第63話:少年の決意
「ヤバッ……炎破!」
魔物の行動の意味を察知したレナは、
グラつく足場ながらも、
踏ん張りを懸命にきかせると、
咄嗟に右手に持つ長剣を振り上げる。
時を同じくして、シップイーターから、
あの黒い弾丸が、プログめがけて噴射された。
短剣を持ち襲い掛かってくる者を標的とした、
シップイーターの墨攻撃は、
プログに命中するギリギリのところで、
レナの炎破によって相殺され、
小爆発音を発して、共に消える。
「よしッ、そしたら……!」
再び攻撃を妨害することに成功したレナは、
すぐさま次なる炎を呼び出すべく、
意識を集中させようとする。
ところが、魔物の動きは、
これで止まらなかった。
いや、それどころか、
墨を発射した時よりもより激しく、
踊っているかのように、
クネクネと体、そして触手を揺らしていた。
まるでこれから、
何かの儀式を執り行うかのように妖しく。
そして次の瞬間。
「なッ……!」
レナが気付いた時には、
甲板を突き破っている触手を除いた7本の触手が、
あらゆる方向から標的を串刺しにするべく、
プログの周りを取り囲んでいるではないか!
攻撃は、終わっていなかったのだ。
「プログッ、下がっ――!」
今のレナでは、あらゆる策を講じても、
7本の触手を止めることはできない。
それはすなわち、
プログがあの針山のような、
触手の餌食になることを意味してしまう。
本体だけに狙いを集中させているが故、
いまだ触手の存在に気付いていないプログを、
急いで助けるべく、
レナは咄嗟に叫ぼうとした。
とにかく危機を知らせれば、
元ハンターのプログなら、
きっと何とか避けてくれると信じて。
ところが。
「レナ! 伏せて!」
それ以上の声量で、
背後からアルトの鬼気迫る声が、
レナの耳を突き抜ける。
「――ッ!?」
突然の命令にレナは一瞬、
思考と行動を一致させることができなかった。
が、気がつけばアルトの指示通り、
素早く身を地面に伏せていた。
いや、指示通りというよりも、
行動が思考を追い越し、
体が勝手に反応した、という表現が正しい。
身を伏せた状態でレナが後ろを振り向くと、
そこには、片膝と片手を地面についた状態から、
空高く跳躍するアルトがいた。
気術によって眩く照らされた銀の短銃を、
左手にしっかりと握りしめながら。
その高さ、約3、4メートル。
拳銃に宿った気術の力で、
アルト自身のジャンプ力も、
文字通り飛躍的に上がっていた。
(主役になんてならなくていい……!
今は……みんなを支えるんだッ!!)
夜空に浮かぶ月影に、
己の影をクッキリと映しだしながら、
少年は心の中で強く、強く念じた。
1つは自分たちを信じて、
渦中へ身を投じたプログを助け、
この戦いを一刻も早く終わらせるため。
そして、もう1つは、
攻撃する術を失ったレナの役に立つために。
昨日、月として支えていくと決心した、
アルトにとっての太陽を、
ほんの少しでも支えられるために。
(絶対に……成功させるッ!!)
そこには、一切の迷いを断ち切り、
自分の存在を信じ続けることを決めた、
少年の限りなく強い想いが込められていた。
「1匹たりとも撃ち逃さないッ!!」
カッと目を大きく見開いたアルトは、
プログを取り囲む触手の根元へ銃口を向けると、
パァンッパァンッパァンッ……!
