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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第1章 ワームピル大陸編
7/219

第5話:真夜中の怪しい列車、真夜中の怪しい王都ファースター

「ダメだったか……」



暗い表情を浮かべるレナの舌打ちが、

運転室という狭い空間内に鳴り響く。


魔物の頭と思しき、

ジャイアントウルフを倒したレナ達は、

そのあと急いで運転室へ向かったのだが、

鍵がかかっていた。

当然、鍵など持っていないレナ達は、

鍵を破壊して運転室に入ったが、

そこで見つけたのは、

すでに事切れて倒れている、

運転手の姿だった。



「そ、そんな……」



アルトががっくり膝をつく。


無駄だとわかっていても、もしかしたら――。

その想いで何回か治癒術を使ってみたが、

やはりピクリとも動かない。



「時間がないわ。

 急がないと!」



アルトに、そして自分に言い聞かせるかのように、

レナが操縦席のほうへ体を向ける。



「で、でも、止め方知ってるの!?」



レナの言葉で我に戻ったアルトも、

一足遅れて操縦席へ。

こうなってしまっては、

自分たちでこの暴走した列車を止めるしかない。


……のだが。


「さぁ、あんまよくわかんないけど、

 非常停止の場合のボタンとか、

 なんかあるでしょ」


「えぇ!?」



おそらくアルトはレナが列車の止め方を、

知っていると考えていたのだろう。

そのレナからの予想外の言葉に、

顔が一気に青ざめていく。

それは、あまりに想定外すぎる現実だった。


そんな青い顔のアルトをよそに、

レナは必死に操縦席にある、

ハンドルやボタンとにらめっこしていく。


その様子が、

『あんたもそんな表情してないで探しなさいよ』、

と無言で語りかけてきたのだろう、

アルトも慌てて、操縦席でにらめっこを始める。

そう、一喜一憂をしている余裕など、

どこにもないのだ。


窓からはいよいよ王都ファースターの象徴、

ファースター城が飛び込んでくる。

終点であるファースター駅までは、

もう残り数分程度しかない。


と、ここで。



「ねぇレナ、これ!

 もしかして、これじゃない!?」



アルトが見つけたのは、

おそらく今までほとんど使われていなかったのだろう、

左足元のほうに、

埃がかかっていて見えにくいが赤い文字で、


in an emergency(=緊急の際)


と書かれた、古びたハンドル式のレバーだった。



「どれ!?

 ……ナイスアルト! 絶対これだわ!」


「よし、ンンうぅぅぅぅ!!」



レナの言葉を聞いてさっそく、

アルトが奥側に傾いていたレバーを、

ONと書いてある手前に倒そうとするが、

緊急用とあってか、なかなか動かない。



「どいて! 時間がないわ!」



気術と銃使いのアルトよりも、

マレクと日々稽古している自分のほうが腕力はある、

そう判断したレナはアルトの前に割り込む。


そして、レバーを両手で掴むと、

思いっきり手前に引いた。



「んんんにいぃぃぃぃ!」



力一杯引いているが、

ほんのわずか動く程度で、やはり動かない。

このままのペースでは、

駅までに間に合わず、

列車共々、ぺちゃんこになってしまう。



「が、頑張れレナ!!」



レバーは2人が握れるほど大きくないため、

アルトはレナの後ろで、

ただ祈ることしかできない。


得意の気術を使おうにも、

無機物に気術は通用しない。

そのため、気術の衝撃で、

レバーを動かすことはできない。

つまり、アルトが先ほどの戦闘で見せた、

気術による殴打が、

この状況では使えないのだ。


かといって、人に対しても、

アルトはさっきの治癒術しか、

今まで使ったことがない。

それ以外はまだ勉強はしていても使ったことは――。



(……!)



と、ここでアルトの脳内が、

1つの光を見出す。



(そ、そうだ! この前勉強したばっかりの術……!

まだ使ったことないけど……お願い!)


