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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
63/219

第59話:疑う少女

(やっぱりね……)



それが、予想100点満点の答えを聞いたナウベルの、

最初の反応だった。



レナ達から聞いた。

自分で聞いておきながら、

ナナズキの返答を、彼女は容易に想像できていた。



そもそもワームピル大陸の王都ファースターが現在、

シャックの根城となっているのを知る者は、

ほとんどいない。

その場を拠点としている7隊長でさえ、

この事実を知っているのは、

5番隊隊長であるナウベルだけである。


そして、ナウベルの知る限りでは、

この事態を知り得ている人物は、

全部で9人しかいない。

クライドやファルターを含め、

全員で4人いると教えられた、

『統率者』と言われるメンバー、それと自分。

そして……レナ、アルト、プログ、ローザの4人だ。


レナ達と対峙したダート王洞から戻ったクライドから、

敵である4人にファースターの真実を告げたと、

事後報告を受けているため、

この4人も知っているということは、

ナウベルも把握済みだ。


なぜクライドがわざわざ4人にそのことを告げたのか、

その意図までは知り得ていないものの、

しかし間違いなく、

4人はファースターの“裏”を知っている、

その認識は、彼女も持ち合わせている。


となると、

もしナナズキがこの情報を仕入れたとすれば、

この9人のうちの誰かから、

と考えるのが普通だろう。


万が一の確率でナナズキの思いつき、

という可能性も、あるにはある。

だが、例えば泥棒が家に入ってきて、

追い払おうと必死に立ち向かっていたら、

実は家族もその泥棒の仲間だった、

というような奇想天外な発想が、

そうそう思いつくだろうか。


よほど発想力に長けた者か、

もしくはただのバカくらいにしか、

思いつかないだろう。


この2つの可能性と、

何か確証を得ていることしか言わない、

ナナズキの性格を察するに、

どう考えても誰かから情報を仕入れた、

という可能性の方が高い。


そして、

ここで1つ、ナウベルが、

レナ達が情報源という予測をするうえで重要な点がある。

それはナナズキが、

いや、もっと言えばナウベルを除く残りの7隊長は、

『統率者』という存在を知らないという点である。


諜報活動を行うナウベルは、

クライドから『統率者』の存在を知らされているが、

なぜか他の7隊長には知らせないよう、

騎士総長からは固く口止めされている。

つまり、ナナズキはいまだ顔を見せない他の2人はおろか、

ファルターの存在すら知らないのである。

当然、クライドが『統率者』であるということも、である。


未知の人物から情報を仕入れることなど、

有り得るはずがない。

よって、9人の候補のうち、

まずクライド以外の“統率者”3人は外れることになる。

さらに、固く口止めしている張本人が、

自分からバラすなんてことは、

そうそう考えにくいという点から、

クライドも対象から外れるだろう。


そして、ナウベル自身も、

このことについてクライドとの約束通り、

一言も口にしていないという事実を踏まえれば、

自ずと答えは1つ、

敵であるレナ達から何かしらの形で聞いた、

としか出てこなくなる、というワケだ。


まあ、もっとも、



「ということは、

 あなたはどこかでレナと遭遇していたってことね。

 そんな報告、私は受けていないのだけれど?」



ナナズキがローザ捜索のためにファースターを出て以来、

ナウベルは幾度となく通信機による報告を受けてきた。


だが、その中でレナ達と遭遇した、という報告を、

ただの一度も聞いていない。


つまり、どこかしらのタイミングで、

ナウベルは嘘をつかれていた、ということになる。



「……アックスに行った時に見つけたのよ。

 別に減給くらいなら、いくらでも受けるわ」



ふてくされているとも、

やや怒っているようともとれる表情で、

ナナズキは言い放つ。



(完全に開き直っているわね、この子)



