第65話:”アオネ”
自然と生きる望郷の里、七星。
壮麗な大自然に囲まれ、
まるで他国とは違う時間軸が形成されているような、
ゆっくりと、それでいて穏やかな世界を、
この里は象っている。
そのこともあっていつからか、
七星にはこの「自然と生きる望郷の里」という、
通り名のようなものがつくようになっていた。
また、すべての建物が木材で作られており、
コンクリートやレンガ、
といった類の建造物は一切ないことも、
自然との調和をさらに印象づけている。
そして何よりも、
他の街と明らかに違うのは――。
「みんな随分と変わった格好をしているわね」
「ホントだ。
何だろう、アレ。
すごく歩きにくそうだけど」
「ロングスカート……にしちゃあ、ちと長すぎるな。
それに腕の所も妙に長いし、何だありゃ?」
船の到着地から歩き始めて10分ほどで、
里へとたどり着いた3人は、
目の前を行きかう人々の恰好に、
?マークを並べている。
と、そこへ1人の女性がレナ達に気付き、
ススッと近づいてくると、
「あら、外国の方とは珍しい。
こんにちは、ここは七星の里よ」
「あ、どうも初めまして。
みんな珍しい服装をしているのね」
「? 着物がそんなに珍しいですか?」
「キモノ? その服はキモノって言うのか?」
「ええ、そうですよ。
ご存じないですか?」
不思議そうな表情を浮かべるレナ達を、
着物を着た女性は、
さらに不思議そうな様子で見ている。
そう、この七星に住む人々は、
着物や袴といった、
いわゆる「日本」を想起させる服装をしているのだ。
七星は離島内の里という性格から、
他の街とは異なる文化を歩んできた。
その結果、七星独自の文化、
すなわち古来日本に類似した文化が根付いてきたのだ。
その証拠に、
辺りをよく見ると、
通る人々のおよそ8割以上が、
黒髪である。
まるで一昔前の日本へと、
タイムトリップしたかのような気持ちになる、
七星の里はそんな場所だったのだ。
「それで、どうされたんですか?
何かこの里に御用でも?」
レナ達に話しかけてきた、
長い黒髪を束ねることなくサラリと伸ばした女性は、
控えめな笑顔で言う。
何の前触れもなく、
外国から人が訪ねてきたとなれば、
当然の反応である。
「あ、えーと、じつは船が……」
突然トラブルを起こしちゃって、
と続けようとしたレナだったが、
「……もしかして皆さん、
蒼音に会いに来られたのですか!?」
わずかに心躍るような表情で話す女性の声が、
レナの言葉をかき消す。
そして、外部者であるレナ達に、
再び聞き覚えのない単語が、
耳に飛びこんできていた。
違うわよ、と前置きした上で、
「アオネ……って何?」
レナは女性に問いかける。
すると女性は少しばかり、
残念な表情になりながらも、
「そう、ですか……。
じゃなくって、
蒼音はわが七星の里が誇る、
スーパーアイドルのことですよ!!」
先ほどまでの慎ましさはどこへやら、
女性はまるで自分が褒められたかのように、
言葉を躍らせている。
その様子に、
レナは若干引き笑いを浮かべながらも、
話を先へと進める。
「スーパーアイドル?
ということはアオネってのは人?」
「そうよ!
見た目も可愛いし性格もよし、
それにスタイルもバッチリの、
非の打ちどころのない女の子なんだから!」
「そ、そうなのね……」
「それだけじゃないんだから!
蒼音の一番凄い所は……!!」
どうやら完全に火を点けてしまったらしく、
レナやプログが引き顔になっていることに気付かず、
女性はまるでマシンガンを乱射するがごとく、
言葉を続けている。
こりゃーどうしたものかね、
とレナが頭に手を当てていると、
「でも、お姉さんも十分綺麗だと思いますよ?」
アルトの何気なく発した言葉が、
暴走気味の女性へと突き刺さる。
その瞬間、暴走はピタリと止まり、
代わりに女性の顏が徐々に赤らんでいく。
「え!?
そ、そうかし……ら?