意を決したように大きくうなずくと、

アルトはそっと目を閉じ、

必死にレバーを引き続けているレナに向けて、

そっと手をかざす。


先ほどの治癒術と違う、

そしてやや長い言葉を呟いた後に、

アルトはハッ! という掛け声とともに、

精一杯の力を両手に込める。


するとほのかに赤みがかかった、

治癒術の時とは違うものの、

やはり暖かい光がレナの全身を包む。



「え、何? あ!」



アルトが後ろで何をやっているのか、

まったくわからなかったため、

全身を包む光に最初は困惑したレナだったが、

まもなく全身に、

力が湧いてくるような感覚に見舞われる。


さっきアルトから受けた治癒術のような、

疲れ切った体を癒す感覚とはまた違う、

まるで今までなかった力が、

レナに備わったかのように。



「! いっけぇぇぇぇ!!」



これならいける、そう感じたレナは今一度、

腕に力を込めて、思いっきりレバーを引いた。



ギィィィィィィ……ガチャン!!



レバーが動いた。

今までは引いても、

ほんのわずかに動いただけだった先ほどまでは違い、

順調にレバーが動いていく。


そしてレナの腕力と、

アルトの気術によってレバーは、

ついにONの位置まで到達した。



キィィィィィィィィィ!!



ONになるのを待ってました! とばかりに、

列車の車輪が全て停止する。


そして金属と金属が擦れあう、

嫌な音をしばらく発しながら、

列車はその速度を、急激に落としていく。


窓の外は、すでに終点のファースター駅に入る、

直前の地下トンネルで、

ただただ真っ暗な風景が続く。


もうやるべきことはやった、

あとは結果を待つしかない。

最後にして最大の魔物、

時間切れに勝ったかどうか。

レナとアルトは、ただただ間に合うことだけを祈った。


今までとは違って、

直接的に死と隣り合わせになっているからなのだろうか、

2人とも窓の外を見ていられず、

座り込んで祈っている。


間に合ったか、それとも――。


そんな2人の祈りが通じたか通じなかったか、

急激に速度を落とした列車が、ついに止まった。



(……た、助かった?)



止まったにもかかわらず、

いまだに祈っているアルトを横目に、

レナはゆっくりと立ち上がり、

そーっと窓の外を眺める。


そこにはファースター駅の、

プラットホームが広がっていた。

駅員のレナならわかるが、

運転室が止まる場所にしてはちょっと、

というより、かなり手前の停車になってしまったが、

間違いなく列車は停車している。


見た感じ、あと1分でも停止するのが遅れていたら、

線路は無くなり、

列車が止まらないことなど当然想定しない、

線路の終点を告げる、

無情なる壁に激突していたことだろう。


2人は助かったのである。



「ふうぅ……ほらアルト、

 ファースター駅、着いたよ」



よほど必死だったのだろう、

いまだに祈っていたアルトを立ち上がらせ、

レナは運転室の外に出る。


地下にあるため、

夜更けとは無縁な、

明るい駅のプラットホームには、

多くの駅員と警察官がうろついていた。


駅員はともかく、

警察官がいることに少々疑問を覚えたレナだったが、

これだけ到着時間が遅れれば当然かもしれないし、

マレクかルインの警察が、

ファースターに連絡を入れてくれていたのだろう、

そう考えたら、すんなり納得がいった。


その多くの人のうち、

責任者と思われる警察官らしき男が、

2人の前に姿を現す。



「レナ・フアンネにアルト・ムライズだな?

 この列車のことに関しては、

 こちらにも連絡が来ている」


「あらそう、

 やっぱり親方あたりが、

 連絡してくれたのかしら」


「あぁよかったぁ……。

 何とか生きて着いた……」



坦々とするレナの横で、

生と死の隣り合わせの緊張から、

ようやく解放されたのだろう、

まだ若干震えた声で、アルトがしみじみ呟く。

その眼には、うっすらと光るものが見える。



(とりあえずこれで一件落着ね、

さて、どうやってルインに帰




「魔物を使っての殺人、列車強奪、

 その他諸々の罪により、貴様ら2人の身柄を確保する」


「……え?」




あとは警察に任せて、

どうやってルインまで帰ろうか、

その事しか頭になかったレナが、

想定の「そ」の字もなかった言葉が耳に入り、

アルト共々固まってしまう。



「聞こえなかったか? 

