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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第1章 ワームピル大陸編
8/219

第6話:ファースター地下水道を行く先で

ワームピル大陸の王都、ファースターは、

生活に欠かせない水の供給手段として、

市民街に地下水道を巡らせている。

ちなみに城内で使う分は、

それとは別ルートで水を供給しているが、

万が一、戦争や何者かによって、

そのルートが断たれてしまった際の、

緊急措置用として街の地下水道も使えるようにと、

市民街の地下水道を、城内にも繋げている。


意外と短かった鉄格子階段を降り終わり、

誰かが脱出用として作ったのであろう、

不自然に造られていた狭い空間から、

2、3メートル下に飛び降りたレナ達は、

その市民街へ続く、

ファースター地下水道に足を踏み入れていた。


上を見上げると真っ暗な空間が広がっていて、

ちょうどいい具合に、

空間も階段も見えないようになっている。

おそらく地下水道を管理する兵士に、

万が一、ここから上を覗かれた時に、

階段が見つからないように、

あえて階段の下に狭い空間を作ったのだろう。


あたりを見渡すと、

川のように流れる生活用水の両脇に、

作業用と思われる舗装された道がある。

どうやらこの道をたどっていけば、

市街地のほうへ抜けられるようだ。



「地下水道か、きれいな水でよかったわー。

 これが汚水とかだったら、

 髪や洋服がとんでもないことになっちゃうところだったし」


「それって女の子の身だしなみってヤツ?」


「あら、アルトわかってるじゃない。

 そりゃもう、この髪のお手入れって、

 毎日大変なんだから」



真っ暗というわけではないが、

薄暗い地下にも、

どう見ても映えない金色の長髪を、

アルトに見せつけるかのように、

右手でなびかせながらレナは言う。


そんなに大変なら切ればいいのに、

とツッコみたいアルトだったが、

あとが怖そうなので、

唾と一緒に飲み込んでおいた。



「おいおい、あんま大きな声出すんじゃない、

 ここはまだ真上が牢屋なんだから、

 番人に起きられたら厄介だぞ」



すぐ近くの頭上から、

男の小さな声がする。

アルトが上を見上げると、

先ほどの男が同じ仕掛けで、

鉄格子階段を降りてくる。



「そういえば持ち上げた床とか机とか、

 番人にバレないように、

 元の位置に戻してくればよかったわね、

 失敗したわ」


「あ、それなら僕が万が一のこともあるし、

 戻しておいたよ」


「お、どーもですっと、

 機転がきくわね」


「いやいや、これくらい……」



男の声が聞こえていないのか、

はたまたわざと無視しているのか、

レナとアルトは2人の会話に夢中だ。

まあ、誰かさんの忠告通り、

心なしかさっきより声量が小さくなっているので、

大体予想はつくが。



「こらこら、年長者の言うことは、

 しっかり聞くもんだぞ」



階段を降り終えた男は、

2人の会話に割って入る。

今までは声だけだったが、

ここでようやくその姿を現す。


声の印象通り、レナ達よりも5~6歳程度、

年上のやや大人な顔立ち。

背丈もレナより高く、

いかにも年上、といった感じである。

やや細い目をしていて、

優しい印象を受けるが、

見方によっては、逆に狙った獲物は逃さない、

といった鋭い目にも見える。

髪は黒く、レナほどではないが、

背中のちょうど真ん中くらいまで髪を伸ばし、

首のあたりで一か所に留めている。

そして彼の腰には戦闘用なのだろうか、

銀色に怪しく光る短剣を備えている。



「やたら人のことをじらす、

 腹立つ年長者の言うことを聞こうとは、

 あたしはあんまり思わないけど?」



どうやら相当根に持っているレナ。

言い回しすべてにトゲを付けて、

まるで男にチクチク突き刺しているようだ。



「悪かったって、

 でもこれでちょっとは、

 俺の事を信用してくれただろ……!?」



まるで外国人のように、

大きく肩をすくめるジェスチャーをしながら、

レナの方を見る男だが、

その表情が一瞬固まる。



「そうね、砂一粒くらいはね……って何?

