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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第69話:巫女さんと行く

「へぇー。

 そしたら、あのヨーヨーの動きは、

 神術独特の動きなんだね」


「ムライズ君の話を聞くと、

 どうやらそうみたいですね。

 私は神術しか使ってこなかったので、

 あまりピンとはきませんが……」


「僕のほうこそ、

 まだ神術のイメージが出来ないよ。

 神術を使うために、

 ぼんやりと意識を集中させるって。

 どこか一部分とかに、じゃないの?」


「はい。

 なんかこう、

 うまく言葉では表現できないんですけれど、

 自分の頭の上のほうで意識を集中させるというか」


「頭の上って……。

 うーん、やっぱりよくわからないなあ」



八雲森林へ向かう道中、

蒼音とアルトは気術と神術の談義に、

花を咲かせる。



その一方で。



「スカルドが神術のことを聞いたら、

 きっとアルト以上に質問攻めだっただろうな」


「あー確かに。

 あの魔術マニアなら、1日中拷問されそうよね」


「とりあえず、

 今度スカルドに会うようなことがあっても、

 蒼音ちゃんのことは話さない方が賢明だな」


「そうね、そうしておきましょ。

 ま、もし後でバレたら殺されそうだけど」



その背後で、

レナとプログは小声でボソボソと、

妙な密談を交わす。


七星の里を出発してわずか十数分しか経過していないが、

蒼音はすっかり3人の中へと溶け込んでいた。

レナより1つ年上の18歳である彼女。

生まれてから今に至るまで、

神術しか知らなかったらしく、

レナやアルトから魔術や気術のことを、

じつに興味深く聞いてきた。

そしてそのお礼とばかりに、

蒼音も神術について色々と話してくれていたのだ。


自然の力を借りる魔術や自分の“気”を使う気術とは違い、

神術は七星の里の人々が信仰してやまない、

神々の力を借りて操れるものだということ。

なかでも蒼音の扱う石動式十神術は、

通常ならば一神術師あたり、

一神の恩恵を受けることができないものを、

数えること、じつに(とう)もの神から、

力を授かることができるということ。


さらには、例えばレナで言えば剣先、

アルトで言えば両手といったような、

局所的な意識の集中をするのではなく、

自らの体全体から外部へと、

意識を凝縮して扱うものであるということ。


そして、先ほど戦闘で蒼音が披露した、

神術を詠唱しながらの襲撃妨害は、

神術独特の仕組みであり、

それを魔術や気術で実践することは、

不可能であるということ。



「ただ、阻害時に動かすヨーヨーへも、

 多少の意識は持っておかないといけないから、

 魔術や気術に比べたら、

 若干威力は落ちると……そういうことでいいのかしら?」


「たぶん、ですけどね。

 私はまだアンネちゃんの魔術を見たことないですし」


「ま、どれも使えない俺から言わせれば、

 どれもこれも十分すげぇんだけどな」


「なら、プログも気術か魔術を習得してみたら?

 気術なら僕が少し教えてあげられるし、

 魔術ならレナが


「いやぁ、お前はともかくとして、

 レナに教わるのはなぁ。

 それだったら、蒼音ちゃんに神術を2人っきりで……」



プログは鼻の下をこれでもか、

というくらいにまで伸ばして、

奇異なる笑みを浮かべていたが、

そこへレナが、

それは素敵な笑顔を作って歩み寄っていく。


そして、いつの間に持っていたのか、

左手の短剣をプログの首元へピタリと貼りつけると、



「プログさん、他に言いたいことは?」


「なんでもございません大変失礼いたしましたお許しください」



額にまるでマンガのような怒りマークを浮かべるレナの言葉に、

プログは壊れたロボットのように、

抑揚のない早口で答える。

そして、ベルトコンベアーに運ばれるかのごとく、

ススス……と首元に当てられた、

短剣からフェードアウトしていく。



「ま、まぁまぁアンネちゃん……。

 ブラさんも冗談でしょうし」


「いいのよ、

 アイツはあれくらい、

 やっとかないと分からんヤツだから。

 それよりも、一つ気になってたんだけど……」


「? 何でしょう?」



最後の一睨みを聞かせ、

短剣をしまうレナには、

蒼音と出発した当初くらいから1つ、

気になることがあった。


それは――。



「アンネちゃんって、

 あたしのこと?」


「はい、そうですけど?

