは音が聞こえた、

上空を見上げてみた。


そして、2人は気付いた。



「! おわっ、なんだありゃ!?」


「マズッ……急ぐわよッ!」



その様子を確認するや否や、

2人は慌てて、

蒼音の言うことに従った。

そして、2人が転がり込むように、

陽だまりのサークルへと帰還した、次の瞬間。



ゴオォォォッ!!



空から大量の水が、

サークル以外の場所へ突然、

まるで滝のように落下してきたのだ。


その水量たるや、凄まじいモノだった。

雨を超え、豪雨を超え、

さらには滝をもはるかに超える水圧で、

辺りの地面へ次々とその身を叩きつけていく。

もし万が一、レナやプログが少しでも、

避難し遅れていたら間違いなく、

無傷では済まなかっただろう。


それほどの威力を持つ水の圧に対して、

草木を燃やし続ける炎が、

到底かなうはずがない。

鎮火などという表現では陳腐に感じてしまう、

まるで炎を破壊していくかのように、

圧倒的な水流が次々と炎を消し去っていく。



「すごい……」



レナはしばらく、唖然としていた。

別に間一髪のところで回避できた、

水圧攻撃に対して驚いたわけでもないし、

火が次々と押し潰されていくのに驚いたわけでもない。


自分たちのいる場所以外の360°全方位に、

激しく水が叩き付けられているのを見て、

まるで本物の滝の、

裏側にいるかのような感覚に見舞われていたからだ。

いや、滝の裏側というよりも、

自分たちが滝の中心部にいる、

そんな錯覚を覚えるくらい、

不思議な空間へと、その場は化していた。



「スゲェ……。

 これも神術の1つなのかよ?」


「どうやら、そうみたいね……?」



プログの言葉に相槌を打ったところで、

レナはふと、あることに気付いた。



(あれ? ってことは……)



レナはもう一回、辺りをグルリと見渡してみる。


同じく周りを見渡しているプログ。

口をあんぐり開けて上空を見上げているアルト。

水という存在に、

やや戸惑いを見せている魔物。

水の落ちる天高くを見つめ、

いまだ右手を高々と掲げて、

神術を使い続ける蒼音。

レナの視界に、次々と各人各様の姿が入り込んでくる。


そしてその周りには、

大量の水流で作られた水の壁が絶え間なく形成されている。

それを見て、レナは確信した。



(この状況なら、炎を撃てるんじゃないかしら?)



今までは周りが自然に囲まれている縛りから、

炎を使うことを禁ぜざるを得なかったレナだったが、

今は自分と自然の間に“水”、

しかもとてつもなく威力の大きい“水”という存在がいる。


つまり、魔物に攻撃が命中しなかったとしても、

その炎が自然を焼き尽くしてしまうことはない。



(だったら――!)



その瞬間、レナはすでに動き出していた。

おそらく勇気を振り絞って作りだしてくれたであろう、

蒼音の“水のカーテン”。

だが、これだけ強力な神術を使っていれば、

いつ無くなってしまってもおかしくはない。

決戦場と化した、

この場所のちょうど真ん中に、少女は立つ。


その姿に気付いた魔物は再び、

レナ達が追いつけないスピードで、

決戦場を縦横無尽に動き始めた。



「アルト、プログ!

 アイツの攻撃を頼むわよ!」



それだけ言って、レナは静かに、

長剣へと意識を集中し始めた。



(1発や2発じゃ、当たらないかもしれない。

なら、アレを使ってみるしか……!)