 何かあたしの顔についてる?」


「い、いや……。

 口うるさい嬢ちゃんだな、

 と思ってたが、

 案外可愛い顔してるじゃないか、と思ってね」


「とんでもない偏見発言ね。

 ちなみにあんた、歳いくつ?」


「俺か? 22歳だぜ」


「22か。ちなみにあたし17だから。

 発言はケーサツに捕まらないように、

 ちゃんと考えてからした方がいいわよ」


「おいおい……。

 こりゃ冗談きついねぇ」


「あのー、お取込み中大変悪いんですけど……」



さすがにレナと男のやり取りを見かねたのだろう、

アルトが2人の間に、

下からそーっと入っていく。



「ああ、ごめんごめん。

 とりあえずこっからさっさと出ないとね。

 ……っと、その前に」

 


そう言い残すとレナは、

男の顎にこつんとゲンコツを当てる。

当然、本気でもないし、

少し当たった程度なので、

男に何らダメージはない。



「お?」


「今まであたしを散々振り回してくれた仕返しよ。

 今の一発だけで全部許してあげるんだから、

 感謝しなさいよね」


「……ハハッ、本当に面白いお嬢ちゃんだ」



許してくれたことに感謝、

というよりはレナの言動が面白かったのだろう、

男からもようやく、笑みがこぼれた。



「まあいいわ。

 それよりあんた、ここから道ってわかるの?