次々と特技、ブレイクショットを撃ちこむ。
それぞれの触手に各一発、
計7発の破壊弾を、
まるで杭を撃ちこむかのように、
触手へとねじ込んでいく。
「なッ……アルト!?」
自らの周りに降り注いだ数々の弾丸で、
ようやく事態に気付いたプログも、
思わず振り返る。
だが、それでもアルトは止まらない。
ただの1発も外すことなく、
7発すべての弾丸を撃ち終えると、
今度は両手でしっかり拳銃を握りしめる。
そして、今自分の体内にある、
“気”の力すべてを両手へ注ぎ込む。
「はあぁぁぁぁぁ!!」
アルトの気迫に比例するかのように、
銃口を照らしていた光が、
眩いほどの強烈な光となって、
徐々に渦を巻いていく。
最初は数センチほどだった弱々しい光は、
ほんの1~2秒でアルトの身長と同等くらいの、
まるで台風の天気図を早送りしたような、
猛烈な渦にまで膨れ上がる。
その光の眩しさは、
もし見ず知らずの人がいたら、
ここだけ真っ昼間ではないのか
と勘違いするのでは、というほどだった。
レナやプログはもちろん、
敵であるシップイーターですらも、
突如出現した“疑似太陽”に、
思わず動きを止める。
「破砕の連撃、全弾撃ち尽くす!
煌めけ! シャイニングルナッ!!」
そしてアルトは引き金を、
迷うことなく一気に引いた。
瞬間、それまで繋ぎとめられていた光の嵐から、
数多の光が糸を引くように、
地上にいるレナとプログは避け、
シップイーターにのみ、
次々と突き刺さっていく。
それはまるで、光のシャワーが、
上空から降り注いでいるかのような、
この世のものとは思えないほど美しい情景だった。
「グ……グオォォォッ!!」
先ほど触手への被弾に加え、
“気”の弾雨をまともに受けた、
シップイーターのうなり声が明らかに変わる。
見る者すべてを黙らせる、
幻想的な空間とは対照的に、
全身を襲う地獄のような苦痛に、
激しく悶える。
アルトの全身全霊を込めた攻撃、
シャイニングルナの時間は実際、
わずか数秒程度だった。
しかし、攻撃を受けたシップイーターを始め、
固唾を飲んで見守ったレナ、プログ、
そして攻撃者であるアルト自身すらも、
それ以上長く感じたに違いない。
魔物が痛みにのた打ち回る程の、
光を放ち終えた少年の体は、
まるで枝の支えを失ったリンゴのように、
急激に船の甲板へと落下する。
その少年から、
ありとあらゆる全身に閃光の銃弾を浴びた、
シップイーターの触手は、
地へ無造作に転がりピクリとも動かない。
また、先ほど墨の速射弾を撃ってきた本体も、
思わぬ地点からの襲撃を受けた影響からか、
ほんのわずかにではあるが、怯んでいる。
「プログ、今だよッ!!」
「オーケーだぜ、アルトッ!」
地上へと帰還する刹那、
少年は勢い込んで叫ぶ。
動きが完全に止まり、
隙のできたシップイーターにトドメを刺すのを、
元ハンターに託すために。
そしてその言葉を予期していたかのように、
プログはすでに走り出していた。
致命的なダメージは与えられたものの、
アルトの今出し得る、
最大の攻撃をもってしてもシップイーターを、
海の底へと葬ることは出来なかった。
今回も、彼は主役になることができなかった。
しかし、それでよかった。
月になると決めた少年にとって、
そのような問題はすでにほんの些細な、
取るに足らないものでしかなかった。
自分のやれるべきこと、
そして役目は終えた。
少年は再び、地へと降り立った。
「よっしゃあ!
ずいぶんと手こずらせてくれたじゃねえかよ、
このタコ野郎がッ!」
バトンを託されたプログは再び、
火薬の詰まった劇物を放り投げ、
放物線の途中でスパッと切り払う。
「テメーは特別だ、
いつもの2倍の威力でお見舞いしてやるよ!!」
先ほどのモノと今回で、
計2つの火薬物体を魔物に投げつけたプログは、
先ほどのアルトと同様、高々と跳びあがる。
「喰らいなッ、これが俺の超必殺ッ!」
頼みの触手を撃ち抜かれ、
致命的な隙を与えてしまったシップイーターに、
次なる大攻撃を迎え撃つ、
もしくは避ける力は、もはや残っていなかった。
「イグニテッドインフェルノッ!
