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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第70話:交錯する思考

「ねえねえ、奥さん聞いた?」


「え? 何を?」


「も~決まっているじゃない!

最近捕まった、レアングス学長のこと!」



エリフ大陸の王都、

セカルタの市街地では、

今日もウワサ大好きな主婦による、

お隣さんとの話が繰り広げられている。



「あー、ファースターのスパイで捕まった学長のこと?

 今頃取り調べを受けているんじゃないの?」


「あら奥さん、それじゃあ情報が古いわよ、

 ふ・る・い♪」



まるで米粒のように人々が入り乱れる喧騒の中では、

たとえヒソヒソ程度の声量でなくとも、

際立って声が目立つ、というような事象は起こらない。



「どういうことかしら?」


「実はねえ、ここだけの話、

 レアングス学長が処刑されたんですって」


「ええ!?」



どこにでもあるありふれた光景として、

セカルタを往く者達の足が止まることはない。



「シーッ!

 声が大きいわよ!」


「ご、ごめんなさい……。

 でも本当なの?

 告示とか何もなかったのに?」


「私も最初聞いた時は驚いたのだけど、

 どうやら本当みたいなのよね~」


「そうなんだ……。

 まあでも、ファースターへ身を売ったのなら、

 当然の報いかもしれないわね」


「そうよね~、

 バカなことをしたもんよねぇ。

 あら、もうこんな時間!

 奥さん、急ぎましょ」



そして話を終えた2人は、

商店街へ繰り出すため、

人々の渦へと消えていった。


大陸の中心地であるセカルタに置いては、

ごくごく普通の出来事である。



しかし。



「……」



そのウワサ話に唯一、

足を止めた少年が1人。



「…………」



口元をモゴモゴさせているその少年は、

会話をしていた主婦たちが立ち去った後も、

どこかイライラした様子で、

目の前を行き交う民衆を見つめている。



(違うな……)



少年、スカルド・ラウンは気付いていた。



(この短期間であのクソ学長を、

城のヤツ等が死刑にするワケがねえ。

アイツ等だって、

レアングスに聞きたいことが山ほどあったハズだ)



スカルドは今まで噛んでいたガムを、

まるで自分の中に残る苛立ちも込めるかのように、

ペッ、と吐き出す。

そして新たなガムを口に含むと、



(クソが……。

誰だ? どこのバカが学長を殺した?

俺の許可なしに勝手に殺しやがって……!)



ガム本来の味を噛みしめることもなく、

怒りを抑えるように咀嚼を繰り返している。



王立魔術専門学校の天才少年、

スカルドにとって、

レアングスの死自体は、

じつは予測できたものだった。


ファースターのスパイとして動いていた彼が、

セカルタ軍による尋問に、

素直に答える可能性は限りなく低い。

たとえ自分の命が奪われることになったとしても、

任務に関わる機密事項は喋らない。

そしてその結果――。

スカルドも、そこまでは想定していた。


だから、その尋問期間中に、

どうにかして城の牢屋へと潜入して、

父の仇である、

レアングスを討つことを考えていた。


たとえ、それで今度は、

自分がその場に入ることになろうとも構わない。

そうなったとしても、アイツだけは、

自分の手で。

それが、少年の狙いだった。


だが、事態は彼の予想の、

はるか頭上を越えていた。



(まさか、こんな早く死んじまうとは……!)



そう、スカルドにとっても、

このタイミングでの学長の死は、

想定していなかったのだ。

それはあまりにも呆気なく、

それでいて衝撃過ぎる宣告だった。



(クソ……誰だ!

一体誰が学長を殺しやがった!?)



怒りに震える小さな背中を見せながら、

スカルドは必死に思考を動かす。

その視線は、すでに次なる復讐相手へと、

向けられていた。



(ファースターのヤツらが牢屋に潜入したのか?