 ってか、どこに出れば正解なのかしら?」



アルトのおかげで、

さすがに早くここを抜けようと考えられたレナが、

あたりを見渡しながら男に訊ねる。


ファースター内を巡っているだけあって、

さすがに道も多く複雑になっているだけでなく、

ほんの数メートル先程度の視界しか確保できず、

その先には真っ暗闇が広がっているだけである。

そのため、闇雲に探したら、

すぐに迷子になってしまいそうだ。



「この地下水道の一番奥は、

 街の外れにある公園に繋がっているのさ。

 そこまでの道順なら、

 大体だけど覚えているぜ」



「あらそう。

 ということは、その公園手前の地下には、

 どんな面白い仕掛けが待ち受けているのかしら?」



腕組みをしながら首を横に傾けるレナの表情は、

なぜか少しニヤニヤしている。



「え? 仕掛けって?」



別の意味合いで、

アルトは首を傾ける。



「本当に察しがいいな、嬢ちゃん」



男は何かを知っているのだろう、

結果を当てられたレナにまるで観念しました、

言いたいかのように大きく手を広げる。



「え? どういうこと?」


「考えてもみなさいよ。

 コイツはあの牢屋から脱出する方法を知っていた。

 なおかつ、そこからの道順も知っている。

 なのにあえて脱出しようとせず、

 ずっと牢屋にいた。

 そしてあたし達が脱出すると聞いて、

 ついてくると言い出した。

 ってことは、脱出する気はあったけど、

 あえて脱出しなかった。

 いや、脱出できなかったって表現が正しいかしら。

 つまり1人ではどうしようもない仕掛けがあるか、

 もしくは1人では倒せないお楽しみがいるか、

 どっちかって考えるのが妥当でしょ?」


ここでレナの言うお楽しみとは、

もちろんあの意味でのお楽しみである。



「な、なるほどね……」


「ま、あたしたちを待ち伏せしてて、

 地下水道でワナにはめるためって、

 可能性もあるけどね」



さっきのゲンコツで許したはずなのだが、

やはり振り回されたの名残があるのか、

もしくは今回は本気で男のことを疑っているか、

ここで冷たい視線を男に向けることも、

レナは忘れない。



「おいおい、せっかく出口を教えようってのに、

 未だにその扱いかよ、さすがに勘弁してほしいぜ?」


「そうね、疑って悪かったわ。

 まあ、そのお楽しみは歩きながら聞くわ。

 ひとまず出口までの付き合いってことでよろしく。

 あ、万が一変なことしたら……どうなるかわかってるわよね?」



念のため、といったことなのだろうか、

レナが指をポキポキ鳴らしながら、

菩薩のような笑顔で、男に語りかける。


本業は二刀流なのに指を鳴らすんだ、

と後ろからツッコみたいアルトだったが、

あとが怖そうなので、

唾と一緒に飲み込んでおいた。



「わかってるよ、

 マジで何も考えてないから安心しな。

 えーと、嬢ちゃんの名前は……」


「あたしはレナ。

 そんで、こっちがアルト」


「アルト・ムライズです。

 よろしくお願いします」


「レナにアルトね。

 俺はプログ、プログ・ブランズだ。

 呼ぶときはプログで構わないぜ。あ、あと


「プログね、了解。

 あ、面倒だからタメ口でいいでしょ?」


「今俺が言おうとしていたことを……。

 ってかそもそもお前は、

 最初から俺にタメ口だったじゃねーか」



立場が逆転(というより最初からだったが)していることに、

ささやかな抵抗として、

さりげないツッコみで、

トゲをチクリとレナに刺したプログ。


ただし、マレクや(コウザを含む)警察官には、

レナはしっかり敬語を使っていた。

どうやら自分なりの判断基準で、

年上に対して敬語とタメ口を使い分けているようだ。


「あーそうだったわね、ごめんごめん。

 だって判断基準が声しかなかったし、まあ許してよ。

 そんじゃまあ、早いとこ抜けちゃいましょ!

 んじゃプログ、案内よろしく」


「もうレナったら!!

 すみません、

 レナも悪気はないので……たぶん」


「オーケーだ、アルト。

 俺も大人だ、それくらいはわきまえているさ。

 それにアルト、お前も俺にはタメ口でいいぜ」


「え、でも……」


「気にすんなって、

 堅苦しくやってくつもりはねーし、な?」


「……うん、わかったよ。

 とりあえずよろしくね、プログ!」


「おうよ、よろしくな……。

 ってちょっと待った!

 せっかく上の階から、

 お前らの武器を取ってきてやったのに忘れんな!」



暗い地下水道に空しくプログが声を響かせ、

親を急かす子どものように、

数メートル先でこちらを見てずっと待っているレナと、

その後をすぐ追っかけたアルトへ向かって走って行く。



「あ、どーもですっと」


「ありがとね」


「……」





どうやらプログは本当に道順を知っていたらしく、

それほど立ち止まることもなく、

地下水道を進んでいた。


最初はプログの事を疑っていた2人だったが、

その順調な進み具合から、

ちょっとは信用できると判断したのか、

次第にお互いの話をするようになっていた。


聞くところによると、

プログはワームピル以外の大陸の出身で、

出稼ぎのためにワームピル大陸に来ていたようだが、

密入者として捕まってしまい、

それに加えてレナ達同様シャックと誤解されて、

ずっと牢屋の中にいたらしい。



「今世界中でシャックが色々とやらかしているからな、

 ちょっと何かしただけで、

 ものすごく疑われて、

 こっちとしてはいい迷惑だぜ」


「何言ってんのよ、

 そもそもあんたが密入国したのが悪いんでしょ」


「ハハッ、そりゃ違いねえな」



成り行きとはいえ、

やはり3人ともなると自然と会話は多くなる。

いくら地下とはいっても、

国によってしっかり管理されている地下水道のため、

いきなり魔物が飛び出してくる心配もなく、

その歩みは、順調そのものである。


ランプの灯りによって仄かに照らされた空間、

その空間に写る3人の影がどんどん進んでいく。



「そういえば出稼ぎって言ってたけど、

 プログは何をやってたの?

