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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
75/219

第71話:不可侵の神域、八雲森林を行く

神々が降臨する聖域、八雲(やくも)森林(しんりん)

その名の由来をたどると、

はるか昔にまでさかのぼる。


まだ七星の里など存在しなかった、

はるか古代、この仁武島を、

かつてない天災が襲った。


灰色に染まった分厚い雲に全土は覆われ、

暴風は草木を吹き飛ばし、

(いかずち)は木々をなぎ倒し、

大量の雨水は巨大な川を形成し、

森林に住む動植物を、次々と飲み込んだ。

延々と続く災害に、

誰もが仁武島の終わりを覚悟した。


だがその時、島に住む勇敢な八名の民が、

現在の八雲森林の中心部へと赴き、

数えること八日、

雨風の襲来や雷の恐怖に耐え続け、

不眠不休で天へと祈祷をささげた。

怒れる天へ、地上に住む生き物たちの、

生きたいという必死な思いを届けるために。


すると祈祷を始めること九日目、

前日まで仁武島に住む、

すべての生物を苦しめ続けてきた天災が、

まるで夢であったかのように消え去り、

再び仁武島に静かな時が戻ったのだ。

生き残った人々は歓喜に酔いしれ、

そして天の怒りを鎮めた、

八人の英雄を称えるべく、彼らの帰りを待った。


しかし、人々を、仁武島を救った八人が、

人々の元へ戻ることはなかった。


不審に思った人々が、

彼らが祈祷を捧げたと思しき場所で、

行方を捜したが、

彼らの遺体はおろか、

姿さえ確認することができなかった。


その後も人々は仁武島全土をくまなく捜索したが、

ついに彼らの姿が発見されることはなかった。

まるで天災をもたらした、

悪しき灰色の雲と共に、

この世から消え去ったかのように。


現実を突き付けられた生き残りの民はしばらく、

絶望と悲しみに明け暮れた。

しかし、人々の暗い陰とは裏腹に、

仁武島はその後何年、何十年と天候に恵まれ続けた。


やがて人々は次第に、

命を賭してこの仁武島を守ってくれた彼らは、

八つの神となり、

この地を守り続けてくれているのではないかと、

崇め、祀るようになっていった。

そして八人が祈祷を捧げ、神となった、

この場所を彼らへの崇拝と信仰を表し、

“八”つの神が“雲”を祓った森林、

すなわち八雲森林と名付けた、と言い伝えられている。





七星の民が崇拝してやまないこの地は、

そのような伝説からか、

世界を守りし数多の神が、

神界からこの世界へ降り立つための、

いわば仲介を担っている神聖な場所と信じられている。

故に、七星の里が成立して以降も、

仁武島内で唯一、

人の手が加えられていないという、

絶対的な聖地となっている。


そして、そのあまりにも神聖すぎる場所であることから、

世界中の人々はおろか、七星の民でさえ、

里長の許可を得た者を除く、

すなわち選ばれし者以外は、

出入りを禁じられている。

それほど、この八雲森林というところは、

七星の里にとっては唯一無二の存在なのである。



「すごいわね……。

 どうやったら、ここまで成長するのかしら」



森林へ足を踏み入れたレナは、

まるでお出迎えとばかりに目の前に立つ、

高さ数十メートルにもおよぶ巨木を見つめ、

思わずポツリと漏らす。



「確かに、こりゃすげぇな……。

 根っこどころか、枝も凄まじい太さだな」



大人20名が手を繋いでも囲い込めそうにない、

太い太い主幹にそっと手を当てながら、

プログも口をあんぐりと開けている。


そう、巨大なのは主幹だけではない。

それを支える根っこや、

幹から無数に分かれる枝も、

そこら辺でよく見るようなクラスの木とは、

桁違いの太さなのである。

例えるならば大人2人が、

両腕を使って大きな輪っかを作ったくらいである。

そんな見る者を圧倒するような太さを持つ根や枝が、

主幹を中心に形成されているのだ。



「八雲森林は、自然の恵みによって大きく成長した、

 巨大な木々の集まりから成る森林なんです。

 場所によっては草木が複雑に入り組み、

 地上からは進めないところもあるのですが、

 その場合は近くに必ず、

 大きく成長した木々があります。

 ですので……」


「もしかして、その枝を渡っていく……の?」



おそらく嫌な予感がしたのだろう、

蒼音の言葉が終わるのを待たずして、

アルトは顔を引きつらせる。



「はい、そうですよ?