いや、セカルタの警備が、

それほどザルとは考えづらい。

だが、だとしたら誰も牢屋に立ち入ることができなくなる。

もしやセカルタ内部に、まだスパイがいるのか?

いやしかし、だとすればレアングスを殺したのはなぜだ?

常識的に考えれば、脱獄の手助けをするのが普通なハズ……。

なぜ事が大きくなる殺害、という選択を取った?

クソ、ワケが分からねえッ!)



だが、考えれば考えるほど、

真実に近づくどころか、

可能性ばかりが乱立していってしまう。


いくら天才少年の頭脳を以てしても、

現状では情報が少なすぎる。



(もう少し、鍵が欲しい所だな)



事件の真実、そしてスカルドが取るべき、

行動を見極めるにはあと少し、

情報が必要なようだ。



(より有益な情報を得るためには……)



スカルドは考える。

情報は欲しい。

しかし、自らの父を見殺しにした、

セカルタ政府を頼りたくはない。

限られた条件の中で、

最も効果的な情報を引き出せそうなのは……。



「……よし、探すか」



スカルドは一言だけ、そう呟くと、

すっかり味のなくなったガムを噛み続けながら、

音もなく静かに、その場から立ち去った。

少年の今考え得る、

最良の情報提供者へ遭遇するために。





「レアングスが……」


「死んだ、だと?」



通信機越しに告げられた突然の事実。

船上のレナとプログは、

そう口にするだけで精一杯だ。

アルトにいたっては完全なる絶句状態となっており、

隣で事情が分からずレアングスについて訊ねる蒼音の声も、

一切耳に入ってこない様子だ。


あの王立魔術専門学校の夜以来、

レアングスの話題が一切出てこなかったこともあり、

レナ達としてもそろそろ何か進展があったかと、

執政代理に聞いてみようと、

ぼんやり考えていたところの、この通達である。


八雲森林へ急ぎで向かっていた彼女たちの足は、

自然と止まってしまっていた。



「ずいぶんと笑えない冗談じゃないの」


『たとえ笑えなくても、

 冗談だったらよかったのだがな。

 正確には殺されていた、と言うべきか』



やっとの思いでレナが絞り出した言葉を、

レイは真面目に切り返す。

事態が事態なだけに、

口調だけでも、その真剣さが伝わってくる。



『ほんの今朝の出来事だ。

 見張りが交代の時間に近づき、

 最後の見回りをしていたら、

 昨日の夜までは何の異常もなかったレアングスが、

 大量の血と共に……、

 地面にうつ伏せで倒れているのが発見された』


「失血死ってところか。

 ヒデェことしやがる……」


『見つけた時にはすでに息は切れていた。

 おそらく、見張りの目をかいくぐって、

 何者かが夜更けの時間に彼を……』


「想像するだけで寒気がしてきそうね。

 自殺って線はないのかしら?」


『その線は薄いとみている。

 牢屋に入れる時に、

 刃物類の鋭利な物はすべて没収していたのだが、

 直接的な死の原因が、

 首元を刃物で斬られた際の、

 大量出血だったようだからな』