 お前たちを拘束すると言っているのだ。

 さぁ、こいつらを城の牢屋に案内しろ」



まるでその言葉だけを言いに来た、

とばかりに男はそう言い残すと、

責任者はプラットホームの出口へ向かおうと、

体の向きを変え、歩き出してしまう。



「ちょ、は? 意味がわかんないんだけど!?

 何であたしたちが犯人みたいになってるのよ!?

 誰から、どんな話聞いてんのよ!!」


「そうですよ! 僕らはただ魔物を退治して……!」



あまりにも身に覚えがない、

というよりむしろ真逆のことをしてきた2人は、

責任者を呼び止めようと必死に叫ぶが、

男の足は止まらない。



「……連れていけ」



その言葉だけ残し、

責任者は姿を消してしまう。

そして、その代わりに数人の警察官が登場し、

レナとアルトをあっという間に取り囲んでいく。



「ちょ、放しなさいよ!

 ちゃんと調べなさいよ、このポンコツ!

 あたしらはあんたらよりもよっぽど……、

 あ、体触んなコラ!!」


「ま、待ってください!

 話を、話を!!」



2人の荒げた声だけが、

プラットホーム内に無情に響き渡る。

無論、2人を助けてくれる人など誰もいない。


そして、2人は大勢の警察官に囲まれ、

ファースター駅内から警察官共々、

姿を消してしまった。





ワームピル大陸最大の都市である王都、ファースター。

ワームピル大陸は他の大陸よりも、

寒暖差が少なく、気候に恵まれている。

そのため、各大陸の最大都市に比べて人口が多く、

住宅街や商店街はもちろん、

緑や自然もその中にうまく融合されている、

美しい街として世界に誇っている。

そして自国による産業、商業発展はもちろん、

他大陸からの輸出入のバランスによって、

発展してきた街のため、個々人の貧困の差もほとんどなく、

その住みやすさから他大陸から、

この街に住もうと移住してくる人も少なくない。


もっとも、その理由は貴族が全て城の中で暮らしているからであり、

貧困の差がないというのは、

市民街で暮らす人々の中では、という話なのだが。


また、他の大陸の王都と違う点として、

ファースター国王をはじめ、

王族が一般市民の前に顔を出すことは、

ほぼ皆無と言っていい。

そのため、王都ファースターで国王ほか、

王族の顔を見たことがないという人々が大半である。

ふだんの市民の暮らしを観察する目的で、

こっそり街に繰り出すために、

あえて顔を見せていないのではないか、

という噂もあるが、あくまでも噂であり、

実際に確認した人はいない。

(貴族の場合は視察という名目で、市民街に出かけるようだが)

それでも市民街に暮らす人々にとって、

生活面において、

それほど不自由な暮らしをするわけではないため、

特に気にすることはなく、

また不平不満が出ることもほとんどない。



そんな美しい街にそびえたつファースター城内で、

美しいとは180°真逆といっていい、

牢屋の中でぶつくさ文句を垂れる、

若い男女が2人。



「ちょっとー早く出しなさいよーこのポンコツー!

