第67話:戦う巫女さん
「いざ、成敗ッ!」
蒼音はそう言いながら、
両腕を高々振り上げ、
まるで頭上を頂点とした山を空中に描くように、
大きく左右に腕を振り降ろす。
すると蒼音の両手から、
何かが飛び出した。
いや、飛び出したというよりは、
蒼音が投げ放った、という表現が正しいだろう。
細いワイヤー線に吊るされ、
握り拳くらいの丸っこい形状をした、
プラスチックで作られた“何か”は、
キュインキュイン、という高音を発しながら、
高速回転運動を行っている。
「何、アレ?」
「さぁ……。
またこの七星独特の飛び道具か何かじゃねーか?」
知識の中にないと思しき道具の登場に、
レナやプログは疑心の目を向けている。
「もしかして……ヨーヨー?」
「え?」
だが、その疑心はアルトの一言によって、
呆気なく晴れた。
「ヨーヨーってあの、
俺達がガキの頃に遊んでいた……」
「たぶん、そうじゃないかなぁ」
そう、蒼音は両手に、
ヨーヨーを持っていたのだ。
先ほど手に持つヨーヨーを、
素早く振り降ろしたことで、
本体はすぐに手元に戻ることなく、
下で空転したまま留まり続けている。
「そうよ、アレこそが、
蒼音の一番凄い所なのよ!」
レナ達の隣で、
魔物から避難してきていたはずの、
あの女性が興奮気味に話す。
「ねえ、もしかして、あんた達が言っていた、
大丈夫ってのは、もしかして……」
「もちろん、蒼音がいるからよ!
どんな魔物が里に入り込んできても、
蒼音が全部、
追い払ってくれるんだから!」
「オイオイ冗談だろ!?
あんな体の細いアイツが、
あのバカでかい熊を追い払うのかよ!?」
事実、蒼音とキルベアの体格は、
大のおとなと5歳児にも匹敵するくらいの差がある。
万が一、あの巨大熊の突進でも喰らおうならば、
一体どこまで吹き飛ばされてしまうのか、
想像することもできない、
それくらいの差が両者にある。
それに加えて、
蒼音が手に持っているのは、
あろうことか、子どものオモチャである。
このような状況下で、
あの赤髪巫女が今まで魔物を、
追い払ってくれていると言われたところで、
どう頑張っても信用することはできない。
それくらい、割と絶望的な様子に、
レナ達には見えていた。
だが、それでも女性は、
心配な様子を微塵も見せることなく、
「大丈夫よ、蒼音なら。
ほら、そろそろ行くわよ!」
口も滑らかに話した。
と同時に、
まるでその言葉が聞こえていたかのように、
蒼音は地を蹴り、キルベアに向かって、
ヨーヨーと共に急速に近づいていく。
己への敵対心を察したか、
魔物も負けじと、蒼音を目がけて突進。
双方が動き出す前まで、
数メートルほどあった互いの距離が、
ほんの一秒足らずでゼロ距離へと一気に縮まる!