 その、雰囲気的に、

 どこかに勤めてってことはないような……」



アルトがプログの恰好に上から下へ、

じーっと視線を送る。

黒髪の長髪に細い目、腰には短剣。

確かにこんな物騒な身なりで、

どこかに勤めていたら、

アルトならすぐにでも辞表を出すだろう。



「勤めてはいないさ、

 俺はハンターだったからな」


「ハンターって酒場から依頼を受けて、

 報酬を受け取るっていう、

 あのハンターのこと?」



レナにシャックを説明した時といい、

なぜかやたら説明口調になったアルトが、

プログに聞き返す。


この世界には、全ての街に必ず酒場がある。

そしてその酒場には、

例えばお年寄りが運べない荷物の手伝いといったものから、

魔物狩り、重役の護衛といったものまで、

様々な依頼が集結する。

当然その依頼主も様々であるが、

各依頼にはそれぞれ、

無事終了した際の報酬がある。

その報酬を収入源として、

生活しているのが“ハンター”である。

とは言っても魔物狩りや護衛と言った達成の難しい、

またリスクの高い依頼でないと、

高額の報酬は望めない。

そのため、報酬の収入源のみで、

生活できる人は少ない。



「まあ、俺は魔物狩りを専門として、

 依頼を受けていたからな、

 リスクは高いがその分報酬もデカいんでね。

 それでなんとか生活できた、ってワケ」


「へえ~、プログってまだ22歳なんだよね?

 ハンターって、もっと年上の人がやってるイメージがあったよ」



ハンターの人を初めて見たのだろうか、

アルトはやや興奮気味に、

そして羨望に似たような眼差しを向けている。



「そうか? 俺はこれでもハンターになって、

 もう8年目だぜ?

 それに俺の知り合いでは、

 12歳からハンターやってるってヤツもいたしな」


「8年目ってことは14歳の頃からってことよね?

 それでも十分早いと思うけど」


「そうだな。

 むしろ俺にはあまりにも、

 早すぎたかもな……」



そう言うとプログはおもむろに視線を上に向ける。

何か上にいた、というわけではなく、

遠くを見つめるような、

何かを思い出すような、そんな目をしている。



「ってことは万が一、

 魔物が来ても心配はないわね……。

 っておーい、プログー」



その視線を遮り、

現実の世界に引き戻すかのように、

レナがプログの顔の前で手を振る。



「ん? ああ、すまんな」


「案内役が違う世界に行ってたら、

 こっちが困るのよ。

 ……ってそれはそうと、

 もしかしたらアルトのお母様も、

 元々はハンターだったんじゃないかしら?」



プログをこちらの世界に引き戻してから、

レナはふと、アルトに視線を移す。


アルトも同じことを考えていたのだろうか、

腕組みをしながら歩いている。


「そうだね……。もしかしたらそうだったのかも。

 ねえプログ、ヴェールって名前に聞き覚えない?」



プログに訊ねるアルト。

どうやらヴェールというのが、

アルトの母親の名前のようだ。



「ヴェール?