 こっちはあんたたちより、

 よっぽど仕事してんのよ、コラーッ!」



牢屋の入り口付近にある唯一の小窓から、

レナがギャーギャー叫んでいる。

その様子はとてもじゃないが、

17歳の女の子とは思えない。



「ちょっとレナ、一旦落ち着こうって……」



一方、こちらは冷静なのか、

はたまた落ち込んでいるのかは不明だが、

アルトはレナを宥めるのに必死だ。



「うるさいぞ、お前ら」


「じゃあ、はやくこっから出しなさいよ」


「バカかお前は」


「人の話を聞こうとしないほうが、

 よっぽどバカって思わない?」


「……侮辱罪も付け加えてほしいのか?」


「加えるも何も、

 元々何もしてないですよーだ!」



イーッ!っと口を開き、

奥のほうでやれやれ、

といった表情でやり取りを見ていたアルトのほうへ、

レナは戻っていく。



「まあいい、数日の間に貴様らの処分は決定するそうだ。

 せいぜい楽しみにしておくんだな。ふあぁぁ……」



時計は、夜中の3時手前を指している。

夜勤だとしてもさすがに眠いのだろう、

大きなあくびをしながらそう言うと、

番人は元の持ち場へと戻っていった。



「ふんだ、何なのよあいつら、

 腹立つわね」


「いや、だからとりあえず、

 一旦落ち着こうよ……」



アルトは相変わらず宥めようとしているが、

その声が聞こえていないのか、

レナはまるでマンガのように頬を膨らませ、

腕組みをして座り込む。



「あぁ、そういえばさっきの気術、

 助かったわ、ありがとね」



やはり先ほどのアルトの声は、

聞いていなかったのだろう、

不意にレナがアルトに話しかける。



「え? さっき?」


「ほら、レバーを引く時。

 あれのおかげで、

 何か急に力が入るようになったわよ。

 アレも気術の一種なんでしょ?」


「あぁ、アレね。

 そうだね、アレは人の体内の気の流れを、

 一時的に高める術なんだ。

 さっきのはレナの筋力を司る気を高めたから、

 一時的に腕力が増したんだよ」


「なるほど、だからあの時だけ妙に力が出たのね。

 あれ? でもアルト、

 最初に治癒術しか使えないって言ってなかったっけ?」


「うん。

 実践ではまだ治癒術しか使ったことなかったんだけど、

 仕組みだけは勉強していたから知ってたんだ。

 だから、ぶっつけ本番でやってみた術なんだけど……。

 成功して本当によかったよ」



照れくさそうな表情を見せながらも、

アルトは嬉々とした様子で話している。



「ほう……。

 ってことは今回、

 あたしは実験台になったってことかなあ~? 

 んん~?」



と、ここでついさっきまで感謝の意を示していたレナが、

まるで秘密のモノを見つけた、

子どものようなニヤニヤした表情でアルトに詰め寄る。



「ちょ、そ、そんなつもりじゃ……!」


「フフッ、冗談よ。

 むしろ感謝よ、ありがとね」



期待を裏切らず焦るアルトを見て、

レナは今度は子どもをからかう大人のように、

小さく笑う。

実際、あの気術がなければ、

命はなかったといっても過言ではないため、

感謝を伝えておきたかったのだ。



「それにしても、あの疑われようは何なのよ。

 あたしたちの話、

 まるで聞いてくんなかったじゃない、まったく」



レナが一通りお礼を言い終わったところで、

話をもとに戻す。

駅からこの牢屋まで少し距離があり、

その間ずっと警察官に囲まれていたのだが、

2人が何も言っても叫んでも、

聞く耳を持とうとしなかったのだ。


というよりも無視され続けていたのだ。

言い分を聞いてくれないにしても、

向こうからある程度の反応があれば、

どうしてこのような状況になったのか、

色々な情報を得ることができたのかもしれないが、

なにぶん、まったくの無反応である。

何をどう頑張っても、

情報など得られるはずがない。



「……もしかして僕ら、

 “シャック”と勘違いされてるんじゃない?」



不意にアルトから、

聞き慣れない単語が飛び出す。



「シャック?

 あー、名前くらいは聞いたことあるような」


「え? レナ知らないの?

 シャックは今世界で一番有名な、

 犯罪集団のことだよ?」


「いや知らないし。

 んで、何それ?」



曖昧な返事をするレナと、

なぜ知らないの的な雰囲気を出すアルトの、

温度差といったらひどいものである。

先ほどまで門番にギャーギャー騒いでいたレナと、

それをなだめるアルトという構図とは、

まったくの真逆である。



「シャックは列車を専門にしている犯罪集団だよ。

 ほら、山賊とか海賊とかあるでしょ?