「首元を……斬られた……」



頭の中で想像してしまったのか、

アルトはそこまで言ったところで、

顔色がすっかり青ざめてしまい、

それ以上の言葉を発することができなかった。



『結局、彼からは何の情報も得ることができなかった』


「やっぱり、黙秘をしていたのね。

 簡単に口は割らないと思っていたけど……」



レイの言葉にはぁ、とレナは大きくため息をつく。


ファースターのスパイとして活動していた、

レアングスという存在は執政代理だけではなく、

レナ達にとっても非常に重要だった。

ファースターの関係者であるということは、

つまりクライドと何らかの繋がりがある事に等しい。


クライドの行方がわからず、

暗中模索状態が続くレナ達にとって、

レアングスはわずかであっても、

光を見出すことができる、

貴重な情報源だったのだ。


……とはいえ、敵国に捕まったからといって、

すぐにすべてを白状するとは考えづらい。

自分たちが直接問い詰めることができない、

この状況でレナ達が期待していたのは、

ある程度時間がかかったとしても、

セカルタ政府、もっと言えば執政代理であるレイが、

レアングスから何かしらの情報を聞き出すことだったのだ。


だが、その望みは絶たれてしまった。

彼の口から真実が語られることは、

もう永遠にない。

それはつまり、

すべてが振り出しに戻ったことを意味していた。



「犯人はまだ特定できねえのか?」


『ああ。

 こちらとしても、

 犯人の特定を急いではいるが、

 如何せん、手がかりが少なくてな……』


「そう。

 その様子だと、捜査は長引きそうね」


『……申し訳ない』


「別にレイが謝ることじゃないでしょ。

 それにしても……」



レアングスを殺害しそうな人物か、

とレナはふと考える。


厳重であろう牢屋にどうやって忍び込んだか、

という部分はひとまず考慮せず考える際、

選択肢、というより候補は意外と多い。


まずはクライドや7隊長、

それにバンダン水路で見た、

ファルターとかいう年増女。

このあたりはセカルタへ情報が漏れないよう、

口封じのために、という動機が当てはまる。


それに、ファースターに関わる人物だけではない。

セカルタの市民においても、

ファースターのスパイだと知ったら、

血気盛んな者であれば過激なこと、

すなわち殺害という愚行に出る可能性も、

決してゼロではない。


あるいは、例えばレアングスに何か恨みがあり、

今回捕まったことによって、

彼の命を奪うといった考えを持



(――ッ!?)



瞬間、まるで脳に電撃が走ったかのように、

レナの思考にある可能性が、

物凄いスピードで駆け巡った。


レアングスに恨みがある人物。

その条件に少なくとも1人、

当てはまる知り合いがいる。


ついこの前まで行動を共にしていた、あの少年。

父上を奪われた復讐のため、

自分達と一緒に夜の王立魔術専門学校へと潜入した、

あの天才少年。



(まさか……?)