半ば逆ギレとも取れるその言葉に、

ナウベルは心の中で苦笑いを浮かべる。

無論、表の表情には出していないが。



「まあ、そのことについては不問にするわ。

 騎士総長様にも黙っておいてあげる。

 それよりも……」



無表情な瞳でナウベルはそう切り出す。


今この状況で、報告がなかったという点は、

それほど問題ではない。

誰にだってうっかり話し忘れた、

くらいの経験はあるだろう。

それよりももっと、

いや、むしろ一番の問題がある。



「あなた、敵の言うことを、

 簡単に信用するつもりなの?」



まるでその言葉をナナズキに叩き付けるかのように、

ナウベルは語気を強めて言う。


そう、ここで一番の問題なのは、

目の前にいる、4番隊隊長ともあろうナナズキが、

真偽も定かではない敵の言葉を、

おいそれと信用している、という部分である。


仮に何かの裏付けがあるとすれば、

話は少々変わるだろうが、

情報源がレナ達しかないナナズキが、

そこまで出来ているとは考えられない。


つまり、確証のない敵の話をナナズキは鵜呑みにして、

あろうことか、味方を疑っているということになる。


ナウベルとしては報告の有無よりも、

そちらの方がよっぽど大問題であった。


だが、ナナズキはその問いに対して、

即座に首を横に振る。



「まさか。

 敵の話を、そのまま信用するわけないでしょ」


「ならどうして?」


「火のない所に煙は立たない、って言うでしょ。

 ただの出まかせにしては、

 アイツらの話はずいぶん詳細だった。

 だったら、そのことについて確認するくらい、

 別におかしなことではないでしょ」


「そうかもしれないけど。

 ただ、それを知ったところでどうするの?

 まさか、レナ達に寝返って、

 騎士総長様を裏切る気?」


「冗談。

 そんなことをするわけないでしょ。

 アイツ等は敵よ」


「じゃあ、どうしてそこまで気にするのかしら?

 敵の話に耳を傾ける必要がある?」


「別にしょーもない話だったら、

 私だってスルーするわよ。

 でも、任務の根底を揺るがす話題ともなれば、

 慎重になって当然でしょ。

 しかも、私達が追いかけている、

 シャックに関することなら、なおさらよ」



突き放そうとするナウベルに対して、

ナナズキは冷静に、しかししつこく食い下がる。

隠し事は絶対に許さない、

ナナズキの意志が、

強い瞳の向こうからナウベルにも伝わってくる。



(煩わしいけど、的確な視点ね)



決して相手の話を鵜呑みにしていたわけではない、

そのことを感じ取り、少しだけ安堵するナウベル。

と同時に、表情を崩すことなくても、

心の中ではナナズキの言い分を理解していた。


もし自分が逆の立場だったら、

今、目の前にいる彼女と同じ行動をとるだろう。

敵から得た情報とはいえ、

自らの任務、そして組織に関わることなら、

誰だって慎重になるハズだ。


むしろ、敵から得た情報はすべて嘘八百だ、

などと切り捨ててしまう方が、

よっぽど危機管理能力に乏しく、

誇りある7隊長の肩書にふさわしくない。


今から10年前、15歳の時に当時史上最年少で7隊長となり、

長い間ファースター、

そしてクライドを支え続けてきたナウベルにとっては、

それは十分すぎるほど理解できてきた。



「もう一回聞くわ、

 アンタ、本当に何も知らないの?

 何か隠しいてるんなら、正直に教えて

 それを知ったところで、

 私はどうこうするつもりはないから」



さらにまくし立てるナナズキを、

ナウベルは黙って凝視する。


この少女の言い分はわかる。

彼女が知りたいこと、考えていること、

すべてが手に取るように、

ナウベルはわかっている。

だが、ここで真実を打ち明ける訳にはいかない。

統率者の存在を隠していると同時に、

クライドがシャックのボスであるということも。

口外してはいけないという指令を受けている以上、

たとえ7隊長であっても、

このことを伝えるわけにはいかない。

それが、上司の命令である以上は、必ず。


たとえ、それが味方を欺く行為だったとしても。



「生憎だけど、私は知らないわ」



もう何度聞いたであろうか、

その一言を残すとナウベルは、

すでに発車してしまった列車とは反対方向へ、

スッと歩き出した。



「ちょ、待ちなさいよ! 話はまだ


「私も次の任務があるから。

 あなたも余計なことは考えずに、

 レナ達とシャックを探しなさい。

 それが、騎士総長様からの任務でしょう?」



この機会を逃がすまいとするナナズキを振り払うように、

ナウベルは静かにそう告げると、

足早に姿を消した。

ナナズキもすぐに追おうとしたが、

これが裏を生きる5番隊隊長の実力なのだろうか、

ものの数秒で気配を消し、

それ以上の捜索を許さなかった。


列車が発車したことにより、

閑散とした駅前に残されたナナズキ。



「ったく、どうなってんのよ、もうッ!」



忌々しそうにナナズキは吐き捨てる。

レナ達からもたらされた、

小さな疑念を晴らすつもりが、

さらに大きくなってしまっていることに、

心底腹が立っている。


だが、先日の通信機でのやり取り、

そして今の会話で、ナナズキは確信していた。


あの5番隊隊長は、

何か隠し事をしている。

知らない、という表現を使っている以上、

自分や他の7隊長が知らない、

シャックについての“何か”を、

あの女は知っているに違いない。


しかし、



(さすがにこれ以上、ナウベルには聞けないわね……)