 もしかしてムライズ君、

 高所恐怖症とかですか?」


「いや、そういうわけじゃないけど、

 そうだよね……」



やはりというか何というか、

予想通りの反応に、

アルトはげんなりとした表情で上空を見上げる。


まるで網目模様を形成するかのごとく、

木の枝は空中で複雑に入り組んでいる。

その枝のある高さは、

地上1メートル程度のものから10数メートルと、

まさにピンキリ状態だ。

渡る場所がすべて低い場所ならば、

何の問題もないのだろうが、

もし10数メートル級の高さが続くような場所があるのならば、

もはや高所恐怖症などは関係なく、

誰だって恐怖を覚える高さだ。


それを、

さもそれが普通ですと言わんばかりの、

蒼音の受け答えである。


これから歩く場所がどのようなところなのか、

アルトは容易に想像することができた。

そして、すぐに気づいてしまったからこそ、

余計に気持ちを萎えさせるものとなってしまっている。



「ま、こればっかりは仕方ないわね。

 高所が少ないことを祈りつつ、

 サッサと原因を調査しましょ」



レナとて高所が好きなワケではなかったが、

ここで立ち止まっていても仕方ないと感じたのだろう。

4人の先陣を切り、

自然に出来たと思しき草木が分けられた道を歩いていく。


やれやれ元気だねえ、

というオッサンくさいセリフを吐くプログに続き、

いつもの穏やかな笑顔を浮かべる蒼音、

そして高所にビビるアルトの順で、

4人は八雲森林の奥へと進んでいく。





ものの数分もしない道中、

ふとレナが口を開く。



「そういえば、これだけ森林が生い茂っているってことは、

 あたしの炎はここじゃ使えないわね」


「あー、そういやそうか。

 ここでお前が炎を使いまくったら、

 もれなく大惨事になるな」



目の前に立ちはだかる、

高さ1メートルほどの巨大な根っこを乗り越えながら、

プログは今一度、周りに目を向ける。


辺りには大小様々な木々のほかに、

地面から最大でプログの腰くらいにまで成長した草花が、

所狭しと4人を出迎えている。

その密度たるや尋常なものではなく、

レナ達が八雲森林に入り込んでから今に至るまで、

どこかしら体の一部分に必ず、

草花が触れているほどだ。


もしここでレナが炎を放とうものならば、

周りの草木に引火し、

山火事と同レベルの災害に匹敵するほどの、

被害が出るに違いない。


そうなればこの地を“神の地”と崇める、

七星の民全員を敵に回すことになってしまう。

いや、そもそも、

その火災で蒼音を含めた4人自身の命が危うい。



「そう、ですね……。

 アンネちゃんの魔術、

 すごく見たかったんですけれど、

 ここでは控えていただけると嬉しいです」


「わかったわ。

 ま、剣術だけでもなんとかなるでしょ」


「ありがとうございます」



どこかホッとした表情、

そしてどこか少し残念そうな様子を見せる蒼音は続けて、



「私も炎は使いませんが、

 炎以外の神術も扱えますので、

 もし万が一魔物と遭遇した際は、

 皆さんのお役に立つよう、

 遠慮なく指示してくださいね」


「おっけー、期待しているわ」



事態から察するにすぐ、

その力を借りることになりそうだけど、

という思いを抱きつつ、

レナはさらに自然が複雑化した八雲森林の奥地へと、

地や空を伝い、踏み込んでいく。





蒼音いわく、最深部までのおおよそ3割弱程度を進んだ、

地上2メートルの枝の上で、先頭を歩くレナの足は、

ピタリと止まった。


大人が手を伸ばせば簡単に届くくらいの、

