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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
72/219

第68話:再び社務所にて

次回投稿予定→1/3 15:00頃

「里長様、ただ今戻りまし――」


「すげぇ! すげぇよ蒼音ちゃん!」


「あ、あの!

 あの魔術ってどうやって使っているんですか!?

 敵を妨害しながら魔術を使えるなんて、

 僕、全然知らなくて……!!」



魔物を退治し、

社務所へと戻った蒼音。

そこで待っていたのは、

まるで出待ちをしている熱狂的なファンのように取り囲む、

プログとアルトだった。



「え? え? あの……」


「神に仕える巫女さんながら、

 里を護るために自ら敵に立ち向かう!

 くぅ~、そりゃモテるわけだぜ!」


「あの、もしよかったら、

 僕にもさっきのヤツ、

 教えてもらえませんか!?」



その勢いたるや凄まじく、

おかげで蒼音は、

社務所の中に入ることができない。



「まったく、蒼音さんも疲れているんだから、

 ちっとは空気を読みなさいよ」



レナはやれやれ、

とばかりに大きくため息をつくと、

野郎たちの耳を両手でつまみ、

イテテテ! と情けなく響く叫び声を完全無視しながら、

2人を強引に蒼音から引き剥がす。


その姿はまるで、

イタズラを母親に怒られる5歳児のようである。



「ご苦労だったな、蒼音」


「もったいないお言葉です、里長様」


「そんなことはない。

 今回も無事で本当によかったよ」



ようやく社内へと入った蒼音に、

石動は優しい笑顔で労をねぎらう。

レナ達の前でこそ、

大丈夫という単語を連呼していた石動。

しかし、心のどこかでは、

やはり戦いに身をおく愛娘のことが、

心配だったのだろう。

その表情は優しさの中に、

どこか安堵のようなものを含んでいた。



「しかし、驚いたわね。

 まさか蒼音さんが魔術を使えるとはね」


「まじゅつ……ですか?」


「さっき魔物に対して使っていたヤツ。

 ヨーヨーから出ていた炎のことよ」


「?? ああ、もしかして、

 神術のことですか?」



レナの魔術という言葉に、

蒼音は?マークを並べている。



「シンジュツ?