 おかしいですか?」


「いや、別におかしいわけじゃないんだけど。

 なんかこう、今までそういう呼び方はされたことなくて」


「でも、レナ・フアンネちゃんですよね?

 だったらレナちゃんよりも、

 アンネちゃんのほうが可愛くありませんか?」


「そ、そう?」



困惑するレナをよそに、

赤髪巫女さんは、

屈託のない笑みを振りまいている。


そう、レナが先ほどから気になっていたこと、

それは蒼音の名前の呼び方だった。


ルインにいた時から、

レナ以外の名前で呼ばれたことがない。

親しみを込めて友達をあだ名で呼ぶ、

という習慣がこの世にあるのは、

もちろん知っている。

だが、レナという短い文字並びからか、

彼女は今まで、

あだ名を付けられて事が一度もなかったのだ。


無論、知人レベルの人からレナさんやレナちゃん、

またはフアンネさんと呼ばれることくらいはある。


だが、フアンネちゃんを超え、

アンネちゃんなどという呼び方をされるのは、

まったく耐性が備わっておらず、

どこか違和感があったのだ。


そして、その違和感を持ったのは、

レナだけではない。



「そういや蒼音ちゃんって、

 俺のこともブラさんって言うよな。

 今までブラさんなんて、

 呼ばれたことねぇぞ?」


「そうですか?

 でもプログさんとかブランズさんだと、

 よそよそしい感じになってしまうかと」


「いやまあ、

 そうかもしれねえけどブラさんって……」



なんだかなぁ、という表情で、

プログはしきりに首を捻っている。

レナ同様、プログもこのようなニックネームで、

呼ばれたことなど一度もないらしい。


その一部始終を、

ふーん程度の何気ない様子で耳にしていたレナだったが、

急に何かを思いついたようで、

妙にニヤニヤしながら、

一度は離れたプログへ再度近づくと、



「あら、ブラさんでいいじゃないの。

 それとも何?

 いつもみんなから呼ばれている、

 お気に入りの『プログちゃん』って呼ばれ


「オイやめろッ!

 それ以上は言うんじゃねえ!」


「え?

 ブラさんって、皆さんからはプログちゃ


「違う!

 断じて違うぞー蒼音ちゃんッ!

 私ともあろう者が、

 ちゃん付けで呼ばれるなど、

 あるわけがないであろう!

 つかオイてめぇ、

 紛らわしいウソをつくんじゃねぇよ!」


「別にウソじゃないじゃん、

 実際フェイティからは呼ばれてるんだし」


「そりゃ先生“だけ”だ!

 オメーらはそんな呼び方してねぇだろ!」


「まったくうっさいわねー。

 呼び方一つでガタガタ言うなんて、

 どんだけ器がちっさいのよ」


「オメーが極端すぎるんだよ!

 つか、器はこの際関係ねぇだろ!」


「あ、あのー、

 それなら私も、

 プログちゃんと呼んだ方がいいですか?」


「やめてー!

 ブラさんでいいから!

 蒼音ちゃんだけはブラさんでいいから、

 ちゃん付けだけはどうかご勘弁を!」


「あら、蒼音にちゃん付けされるなんて、

 光栄な事じゃない、

 ねえ、プ・ロ・グちゃん?」


「うるせぇ!