地上からの高さに怯えたわけではない。


彼女らの行く手を阻む者が出てきただけだ。

視線の先には、

全長30センチほどの大型蜂キラービーが数匹。

まるで夜の街灯に群がる蚊のように、

目の前を飛び回っている。

当然ながらキラービーのお尻の部分には、

刺されたら数センチの穴が開きます、

といったような銀色に怪しく光る、

鋭い針が備え付けられている。



「もンのすごい、邪魔なんだけど」



つまらなそうな顔色で、

レナは目の前でブンブン飛ぶ、

魔物の皆さんに言ってみる。


無論、人間の言葉など理解できないキラービー達は、

レナの言葉を無視して引き続き、

目の前を縦横無尽に飛び回っている。


明らかにイライラしているレナは、

口元を若干引きつらせながら、



「ったく、いつもなら、

 とっくにケシズミにしてやっているのに……」



やはりつまらなそうに吐き捨てる。


いつもなら、この程度の魔物は、

レナにとって屁でもない。

この場で炎を魔物達に向けてぶっ放せば、

文字通りケシズミにして終わる。

ただそれだけの、簡単なお仕事だ。


ところが、今は“いつもなら”に当てはらまない場所にいる。

そう、レナ自身、炎を扱うことができない。

現実、空中を駆けるキラービー達のすぐ近くにも、

八雲森林を構成する枝葉がある。

万が一その枝葉に引火しようものならば、

蒼音を始め、七星の里の人々が黙っちゃいないだろう。



「魔物か?

 ってうお、蜂でけぇッ!!」



背後からプログの今更なリアクションが耳に入ってきたが、

レナは特に気にすることもなく、



「こんだけ飛び回られたら斬りにくいし、

 こっちも大して動けないし……」



そう呟くと、レナはおもむろに、

自らの足元へと視線を落とす。


地上2メートルほどの高さにある、

現在4人が足場にしている、丸太のような枝。

その太さは、およそ50センチ程度で、

4人の負荷くらいならばビクともしない。

だが、いくら揺れたり折れたりしない枝であっても、

あくまでも太さは50センチしかなく、

魔物を撃退するために、4人が自由に動き回れるような、

フリーなスペースがあるワケではない。

いや、むしろ枝の上を歩いていくだけで、

精一杯の太さでしかない。

ただでさえ空中を飛び回り、

斬撃を命中させるのが困難な上に、

そのような環境である。

さすがのレナ、そしてプログと言えども、

敵の力量とかではなく、状況的に分が悪すぎる。


ならば地上に降りれば、と言われるかもしれないが、

そもそも地上に降り立つことができるようならば、

わざわざ枝の上を歩く必要はないわけで、

現在地上は地面が見えないくらい、

無造作に成長した、巨大な草花が乱立する、

絶賛草海状態である。



「さて、どうしたものかしら」



とはいえ、そう口にしたレナは、

それほど困っているわけではなかった。



近付いて攻撃を加えることができないなら、

遠くから攻撃を当てればいいだけの話だ。


幸い、遠距離から炎以外の攻撃を撃てる人物は、

現在2人もいる。


せっかくだし、

蒼音の他の神術でも見せてもらおっかな~、


意外と呑気なことをレナが考えていると、



「みんな、ちょっとふせてもらっていい?」



背後遠くからカチャ、という、

何かをセットしたような機械音に続き、

少年の声が聞こえてくる。


次に何が起こるかを即座に理解したレナとプログ、

そして何が起こるかをすぐには理解できなかった蒼音が、

ゆっくりと身をかがめると、次の瞬間。



パァン、パァン、パァン!