「あぶなッ……!」
レナは思わず叫ぶが、
またもその言葉と同時に、
蒼音は今までの直進運動を唐突に止め、
キルベアが蒼音に触れる、
ほんの寸前のところでヒラリと右へ体を動かす。
その刹那、
「そこッ!」
女の子らしい、
高い声による叫び声に続き、
蒼音は自らの右手首を、
思いっきり振り降ろす。
するとヒュンッ、という風切り音を発しながら、
今まで空転を続けていたヨーヨーが弧を描き、
キルベアの頭部へ命中する。
ヨーヨー本体の強度に加えて、
ワイヤーによる遠心力が備わったことにより、
脳天直撃を喰らった魔物は思わず足を止め、
何が起きたか分からない様子で、
しきりにダメージを受けた首を、
せわしなく動かしている。
「おお、ナイス!」
「あの子、完璧にヒットさせたわね。
アレを当てるの、結構難しいと思うけど……」
「ね? ね? すごいでしょ?」
「あんな大きな魔物に1人で……。
すごいなぁ」
一方、里長の部屋窓からその様子を見守る、
プログを始め4人は、
すっかり傍観者となってしまっている。
無理もない、
ただのひ弱な巫女さんだと思っていたのが、
ひ弱どころか、まるで百戦錬磨のような、
素早い身のこなしを見せる、
スーパー巫女さんだったのである。
これで驚くなという方が、土台無理な話である。
「それっ! はいっ!!」
小気味よく気合を発しながら、
蒼音は襲い掛かってくるキルベアに、
ただの一度も外すことなく、
ワイヤーに繋がれたプラスチックの塊を、
右から左から、
そして上から下からと、
次々と被弾させていく。
「すごい、一度も外さずに……」
つい先ほどまで、
自分が倒すと意気込んでいた姿はどこへやら、
驚きの表情でポツリと呟くレナが、
ここまで手放しで褒めることも珍しい。
レナを驚かせたのは、
蒼音がヨーヨーによる攻撃を、
一度も外していないことである。
レナやプログ、そしてアルトは、
それぞれ双剣、短剣、
そして短銃と格闘を操っている。
これらはすべて、
自分の手によって直接手に持ち、
攻撃を放つ媒体だ。
つまり、自分の攻撃した感覚をそのまま、
手に持つ武器へと変換することができる。
だが、蒼音が操るヨーヨーは、
それらの武器とは性格が違う。
自分の感覚とプラスチックの塊という攻撃媒体の間に、
ワイヤー線という中間媒体が存在する。
この中間媒体、通常の近接武器より、
遠方を攻撃できる利点こそあるものの、
その一方で、
使用者の感覚と攻撃媒体が一致しなくなるという、
大きな欠点を内包している。
例えば、攻撃を魔物に命中させるために、
武器を振り上げたとする。
双剣や短剣、そして格闘の場合だと、
振り上げた腕を振り降ろせば、
手に持つ武器も同時に振り降ろされる。
銃にしても同様だ。
使用者が引き金を引けば、
即座に弾丸は銃口から発射される。
自身のおこした攻撃行動が、
すぐに結果へと直結している。
しかしヨーヨーの場合だと、
こうはいかない。
使用者が腕を振り上げても、
ワイヤーが中間媒体としてあることで、
意図する場所にヨーヨー本体が到着するまでに、
ほんのわずかではあるが、
タイムラグが発生する。
そこから腕を魔物へ振り降ろすことで、
さらなる時間差が生まれる。
つまり、自らの攻撃行動が、
すぐに結果をもたらさないのである。
その時間はおそらく一秒にも満たない、
ほんの些細な差だろう。
だが、生きるか死ぬかで対峙している魔物の前で、
そのタイムラグは、致命的なものとなってしまう。
つまり、ヨーヨーで魔物へ攻撃を当てるには、
ワイヤーが生む、
力の伝導による時間差を念頭に置きながら、
初動を速めつつ、
かつ的確なポイントへ攻撃を行う、
事前予知と正確無比さが求められるのだ。
戦いに身を置く者ならすぐに気づくが、
この2つの力、
そう簡単に習得できるものではない。
基礎の徹底に始まり修行や実戦を幾重にも重ねて、
それでも会得することができるかどうか、
というレベルの話だ。
それを目の前で石動神社の巫女である、
石動蒼音は易々と、
しかもたった一度も無駄な攻撃をすることなく、
成し遂げているのである。
実際、今まで数多の魔物を打ち砕いてきたレナ、