ぶっとべぇッ!!」
次の瞬間、今まで数多の船乗りを、
地獄へ案内してきた巨大なオクトパスモンスターの体は、
想像を遥かに超える激痛と同時に、
四方八方へと弾け飛んだ。
海の底へと沈みゆく魔物の肢体を、
プログは悠然と見送り、そして呟いた。
「俺とケンカしたけりゃ、
もうちょい強くなれよ、ってな」
「はぁ……はぁ……」
地上へと戻った、
アルトの息は乱れていた。
まるで全力疾走をした直後のように、
足力が入らず地面にへたり込み、
肩で呼吸をしている。
少年にとってはそれほど、
すべての力を出し切った攻撃だった。
「サンキュ。
お前のおかげで助かったぜ」
座り込んでいたアルトが上を見上げると、
プログが右手をそっと差し出している。
「すごいじゃない、アルト。
あれ、どうやって撃ったの!?」
プログだけではない。
その隣には、アルトにとっての太陽、
レナがいた。
「魔物は……倒せたんだよね?」
「ああ、俺がバッチリ、
沈めといてやったぜ」
プログの手を借りながら、
アルトはスッと立ち上がる。
そこに、シップイーターの姿はない。
アルトのシャイニングルナ、
そしてプログのイグニテッドインフェルノによって、
魔物は間違いなく、撃退されていた。
「よかった……」
アルトはようやく、
胸を撫で下ろすことができた。
魔物を倒すことができたということ、
そしてもう1つ、
陰から支える立場として、
戦闘の役に立つことができたということ。
“月”になると決めた少年にとって、
その一言は2つの安堵感を意味していた。
「ねえねえ、あれも気術の1つなの!?」
「う、うん。
古い本に書いてあって、
前に読んだことがあったんだ。
気術を攻撃性を最大限に引き出す大技で、
僕には無理かなって思ってたんだけど、
成功して本当によかったよ……」
「そっか。
でも今回も、アルトに助けられたわね」
はしゃぐレナから労いの言葉、
そしてイタズラっぽい笑顔が飛び込んでくる。
「レナ……」
その言葉は、
アルトの表情を自然と綻ばせていた。
アルトに助けられた。
それは今までも、何度か耳にした、
レナの自分に対する、感謝の言葉。
でも、言葉の捉え方は、
前回までとはまったく違う。
今までは、それでも自分は役に立てていないという、
どこかネガティブな自分がいた。
むしろもっと頑張って、
早くレナのように強くならないという、
妙な焦りすら覚えることさえあった。
しかし、今回は違う。
直接魔物にトドメをさせたわけではなかったが、
“太陽”を支える“月”として、
その役目を全うすることができた。
レナが触手をすべて撃ち落とせないという、
困難な状態に瀕した時、
咄嗟に助けることができた。
アルトにとっての“太陽”であるレナを、
ほんのちょっとでも支えてあげることができた、
それだけでよかったのだ。
そして、それができたアルトにとって、
レナの労いの言葉とはじけるような笑顔は、
何物にも代えられない最高の喜びになっていた。
何も先頭に立つ人間だけが、
人を幸せにできるということではない。
陰から支えることで、
人を笑顔にすることもできる。
それを、身を以て実感することができたアルト。
気がつけば、自然と口から、
言葉が出ていた。
「レナ、僕、決めたよ」
「?」
「僕、月になるよ」
「え? 月になる?」
太陽と月理論を理解していないレナは、
唐突過ぎる話にキョトンとなり、
頭に疑問符を並べているが、
「うん。
月みたいに強くなれるように頑張るから。
だから、これからもよろしくね」
「え? あ、うん。
何かよくわかんないけど」
「それじゃ僕、船員さん達呼んでくるね!」
それだけ伝えると、アルトはその場を離れ、
いまだ物陰に隠れている船員の元へと向かっていった。
今はまだ、レナに理解されなくていい。
そのためには、
まだまだ自分が強くなる必要があるから。
それでも今のうちに、
レナに伝えておきたかった。
しっかりと言葉にして。
決意と信念を揺るぎないものにするために。
それが、アルトなりの決心だった。
「……どゆこと???」