ふう、と大きなため息が漏れる。

通信機、そして今回と2度、

ナナズキはナウベルを問い詰めている。

これで3度、同じ質問を突きつければ、

聞いてる内容が内容だけに、

最悪の場合、今度は自分に、

あらぬ疑いをかけられてしまう可能性が出てくる。

ナナズキとて、確かに真相は気になるが、

裏切り者扱いをされてまで、という思いはない。


むしろ、自分を7隊長に任命してくれたクライドの元を、

離れたいなどとは、毛頭思っていない。


とは言っても、やはり気になる。



(さて、どうしたものかしらね……)



ナナズキは1人、考える。

ナウベルやクライドに気付かれることなく、

真実を知りたい。

しかし、他の7隊長に聞いたところで逆に怪しまれ、

ナウベルやクライドに、

報告が行ってしまう可能性だってある。

なんとか最小限のリスクで最大の効果を得るには、

どのように動けはいいか。

自他ともに代名詞と認める青髪ツインテールを、

緩く吹く風になびかせながら、

ナナズキはしばらく思考を働かせた。


そして1~2分程、思慮を重ねると、



「……よし」



決意を新たにしたナナズキは、

自分自身に言い聞かせるように呟くと、

セカルタの市街地へ向け、

勢いよく走り出していった。





「ふんふふんふふ~ん♪

 今日は楽しいお買いもの~♪」



お世辞にもうまいとは言えない、

妙なメロディーを口ずさみながら、

フェイティはセカルタ市街地を、

軽快愉快に進んでいく。


有事の際、ローザを護衛するために、

お城に残ったフェイティ。

レナ達がディフィード大陸を目指して城を出たあと、

王都セカルタ内、という制限つきではあるが、

レイから1日ほど、自由を与えられていた。


ファースター、セカルタ、そしてサーチャードの、

3王都合同会議までは、いくら護衛とはいえ、

フェイティに特に何かを任されるということもない、

というのが理由だ。


というわけで、

フェイティはセカルタの市場へと足を運んでいた。



「どうしようかしらねぇ~、

 アロスにお土産でも買っておこうかしら?