 それの列車版みたいな感じだよ。

 世界中の列車に乗り込んでは、

 強盗や列車内の器物破壊を繰り返しているんだ。

 最近では犯行が、

 もっとエスカレートしてるって話も聞くけど……。

 しかも世界中どこでも被害の報告があるのに、

 なぜかどこを拠点にしているか、

 わかっていないんだ。

 警察や国をあげて探してるみたいなんだけど、

 どうしても見つからなくて……。

 とにかく正体が全くわからない、

 世界中で犯罪を繰り返している集団なんだ」


「そんなのがいるんだ、

 あたし駅で働いてたのに全く知らなかったわ。

 ったく、お偉いさんは何やってんだか。

 それって、結構前から有名だったの?」


「いや、ここ1年くらいの出来事みたいだけど……。

 てか、逆に何でレナが知らなかったのかが、

 不思議なんだけど」


「まあ、あたし新聞とか読まないし、

 テレビとかも見たりしないもん。

 親方は知ってたんだろうけど、

 たぶんあたしも当然知ってるだろう、みたいな感じで、

 話題にならなかったんじゃない?」



と、口は言ったものの、

レナも実は内心、かなり不思議に感じていた。


もう何年も前から、

親方と一緒にルイン駅で働いていたのに、

なぜ、ただの一度も話題に上がらなかったのか。

たとえ自分の言った理屈の通りだったとしても、

そんな偶然有り得るだろうか、と。

……が、アルトには関係ない話だと感じ、

あえて口にしなかった。


そして、それと同時に、

今日の昼に起きた事件、

あれももしかしたらシャックの仕業ではないか、

という思いが、膨らみつつあった。

もしコウザがシャックの一員として、

起こした事件だとすれば。

目的は不明だが、

とりあえず一連の辻褄は合う。



(…………)



レナはふと気づいた。

もしそうだとすると、レナは今日一日、

シャックに振り回された挙句、

シャックの一員と疑われ、

犯罪者として今、

この冷たい床に座っていることになる。

色々と考えを巡らせていたレナの思考回路内で、

段々と怒りがこみ上げ、

そしてその矛先が、

シャックのほうへ向かっていく。



「……ってことはそいつらのせいで、

 あたしたちは、

 こんな薄暗い部屋に閉じ込められているワケね」


「レナ?」


「ったく、腹立つわね。

 シャックだかジャックだか知らないけど、

 こっちはとんでもない被害被ってんのよ!

 今度見つけたら、

 ボコボコにしてやるわ……ッ!」


「ちょ、ちょっと、

 物騒なこと言わないでよ……」


「いいじゃない、こっちは濡れ衣着せられてんのよ、

 今度また変なのに遭遇したら……」


「わかった、わかったから、

 一旦落ち着こうって!」



怒りの矛先を手に入れ、

俄然鼻息が荒くなっているレナを、

まるで猛獣を必死に宥める飼育員のように、

アルトが落ち着かせようとする。



「さて、それはさておいても、

 とりあえず、ここから脱出する方法を考えないとね」



飼育員の宥め効果があったのだろうか、

猛獣……もとい、レナはふと冷静に戻り、

辺りを見渡しながらぽつりと呟く。



「え、脱出って……?」



嫌な予感がしたのだろう、

アルトが恐る恐るレナに聞いてみる。

近くに門番の気配はしないが、

万が一、聞こえていたら大問題になるため、

声の音量は自然と小さくなる。



「そりゃもう、ここから脱出する方法よ」


「だ、ダメだよ!

 脱獄なんてしたら……!」


「だって、このままいても、

 シャックとして言い訳もさせてもらえず、有罪確定よ?