 んー、俺は聞いたことないな。

 アルトのお母さんも、ハンターだったのかい?」


「わからないんだ。

 でも、有名なガンマンだったって話は聞いているし、

 最後に出てった理由も、

 魔物討伐のためって言ってたし……」


「そうか……ヴェールか、

 酒場とかでも聞いたことはないな。

 わりいな、力になってやれなくて」


「ううん、平気だよ。

 これくらいで凹んでなんかいられないもんね」


気にしないで、とばかりに、

アルトは小さく笑う。


列車の一件や今回の脱出の件を通じて、

なんだかアルトが少しだけ強くなった気がする、

そんなことを心の中で呟きながら、

レナは暗い前方に目を向け、

さらにその歩を早めていく。





ファースター地下水道は街中全ての地域の地下に、

張り巡らされているため、

その大きさ、範囲はとんでもないものがある。

元々腕時計を持っていない2人に、

牢屋にいたプログである。

当然時計を持っているわけもなく、

牢屋のところで最後に見た3時半から、

どの程度時間が経ったかを知る術はない。


相変わらず周りには、

無機質なコンクリートの壁が続いているし、

水が流れるサーッという音と3人の足音、

そして雑談位しか聞こえてこない。


いくら脱出のためとはいえ、

こうも風景が変わらないと正直飽きてくるし、

何より歩を進めているという、

実感が湧いてこない。



「ふあぁ……。

 ねえ、ちなみに今どの辺なの?」



さすがに耐えられなくなったのか、

大きなあくびをしながら、

レナがプログに訊ねる。



「そろそろ街の外れに、

 差し掛かっているだと思うぜ」


「ホントに!? よかったー!」



そう、ひとまずよかったわ、

とレナが言おうとするより前に、

アルトが安堵の声をあげる。

レナが「ひとまず」と付け加えようとしていた理由は、

もちろん――。



「んで、出口にはどんなお楽しみがあるのかしら?

 結局、ここまで聞かなかったけどさ」



レナがそう言いながら、

プログに向けて小さいため息をつく。



「え、お楽しみって……あ」


「そういうことさ、アルト君。

 もう少し先にあるはずだ。

 そもそもその仕掛けは、

 侵入者対策として設置されたものらしいんだが、

 1人では解除できない仕掛けなんだ。

 さらに失敗すると床が抜けて、

 そのまま奈落の底へドーン、ってワケ」


「ふーん。

 奈落の底がどうなっているかも、

 ちょっと興味あるけど、

 とりあえずその仕掛けを解除できれば、

 見事ハッピーエンドってことね」


「ま、そういうことになるな」


「何でレナはそんなに楽しそうなのさ……。

 1回でも失敗したら終わりなんだよね?」



相変わらず妙に感覚がズレているレナをよそに、

失敗が許されないというプレッシャーを早くも感じてしまい、

若干弱気になっているアルト。

まだどんな仕掛けかも見ていないにも関わらず、だ。



「まあ、俺も実は今回見るのが初めてなんだが、

 どうやら2つ仕掛けがあって、

 問題の答えを同時に入力しないといけないらしいんだ」


「なんだ、なぞなぞか。

 なるほど、そりゃ確かに1人じゃ突破できないわね。

 ま、面倒な魔物がいるよりかは、

 そっちのほうがまだいいかも」



そんな会話をしているうちに、

今までまったく同じ風景が続いていた所に忽然と、

木製のドアが姿を現す。

どうやらここが目的地の、

ファースター市街地の外れにある公園の地下、

つまり終着点のようだ。



「あ、ここみたいだね」


「とりあえずは来たけど……。

 もしこのドア開けた向こう側には、

 兵士がたんまり……ってなったら、

 何よりもまず、あんたをボコボコにするからね」


「いやいや、それは勘弁……ってか、

 そんなことしてねーから」



念のためにプログをけん制しつつ、

レナはゆっくりドアを開ける。


キィィィィィ……という古くさい音を響かせ、

レナ達の前に、

2つの奇妙な台座のようなものが姿を現す。

今までとは違い、

ここだけ小部屋のようになっており、

そしてその先には厳重、

かつ重そうな石製のドアが。


見渡す限り部屋に人影はない。

念のため、レナはアルトにドアは開けておくよう指示し、

部屋の中へ入る。

それまでの水路独特の匂いはなくなり、

代わりに木独特の落ち付く匂いが、

仄かに漂う。



「さて、と。

 どういう仕掛けなのかしら?

 どれどれ~?」



新しいものを見つけて喜ぶ子どものように、

声を弾ませながらレナが台座を覗くと、

物々しい台座には似合わない、

ディスプレイのようなものが、

台座内に埋め込まれている。


そして、画面には「CHECK」と書かれた選択肢が1つ。

あたりにキーボードらしきものも見当たらず、

タッチパネル式のようだ。



「この“CHECK”を押せば、

 何かが起きるってことかしら?」


「こっちは何にも書いてないぜ?

