第72話:苦しんだ日々の果てに見つけた、生きる道
「…………」
少し前から、
レナは不思議に感じていた。
いや、決して魔物を倒すことができなかったわけではない。
アルト、プログと共にキルベアとキラービーの、
魔物ペアは結局、簡単に退けることができた。
今回のレナの“不思議な点”は、
そこではない。
思えば、この八雲森林に足を踏み入れてから、
レナ達は計3度、魔物に遭遇している。
1度目の戦いでは、何とも思わなかった。
ただ、2度目の戦闘でほんの少し、気にはなっていた。
そして今の3度目で、気になる度が一気に高まった。
「ちょっと思ったんだけど……」
すでに事切れている魔物の前で剣をしまいつつ、
レナは思い切って、
その“気になる”ことを、
当の本人へと直接、ぶつけてみた。
「蒼音って、1人以外で戦ったことない?」
「え?」
「いや、今まで魔物と何回か戦ったけど、
蒼音が戦いに入ってくることがなかったな、と思って。
それに、ここに入ったくらいに言ってた、
『何かあったら遠慮なく指示してください』、
って言い方も引っかかったし」
「……ッ!」
不思議の対象者、蒼音はその言葉に、
まるで隠し事がバレたかのように、
体をビクリ、とさせる。
いつもは聖母のように見える笑顔も、
どこか無理やり作った感が否めなくなっている。
レナが不思議に思っていたこと、
それは蒼音が戦闘に、
ただの一度も参加していないということである。
攻撃が当たらないとか、
攻撃しようとして踏みとどまるとか、
そういったレベルの話ではない。
そもそも、攻撃をしようという意思表示が、
レナには感じることができなかったのだ。
2戦目からそのことを感じていたレナは、
実は3戦目で魔物達へ突進する直前、
後衛に構える蒼音の様子を、
チラッと確認していた。
その時は両手にヨーヨーを構え、
今すぐにでも神術を撃つことができます、
と言わんばかりの態勢だった。
だが、いざ魔物のほうへ目を向け、
敵と対峙していても、
後ろから神術の援護が飛んでくることはなく、
そのまま戦いは終わりを迎えてしまったのだ。
戦いの構えはしているが、
援護をするわけではないという、
この矛盾した2つの行動。
レナとしては、この矛盾の事象を説明することができる
唯一の結論が、
今まで1人でしか戦ったことがない、ということだった。
「そ、そうですよね、すみません……」
「あーいや、別に責めてるワケじゃないのよ?
あたしだってこの2人と出会うまでは、
ずっと1人で戦ってきたし、
タイミングとか結構難しいのはすごくわかるから、ね?」
声量が小さくなり、
みるみる落ち込んでいく蒼音に、
レナは慌ててフォローを入れる。
だが、蒼音はバツの悪そうな表情のまま、
軽くうつむいてしまう。
「あーあ、まったくいじめんなよなー」
「な……! 違
「でも確かに俺も、
ちょっと気になっていたんだよな
七星の里じゃ、あんなに凄かったのに、
ここに来たら蒼音ちゃん、
急に大人しくなっちゃったし」
顔を真っ赤にして反論しようとしたレナの言葉は、
プログの蒼音に向けた言葉によってかき消された。
この男マジで泣かす、という殺意に満ちた言葉が、
今にも口から飛び出てきそうなレナだったが、
なおも落ち込む蒼音の様子をうかがい、
グッと飲み込んでおいた。
と、その時、今まで謝罪と無言に終始していた蒼音が、
「決して他の人と一緒に戦ったことが、
ないわけじゃないんです。
ただ……」
七星の里で魔物と対峙した、
あの勇敢な姿からは想像もできない、
自信のない弱々しい声でそう呟き、
「私、自分の意志で行動できないんです」
17歳の少女は、
今にも泣き出しそうな声で言った。
レナは一瞬、
いや、しばらく意味が分からなかった。
今までの話の脈絡とまったく関係がない、
という点もあるが、
それを除いたとしても、
言葉の意味そのもの自体、理解ができなかった。
「自分の意志で行動……」
「できない?
それってどういうこと?」
レナ同様、言葉を正しく捉えることができない、
プログとアルトも怪訝な表情を浮かべる。
それはあまりにも唐突で、抽象的すぎる言葉だった。
だが、蒼音はその言葉について補足することはなく、
沈痛な面持ちのまま、話を先に進めていく。
「私、小さい頃から、
物事を決めることがとても苦手だったんです。
お友達と何をして遊ぶとか、
どこに行こうとか、
ゴハンのおかずは何がいいとか……。
自分の意志で決める、ということを、
一切避けてきたのです」
「そう、なんだ。
でも、どうして苦手だったの?