 いいからテメーは少し黙れ!」



いつも通りのしょーもないやり取りをする2人に、

微妙にズレた観点で空気を読もうと焦る蒼音で、

和気あいあいとした空間を作りだしている。



「…………」



だが、その輪のはるか外側で、



「じゃあ何で僕だけ、

 ムライズくんっていう、

 微妙によそよそしい感じなんだろう……」



1人嘆く、ブルーな少年がいたことに、

3人が気付くことは、最後までなかった。





「……っと、そうだそうだ」



再び道中に戻り、

プログを一通りいじり終えたレナはそう言うと、

懐から通信機を取り出す。

エリフ大陸の王都、

セカルタで執政代理を務めている、

レイと直通で話すことのできる、

あの通信機だ。



「途中報告ってか?」


「そっ。

 今まで何の報告もしてないし、

 さすがに寄り道していることは、

 言っとかないとマズイでしょ。

 それに、蒼音の紹介もしておきたいし」


「まあ、確かにな」


「もしかして、

 先ほど話されていたレイさん、ですか?」


「……うん。

 蒼音も一度は話しておいた方がいいかな、

 とも思うしね」



おそらく七星の里では見たことがなかったのだろう。

通信機をこれでもか、

とばかりに凝視している蒼音に対し、

レナは答える。


じつは七星の里を出発してから間もなく、

レナ達は自分たちが王都セカルタから来て、

現在ディフィード大陸へと向かっていることを、

蒼音だけに話したのだ。

里内の人々、そして里長である石動には、

このことは話していない。


理由は2つほどある。


1つは、これからしばらく行動を共にする以上、

そして七星の里が、

ウォンズ大陸の首都サーチャードとの繋がりのないことが、

ほぼ確定的となった以上、

蒼音には本当のことを話しといた方がよかった、ということ。


そしてもう1つ。

それは、“ほぼ”有り得ないであろうが、

それでも万が一のことを考えて、である。


石動は確かに、

サーチャードとの繋がりはないと言っていた。


だが、もしそれがウソだったとしたら。


きっと石動は、

今、このタイミングでサーチャードに、

この場所にレナ達がいると連絡するに違いない。

そして、仮にレナ達が逃亡を図ったとしても、

ここにいる蒼音に全力で止めさせる――。


かなり穿った見方ではあるし、

ほぼ可能性としてはゼロに等しいのかもしれない。

ただ、決して有り得ない話ではない。

少なくとも、ゼロではない。


今のレナ達がおかれている立場において、

100%の可能性以外を進むことは、決して許されない。

七星の里とサーチャードが、

じつは繋がっていると言う可能性が限りなく低かったとしても、

ほんのわずかでも、

疑いを持てる要素があるのならば、

絶対に決めつけの行動をしてはいけない。

その程度のことはレナ、

もとよりプログやアルトも重々承知している。



だからこそ、レナ達は、

石動のいないタイミングで、

蒼音に話をしたのだ。

最悪の場合を想定した時、

何かしらの逃げ道を作れるように。


もし向こうがどのような手段を講じてきても、

蒼音という、

こちらの最大にして最強の交渉カードを切れるように。


そこまで考えての、カミングアウトだった。

しかし――。


(はあ、自分でも考え過ぎだとは思うけれどね……)



そこまで理詰めで考え込んでしまう、

自分の慎重さに少々、嫌気がさすレナも、

そこにはいた。


目の前で何のしがらみもない(と思われる)笑顔を前に、

真正面から向き合うことができない。

ほぼ初対面だった自分に、

親しみを込めてあだ名までつけてくれる(と思われる)、

ちょっと年上のお姉ちゃん的存在の人に対して、

必ず疑うことから入ってしまう。


里長にしてもそうだ。

(表面上は)あれほど優しく接してもらっているのに、

いまだに少し、

ほんの少しではあるが、

疑ってしまっている自分がいる。


人の性格など、星の数ほど存在する。

だが、そのどれをとったとしても、

平常の人間なら、

常に人を疑うことを好む者などいないだろう。



ツーツーツー……



まるでレナの今の胸中を投影したかのような、

砂嵐に似たノイズ音に続き、



『もしもし、レナ達か?』



つい先日まで聞いていたハズなのに、

妙な懐かしさを覚える執政代理の声が、

4人の耳へと届く。

レナは慌てて心の中のしがらみを一掃すると、

通信機へ意識を向ける。



「ゴメンね、報告が遅くなって」


『気にしなくていい。

 それに、俺もちょうど連絡を取ろうと、

 思っていたところだからな』


「あら、そうなの?