 何それ?」



そして同時に、蒼音の神術と言う言葉に、

今度はレナが顔をしかめる。

どうも話が微妙に噛み合わない。



「ふむ……。

 どうやら神術のことを、

 皆さんの国では“まじゅつ”と呼んでいるのですね」



2人のクエスチョンマーク具合を観察していた石動はそう言うと、

近くにあった椅子へと腰を掛ける。



「神術というのは、

 この七星の里に古から伝わる、

 究極の呪術です。

 悪しき者を裁くため、

 世界の神々から力をお借りし、

 敵を滅する術式なのです」


「へえ、なんか微妙に魔術とは違うのね」


「ただ、ひとくちに神術と言っても、

 様々な流派があります。

 中でも、わが石動家に伝わる石動式十神術は、

 すべての流派の中でも最も歴史が古いもので、

 故に神々から預かる力も強いものとなっているのです」



話すというよりは、

どこか語り部のように石動は静かに言葉を紡ぐと、

ふと蒼音の方へ視線を向ける。



「中でも蒼音は、

 今までの石動式十神術使用者史上、

 最高の神通力を持っています。

 私も多少は神術を扱うことはできますが、

 蒼音の力には到底及びません。

 ……1人の父親としては、

 何とも情けない話ですがね」



そこまで語って、

ようやく石動の表情から、

やや苦い性格を帯びた笑みがこぼれた。



「ふーん、だから魔物が来ると、

 蒼音さんがその魔物を撃退しているってワケね」


「そうなんです。

 自然が多い土地がら、

 魔物達が里に紛れ込んでくることが、

 どうしても起こってしまうのです。

 ですので、私がその都度追い払っています。

 ですが……」



蒼音はそこまで話すと、

急に言葉に詰まってしまう。

そして少しだけ、考えるようなしぐさを見せた後、



「里長様、いくらなんでも、

 最近多すぎませんか?」


「うむ……私も今、それを考えていた。

 確かに最近、里に侵入する頻度が高くなっているな」



まるで蒼音の問いを予想していたかのように、

石動は力なく言うと、視線を下に落とす。

ほんのわずかに表情の曇った、石動の顔色。



「最近そんなに、

 魔物が頻繁に来ているの?」



その憂いの表情を、素早く読み取ったレナ。

石動は一瞬沈黙を作った後、



「え、ええ。

 今までも、

 魔物が里に入り込むことは幾度となくありました。

 ですがここ最近、

 その頻度が格段にあがっているのです。

 以前は一週間に一度あるかどうかだったのに、

 ここ数日は毎日出現するようになっていまして」


「そりゃまた随分と急に増えたな。

 何か心当たりはねえのか?」


「いえ、これといって特には……。

 私も長年里長を務めておりますが、

 このような経験は……」



先ほどまでの語り調とはうって変わり、

石動の言葉の歯切れは、

この上なく悪くなっている。

おそらく、今までこういった経験が、

本当になかったのだろう。

まるで未知の事象に出くわした子どものように、

どうしたらいいか、わからずにいる。



「……里長さんに一つ聞きたいんだが、

 里に入ってくる魔物の種族は、

 毎回同じなのか?」



不意にプログが石動へ、

言葉を投げかける。



「え? 種族ですか?」


「ほら、例えば今回の熊みたいなヤツが毎回、

 侵入してくるのかってこと」


「いえ、そんなことはありません。

 今日は熊でしたが、

 昨日はイノシシに似た魔物でしたし、

 一昨日は巨大な狼だった記憶があります」


「やっぱりか。

 ちなみにそいつ等は昔から、

 この島に棲みついているのか?」


「ええ、どの動物も、

 古くから仁武島に棲息していたものです」


「そうか……」



プログは窓の外へ視線を泳がせ、

ひと呼吸置いたのち、



「だとしたら、森か山のほうで、

 何かあったんだろうな」



まるで窓から見える、

大いなる自然に問いかけるように、

プログは遠い目を向け、さらに続ける。



「自然の中で大人しかったヤツ等が、

 ここ最近急に里に出没するようになった。

 しかも、新種ではなく、

 今までも仁武島に棲みついていた魔物、

 ときたもんだ。

 だとしたら、その魔物達の本来の住処である場所に、

 何か異変が起きていると考えるのが普通じゃねーか?」


「確かに、あんたの言う通りね。

 その異変の要因が人為的か偶発的かはともかくとして、

 何らかの理由で住処を追われたか、

 はたまた食べ物に困っているかで、

 七星の里内に迷い込んできているって線は、

 十分有り得るわね」



もとよりレナも、

その可能性を一番疑っていた。


元々森や山に棲みつく魔物が、

急に人里まで押し寄せるようになってきた。

魔物が急に獰猛になったり、

突然変異で攻撃的な魔物へと変貌した、

となれば話は別だが、

常識的に考えれば、

彼らの居場所であった自然界に、

何らかの原因があると想定するのが妥当だろう。


もっとも、レナの中にはもう1つ、

別の可能性も候補として、

頭の片隅にこびり付いていたのだが、

石動の証言とプログの言葉によって、

その可能性は綺麗さっぱり無くなっていた。


それはすなわち、



「クラ……シャックの線も考えたけど、

 どうやら今回は違うっぽいわね」


「一応、俺もそれは考えたが、

 もしアイツ等が原因なら、

 新種の魔物を送り込んでくるハズだし、

 何より蒼音ちゃんが、

 魔物にダメージを与えていた時点で、

 それはねぇだろ」


「まさにそれね。

 実際に蒼音さんは魔物を追い払っているし」



ファースター騎士総長であるクライドが率いる、

列車専門の犯罪集団シャックが、

今回の原因の一端を担っているのではないか、

ということだった。


だが、プログの言うように、

今回出現した魔物に対して、

蒼音はしっかりと、

傷を負わせることができていた。

その時点で、

第2の可能性はレナとプログの中で、

すぐに消去されることとなっていた。



「しゃっく?

 何ですか、それは?」


「あー、気にしないで下さい、

 こっちの話なので。

 それよりもどうする?