そしてプログでさえ、
その技術の高さに驚嘆の色を隠せない。
ただ、そんな中でも、
レナには一つ気になることがあった。
「でもさ、
確かに凄いとは思ったけど、
ほとんどダメージを与えられてなくない?」
そう、確かに攻撃は余すことなく、
魔物にすべてヒットさせている。
ただ、当たってはいるものの、
その一撃一撃は、
せいぜい魔物を少し怯ませる程度のものであり、
見た感じでは、
撃退までに至る有効なダメージを、
負わせているようには見えない。
というか、
よくよく考えてみれば、
先ほどからプラスチックの塊を用いて、
相手を殴打しているだけで、
それ以外は特に何もしていないのだ。
人にヨーヨーをぶつけるとする。
頭部にクリーンヒットでもすれば、
確かに痛いとは感じるだろうが、
それでもせいぜい、
大きなタンコブができる程度であって、
いきなり死に至らしめるようなものにはならない。
ましてや、人類よりも強固な肉体を持つ魔物達なら、
なおのことである。
実際、キルベアは攻撃を受けた時こそ、
多少動きが鈍くなるものの、
戦闘を開始した当初から、
それほどパフォーマンスが、
落ちているようには見えない。
よって、魔物の侵入は防いでいるものの、
撃退するまでには至らない、という状態が、
先ほどから続いている。
「いよいよ、あたし達の出番かしらね……ッ」
言うなり、レナは窓の手すりに片足を乗っける。
そして今にも飛び出さんと、
身を前かがみにしている。
だが、この状況になっても、
隣の女性は焦ることはない。
「大丈夫ですって~。
ほら、そろそろ佳境に入りますよ~」
この場にそぐわない、
妙に間延びをした口調で話すと、
ほら、とばかりに遠くにいる蒼音を指さす。
「よしっ! ここまでくれば、
あとは……!」
そうこうしているうちに、
蒼音は不意に攻撃の手を止める。
シュルシュル! と2つのヨーヨーが、
彼女の手元に戻ったかと思うと、
おもむろにキルベアと、
距離を数メートルほど取り始める。
そして蒼音は、
「さあ、大人しく森へ帰りなさい!」
と叫ぶと再びヨーヨーを振り降ろし空転させると、
ゆっくりと目を閉じると、何かを呟き始めた。
「え、ちょ……」
「待て待て、魔物がいるのに目を閉じるとか、
何考えてんだよ!?」
目の前で起こる光景に、
アルトとプログはまたも、
我が目を疑う。
距離を取ったまではいい。
だが、あろうことか、
獰猛なキルベアを目の前にして、
自らの視覚を閉ざしてしまったのだ。
「さあ、これで最後の仕上げね」
「最後の仕上げね、じゃねぇだろ!
何やってんだよアイツは!」
「何って、アレは――」
と、女性が何かを説明しようとした、
その時だった。
蒼音の足元で空転を続けていた、
2つのヨーヨーが仄かに光を帯びる。
どこからともなく現れた風が、
赤髪巫女のトレードマークでもある、
ポニーテールを優しくなぞる。
やがて風は近くにあった落ち葉を巻き込み、
蒼音を中心とした風渦が形成されていく。
「あれは……魔術?」
瞬間的に、レナはわかった。
そしてアルトも、
「あの風の動き……。
間違いない、アレは魔術だよ!」
咄嗟に叫んでいた。
意識の集中、仄かに光ったヨーヨー、
そして自然と巻き上がった、不可解な風。
それは紛れもなく、
レナやスカルドが魔術を使う際の現象と同じだった。
だが、それと同時に、
「いやいやいや!
今、魔術の詠唱をするのはマズいでしょ!」
レナはさらに叫んだ。
確かに、蒼音が魔術を使おうとしているのは分かった。
だが、違う。
その行動は今、とってはいけない行動だ。
何せ、敵は目の前にいるのだ。
特に弱っているわけでもない。
むしろ今が好機とばかりに、
心なしか、鼻息が荒くなっているような気がする。
今すぐにでも、
目の前で無防備になっている、
ひ弱な女の子に襲いかかろうとしている。
にもかかわらず、
蒼音は意識を集中し、
魔術を使おうとしているのだ。
それはもはや無謀を超え、
愚かすぎる行動だった。
「グアァァァァッ!」
そして、ついに魔物は動いた。
動作を開放したキルベアと、
魔術の詠唱に縛られた蒼音、
両者の距離が瞬く間に縮まっていく!