もう、君ったらお世辞がうまいんだから!」
「いや、お世辞だなんて、
そんなつもりはないんですけど……」
「またまたぁー。
でも、ありがとう。
お姉さん、嬉しくなっちゃった」
「はぁ……」
アルトのファインプレー(?)によって、
通りすがりの女性の暴走は、
すっかり収まったようだ。
(あー……なるほどね)
2人のやり取りを観察していたレナは、
何かに気付いたように心の中で呟いたが、
それはさておき、
と気を取り直すと、
「とりあえず、ここの里の、
代表みたいな人にお会いしたいんだけど、
どこに行けばいいかしら?」
話が通じる今のうちに、
とばかりに話題を滑り込ませる。
ここを逃してしまって、
再びアオネとかいう、
女性の話題によって暴走されてしまっては、
面倒なことこの上ない。
「ああ、里長さまですね。
それでしたら」
レナの必死さが通じたか、
女性は里の奥へ続く道を指さすと、
「この道を真っすぐ行きますと、
突き当たりに神社がありますので、
その中の一番大きな家に、
里長さまはいらっしゃいますよ」
「何かよくわかんねえけど、
そのジンジャってとこにある、
一番大きい家に行けばいいんだな」
「はい、そうです」
「わかったわ、どーもですっと」
女性に礼を告げると、
レナ達はその場を後にして、
奥にあると教えられた、
里長の家へ向かうべく道を歩き始める。
「アルトはアレね、
年上からモテるタイプだわ、うん」
道中、しきりにうんうんと、
首を縦に振りながらレナは言う。
「え?」
「あー俺も思ったわ、それ。
普通の男ならあーゆー言葉、
何の下心もなく言えるワケねーしな」
まるでシンクロしているかのように、
プログも大きくうなずく。
一方のアルトだけは首を横にかしげ、
何のことを言っているのかわからずにいる。
先ほどアルトの発した、
『でも、お姉さんも十分綺麗だと思いますよ?』
というセリフ。
ここの部分だけ切り取ると大半の人は、
夜の街をうろつき、
隙あれば女性を口説いたりする、
ただのナンパ師を想像するだろう。
当然ながらその裏には、
いわゆる下心のようなものが、
渦巻いているに違いない。
だが、アルトの場合は違う。
この言葉を発した少年のまっすぐな瞳には、
下心や裏の考えといったものが、
一切浮かんでいなかった。
ただ純粋に自分が想ったことを、
飾ることなくそのまま言葉にした、
そんな雰囲気を、
アルトは醸し出していた。
だからこそ、
先ほどの女性も疑うことなく、
アルトの言葉をそのまま、
受け入れることができたのだろう。
だが、当然というかやはりというか、
アルト自身には、その自覚はない。
レナとプログにとっては、
それこそが、一番驚くポイントだった。
「……この雰囲気だと、完全に無自覚ね」
「え? え?」
「いやー、役得だ。
アルト君、君はじつに役得だねえ~!」
このっこのっ、とプログはアルトに、
軽く肘打ちをお見舞いしている。
その様子はさながら、
目の前で女の子に好きと言われた友人を茶化す、
10歳程度の悪ガキのようである。
「あーあ、いいなぁ~。
俺も年上にモテてぇなぁ~」
「安心しなさい、あんたにゃ一生ムリよ」
「うお、即答!」
「あんたみたいな薄っぺらい男、
年上がかまってくれるハズがないでしょ」
「いやいや、わかんないぜ~?
このくらいひねくれている方が
もしか
「無理。
あたしが保証するわよ、
百パーないから」
男の夢を求め、
何とかモテる方向へ追いすがるプログを、
レナはいともあっさり玉砕してしまう。
「あっそ……。
じゃあ年上が無理なら、
俺は年下に
「安心しなさい、
年下なんてもっと無理よ」
「うお、これも即答!」
「あんたみたいな薄っぺらい男、
年下が信用するわけないでしょ」
「ひどい!
ってかオイ待て、
理由が年上とほぼ一緒じゃねーか!
否定するならせめて別の理
「要するにあんたは、
筋金入りの薄っぺらさってことよ」
「セリフを使い回しすんな!
つか、人の言葉にワザと被せてくんじゃねぇよ!」
再び男のロマンを粉砕された挙句、
いつものお決まりパターンに持ち込まれた、
残念な男と、その男を今までのセオリー通りに、
さらりと受け流す、年下の少女。
「っつーかそもそもお前は話を聞かな
「妄想大爆発の残念な男の話を、
何であたしがわざわざ聞かなきゃいけないのよ」
「今回だけの話じゃねぇよ!
今までだって何回も人
「あーあーそうですか、
そりゃあたしが悪かったですゴメンサイネー」
「謝罪が片言すぎる!」
これまで何度見てきたことだろうか。
アルトの話をしていたハズが、
レナとプログの会話はいつの間にか、
清々しいほどの脱線を見せている。
だが、絶賛ヒートアップ中の2人から、
完全に取り残された、
議論の大元であるアルトは、
「年上に……モテる?