徐々に炎を象っていく長剣に意識を置きつつ、

レナは心の中で問いかける。



(親方……)



その問いかけは、自らの剣の師匠である親方、

マレクへ向けられたものだった。





時を遡る事、数年前。



「イテテ……。

 まったく、少しくらい手加減をせんか」



頭頂部にできた見事なまでのタンコブを、

マレクは痛そうにさすっている。



「だって……。

親方相手だと、

あたしも本気じゃないと倒せないんですもん」



一方、そのタンコブを作った張本人であるレナは、

ややバツが悪そうにしている。


記憶喪失だったレナと、そのレナを助けたマレク。

2人は駅員という肩書を持っていたが、

空いた時間を見ては、

マレクがレナに剣術を教え込んでいた。


当然、本物の真剣を使うことはなく、

木刀を使った実戦形式を中心に、

マレクとレナは稽古に勤しんでいた。



「しかし、お前も強くなったな。

 一対一なら、もうルインでお前に敵うヤツはいないかもな」



苦笑いを浮かべながら、マレクは言う。

ただ、その言葉は決してお世辞ではなくなっている、

マレクはそう感じていた。

実際、レナの剣術の成長は驚くもので、

わずか2、3年で、

自分と肩を並べるくらいの実力にまで、

迫ってきていたのだ。


だが、そんなお褒めの言葉に対し、

レナは静かに首を振る。



「いやいや、親方にはまったく敵っていませんよ。

さっきのも、

たまたま攻撃が当たっただけじゃないですか。

それまでは全部空振りでしたし」



レナの言うように、マレクが脳天に受けた攻撃は、

数えること、じつに35手目のものだった。

それまでのレナの34にものぼる攻撃は、

すべてマレクが回避していた。


レナからしてみたら、

マグレと言ってもいい確率で当たった攻撃でそう言われても、

のれんに腕押し状態だ。



「てかあたし、

動きの速い敵って苦手なんですよねぇ。

目の前でちょこまかされるのが嫌というか……」


「ふむ。

確かに俺が早く動くと、途端に動きが悪くなるな」


「そうなんですよ!

 親方動くの早いからまったく攻撃当たらないし!

 でも、だからといって、

いちいち動きを合わせるのも面倒なんですよねぇ」


「面倒って……お前なあ……」


「ねえ親方、何かいい方法ないですかぁ~?

 こんなんじゃ動きの早い魔物が街に来た時に、

 対処できないですよ~!」



まるで駄々っ子のようにレナは口を尖らせ拗ねている。

よくよく考えてみれば、

じつに自分本位な不条理話なのだが、

本人はそのことに気付いていない。



「やれやれ……」



マレクは大きく、ため息をつく。

が、その顔にはなぜか少しだけ、

笑顔のようなものが見える。

意識して作ったものではない。

自然と笑顔が、

マレクの顏には浮かび上がってきていた。



若くして妻を亡くし、

子どもに恵まれることのなかったマレクにとって、

レナはまるでわが子のような存在だった。

たとえ血は繋がっていなくとも、

7年前のあの日から、

レナは手塩にかけて育ててきた、

マレク自慢の娘だった。


もしレナがいなかったら、

“父親”という経験は、

決してできなかっただろう。

剣術を教えることもなければ、

一緒に同じ場所で働くこともなく、

ただマレクという“男”の経験しか、

することはなかっただろう。


それが、目の前の愛娘のおかげで、

“父親”になれている。

それを考えると、

たとえ理不尽なワガママを言われても、

稽古の最中で頭部を思いきり叩かれても、

マレクに怒りという感情は、一切なかった。


そう、この娘がいてくれるから――。



「……おーい、親方ー?」


「! ああ、すまない。

 ちょっと考えていてな」



レナの言葉でふと我に返ったマレクは少しだけ、

考えるような素振りを見せると、



「仕方ない、

コレを教えるのはまだ早いかと思っていたのだが……」



子どものダダこねに陥落した父のごとく、

マレクはため息まじりに言う。



「え!? 何かいい技でもあるの!?」


「ああ。

だが教える前に、

 一つだけ約束してほしい事がある」



途端に目を輝かせるレナに対し、

マレクはすかさず釘を刺さんとばかりに言った。


「今から教える技は、

 ここぞという時以外は絶対に使うな。

 それが守れないなら、

 この技を教える訳にはいかない」


「守る! 絶対守るから!