 それだったら、外に出れる可能性に賭けた方がよくない?」



コソコソ声のまま、

レナは横の壁に座りながら寄りかかる。



「そりゃそうかもしれないけど……でも、

 大人しく待っていれば、もしかしたら


「“もしかしたら”を考えるなら、

 より可能性の高い“もしかしたら”を取るべきね」


「確かにそうだけど……」


アルトとレナの間に、

僅かな沈黙が流れる。


レナの言う通り、

先ほど聞く耳すらもってくれなかった、

無言の警察官達の様子から察するに、

言い訳や状況説明をさせてもらえるような余地は、

ほとんどない。


それならば、ここからの脱出を試みたほうがいい。

うまく脱出できれば大成功、

もし仮にダメだったとしても、

少なくとも捕まった時に、

面と向かって話す機会を持つことはできるだろう。

脱走の罪は確実に増えるため、

リスクはかなり高いが、

それも元々の無罪を証明さえすれば、

良い方向に状況を持っていくことができるだろう――。

レナはそう考えていたのだ。



「……そうだね、

 出来る限りのことはやってみよう」



アルトがレナの考えを理解するのに、

それほど時間はかからなかった。



「おっけー、どーもですっと。

 そしたらまずは、

 どっかこの部屋に、

 何か怪しいとこがないかを調べるところからね」


「そうだね。

 でも、これ……とんでもなく地道な作業だね」



……ものの、げんなりした表情で、

アルトは部屋中の壁を触り始める。


無理もない、

そもそもあるかどうかもわからない、

脱出への手がかりを、

何の伝手もないまま、

探さなきゃいけないからだ。

それはまるで、

当たりがあるかも知らされていない鉱山から、

金を発掘するようなものである。



「うーんそうね、さすがに途方もないわね」



一方、しゃがみこんで延々床を調べているレナ。

自分で言い出した手前、

自分から止めることはできない。

部屋に灯りはついているが、

所詮は牢屋の灯りである。

物を探し出すために欲しい明るさには、到底及ばない。



「さて、どうしたものかね……」



探し始めて数分も経たないうちに、

ひとまず休憩、とばかりに、

レナは再び横の壁に寄り掛かる。


と、ここで。



「ねぇ、あんたは何か知らないの?」



不意にレナが独り言を呟く。


決してアルトに話しかけたわけではない。

実際、壁を探していて背を向けていたアルトが、

呼ばれたと思い、レナのほうへ振り返ったが、

レナはアルトのほうを見ていない。


視線をやや上方に向け、

どこか遠くを見ているようだった。


だが、周りからは何の反応もない。

しばらく無音状態が続く。



「ねえ、何か知らないって聞いてるんだけど。

 こっちの話だけ盗み聞きしてて、

 問いかけには無視って、ひどくない?」



レナは構わず続ける。

この様子だと、どうやらこの空間以外の誰かに、

話しかけているようだ。


でも誰と? 

アルトが?マークを並べていると、



「うわーバレてたか、

 嬢ちゃん、すごいな」



周りに悟られないようにだろうか、

レナ同様、やや控えめではあるが、

聞き慣れない若い男の声が、

どこからか聞こえてくる。

どうやらレナが寄りかかっている壁の、

向こう側の牢屋からのようだ。



「そりゃ息づかいが聞こえてくれば、

 誰かがいるな、

 ってことくらいわかるわよ。

 ったく、どんだけ壁に貼りついて聞いてたのかしら、

 どっちにしろ、こっそり盗み聞きなんて、

 性格悪いわね」



心なしか、やや怒り気味の声でレナが話す。


少し前にレナが壁に寄りかかった時、

後ろからの人の気配と、

途中途中わずかに聞こえた息づかいで、

レナは、隣に誰か人がいて、

こっちの話を聞いていると判断していたのだ。


やや怒り気味なのは、

どうやら話している内容がばれたというよりも、

こっそり盗み聞きしていたほうが、

気に障っているのだろう。



「ははっ、悪かったって。

 いや、なんだか面白い話をしていたからつい、ね」


「まあいいわ。

 んで、あんたは何か知らないの?」


「何かって、何をだい?」


「……あんたに聞いたあたしがバカだったわ。

 もういいわ、それじゃね」


明らかにイラついている口調でそう言うと、

レナは再び、床を探し始めようとする。



「あぁ~待った待った、

 悪かった、悪かったよ。

 ここからの脱出方法のことだろ?

 やっぱ知りたい?」


「やっぱ何でもないわ、さようなら」


「……何なの、この人」



当然アルトも声に気付き、

壁のほうに近づいて話を聞いていたが、

男のあまりの調子に、若干顔が引きつる。



「もしここが牢屋じゃなかったら、

 あんた今すぐ、

 何万光年も遠くの星になってるわよ、

 牢屋越しでホントによかったわね」



言い回しが微妙にずれているが、

レナのお怒りは相当だ。



「……わかった、真面目に話すよ。

 その前に、そこからだと番人の姿が見えるだろ?