なんで??」
レナとプログの論争以前の疑問に、
しきりに首をかしげているのであった。
そんなこんなで、
七星の里の奥へ続く、
木々に囲まれた道を3人が進んでいくと、
いわゆる“神社”のようなモノが、
姿を現した。
真っ赤な鳥居の先には、
中央に構える大きな本殿を筆頭に、
その本殿の左右に構える、
拝殿や幣殿といった建築物。
周辺に散りばめられたモミジの木と相まって、
参拝者を暖かく迎え入れる雰囲気を醸し出している。
それはまるで来るものすべての心を、
一切の波紋を起こさない、
静かな水面のように落ち着かせてくれるような趣である。
……が。
「えーと……どれ?」
目の前にそびえる鳥居をくぐる手前で、
レナは表情を濁らせる。
入り口付近で話した女性いわく、
里長はこのあたりの、
一番大きい家に住んでいるという話だった。
ハズなのだが、
「うーん、この中で一番大きいのは、
目の前の建物っぽいが……あんな場所に住んでるのか?
見た感じ窓とかもねえし、玄関もねえぞ?」
「そうよね……。
それに屋根もなんか変な形だし。
大きさ的には、
この家で間違いないと思うんだけど……」
「もしかしてここの里長は、
結構な変わりモンなのか?」
レナ同様、
遠くから様子を窺うプログの顔色も、
どことなく曇っている。
当然のことながら、
外からやって来たレナ達3人にとっては、
この“ジンジャ”が何者であるのか、
皆目見当がつかない。
ましてや神社の本殿という仕組みとなれば、
なおさらである。
そのおかげで、
七星の里の人々に多大なる恩恵をもたらす、
ありがたい神様を祀るためにある本殿も、
3人にとっては玄関も窓もない、
ただのヘンテコな家という存在に、
成り下がってしまっている。
と、ここまで黙って話を聞いていたアルトが、
状況を見るに見かねたのか、
「あ、あの人にちょっと聞いてみない?」
鳥居と本殿のちょうど中間のところで、
竹ぼうきで落ち葉を集めている女性を指さす。
レナ達が女性へと近づいていくと、
深紅の巫女装束に身を包んだその女性は、
3人に気付くなり深々と礼をする。
「ようこそ、石動神社へ。
……あら、外国の方ですか?」
「ええ、ちょっとね。
それより、ここの里長さんにお会いしたいのだけれど、
どの家に住んでいらっしゃるのかしら?」
「里長様ですか?
里長様でしたら、
あちらの社務所にいらっしゃいますよ」
そう言うと女性は、
レナ達が想定していた方角とはまったく違う、
斜め後ろ方向へ手を向ける。
レナ達が振り返ると、
その方向には本殿の大きさまでは至らないものの、
それなりに大きい建物が、
神社を囲う木々に、
隠れるように存在していた。
どうやら、先ほどまでレナ達がいた鳥居の外からだと、
この建物は多くの木々に隠れて、
見えていなかったらしい。
「あんな所にあったのね。
助かったわ、どーもですっと」
「いえいえ。
それでは、私はこれで」
レナの礼に女性は深くお辞儀をすると、
再び神社の掃き掃除へと戻っていった。
「ねえねえ、
今の人もスッゴい綺麗だったよね!」
巫女さんと別れるなり、
アルトの言葉を皮切りに、
再び美人談義が始まる。
「確かにそうね。
ここの人には珍しく赤髪だったけど。
っていうか、この里は美人さんが多いのかしら?」
「どうだろうなぁ~。
けど、ここまで美人なヤツが多いと、
さっきの女性が言ってたアオネって子が、
俺はますます気になってきたぞ」
「うーん、あたしもさすがに、
ちょっと気になってきたかも」
「もしかしたら、
僕達がここに来るまでにすれ違った人の中に、
いたりしたのかな?」
「もしかしたら、いたのかもね。
ま、とりあえずそれは置いといて、
まずは状況確認ね」
気がつけば、
先ほどの巫女さんに教えられた、
社務所の前まで3人は辿り着いていた。
そう、レナ達がここに来た目的は、
船を点検するための時間稼ぎである。
決してアイドルを一目見ようと、
来たわけではない。
まるで里全体が、
その緊張感を忘れさせるような、
心落ち着く雰囲気を漂わせているが、
あくまでも3人にとって、
ここはまだアウェーの地に他ならないのだ。
レナはそのことを改めて再確認し、
ふう、と気持ちを落ち着かせると、
引き戸式の玄関を、
軽くコンコンと、2回ノックした。
「……そうでしたか。
それは大変だったでしょう。
何もない場所ですが、