レナとプログの理解通り、

小気味よい銃声音が、八雲森林に鳴り響く。

アルトの銃口から発射された3発の銃弾は、

それぞれ別のキラービーの胴体を撃ち抜いた。


銃撃を心臓へ受けた3匹のキラービーは、

キイッ!という、金属が擦れあうような、

何とも不快な悲鳴を短く発して、

それぞれ地上へと落下する。


残りのキラービー達は、

絶命した仲間のその悲鳴、

もしくはアルトの発した銃声を聞いたからか、

雲の子を散らすように、

慌ててその場から退散していく。

そして、静寂が戻ったと同時に、

道は開かれた。



「どーもですっと」


「サンキュー、助かるぜ」



「全然、気にしないでよ。

 それよりも先を急ごう」



現在炎の使えないレナと、

ほぼ近距離タイプであるプログにとって、

遠距離からの攻撃を持つアルトは、

想像以上にありがたい存在である。



「あ、ありがとう、ムライズ君」



まさか背後から、

銃撃が飛んでくるとは想像していなかった蒼音の、

ご丁寧なお辞儀を最後に、

4人はさらに奥へと進んでいく。





蒼音いわく、最深部までのおおよそ4割強を進んだ地上で、

先頭を歩くレナの足は、再びピタリと止まった。


彼女らの行く手を阻む者が、再び出てきたのだ。

今度は七星の里を襲った時に見たのと同種である、

大型熊、キルベア2匹だ。

幸い、こちらにはまだ気付いていない。



「さーてと、さっき動けなかった分、

 たっぷりと暴れてやろうかしら!」



どこかの戦闘狂に間違えられそうな言葉を残し、

レナは誰からの言葉を待つこともなく、

全速力で片方のキルベアへと突っ込んでいく。



「ま、地上なら俺達の出番だわなっとッ!」



一方、何かのリズムなのか、

プログはバトンのように、

右手に持つ短剣を放り投げ、

顏の前で一回転させ、

勢いよく短剣を掴みなおすと、

まるでジェット機が噴射されたかのように、

初動から全速力で魔物へと突進する。


魔物が2人の気配に気づいたのは、

すでに自らの胴体に長剣、

あるいは短剣が深々と刺さっている状態だった。

自分の身に何が起こったのか理解することなく、

2体のキルベアは命を落とした。


それほど時間をかけることなく、

魔物を撃退した4人は更に進む。





蒼音いわく、最深部までのおおよそ6割を進んだ地上で、

先頭を歩くレナの足は、みたびピタリと止まった。


言わずもがな、魔物が出現したのだ。

次に現れたのは、

キルベアとキラービー。

まるで先ほど倒した仲間の仇、と言わんばかりに、

2種の魔物はグルルル……と喉を鳴らし、

あるいはビイィィィン……と空を忙しなく駆け巡っている。



「やれやれ、相当お怒りのようで困りましたな」



言葉とは裏腹に、

まったく困っている表情に見えないプログは、

じつにわざとらしく大きなため息をついている。



「ま、まずかったかな?

 あんなに派手に銃を撃っちゃって……」


「いやまあ、アルトのはしょうがないでしょ。

 倒さないと先進めなかったんだし、

 不可抗力よ、不可抗力。

 ま、とりあえずプログが悪いってことにしときましょ」


「なんでや!

 俺関係ないやろ!」



最早恒例行事になりつつある、

理不尽すぎる飛び火を受けたからか、

そう叫ぶプログの口調は、

若干キャラの方向性が定まっていない。



「あーハイハイ、

 メンドイからそーゆーのは、

 魔物を倒してからにしてちょーだい」


「メンドくしてんのは全部お前じゃねーか!」


「ハイハイ、分かったから。

 とりあえず早いとこ、魔物を倒しちゃいましょ」


自ら種を撒いておきながら実を回収しないレナは、

そう言葉を締めると、

不幸な男の次の言葉を聞かずして、

闘争心剥き出しのキルベアへと、

勢いよく立ち向かっていった。


次回投稿予定→1/24 15:00頃


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