 ほいそこの少年、

 番人が居眠りしてないかどうか見てきな。

 こっからの小窓からじゃ、見えないんでね」



レナのお怒りモードを感覚的に察知したか、

急にトーンを落として、

男はアルトに指示を出す。


アルトが半信半疑ながらも足音を消しながら、

入り口にある小窓から、

こっそり番人の様子を覗う。


そこには椅子に座って、

頭をこっくりこっくりさせている、

番人の姿があった。

時計は3時半近くを指している。

完全なる居眠り状態だ。



「寝てるよ。

 こっくりこっくりしてたよ」


「よし、なら行けるな。

 いいか、今から抜け道を教えてやるが、

 1つだけ約束してほしいことがある」


「約束? 何?

 てか、それよりあんた、

 なんで抜け道あるのを知ってんの?」



相変わらず男を信用していないのだろう、

レナは所々にトゲを出しながら話している。



「まあ、長いこと牢屋に入ってれば、

 色んな情報が入ってくるってもんよ。

 それよりも約束ってのは、

 俺も一緒に連れていってほしいんだ」


「は?」



思わず2人が同時に声を出す。



「そろそろ俺も、

 この牢屋を抜け出したいと思ってたんだ。

 だが、1人じゃ心許なくてな、

 一緒に脱出する仲間を探してたんだよ。

 どうだ? 悪くないギブ&テイクだと思うが」


「……どうする、レナ?」



男に聞こえないように、

さらに小さい声でアルトがレナに訊ねる。

どう考えても何か考えてそうな男だし、

そして何よりも、怪しい。



「……ひとまずここは乗っておいたほうがいいわね。

 とりあえずの目的は脱出だし。

 もしコイツが何か変な真似したら、

 その場で2人でボコボコにすればいいでしょ」


「え、僕もボコボコにするの!?」


「おーい、どうだ?」



2人の会話が聞こえていたかどうかはわからないが、

しばらく返事がなかったためか、

男が再び問いかけてくる。



「こっちが聞いたときは、

 なかなか答えてくれないクセに、

 そっちからの問いかけには早く答えろって?

 なかなかいい性格してるわね。

 ……でもいいわ、その約束守るわ。

 だから教えてくれるかしら?」


「おいおい、第一印象最悪だな……。

 ってそうじゃなくて、そう来なくっちゃな!

 よしいいか、そしたらお前たち、

 今、俺の壁側にいるよな?

 ってことは、右端に机があるだろ?

 それをどかして床を調べると、

 他のブロックと少し色が違う、

 ブロックがあるはずだ。

 それを持ち上げてみな」



男の指示通り、

まずアルトが机を静かにどかして、

そのあとレナが、床を丹念に調べる。


すると、薄暗くてほとんどわからないが、

確かに他のブロックとは、

ほんの少しだけ色が違うブロックがある。

レナがそのブロックを、

右手で持ち上げようとするが、

これが意外と重く、動かない。

今度は両手で持ち上げてみる。


ゴゴゴゴ……という小さな音と共に、

手に持ったブロック……だけでなく、

なぜか周辺にあったブロックも、

一緒に持ちあがっていく。

そして下から出てきたのは、

真っ暗な下の空間へ続く、

鉄格子階段。


思わず顔を見合わせる2人。

男の説明で、脱出口があるとは解っていたが、

いざ実際に目の前に広がると、

やはり驚きの表情は隠せなかった。

どうやら男の言っていた脱出方法とは、

本物のようだ。



「下に降りたらちょっと待っててくれ、

 俺もすぐ行くから」



男はそう言い残すと、

何やらごそごそと隣で準備を始める。

どうやら同じ仕掛けを解いているようだ。

2人はしばらく鉄格子階段が導く、

真っ暗な空間を見つめていたが、

黙ってお互い頷き合う。

そしてレナが先に、階段に手をかける。

そして続いてアルト部屋を一通り見渡し、

階段に手をかけると、

共に真っ暗な空間へと消えていった。

今回は何とか近い時間帯に更新できました☆

…ほめられたものではない(泣)

ちなみに次回にあらすじを入れる予定です。

なので諸々よろしくお願い致します~

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