 って言うより真っ暗で、

 何も映ってないんだが……」


「ねぇ、ここに何か書いてあるよ」



何やら壁に貼られていた紙に気付いたアルトが、

2人を手で招く。



『CHECKを押す前に、2人いるか必ず確認するべし。

 CHECKを押したら出題された問題に、

 2分以内に2人とも同時に解答するべし。

 答えは以前に教えた法則に従うべし。

 なお、この検査は侵入者の阻止、

 および侵入者の外部への逃亡阻止を兼ねる』



「ふーん、つまり、

 何らかの法則がある問題を、

 2分以内に解けってことね」


「たった2分……」


「まさか時間制限付きだったとはね、

 さすがに俺もそこまでは知らなかったぜ。

 さて、どうする?」


「どうするも何も、やるしかないでしょ」



チラッとだけ紙を確認したレナは、

すでに台座の前でスタンバイしている。



「確かにやるしかないわな。

 アルト、お前はひとまず見張りをしていてくれ。

 俺らで答えがわからなかったり、

 解いたあとに確認作業を頼む時に呼ぶから」


「う、うん。わかったよ。

 2人とも気を付けてね」



アルトが開けっ放しにしていたドア付近の方へ、

スタンバイするのを確認し、

プログはレナと別の台座に手を置く。



「準備はいい? それじゃ押すわよ」



プログのスタンバイが完了したのを見てから、

レナは画面に表示されていた「CHECK」のボタンを

ゆっくりと押した。



ヴゥンッ、という昔を感じるデジタル音を発し、

真っ暗だったもう1つの画面も作動したかと思うと、

両方の画面にくっきりと文字が映し出される。



プログの画面には「1=2、3=5、11=4、18=?」

一方レナの画面は「2=4、4=16、6=64、10=?」



また、画面の下部には数字の0~9までの数字ボタンと、

OKのボタン、そして上部には、

1:58、57、56……と減り続ける数字。

これは制限時間のようだ。



「うわ、数字かよ……。

 俺、数字すげえ苦手なんだけど」


「……」



まるでテストのヤマが外れたかのように、

頭をぽりぽりと搔くプログと、

腕組みをしながらただ一点、

画面を見つけ続けるレナ。



「うーん、1=2で3=5? 何かを足していくのか?

 でも11じゃ4だから引かないといけないし、何だこりゃ。

 ダメだ、さっぱりわからんぜ」



黙って考えることができないのだろうか、

プログは両手で指を折り数えながら、

ぶつぶつ独り言を連発している。

地下水道と部屋の中に、

プログの弱気な声だけが響く。



「やばいな、もう30秒か……。

 おいレナ、そっちは


「何やってんのよ、もう」



プログがレナに状況を聞こうとして横を見ると、

すぐ真横に画面を覗き込んでいるレナの顔が。



「お、おい。

 お前、あっちの問題は


「あっちはもう解けたわよ。

 だからこっちのを考えに来たんじゃないの」



プログがうるさくしている間、

レナも画面とにらめっこをして考えていたが、

ものの数秒で法則を理解し、

あっさり答えを導き出したらしい。

そして、答えがわからず、

うるさく独り言を話していたプログの事が心配で、

もう1つの台座の方へ来ていたのだった。



「まったく、何やってんのよ……って思ったけど、

 何コレ?」



自分の問題が割と簡単だったため、

それほど難しい問題でもないだろう、

まったくプログは何をやってんのかしら、

くらいの感覚でプログの台座を覗き込んだが、

さすがのレナの思考回路でも、

すぐには解答を導き出せなかったようで、

頭に?マークを並べる。



「ちょ、ちょっと大丈夫?」



見張りをしている後ろで、

2人してこんな弱気、

かつ考え込んでいる発言が聞こえてきたら、

ドアの前で落ち着いていられるはずがない。

アルトも部屋の中へ入り、台座を覗き込む。



「数字の問題?」


「あ、アルトもちょっと考えてよ、コレ」



近づいてきたアルトに気付き、

アルトにも問題が見えるように、

レナが体を少し横にずらす。

画面の上の数字は1:03、02、01……となっている。



「んだーッ! ヤババい、あと1分しかないぜ!