 それは奇遇ね。

 ただ、申し訳ないんだけど、

 こっちはあまりよろしくない報告よ?」


見えない相手に対し、

レナは小さくため息をつく。

ところが。



『それも奇遇だな。

 こちらも悪い報告だ』



ため息とは違う、

どちらかと言えば途方に暮れるといった、

大きな吐息が通信機を伝ってレナへと届く。

明らかにトーンの低いその声は、

文字通り何か良くない出来事が起こったのを、

容易に想起させた。



「……それは今のあたし達にとって、

 悪い知らせなのかしら?」



4人を代表して話すレナの声色も、

自然と強張っていた。



『いや、直接的に関係するものではないが……。

 まあいい、まずはそちらの話を聞こう。

 何かあったのか?』



どこか含みを持たせる執政代理の表現に、

レナはやや疑問を抱いたが、

それでもまずはこっちの話ね、

と気を取り直し、チラッと蒼音を見ると、

先へと進める。



「じつは、昨日の夜までは順調だったんだけど――」





『……そうか、それは災難だったな。

 ともかく、無事なら何よりだ』


「まあね。近くに七星の里があったから、

ホント助かったわ」


『今回はそれに尽きるな。

 わざわざこちらまで戻らなくて正解だったと、

 俺も思う。

 私からも礼を言わせてくれ、石動蒼音さん』


「いえ、そんな……。

 困っている人を助けるのは、当然のことですから」


『素晴らしい心構えだ。

 我がエリフ大陸の人間も、

 見習わなければいけないな』



どこかで聞いたようなやり取りが聞こえた後、



『状況はわかった。

 そしたら、その八雲森林とやらの件が解決次第、

 再び目的地へ急いでくれ。

 当初の予定からは若干遅れるかもしれないが、

 それでも十分に間に合うはずだ』


「わかったわ。

 ……それで、そっちの報告って何?

 あんまりよろしくないみたい事っぽいけど」



一通りの報告が済んだところで、

レナは執政代理へ問いかけた。

自分たちの報告は、

そのほとんどが事後報告だったため、

それほど気にするべきこともなかった。


それよりもレナは、

セカルタからの報告の方が、

ずっと気になっていた。


レナが今、手に持つ通信機。

これはギルティートレインの謎を追う時に、

レイから手渡されたものだ。


だが、今まで向こうからレナ達に連絡を取ってきたことは、

そのギルティートレイン内にいた時ぐらいで、

他には一切ない。


いや、よくよく考えれば、

ギルティートレインの時も、

レナ達の安否を気遣っての連絡だったため、

厳密に言えば、

向こうから何かあって連絡をよこすことなど、

一度もなかった。

つまりは、

それ相応のことがあったとみて間違いはない。


そして、“それ相応”の問題で、

レナ達に緊急で知らせたいことと言えば……。



「まさか、ローザに何かあったの?」



レナの言葉は、

先ほどよりもさらに強いものになっていた。

もしや、ファースターの元王女である彼女に、

何かあったのでは――。



『そこは安心してくれ、

 ローザ王女についてではない』



だが、レナ最大の憂慮は、

レイの言葉によってすぐに吹き飛ぶこととなった。

その代わりに、



『ただ、ある意味それと同等なくらい、

 厳しい状況かもしれない』



新たな憂慮の可能性が、

見えない緊張感と共に、

通信機越しに伝わってくる。



「勿体ぶらずに早く言ってくれよ。

 何があったんだ?」



押し寄せる緊張感に、

プログの言葉にも、

妙な焦燥が含まれていく。


通信機という中間媒体によって生み出される、

いつもとは違う緊張感。


話し手が目の前にいないが故に、

相手の表情を読み取ることできず、

言葉という手段のみで、

向き合わなければならないという、

ある意味対面するよりも重くなる、

一つ一つの言葉。


だが、4人がそれに慣れる前に、

黒い機械から、

レイの次なる言葉が届けられた。


『単刀直入に言おう、レアングスが死んだ』


次回投稿予定→1/10 15:00頃

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