「危ないッ!」
いよいよ耐え切れず、
アルトは銃の照準をキルベアに合わせ、
引き金を引こうとした。
今からでは、
レナやプログの攻撃は届かない。
今からでも届くのは、自分の弾丸だけと、
そう思いながら。
だが、次の瞬間。
ヒュン。
「!?」
突如として聞こえた風切り音に、
キルベアは思わず動きを止める。
ヒュンヒュン。
その風切り音は、再び響いた。
ヒュンヒュンヒュンヒュン。
徐々に増していく、
風切り音の数。
その風切り音は、
自らへ突進してくる魔物の足を止めるには、
十分すぎるものだった。
その一方、蒼音はいまだ、
魔術らしき詠唱を続ける。
魔物の動きを妨害し、
意識の集中を続けることを可能にした、
その風切り音の正体は。
「ウソ……でしょ?」
「え……」
「オイオイ……マジかよ」
その正体を3人が知った時、
同時に今まで、
数多く驚かされてきた赤髪巫女の、
真骨頂を知ることとなった。
ヨーヨー。
そう、彼女の周りを、
光を纏ったヨーヨーが、
縦横無尽に飛び交っているのだ。
まるで姫を護る騎士のように、
そのヨーヨー達は、
魔物が姫へと近づくことを許さない。
そして、騎士の護りを受ける姫、
蒼音は魔術詠唱を続ける。
その光景に、
レナはしばし言葉を失った。
あんな華奢な体で魔物と戦うことも、
扱いにくいヨーヨーを武器として使っていることも驚いた。
だが、今の状況は、
それらとは比べ物にならない。
まるで何か鈍器のようなモノで、
後頭部を殴打されたような、
とてつもない衝撃だった。
レナ自身も炎限定で魔術を使用することができる。
それゆえ、意識を集中させる時に、
他の事を考える余裕など、
あるハズがないということは、
身を以って知っている。
ましてや集中している時に別の行動を取るなど、
もっての外だ。
だが、視線の先にいる蒼音という女性は、
それを可能にしている。
詠唱中の際に無防備になる隙を狙い襲い掛かってくる、
魔物の動きを止めるべく、
2つのヨーヨーを駆け巡らせているのだ。
レナにとってまさかの、
有り得ないハズの事が、
今、目の前で起こっている。
信じる信じないの選択などない。
もはや、信ぜざるを得なかった。
ちょうどその時、
蒼音は閉じていた目をパッと開いた。
そして自分を守らせていた騎士を、
再び手元に戻すと、
「石動流十神術その壱、烈火!」
両手を大きく開き、
高らかに叫んだ。
瞬間、2つのヨーヨーから轟! という音を立て、
深紅の業火がそれぞれ現れる。
そしてキルベアを目がけ、
まるでミサイルのように飛んでいき、
一対の炎は魔物の頭部へ直撃した。
炎の威力自体は、
レナの撃つ炎よりもだいぶ小さかったものの、
それでも魔物を森へ追い返すには十分だった。
キルベアはびっくりしたように首を数回、
ブンブンと振り回した後、
慌てて里の外へと退散していく。
「帰りなさい、あなたの住む森へ……」
諭すように、それでいてどこか物悲しそうに、
蒼音は去りゆく魔物へ、言葉を贈る。
そして七星の里に、再び静寂が戻った。
「ね、ね、すごいでしょ!?
可愛くて性格も良くてスタイル抜群!
おまけに神術も使えて魔物も退治できちゃう!
あれこそが七星が誇るスーパーアイドル、
石動蒼音よッ!!」
時間を忘れ、しばし言葉を失う3人の横で、
意気揚々と弾む女性の声だけが、
静かな喧騒を取り戻した里内に響き渡った。
次回投稿予定→12/27 15:00頃
 