 何なんだよコレ!」


「まだ1分もあるじゃない、

 ちょっとは落ち着きなさいよ」



どちらが年上かわからないような、

プログとレナの2人。


だが、内心レナも少しずつ焦りを感じていた。


普通の計算式なら、

どんなに難しくても解く自信はあるし、

実際さっき自分が解いた問題も、

計算で解ける問題だったから簡単にできた。


だが、どう見てもこれは計算ではない。

何かの法則をひらめかない限り、

解くことはできない問題。

それは理解している。


だが、2分という絶妙な時間設定により、

じっくりそのひらめきを導き出す猶予を与えてくれない。

しかも、すでに半分も時間を使ってしまっている。

答えを入力する時間も含めれば、

残り10秒くらいまでには、

必ず正解を導き出さないと間に合わない。


人間の脳とは実にうまく出来ているもので、

そう考えれば考えるほど、

何も思いつかなくなっていく。

ただただ制限時間の数字だけが、

無情にも減っていく。


0:37、36、35……



「くそッ、あと30秒かよ!

 焦らせんじゃねえよ、この時間制限!」



さすがに余裕がなくなってきたのだろう、

プログが軽く舌打ちしながら吐き捨てる。


そんな中、アルトも画面をずっと見つめていた。

レナ同様、計算ではないことはわかっていたが、

どういう法則があるものか――。



(まずい、何か、何か手がかりは……!)



黙って考えている時に隣から聞こえてくる

『くそッ、あと30秒かよ!

 焦らせんじゃねえよ、この時間制限!』

というプログのイライラした声。



(もう! 少しくらい黙っててくれないかな……)



0:33、32、31……



(……!?)



プログのあまりのうるささに、

珍しくイライラしながら、

自分も時間制限の時計に目を向けた時、

アルトの体中にビリッ!っと電撃が走る。

もちろん、直接電撃を喰らったわけではない。


そう、アルトの体中にとある仮説が走ったのだ。

アルトはその仮説を確信に変えるため、

他の数字にもその仮説をあてはめてみる。


3=5、11=4……


間違いない、そして、

他の数字にも当てはまることが判明した時、

アルトの中で仮説が確信へはっきりと変わった。



「いよいよまずいわね……ホントに何なのかし


「9だ!」



確信に変わった答えを、

アルトが声として、外に力一杯吐き出す。



「え?」


「答えは9だよ! 急いで!

 時間がない!」



アルトからの急な答えに、

声を揃えて固まる2人だが、

アルトがその固まりを何とかほぐす。



「え、ホントに合ってるのか?

 なんで9なんだよ?」


「あとで説明するから! 早く!」


「……プログ、9で行くわよ。

 早く数字を入力して!」



時間制限はもうすでに、

0:15、14、13と終わりの時間を告げようとしている。

レナがプログにそう指示すると、

急いでもう1つの台座の方へ向かい、

数字のボタンで1024と入力し、プログを待つ。



「ええい、どうにでもなれ!