 このままじゃ、

 またすぐに魔物がここに来ちゃうよね?」



首をかしげる石動をたしなめつつ、

アルトはレナとプログへと振り返る。

レナの性格からして、

この状況を黙って見過ごすようなことはできない、

アルトはそう感じていたからだ。


と同時に、



「……もしかして、

 八雲森林に何か異変があったのではないでしょうか?」



ここ少しの間、

あまり言葉を発していなかった蒼音から、

ポツリと言葉を漏れた。


八雲森林。

七星の里に来て、

もはや何度目だろうか、

聞き慣れない単語がこの場に登場する。

もはやお決まり、といった様子でレナは、



「八雲森林? 何それ?」


「八雲森林というのは、この七星の里から北の方角にある、

 仁武島最大の密林のことです。

 仁武島には数多の動物が生息していますが、

 そのほとんどが、その八雲森林に住んでいるのです」


「へえ。

 そんなところがあるのか。

 今回の異変にはおあつらえ向きの場所だな」


「八雲森林は七星の人々の間で、

 多くの神々が現世に降臨する場として信じられております。

 それゆえ、その神聖な場所を汚すことがないよう、

 選ばれた者以外は、

 立ち入ることが禁じられている場所とされているのです」


「神聖な場所で必要以上の干渉はNGってワケね。

 だとしたら、ますます何かありそうね」



蒼音の言葉を踏まえ、

レナの導き出した結論はそれだった。


神聖にして不可侵の場所、八雲森林。

もし七星の民がそう信じているのなら、

もし八雲森林に異変が起こっていたとしても、

それを確認することができるのは、

蒼音が言う、選ばれた者しかいないということになる。


そして、今までの石動の言動から察するに、

彼が八雲森林を怪しむという発想に至ったのは、

つい先ほどにすぎないだろう。


“選ばれし者”というのが誰なのか、

レナ達は知る由もない。

だが、少なくとも、

このコミュニティーの最終決定権を持つ、

里長にその考え、疑惑を持っていたかったとすれば、

八雲森林を調査するという指示も、

当然出るはずがない。

つまり、八雲森林はいまだかつて、

今回の件に関して調査されていない、

疑惑と謎に包まれた場所なのである。



ということならば――。



「石動さん、一つお願いがあるのだけれど」



気がつけば、自然と言葉が出てきていた。



「? なんでしょうか?」


「その八雲森林ってところ、

 あたし達に調べさせてくれませんか?」


「……え?」



面食らったような表情で、

石動はレナの顔を見る。

おそらく、その提案が出ることを、

まったく予想していなかったのだろう。



「あたし達が蒼音さんの言う、

 “選ばれし者”ではないということは分かっています。

 でも、さっきアルトが言った通り、

 このままじゃ同じことの繰り返しになってしまうでしょう。

 今までは蒼音さんがすべて魔物を退けてきたけど、

 万が一ってことも考えると、

 その八雲森林ってところを一度、

 しっかり調べてみた方がいいと思うのですが」



父同様、

驚く様子を見せる蒼音を横目に、

レナは坦々と、しかし丁寧な口調で話す。


先ほどの蒼音の戦いぶりを見る限りでは、

確かに里に危険が及ぶことはないのかもしれない。


だが、かといってこのまま、

放っておいていい問題ではない。

もし今後、蒼音の能力を上回る魔物が、

姿を現すようなことがあれば――。

決して有り得ない話ではない。


だからこそ今、

動ける人員がいる時に、

問題を取り除いておく。


レナ達にとっては至極当然の話だった。



「お話は嬉しいですが、

 外国からいらっしゃった皆さんに、

 危険な目に遭わせるようなことは――」


「それなら大丈夫です、

 あたし達も戦いには慣れていますし。

 それに、船を点検する場所をお借りしている、

 そのお礼というワケではないですが、

 何かのお役に立てればと思っていましたので」


「ま、どのみち里巡りだけじゃあ、

 まだまだ時間は余りそうだしな。

 ついでって言ったら表現悪いが、

 ちょっとは役に立たせてくださいよ」



話したレナとプログの後方では、

アルトがコクリと1つ、

大きくうなずいている。

どうやら、

3人に意見の相違はないようだ。



「お気持ちは嬉しいですが、しかし……」



一方、石動は曇った表情のまま、

言葉を飲み込んでしまう。

そしてしばらく、

考え込む姿を見せていたが、

やがて何かを吹っ切ったかのように1つ息をつくと、

再び口を開いた。