妙な宣言をされ、
一方的に話を打ち切られたレナ。
少女からしてみれば、
意味不明という言葉が、
これほどしっくりくる状況もない。
「……ま、アイツらしいな」
というやり取りを、
一部始終観察していた理論の張本人、
プログはどこか斜に構えな様子で呟く。
「あんた、
もしかしてアルトに変なこと吹き込んだ?」
「んや、別に。
何も吹き込んでねぇよ。
ま、アルト君くらいの年齢は、
悩めるオトシゴロってことさ」
「何それ。
意味不明100点満点なんだけど」
「ま、レナが気にするようなことじゃねえよ」
胡散臭さを充満させてプログは話すと、
それじゃ、とばかりに軽く手を振り、
アルトの後を追う。
「……何アレ?」
結局なんの情報も得ることができなかったレナは、
そう呟くのが精いっぱいだった。
気がつけば東の方向からは、
ほんのりと光が立ち込め始めていた。
わずかに明るくなった船の上で、
レナ達と船員数名は、
触手に突き破られてしまった、
あの穴の部分に集まっていた。
幸いにも船底から開けられたものではなく、
直接海に面していない、
側部からぶち抜かれていることが分かった。
そのため、湧水のごとく水が、
船内に侵入してくる恐れは、
今のところない。
とは言え、側部の穴は海面ギリギリの所にあるため、
航海中に少しでも船が沈みこめば、
容赦なしに海水が入り込んできてしまう。
つまり、予断を許さない状況に変わりはなかった。
「どう? 治りそう?」
心配そうな表情でレナが覗き込む。
レナ自身、船に関する知識は、
それほど持ち合わせていないが、
甲板のど真ん中にポッカリと穴が開いていれば、
どれほど無知な者であっても、
心配になって当然だろう。
「う~ん……。
正直言って、これだけじゃ判断つかないな。
どこかの港でしっかり点検してみないと、
こりゃ何とも言えないし、
危険な状態には変わらんぜ」
だが、船の整備士はしきりに、
苦い表情を繰り返している。
彼が言うには、
水が大量に入ってくる危険性に加え、
エンジン部分やプロペラといった、
システム部分にも不安があるため、
一度しっかりチェックしてみた方がいいらしい。
「そう。
まったく、とんだ迷惑タコだったわね」
「まあまあ、そう言うなよ。
シャックのヤツ等が絡んでいる魔物じゃないだけ、
よかったじゃねーか」
「そりゃまあ、そうだけど」
アルトの攻撃、そしてプログの一撃と、
ありとあらゆる箇所を攻撃しても、
シップイーターには通用していて、
そして倒れた。
つまり、あの巨大ダコは、
シャックの技術云々は関係なく、
純粋な魔物であった、というワケだ。
もっとも、とても迷惑な、
置き土産を置いていってくれたが。
「ここから一番近いのは……ナツボシじゃねーか?」
「ええ、そうですね。
ただあそこは……ちょっとリスクがありますよ?」
「うむ……。
だがこの状況じゃあ致し方あるまい。
やはりナツボシに向かうべきだろう」
とここで、
船員数名が何やら聞き慣れない単語を交え、
小声で話している。
「ねえ、ナツボシって何?」
当然、すぐ近くにいたレナ達に、
その言葉が聞こえていないハズがない。
すぐさま船員へと問いかける。
「ここから1~2時間くらいの所に、
ジンム島と呼ばれる島があって、
そこにナツボシという街があるらしいんです。
ですので、そこでメンテナンスをしては、
と思いまして」
「ジンム島にナツボシ?
聞いたことねえ地名だな」
プログは首をかしげる。
無論、レナやアルトも同じだ。
ジンム、そしてナツボシ。
共に記憶内の知識にかすりもしない。
その様子を感じ取ったか、
船員の1人が何やら鼻息を荒げ、
なぜかドヤ顔で口を開く。
「まあ、完全なる島国状態だし、
アンタ達は知らなくて当然かもしれねえ。
それにナツボシ、ってかジンム島は、
昔はサーチャード管轄の地域だったらしいからな」
「サーチャードの……」
「管轄だと?」
瞬間、3人の表情が一瞬にして変わった。
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