思考内を縦横無尽に駆けるその可能性を、

レナは必死に落ち着かせる。


当然ながら、まだ100%決定ではない。

仮に証拠を出せ、と言われても、

何も出すことはできないくらい、

理論詰めできるような条件は、

何一つ整っていない。


しかし、動機という部分だけを切り取れば、

クライドや7隊長達に匹敵するくらいの可能性はある。


あの少年、スカル



『とにかく、また詳しいことや進展があったら連絡する。

 そちらも十分注意して進んでくれ。

 では蒼音さん、よろしくお願いします』



だが、少女の考察を遮るように、

通信機から最後の声が届けられる。

そしてレイとの通信は切れた。



「……」


「……」



重苦しいとも静かとも違う、

何とも形容しがたい空気が4人を襲う。


まるで誰かの秘密を知ってしまった直後のように、

レナ、アルト、そしてプログはお互い顔を見合わせるものの、

言葉を発する人物はいない。

ただ1人、詳しい状況を知らない蒼音だけは、

どうしたらいいかわからず、

困った様子で他の3人の表情をうかがっている。



「とりあえず早いとこ、

 八雲森林へ向かおうぜ。

 ひとまずそれが先だろ」



妙にわざとらしい大きな声に続き、

プログは止まっていた足を、

八雲森林へ向けて再び動かし始めた。


まるで背中でこれ以上考えても仕方ねえ、

とでも語っているかのように、

気持ち早足でプログは目的地へと進んでいく。


レナは自らの頭をポリポリと搔きながら、



「……ま、それもそうね」



と呟くと、いまだ悩むアルト、

そしてオロオロしている蒼音を引き連れると、

先行くプログを追うのであった。





しかし、やはり腑に落ちないレナは、

プログにコッソリと近づく。

そして後ろを歩く、

アルトと蒼音に聞こえない程度の囁き声で、



「ねえ、今回の件だけど」


「んあ?」



先頭を行く元ハンターへと話しかける。


「あんたは今回の件、

 アイツが絡んでいると思う?」


「アイツ?」


「ほら、あの魔術専門学校の天才少年君よ」


「あー、スカルドのこと?」


「そうそう。

 アイツだってお父様の復讐のために、

 とか何とか言ってたじゃない。

 まあ、あたしの考え過ぎだと思うけどさ」



結局、一番気になっている部分はそこだった。

レナ自身、可能性は低いとは思っている。

だが、あくまでも低いだけであって、

その可能性は決して皆無ではない。

そして、今の情報だけでは、

白か黒かを判断することはできない。

だからこそレナは他人の意見を聞きたく、

年長者であるプログに訊ねてみたのだ。



「有り得なくはないだろうな。

 アイツ、相当あの学長を嫌ってたし。

 まあでも……」



だが、まるでその質問を想定していたかのように、

特に考えたり迷ったりすることもなく、

プログは間髪入れずにそう話すと、


「たぶん違うと俺は思うぞ?

 アイツ自身、

 学長に問いつめたいことがあるって言ってたのに、

 こんなに早いタイミングで、

 手にかけるようなことはしねえだろ」



最後はお決まりの肩をすくめるポーズを取りながら、

プログは言う。

言葉から察するに、

どうやらプログもレナと同じ疑念を抱いていたのだろう。

だが、その答え方には、

妙な自信さえうかがえた。



「あー、確かにそんなことも言っていたわね……」



その様子に若干イラッとしながらも、

レナはプログの話した、

スカルドの言葉というものを反芻してみる。



『わかっている。

 学長を殺すつもりはねぇよ、

 あのクソ野郎には聞きたいことが、

 山ほどあるからな』



確かに少年はあの時、

王立魔術専門学校に侵入した動機について聞いた際、

そのように話していた。


もしこの言葉が真実ならば、

尋問に一切答えることがなかったクソ野郎(レアングス)を、

このタイミングでスカルドが殺害するには、

あまりにも早すぎるだろう。


レナ自身、スカルドの言葉を覚えていなかったわけではないが、

先ほどプログの口から発せられるまで、

記憶の隅に追いやってしまっていた。


だが、プログのおかげでその記憶は呼び戻され、

(少なくとも)スカルドが犯人ではないか、という確率を、

自分の中で下げることができた。

まだ完全に犯人から外せたわけではないが、

今の状況では、それだけでもよかった。

それだけで、ホッと胸を撫で下ろす、

レナの姿がそこにはあった。



「レナも考え過ぎだっつーの。

 そんなに根詰めて考えてたら、

 いつかハゲるぞ」



……というレナの心情を知ってか知らずか、

プログは冗談交じりに、

明らかに余計だったと思われる言葉を発する。



「…………」



一応それなりのアドバイスをくれた年長者に、

ほんの一握りだけ感謝していたレナだったのだが、

その瞬間、プチッと何かが切れたような気がした。



「あら、年頃の女の子にそんなこと言っていいのかしら~?

 ハゲるどころか、

 あんたの頭を先に、

 焼き畑にでもしてあげましょうか? ん?」


「やだなあ、冗談ですよ、冗談。

 ……あれ、おかしーなー。

 何でレナ様は両手に剣を持っていらっしゃるのかな~?」


「さあ、何でかしらね?

 答え、知りたい?」


「いや、知らなくて結構で~す!

 それじゃ先に、八雲森林に行ってま~す!」



プログはまるでライオンから逃げるウサギのように、

凄まじいスピードで走り去っていく。



「まったく、しょーもないバカね……」



やれやれといった様子でため息をつきつつ、

それでもほんの一粒程度の感謝の意を示しつつ、

レナも八雲森林へと急いだ。


次回投稿予定→1/17 15:00頃


あけましておめでとうございます(遅)

今年もレナ達とまるそーだをよろしくお願いします。

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