何か理由でもあったのかしら?」
「たぶんですけれど、
みんなに嫌われたくなかったからだと思うんです。
小さい頃は、父が里長ということで、
よく同級生からいじめられていたので……」
「まあ、確かに里長の娘ってなりゃあ、
なかなか難しい立ち位置ではあるしな。
どこにでもクソガキやバカ親ってのは存在するしな」
「クソガキはともかく、バカ親ってどういうことよ?」
「まあ里長である石動さんを、
快く思わない大人も、少なからずいるってことさ」
「ひどい……蒼音さんは何も悪いことしていないのに……」
プログの言葉に、
アルトは思わず下を向く。
その一方で、
「その大人が子どもを使って、
蒼音を仲間外れにしてるってこと?
胸くそ悪すぎて反吐が一日中出そうな話ね。
もしそんな親がいるなら、
片っ端からボッコボコにしてやりたいわ」
レナは文字通り、吐き捨てるように言う。
羨望と嫉妬は紙一重だ。
他人を羨む行為は、一歩踏み間違えれば、
自分にはない要素を持つ者へ向けられる、
嫉妬心へと簡単に変わる。
蒼音の父である石動は、
長年里長として七星の里を支え、
多くの人々から羨望の眼差しを向けられている。
だが、おそらくその中で、
その羨望の眼差しがどこかで歪み、
里長という肩書に対する、
嫉妬心へと変わった大人がいたのだろう。
その嫉妬のはけ口として選ばれたのが、
愛娘である蒼音だったということらしい。
歪んだ大人は自分たちの子どもを使い、
里長の娘をコミュニティから削除することによって、
嫉妬の心を打ち消していたのだ。
自分の手ではなく、
蒼音同様、
大人の汚れなどまったく知らない、
純粋な自らの子ども達を使って。
蒼音に気を遣った部分もあるが、
そもそもそのような理由で、
子どもを虐げようとする大人がいることに、
心底腹が立っていた。
「その頃から私は、次第に自分の考えとかを、
表には出せなくなりました。
私が何かを喋れば、すぐに色々と陰で言われる。
私が自発的に行動を取れば、すぐに誰かに怒られる……」
「たかだか7、8歳の子どもに、
その状況は、さぞかししんどかっただろうな」
「でも、途中で気がついたんです。
私が何かをすることで誰かの気を害するのならば、
“自分”を出さなければいい。
“自分”を出そうとするから、誰かの気を損ねる。
“自分”を出さなければ、誰からも何も思われない。
誰かの考えに同調していれば、仲間外れになることはない。
そう考えるようになったんです」
「何か、それはそれで悲しい話だけど、
でも、そうするしかなかったんだよね……」
アルトの問いに、
蒼音は何とも悲しげな笑顔でコクリと首を縦に振る。
「12、3歳の頃になると、
だんだんとそのようなこともなくなってきて、
里の皆さんとも仲良く、
お話しできるようになってきたのですが、
いつ、また前のように嫌われてしまうかが怖くて……。
だから、それからもずっと、
他の方々の意見に沿うように過ごしてきたんです」
「自分の意志で動いた結果、
他人に迷惑がかかり、
また前みたいに嫌われてしまうんじゃないか、ってことか」
はい、と蒼音は力なく、
下を向いたままうなずく。
「なので、1人で戦う分にはいいんです。
誰にも迷惑をかけることがないから。
でも、誰かと一緒に戦うとなると、
私が自分勝手に動いたことによって、
迷惑をかけてしまうのが怖くて……」
「ふーん、なるほどね……」
一方のレナはわずかに表情を濁らせると、
ざわめく八雲森林の緑へと、目を逸らす。
理屈はわかる。
かつていじめられていた子が、
その立場から脱出することができたのならば、
もう二度と同じ境遇には戻りたくないことを。
そして、他人との同調を最優先することで、
出る杭は打たれる状況を避け、
他の者との関係を良好なものにするということを。
10歳以前の記憶がないものの、
少なくともそれ以降の記憶では、
いじめられっ子の経験も、
いじめっ子の経験もレナにはないが、
理屈だけでなら、それくらいは理解できている。
だが、そこから先である、
蒼音が自分という存在を閉ざし続けていることについては、
どうしてもレナには解らなかった。
周知の事実だが、
レナは自他共に認める、
いわゆるゴーイングマイウェイな性格である。
自分以外の者が右と言っても、
自分が左と信じていれば迷わず左を選ぶし、
たとえ相手がどれほど年上だったとしても、
誤った行動をしていると感じれば、
躊躇することなく、年上へ食ってかかる。
言いたいことがあれば、
誰に対しても平気で言い放つ。
記憶喪失前こそ、性格は定かではないものの、
少なくとも現状では、
それが今のレナ・フアンネという少女を形成している。
自らの意志を殺し続けてきた少女と、
自らの意志を生かし続けてきた少女。
