第64話:謎多き仁武島
やや自慢げに聞こえる、
船員の妙な口調に関してはどうでもよかったのだが、
“サーチャードの管轄”という最後のキーワードを聞き、
場に緊張感が一気に漂う。
クライドが騎士総長を務める、
王都ファースターと友好的な関係にある、
ウォンズ大陸の王都、サーチャード。
クライドに見つからずに事を進めていきたいレナ達にとって、
その言葉は一番聞きたくなかったものだった。
「そもそもジンム島自体が、
ウォンズ大陸のすぐ近くに位置していますし、
大陸本土とジンム島を結ぶ、
橋が架かっていますからね。
かつては七星も、
サーチャードの管轄だったようですよ。
ただ、それも昔の話であって、
最近は管轄から外れ、
独自の生活圏を持っているとのことです。
ですので、おそらくは大丈夫とは思うのですが――」
先ほどとは別の船員が丁寧に事情を説明しているが、
もはやレナの耳には入っていない。
(順調に行きすぎたのが、
ここに来て裏目に出たわね。
しかもよりにもよって、
元サーチャード管轄とはね……)
「航海が順調すぎて、
逆にエリフ大陸管轄の街までは、
簡単には戻れねえ、ってか。
んで、どうするよ?
つっても、選択肢はそれほど多くねえけど……」
8割がたレナの思考と一致したことを、
プログは渋い表情で話している。
「そうね……。
というより、それほどどころか、
1個しかなくない?」
残り2割の相違。
それはレナの思考の中で、
選択肢は1つしかなかったという点だ。
おそらくプログの言った選択肢とは、
ナツボシという場所に立ち寄って点検するということや、
このままディフィード大陸まで、
ノンストップで進むということ、
そしてエリフ大陸管轄の街まで戻る、
こういったものが含まれていたのだろう。
だが、今この時間こそ、
船は正常に海の上を進んでいるが、
シップイーターによる損傷がどの程度、
今後の航海に影響を与えるかはわからない。
そんな危なっかしい状態で船旅を続けるなど、
例えていうなら膝に爆弾を抱えた人が、
全力疾走をするようなものだ。
いつどこで、
その爆弾が爆発するかも分からない上、
走り続けるごとに、
その爆弾の状況は悪化していく。
そして一度爆発してしまったら、
それで終わり。
現在のレナ達は、その状況に等しい。
ましてや、
この局面での爆弾の爆発はすなわち、
船の転覆である。
そうなってしまえば、
先に進めないどころか、
船に乗る全員の命が、
奪い去られる事態になりかねない。
だが、かといって、
エリフ大陸管轄の場所まで戻るという選択肢も、
ベストの選択かと問われれば、
決してYESではない。
レナ達はディフィード大陸に渡り、
王都キルフォーの責任者と面会し、
相互不可侵の取決めを得て、
再びエリフ大陸の王都、
セカルタへと戻るという行程を、
1週間以内に必ず踏破しなければならないという、
何物よりも優先される大前提がある。
確かに今までは、
順調な道のりであった。
予定よりも早いペースで進んできている。
だが、ここで来た道を戻り、
再びディフィード大陸を目指すほど、
時間に余裕ができたわけではない。
というよりそもそも、
今の場所から、
エリフ大陸管轄の最寄り街、フォルワンよりも
船員たちの話していたジンム島にある里、
ナツボシの方が近いという、現実がある。
故障の危険を確認するためなのに、
あえて遠くの街へ向かい、
もしその道中で船が沈没でもしてしまったら、
それこそ目も当てられない。
遠くの親戚より近くの他人、
とは、よく言ったものである。
無論、昔までサーチャード管轄だったという史実を、
簡単に見過ごすわけにはいかない。
だが、目的やリスク、時間、方法、
すべてを考慮して導き出される提案は、
レナの中では自ずと1つになっていた。
「……てことは、
どうやらお前の考える1つと、
俺のベストだと思う1つは同じっぽいな」
レナの言葉にプログは小さく肩をすくめる。
先ほどまでは、
選択肢が複数あることを匂わせていたハズだったのだが、
腹の中ではすでに提案の最右翼を、
作りだしていたようだ。
そうかもね、とレナは小さく首を縦に振ると、
「アルトはどう思
「僕もそれでいいと思うよ。
でも、もし可能なら、
町長さんか誰かに、
今の状況を確認しておきたいよね。
なんかこう、うまいこと話を持っていってさ」
レナがアルトの方へ振り向こうとした時には、
すでに背後からアルトの声が飛んできていた。
どうやらアルトも、
レナやプログと同じ考えで一致していたらしい。
「確かにそうね。
こっちの身分を知らせないまま、
先にその事実を確認できたら、
100点満点だけどね……」
「けど、ハードルは相当高いぞ?