 こっちは準備OKだぜ!」



半ばヤケ気味に、

プログがボタンで9と入力し、

OKボタンの上に手を置く。


答えに確信があるとはいっても、

やはり心配なのだろう、

アルトは2人の後方で、

顔の前で両手を組みながら祈っている。



「いい? 3、2、1で同時に押すわよ。

 3、2、1!」


「いけっ!」


「うらぁ!」



レナとプログ、2人が同時にOKのボタンを押す。

画面から何の反応もなく、

周りにも変化は見られない。


部屋の中をしばらくの間、静寂が支配する。

遠くの方で水の流れる音が聞こえるが、

ただ扉が開いてくれることだけを願っているレナ達に、

その音を聞き取る余裕などない。

3人にとってこの静寂、

一体どれほど長く感じられたことか。




ゴオォォォォォォ……




「!!」



重々しい音と共に、

レナ達の前の石の扉が動いていく。

そして、その先にまだ暗い道が。

だがレナ達にとっては、

その道はさぞかし明るく見えたことだろう。

答えは両方とも正解だったのだ。



「……ふうぅぅぅぃぃぃ」



緊張と静寂から解放され、

体にたまってたモヤモヤを一気に吐き出したような、

そんなため息をつくプログ。



「よかった……」



祈り続けていたアルトも一安心、

といった感じで大きく深呼吸をしている。



「またまたアルトに助けられたわね、助かったわ。

 それにしてもあの問題、よく解けたわね」


「そ、そんな、たまたまだよ!」


「でもそのたまたまのおかげで、

 俺達先進めるし、生きてるんだからな。

 ホント、お前に感謝だぜ。

 でも何で、あの答えは9なんだ?」


「あぁ、あれは数字を、

 デジタルにしてみればいいんだよ。

 上に出てた時間制限が、

 デジタル式で書いてあったでしょ?」


「……あ! そういうことか!」


「え、なになに? どういうこと?」



アルトの説明を聞いてレナがすぐにひらめいたみたいだが、

プログは相変わらず?マークを頭に並べている。



「デジタルの数字を、

 マッチ棒で作るって考えると解りやすいよ。

 つまり、デジタル式の数字だと、

 1はマッチ棒を2本使って、

 3ではマッチ棒を5本使うでしょ?」


「……なるほどね、そういうことか!」



遅れてようやく、

プログがひらめく。


そう、プログがうるさくしていてアルトが時間をみた時、

ちょうど残り31秒だった。

デジタル式で表示される31秒。

アルトはその“1”の表示をみて、

2本の棒から作られている、

“1”という、仮説をひらめいたのだった。


「だから18だと1で2本、8で7本使うから、

 答えは9ってわけ。

 いやぁ、あの時プログがうるさくしていなかったら、

 僕も時間制限見たかっただろうし、助かったよ」


「そうね、プログが『うるさく』してくれたおかげで、

 助かったわね」



アルトのいじりに続き、

うるさく、を嫌味たっぷりに強調して、

レナがニヤニヤ笑う。



「な、何だよお前ら、

 助かったからいいじゃねえかよ!

 そ、そうだ、

 レナの問題はどんなのだったんだ?」



問題が解けず、うるさくしていたことが、

あとから考えて恥ずかしくなったのだろう、

プログが若干顔を赤くしながら、

必死に話を逸らそうとレナに聞く。



「あたしの?

 ああ、あたしのは、

 2=4、4=16、6=64、10=?ってヤツ。

 ま、2の2乗が4、2の4乗が16、2の6乗が64だし、

 2の10乗を答えればよかったってヤツよ」


「……そっちのほうが難しくない?」


「ああ、俺もそう思う」


「そうかしら?

 まあ単純な計算問題だから、

 どうってことはないわよ」



その問題をものの数十秒で解くってすごいよ、

と感心するアルトと、

もし逆でも自分は解ける自信がなかったため、

バカにされずによかったと、

妙な安堵感を覚えるプログ。


だが、どちらもそれを声にして、

出すことはしなかった。

それより最優先にやることがある、

と思い返したからだ。



「さ、こんなところ、

 さっさと出ましょ。

 ここまで来て見つかって。

 牢屋に逆戻りなんてまっぴらゴメンね」


「うん、そうだね」


「おうよ、いよいよ地上との再会だぜ!」



つかの間の休息(?)を挟み、

レナ達は石の扉の奥に隠されている、

地上へ向かう通路に足早に向かっていった。

今度から活動報告も活用していきますので、よろしくお願いします。

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