 あ、ローザちゃんにも何か買ってあげましょ♪」



メイン通りを挟み、

左右に並ぶ出店をフラフラしながら、

フェイティは心躍らせている。


エリフ大陸の中心とも言える王都セカルタの市場。

大陸内のすべてのモノがここに集まるだけあって、

品物の種類と言い、店の数と言い、

その規模は凄まじい。



「そうだ、アルト君にも何か買ってあげないとね。

 何か変な気を遣わせちゃったみたいだし」



それまでは上機嫌の最上級だったフェイティが、

その言葉を思いついた瞬間、

ふと我に戻ったかのように静かになる。


そう、お城から出発する際に、

アルトからかけられた台詞を、ふと思い出す。



『もし時間があったら息子さんの話、

 聞いてみるから』



8年前に生き別れた息子を探しに、

新たなる土地へ行くことができなかったのは、

正直残念だった。


でもアルトからその言葉を聞いただけでも、

フェイティはどこか浮かばれる気分だった。


たとえアルトが行く先で、

有益な情報を得られなかったとしても。

それでもよかった。

アルトが、同じ目的を持つ少年が、

自分の想いも一緒に大陸を渡ってくれているから。

その気持ちだけで、フェイティは十分だった。



「……アルト君には、

 とびっきりのお土産を買ってあげないとね!」



心優しい少年の気遣いに対する、

せめてもの心意気、とばかりに、

フェイティは声を弾ませると、

再びルンルン気分で、

メインストリートを軽やかな足取りで歩き始める。



「おいしいものがいいかしら~、

 それとも、何か残るモノの方がお土産っぽいかな?」



時には瑞々しいリンゴやメロンをチラ見しながら、

また時にはクマがアジを咥えるヘンテコな置物を眺めながら、

フェイティは鼻歌交じりに、

与えられた自由を謳歌している。


そして、一通りみんなに買う、

お土産の目星をつけたフェイティが、

お目当てのお店の所へ行こうと、

今来た道を引き返そうとした、まさにその時だった。



「やっと見つけたわ」


「……?」



背後から飛んでくる、女の子の声。

つい昨日、頻繁に聞いていた、

やや幼い感じの声質に、

当然ながらフェイティも反応する。


体の向きを180°回転し、

声の聞こえた方へと目を向けると、

そこにいたのは。



「あら、あなたは……。

 確か、ナナズキちゃん?」



その場所に立っていたのは、

つい先ほどまでセカルタ駅前でナウベルを問いただしていた、

ファースター騎士隊4番隊隊長のナナズキだった。

どこか不機嫌そうな表情を浮かべる彼女の姿に、

フェイティは戸惑いを隠せない。



「なに、今はアンタ1人なの?」


「ええ、そうよ。

 こっちに戻ってきて、

 みんなとはすぐに別れちゃったから」


「……ダメもとで聞くけど、

 アイツ等はどこにいったのよ?」


「うーん、ごめんなさいね。

 BBAは知らないわ、

 もしかしたら、まだこの街にいるかもしれないけれど」



当然、レナ達が船で別大陸に向かっているなどと、

口が裂けても言えるはずがない。

フェイティは慎重に言葉を選びながら、

ナナズキの問いをかわしていく。



「あっそ。

 まあ、今回はそれが目的じゃないから、

 別にいいわ」



だが、フェイティの思惑とは裏腹に、

ナナズキは意外にもすんなりと引き下がった。



「あら? ずいぶんとあっさりなのね。

 もう少ししつこく聞かれるかと思ったのに」


次の質問の想定と、

その答えに思考を巡らせていたBBA。

思わぬ肩すかしをくらった格好だ。



「不毛なやり取りは嫌いなのよ、

 時間も無駄になるだけだし。

 ま、ホントはレナが一番良かったんだけど、

 別にアンタでもいいわ。

 ちょっと顔かして」



まるでフェイティが妥協案、

と言わんばかりの言いぐさで、

ナナズキは話す。

そしてフェイティに背中を向けると、

ついてきて、とばかりにスタスタと歩き始めた。



「あらあら、ナナズキちゃんは元気ねぇ。

 BBA、争いごとは嫌いなのだけれど……」



いつもの口調ながらも、

ため息まじりにフェイティは言う。


フェイティの言う“争いごと”、

それはすなわち“戦い”を意味している。

ギルティートレインを抜けたあと、

あれほど敵だ敵だと念を押されたのだ、

その直後の出会いがしらに顔を貸せと言われれば、

誰だって勝負をしかけられると感じるだろう。


プログやレイに武術を指導した元戦士、

フェイティ・チェストライとて、その例外ではない。


もっとも、トーテンからの帰りの列車内にて、

ナナズキと同じルートを進んだレナやプログより、

彼女の戦闘力の高さを、

イヤと言う程聞かされたフェイティにとって、

正直あまり戦いたくないという思いも込めた、

さっきの言葉ではあったのだが。



「あー、安心して。

 今日は別にアンタと戦うつもりはないから」


「あらら?」



だが、ナナズキからの予想外の言葉に、

またしてもフェイティは肩透かしをくらうことになる。


言葉のキャッチボールならぬ、

思考のキャッチボールがまったくもってうまくいかない。

どういうことなのだろうか?


「どっか路地裏ってあるかな?

 あ、でも路地裏だとアイツがいるかも、か。

 聞かれたら面倒だし、近くはやめとくか……。

 だとすると、やっぱり一回、

 外にでた方がいいわね」



そしてそのギクシャクしたキャッチボールに、

さらに追い討ちをかける、

ナナズキのボソボソした、意味不明な独り言。



「???」



おかげでフェイティの脳内回路は、

予想、想定という防波堤が決壊し、

絶賛大洪水状態となっている。



「まあいいわ、とりあえずついてきて」


「ちょ、ちょっと待ってナナズキちゃん、

 どういうこと? 何をするつもりなの?」



フェイティはなんとか防波堤を再構築しながら、

スタスタと歩き始めるナナズキを呼び止める。


レナやローザの居場所を聞くわけでもなく、

かといって自分とも戦うワケでもない。

だとしたら、

いま目の前にいるファースター騎士隊4番隊隊長は、

一体何を考えているのか?


慌てるBBAの問いに、

ナナズキは一瞬、立ち止まる。

そして、



「ちょっと、シャックについて、

 聞きたいことがあるだけよ」



敵視とは違う、何かを決意したような眼差しを向けて一言、

それだけ告げると、

再びツインテールを揺らしながら、

王都セカルタの出口へ向け、歩み始めた。


次回投稿予定→11/1 15:00頃

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