そもそも、向こうがどんなヤツらかも、
まったくわからねえんだし。
それに、向こうからしたら、
俺らは完全な不審者だからな」
確かに見ず知らずの人間が、
いきなり家に押しかけてきて、
かつ自分の素性を明かさないとなれば、
10人中10人が、
不審者だと認識するだろう。
プログの顏が、
苦虫を噛んだ様な表情になるのも無理はない。
「まあいいわ。
そこら辺は、
そのジンム島って所に向かうまでに、
ちょっと考えときましょ。
考えているうちに転覆にでもなったら、
シャレにもならないわ」
レナはそう言うと、
船員たちの方へと顔を向ける。
そして続けて、
「とりあえず、ジンム島に向かってもらっていい?
着くまでに、あたし達も色々と対策立てとくから」
「わかりました。
それでは進路を変更し、
ジンム島へと向かいます」
敬礼のしぐさを皮切りに、
損傷部分に集まっていた船員たちは、
蜘蛛の子を散らすように、
それぞれの持ち場へと走っていく。
ものの数分もしないうちに、
北東へと進んでいた船舶は、
胴体の向きと進行方向を、
やや北寄りに変えると、
うっすらと明るくなってきた水平線に、
ぼんやりとだけ見える、
孤島らしきものを目がけて進みだした。
まだはっきりと輪郭を見ることはできないものの、
目を凝らせば、
そこには確かに大きな島がある。
「さて、これがどう出るかしらね……」
ベストの選択をしたとは思うものの、
レナは不安だった。
ただでさえ、
目的地のディフィード大陸も、
何が起こるか分からないのに、
加えて今から向かうジンム島、
そしてナツボシも初見の街である。
さらに、ナツボシの現在の状況によっては、
最悪の事態も想定しなければならない。
すでに決めたこととはいえ、
前途があまりにも多難すぎる。
ふう、と1つ、
レナは大きく、ため息をつく。
多く残るこれからへの不安因子など、
そうそう取り除けるものではない。
「ま、とりあえず今は、
できることをやっておこうぜ」
とその時、背後から声が聞こえる。
正体はプログだった。
レナがゆっくりと振り返ると、
元ハンターはいつものように、
わざとらしく肩をすくめると、
「どんだけ考えたところで、
この先何が起こるかなんて、
わかりっこしねえよ。
それよりもさっきお前が言ってた、
ナツボシでの立ち振る舞いについて、
早く考えようぜ。
サッサと考えないと島に着いちまうぞ」
話して、プログはお前らも早く来いよ、
とばかりに船内へと足早に消えていった。
まるでレナが囚われていた不安概念を、
別のモノに書き換え上書き保存をするかのように、
プログは次なる作戦会議の開催を提案した。
おそらくではあるが、
レナを気遣っての行動だったのだろう。
別の事柄を思案することで、
元々考えていたことを、
思考回路の片隅へと追いやる。
それはレナが漏らした、たった一言で、
不安という感情を読み取った年長者プログの、
せめてもの思いやりだったのかもしれない。
そしてレナ自身、そのことを察したのか、
「まさか、あんたに気を遣われるとはね」
もう1つ、ため息をつきながら言う。
ただ、同じため息でも、
先ほど漏らしたものと今回では、
明らかに質が違う。
不安を抱えきれずに、
思わずこぼれた最初のモノとは違い、
自ら積極的に吐いたため息。
年長者に気を遣わせたということと、
プログなんぞに励まされたという、
感謝の中にもひねくれが混在する、
そんなため息となっていた。
思わぬ人物の行動で、
思考を切り替えたレナは、
一部始終をそばで見守っていたアルトを引きつれ、
先に行くプログを追うべく、
船内へと急いでいった。
内海の北部、
ウォンズ大陸寄りに位置する孤島、ジンム島。
正確には「仁武島」と表記される。
孤島という性格上、
他の街とは一線を画す、
島独特の文化が古代から栄えていた。
そして、中でも特に文化発展の中心となったのが、
仁武島唯一の人里集落、
七星の里である。
島の約8割が山間と森林に囲まれているこの島で、
人々は七星の里で自然と神々、
そしてアニミズム精神に基づいた精霊に、
日々感謝しながら、今日まで暮らしている。
また、ウォンズ大陸と仁武島は、
海を挟んで数キロの距離にあり、
その間には1本だけ、
両土地を結ぶ大橋が存在する。
それはかつて、
サーチャード管轄だった時の、