まったく異なる方向へと進むベクトルが、
交錯することは、当然ない。
だが、レナはその理解できない部分の答えを、
蒼音に求めることはしなかった。
ベクトルが交わる可能性がないということは、
自分が蒼音の考えを理解できないと同様に、
蒼音も自分の考えを理解できないことをわかっているからだ。
人の生き方に、絶対の答えはない。
レナは自分の生き方が絶対に正しいとは思わないし、
目の前の赤髪巫女さんの生き方も、
決して間違っているとも思わない。
だからこそ、レナは無意味な水掛け論を避けた。
結論など(・・)出やしない(・・・・)という結論しかない、
じつに無駄になる論争を。
レナは再び、視線を目の前の、
自分とは正反対の少女へ向ける。
そして無駄な論争を巻き起こす代わりに、
「そんなことだったら、
一切気にしなくていいわよ。
蒼音のタイミングで、
神術をバンバン使っちゃってもらって構わないわ」
「え?」
「もし万が一、タイミングが悪くなっちゃっても、
あたしはちゃんと避けれるし、
アルトは蒼音と同じ後衛組だし、
プログは当たっちゃっても大丈夫だし、ね?」
妙に子供じみた、
イタズラっぽく笑って見せた。
正対する巫女さんが普段振りまく微笑みとは類を違う、
その笑顔。
「でも……」
「ホント、全然気にしなくていいから。
最初のうちは難しいかもしれないけど、
この中にそれくらいで怒るような、
気の短いヤツなんていないから」
そこまで言って、レナはこの場の、
薄暗い雰囲気から脱出を図るかのように、
森の奥へと足を踏み出していく。
二歩、三歩と、他の3人の先を行ったところで、
「それに――」
まるでドラマヒロインの去り際の最後の一言、
のようにクルッと体を回転させると、
「もっと見たいな、蒼音のスゴい神術」
それだけ告げ、
先を急ぐように、少女は早足で歩き始めた。
時間が惜しいという焦りと、
ガラにもないことをしてしまったという、
ちょっとばかりの恥じらいを胸にしまって。
「オイ待て、
てめぇサラッと言ってたけど、
さっきの三段オチみたいなのは何だよ!?」
……と一応、ひととおり話が終わるまで待つという、
空気読み行動をとっていたプログが、
話の終息を確認すると、
待ってました、とばかりにズカズカと、
大股でレナの後を追う。
「何よ、三段オチって」
「何よ、じゃねえ!
お前は俺を殺す気か!」
「うっさいわねー、
せっかくのイイ話が台無しじゃないのよ」
「どこがイイ話なんだよ!
それで俺が火だるまになったら、
もれなくホラー話確定だわ!」
「大丈夫よ、
もしそうなったら、
あたしがちゃんと笑い話にしてあげるから」
「そうかい、そりゃ助かる……ワケあるか!
大体、お前は毎回毎回俺の事を何だと……」
「あーあ、2人とも何やってるんだか……」
アルトは盛大なため息をつく。
もはや見慣れたを超え、見飽きたをも超え、
他のバリエーションは無いのかな、
とさえ思うようになってきていた、このやり取り。
もっとも、自分にとっての“太陽”であるレナが、
自分らしくいてくれるなら、
それはそれでいいか、
と思えている自分もまた、そこにはいたのだが。
「あ、あの……」
「あー、なんかゴメンね。
でも、レナの言うように、
僕達と一緒にいる時だけは、
ホントに気にしなくていいよ。
蒼音さんの好きなタイミングで、
動いてもらって大丈夫だから。
それに、レナも神術が見たいって言ってたけど、
僕もめちゃくちゃ見たいし、
きっとプログもすごく興味があると思うから」
「ムライズ君……」
「たぶん、レナもそういうことが言いたかったんだと思うよ」
そう言い残すと、
アルトも前でなおもガヤつく、
2人の後を追うべく歩き出した。
「あ、でも無理はしなくていいからね!
蒼音さんがこのままでいいと思うなら、
僕は全然構わないと思うし、
焦らず、ゆっくりでいいから!」
(僕も、そうだったしね)
表裏共に、そんなことを呟きつつ。
アルトは前を向いて歩き始めた。
「このままでいい……」
残された蒼音は1人、
誰かに対するわけでもなく、
ポツリとつぶやく。
「はずないのは、
分かっているんです」
誰かに聞いて欲しい、
けど誰にも届かない、小さな声で呟く。
「きっと、変わらなきゃいけない……」
まるで近くの木々へと語りかけるように、
蒼音は言葉を絞り出す。
だが、静かな風で微かに揺れる、
神聖なる八雲森林の木々は、
その語りに答えることはない。
ただただ、己を風に任せ、
蒼音の心を映しだすかのように、
ザワザワと揺れ動いている。
「……」
絶大な神術の力の持ち主である赤髪少女は、
その揺れる自然をしばらく眺めていたが、
やがて3人の後を追わなきゃと、
レナ達の進む、奥の道へと追随していった。
次回投稿予定→1/31 15:00頃