 それでそれで、どんな技なの!?」



まるで新しい玩具を与えられた子どものように、

目をキラキラさせる、

レナの返答は条件反射並みに早かった。


本当に分かってんのかね、

と一抹の不安を感じたマレクだったが、

そんなレナの姿にも、

ほんの少しばかりの嬉しさを覚えながら、

手に持つ木刀を、強く握った。



「今から教える炎の技はだな……」





(結局、あの時教えてもらってから、

1回も使うことはなかったけれど……)



過去のマレクの言葉を胸に、

レナは今一度、炎を宿す長剣へと力を込める。



(今こそ、それを使う時!

この魔物に対してなら!)



具象化された炎がレナの力によって、

さらにその勢いを増していく。

今までレナが使ってきた炎の技である炎破や炎牙、

そして疾風炎といった時の炎とは、

明らかに大きさが違う。



「な、なんだ?

 どうするってんだ?」



とりあえずレナに言われた通り、

いまだ攻撃の手を緩めない虎ゴリラの炎塊攻撃を、

プログは次々と撃ち落としているが、

これまでとは違うレナの炎に、

戸惑いの表情を隠せない。



「プログ! とにかく今は魔物の攻撃を!」



だが、そのプログに対して、

アルトは大きな声で叫ぶ。

そしてすかさず、

攻撃に集中して無防備状態のレナに飛びかかろうとした、

虎ゴリラの攻撃を、

左手にはめるグローブでガンッ、と受け止める。



(きっと、レナには何か考えがあるハズ!

だったら僕達はサポートに徹しないとダメなんだ!)



正直に言えばアルトだって、

気にならないはずがなかった。

これからレナが何をしようとしているのか、

知りたくて仕方がなかった。


だが、違う。

今、レナがアルト達に求めているのは、それではない。


『アイツの攻撃を頼む』。

それがレナの、今望んでいることだ。

それはつまり、

レナが何かしらの行動を起こそうとしている間、

あの魔物がレナに攻撃してくるのを防いでほしい、

という意味を内包していることに等しい。


ならば自分とプログは、それに全力を注ぐべき。

アルトの脳内は、

そのことにすべての集中力をつぎ込んでいた。


そして、

八雲森林を護るために神術を使う蒼音、

魔物の攻撃を妨害し続けるアルトとプログ。

3人の行動に報いる時が、ついにきた。


レナは目を瞑ったまま左足を引き、

抜刀のような姿勢を取ると、



「これで決めるわッ!」



何かのスイッチが入ったかのように、

カッと目を見開く。

そして、


「飛び交う焔閃(えんせん)

 あんたにかわせるかしらッ!」



声を張り上げたと同時に、

レナは構えていた長剣を上空へ、

弧を描くように思いきり振り上げ、

宿っていた強力な炎を、

自らの頭上へと解き放った。



「ガウッ!?」



突如として出現した強力な炎を前に、

虎ゴリラの動きが一瞬だけ止まる。


……が、空へと解放された直径2メートル程の炎塊は、

特に魔物へ突撃するわけでもない。

まるでボールを上空へ投げたかのように、

重力に逆らえる最高到達点に達すると、

重力に従って急速に落下してくる!



「??」



まさか、失敗?

何のアクションも起きず、

まるで失敗した花火のように、

炎が落ちてくる様子を目の当たりにして、

アルトやプログはそう思わざるを得なかった。



だが、じつはここからが本番だった。


気がつけばレナは、

再び先ほどの抜刀のような体制になっていた。

そして落下してきた炎塊が自らの顔付近まで落下し、

あと少しで地上へと激突しまうようなタイミングで、



「唸れ(ほむら)ッ!

 紅蓮衝破(ぐれんしょうは)ッ!!」



叫んだ瞬間、レナは目の前の炎塊を一閃、

長剣で切り払った。


次回投稿予定→2/28 15:00頃

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