名残といっていいものである。
だが、その特異なる生活スタイルからか、
他国はおろか、
自国であるウォンズ大陸からも、
七星の里を訪問する者は滅多にいなかった。
そういった背景を汲んでか、
いつの間にか仁武島、
そして七星の里はサーチャード管轄から外れ、
独立した集落という、
図式に収まることとなったのだ。
だが、じつはこの事実は、
いまだにサーチャードから、
公式には発表されていない。
あくまでも非公式で、
七星の里はサーチャード管轄から外されているのだ。
これが、一部人々の間で、
本当はまだ管轄内として、
王都サーチャードが保有しているのではないか、
という噂が飛び交う所以である。
そんな神秘と不思議、
そして謎と疑惑に溢れた仁武島に、
レナ達を乗せた船舶はついに到着した。
あれからレナ達は、
仁武島へ足を踏み入れるための作戦を練り、
その結果、
船を七星の里から、
少し離れた場所に船をつけたのだった。
実際、七星の里には港が存在するのだが、
あえてそこには行かず、
何もない、
そして人の目がつきにくいような場所をレナ達は選んだ。
なんでも、ファースターへ向かう途中に船が故障し、
潮に流されるまま船旅を続けていたら、
幸運にも仁武島に辿り着いた、
あくまで偶然ここに来た、
というテイにするためらしい。
かなり苦しい後付け理由に聞こえるものの、
今の短時間では、
この程度のことしか思いつかなかった、
というのが現実だ。
あとはとにかく、
どんな質問が飛んでこようとも、
このテイを最後まで貫き通す。
船に乗る人間全員の統一見解を確認した後、
レナ達は仁武島へと降り立った。
「……すごいわね、自然って」
目の前に広がる自然の雄大さに、
レナは開口一番、そう呟く。
決して今まで訪れてきた場所に、
自然がなかったというわけではない。
むしろ今までのすべての街に、
必ず自然というものは存在していた。
だが、今まで歩き渡った2大陸とは明らかに違う、
神秘的な雰囲気が漂う自然が、
この島には溢れかえっていた。
具体的にどこか違うかと言われれば、
言葉にすることは難しいが、
なにかこう、
まるで自然が人を招き入れるような、
つい、ふらっと入り込んでしまいそうな、
どこか幻想的なたたずまいを醸し出していた。
想像以上の自然の力に、
レナがしばし圧倒されていると、
横からひょい、と顔を出したプログが、
「さて、と。
そしたら予定通り、
俺らは七星の里を目指しますか」
何のお構いもなしにスタスタと、
森の中へと足を踏み入れていく。
というのも、
これも事前に決めていたことで、
仁武島に到着したらすぐに、
七星の里へ行くことにしていたのだ。
あくまでも今のレナ達は、
“遭難している船乗り”であり、
見つからないよう、
コソコソと船の点検をするよりも、
堂々と七星の里へと赴き、
事情を説明した方が、
より遭難者らしくなる、
という読みがあったからである。
それに加え、
整備士の見立てでは、
点検には約半日ほどかかるという話が出ていた。
そのため、時間稼ぎの意味合いもかねて、
船乗り代表としてレナ、プログ、
そしてアルトの3人が、
七星の里を訪ねることになったのであった。
……というような事情がありつつの、
プログのスタスタようである。
はたして事を急がせるべくわざとやったのか、
はたまた単純に自然の情緒を理解していないのか。
その真意は不明だが、
どちらにしても、
自然の趣を感じていたレナにとっては、
一気に現実に引き戻された格好になり、
気持ちのテンションが、
このうえなく下がっている。
「ったく、情緒もへったくれもないわねぇ……」
「ンなモン、あとからでも満喫できんだろ。
とにかく今は急がないといけねえんだよ」
「あっそ、つまんな……。
ちょっとでもあんたに感謝した、
あたしがバカだったわ」
「んあ? 何か言ったか?」
「別に、何も!
ほら、サッサと行きましょ!」
「もう、2人とも……。
すみません、それじゃあ後は、
よろしくお願いします」
ものの数十秒で、
レナはすっかり機嫌が逆転してしまっている。
アルトは不機嫌少女を必死に宥めると同時に、
船に残った船員たちへ軽くお辞儀をする。
そして3人は足早に仁武島の自然の中へと、
歩みを進めていった。
次回投稿予定→12/6 15:00頃