ぜひゆっくりしていってください」
「どーもですっと。
そう言ってもらえると助かります」
「話が分かる里長様で、
俺達も助かりましたよ」
「いえいえ。
困った時に助け合うのは、
この里では当然のことですから」
「素晴らしい心がけね。
あたし達も見習わなくちゃ」
レナ達の警戒とは裏腹に、
七星の里長、石動は穏やかな表情で、
3人を迎え入れてくれた。
突然の訪問にも関わらず、
社務所の内部へと案内してくれた、
見た目40歳ほどの男、石動。
そしてレナが事情を説明すると、
石動は疑いの視線ひとつ見せることなく、
快く船の滞在を許可してくれた。
そればかりか、
滞在期間はこの七星の里で、
体を休めることも、
合わせて提案してくれたのだった。
どこか慈愛にも似た精神。
その優しさはレナ達が、
漂流者という“テイ”を作って話していることに、
軽く罪悪感を覚えてしまっているほどである。
ひとまず、
ここに船を滞在させる許可をもらうという、
1つ目の目的は達成できた。
残るはもう1つ。
すっかり七星の里全体の、
そして里長の懐の深さを思い知ったレナは、
その残りの目的を達成すべく、
石動に話をぶつけてみた。
「そういえば、
ここは仁武島って言うのよね?」
「はい、そうですよ。
それがどうかされましたか?」
「大変失礼な話なんだけれど、
あたし、今まで聞いたことなかった島の名前で……。
世界地理に疎いのよね……」
すいません、とばかりに軽く頭を下げながら、
レナは言う。
慎重に、かつ着実に、
話を核心部分へと持っていこうとする。
「そうですか。
まあでも、無理もないかも知れませんね。
この七星の里は、
どこの国にも属さずに、
発展してきた場所ですから」
(早ッ! ……でも来たッ!)
だが、目的は意外にも、
あっさり達成された。
外堀を埋めてから、
徐々に内部へ向かっていこうとしたら、
その外堀で決着がついてしまった、
まさにそんな感覚だった。
予想外な場面での目的達成に、
レナは一瞬戸惑いを見せたが、
すぐに思考を切り替え、
ここぞとばかりに話を畳みかける。
「え?
ここはどこの国にも属してないの?」
「ええ。
かつては近くの王都サーチャードの支配下だったようですが、
先代の時にその支配下から外れ、
完全な独立国となりました」
「そうだったのね。
あたし、知らなかったわ。
まだまだ勉強不足ね~」
目的を達成したレナは、
ここで速やかに話を終えた。
これ以上話せば、
ボロが出るリスクがあると判断したからだ。
目の前に立つ優しい里長に、
嘘をついているという感覚になり、
若干申し訳ない気持ちもあったが、
今はそれを気にしている場合ではない。
そして、そんなレナの考えを、
汲みとったか汲み取らなかったか、
後ろからプログが即座に口を挟む。
「そういえば、一つだけ聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
「この里に蒼音って女性がいるって聞いたんだが、
里長様はどこにいるか知らねえかい?」
「あんたねえ……」
聞くからにどうでもいい質問に、
レナは冷ややかな視線を送る。
だが、それと同時に、
(ナイス、プログ)
心の中では、そう感謝していた。
そう、この場合、
話している内容など、
どうでもよかった。
ここで必要だったのは、
話題を素早く変えることだったからだ。
本当に聞きたかったのか、
話題を変えるためだったのかはともかく、
レナにとって今のプログは、
ナイス過ぎるフォローだったのだ。
「蒼音……ですか?」
だが、その投げかられた問いに、
石動はキョトンとした表情を見せると。
今度はプログ達へと逆に問いかける。
「蒼音でしたら、
そこで会いませんでしたか?」
「え?」
思わぬ返しにプログを始め、
レナ、アルトも目が点になる。
そこで会う?
少し前の出来事を振り返っても、
レナ達はそれらしき人に遭遇した覚えはない。
最近会ったといえば、
ここの社務所を教えてくれた、
あの巫女さん――。
「え?」
まさか……、
レナはおそるおそる、
石動に訊ねてみた。
「あの、もしかして、
そこでホウキで掃除をしていたのって……」
「ハイ、それが私の娘、石動蒼音ですよ」
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