「わかりました。

 そこまで仰って下さるなら、

 皆さんが八雲森林に立ち入ることを、

 特別に許可しましょう」


「本当ですか!?」


「ただし、一つだけ条件があります」



一気に顔色が明るくなったレナに向けて、

石動は更に言葉を重ねる。



「蒼音も一緒に、

 皆さんと同行させていただきたいのです」


「え……?」



突然の提案に、

まるで豆鉄砲を喰らったかのように、

蒼音は父を見る。



「蒼音さん……をですか?」



さすがのレナも、

その提案は想定していなかったらしく、

今いちど、石動へ訊ねる。



「はい。

 ですが安心してください、

 決してあなた達を信用していないわけではありません。

 蒼音なら八雲森林に何度か立ち入っていますし、

 道案内くらいはできるかと思いますので。

 それに有事の際は、

 蒼音の力も、お役に立つでしょう」


「いやまぁ、こっちとしても、

 蒼音ちゃんが来てくれるのは大いに助かるけど、

 それだと里の方が危ないんじゃねーか?」



プログが指摘したことも、もっともだ。

確かにあれほど実力の持ち主である蒼音が、

一緒に来てくれると言うのであれば、

これほど心強いことはない。


だが、それはつまり逆に言えば、

それほど心強い蒼音が、

七星の里から一時的に離れることを意味する。


そうすると、もしその間に、

魔物の急襲を受けてしまったら、元も子もない話だ。


だが、石動は首を横に振りながら言う。



「安心してください。

 蒼音ほどの力はないとはいえ、

 私も多少の神術は持ち合わせております。

 皆さんが不在の間の有事の際は、

 私が魔物撃退の任にあたりますので」


「はぁ、そうですか……」



蒼音ほどの力はない、という部分を、

どう捉えればよいかわからない石動の言葉に、

レナは肯定も否定もすることなく、

曖昧な返事をしておいた。

こう言われてしまっては、

もはや従う以外に道はない。

下手にここで食い下がってしまえば、

まるで石動が蒼音よりも弱いと、

言っているように捉えられかねない。



「……ということだ、蒼音。

 この人たちと一緒に八雲森林へ行ってきてくれ」


「わかりました」



石動の言葉に、

蒼音は特に反論することなく、

静かに答える。

そしてそのままレナ達のほうへと振り向くと、



「皆さん、少しの間ですが、

 よろしくお願いしますね」



初めて会った時のような、

癒しの笑顔をレナ達に見せる。

そこには、

先ほどまで魔物と対峙していた、

強い蒼音はいない。

辺境の地で静かに暮らす石動神社の優しい巫女、

石動蒼音がいた。



「こちらこそ!

 よろしくお願いしますね!」


「蒼音ちゃんがいるなら心強いぜ!

 よろしくな!」



笑顔にすっかり魅せられている野郎2人は、

嬉々とした様子で言葉を弾ませている。



「何てわかりやすい……。

 でも、ホントに頼りにしているわよ

 よろしくね、蒼音さん」


「はい、お役に立てるよう、頑張ります」


はしゃぐ2人に呆けつつも、

レナは軽く肩をすくめつつ、

蒼音へ改めて挨拶を済ませる。

実際、レナもあの力を見せられては、

頼りにしないわけがない。



「八雲森林はこの里の北門を出て、

 歩いて20分ほどのところにあります。

 道中、魔物と出くわすことがあるかもしれませんので、

 十分に準備をしてから行かれるとよいでしょう」


「そうしておいた方が無難ね。

 とはいえ、それほど時間もあるわけじゃないから、

 急いで準備をして行きましょ」



石動の言葉にどーもですっと、

とばかりに軽く手を振ると、

レナは社務所を出るべく、

引き戸をゆっくり開ける。



「それじゃあ里長さん、いってきますね」


「いい報告を持ってくるから、

 楽しみにしておいてくれよな!」


「すみません、よろしくお願い致します」



続いてアルト、プログが一言ずつ、

声をかけながら引き戸の外へと姿を消す。

その姿はどこか、

意気揚々、といった様子に見える。



最後に残った蒼音。

社務所を出る間際、

父の方へ振り向くと、



「それではお父様、行って参ります」


「うむ、くれぐれも気をつけてな」


和を趣を象徴するような、

深々としたお辞儀を数秒ほど見せる。

そして体の態勢を元に戻し、

小さく一つうなずくと、

レナ達の待つ、

そして疑惑に包まれた場所、

八雲森林へと足早に向かうのだった。


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