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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第58話:太陽と月

「いいか?

 世の中にゃ、2タイプの人間しかいねぇ。

 人を引っ張っていくタイプと、

 人を支えるタイプの2つだ。

 まあ簡単に言えば、

 表に立つ人間と裏方の人間、ってトコだな」


「そう、なのかな……」


「いいから、今はそういうことにしとけ」



悩める少年を前に、

プログは続ける。



「人を引っ張っていくタイプは文字通り、

 周りの人を巻き込んで、

 グイグイみんなを引っ張っていく。

 例えて言うなら、

 周りを明るく照らす太陽みたいな存在ってワケだ」


「太陽みたいな……存在……」


「一方の人を支えるタイプは、

 そんな太陽タイプの人間を後ろから支える。

 先頭に立って気持ちよく進めるよう、

 バックからサポートする。

 これも例えるなら、

 自ら光るわけではないが、

 影から支える対の存在として、

 確かな存在感を放つ。

 太陽が輝くことによって自らを証明できる、

 まさに月のような人間だと、俺は考えている」


「月のような人間、か……。

 かなり乱暴な感じはするけど、

 確かにそうかも」



アルトはやや言葉を付け加えながらも、

プログの言葉に基本同意する。


厳密に考えれば、

もう少しタイプ分けできるのでは、

とも考えたが、

今検証するべき論点はそこではない。

アルトは黙って、

プログの言葉に耳を傾けることにした。



「お前さっき、

 レナとローザが輝いて見えるって言ってたよな?

 理由は簡単さ、

 あの2人は太陽タイプの人間だからだよ。

 レナは今までの言動で言わずもがなだし、

 ローザだって元々王女だった身だ、

 どっちか、と言うまでもなく、

 引っ張っていく側の人間だろ?

 お前に限らず、月側の人間の誰が見たって、

 アイツ等は眩しく見えるだろうよ」


「それはそうだけど……」



イマイチ腑に落ちていない様子をアルトは見せているが、

プログはさらに言葉を並べる。



「もしお前がアイツ等と同じ、

 太陽タイプを目指しているってんなら、

 それはそれで否定するつもりはねえ。

 世に登場する英雄なり偉人ってヤツは、

 太陽側の人間ばっかりだしな。

 けどな、それを支えてきた月の人間についても、

 少しは考えてみてもいいんじゃねえか?」


「月の人間……」


「確かにアルトにとってアイツ等は、

 眩しく見えるかもしれねえ。

 でもその輝きだって月の支えがあってこそ、

 より際立って光るモンなんだぜ?

 太陽が沈めば月が姿を現し、

 月が姿を消せば、再び太陽が浮かび上がる。

 地平線より上には必ずどちらかが存在していて、

 どちら一方が無くなってしまったら、

 今のこの世界が成立しないのと同じさ。

 輝く強さは違うにしろ、

 どちらの存在も、絶対に欠くことはできない。

 ちっとはそういう考え方をしてみても、

 いいんじゃねえの?」


「月の支え……」


「そっ、月の支えさ。

 言葉の響きとしても、

 自分は役に立ってないとか、

 肩を並べられてないとかよりも、

 よっぽどカッコいいと思わねえか?」



最後はやや笑顔を見せながらプログは言い終えると、

ポン、とアルトの頭に手を乗せる。



「どういう人間になりたいかは、

 もちろんアルト次第だ。

 まずは、自分がどうなりたいかをしっかりと考えてみな。

 太陽側がいいのか、それとも月側がいいのか。

 んでもって、その想いを信じ続けてみることさ。

 そうすれば、自ずと答えは見えてくるハズだぜ。

 ま、俺個人的にアルトは月タイプの、

 スペシャリストになれると思うけどな」



その言葉を残すと、

プログはその場から離れ、

船内の自分の部屋に戻るため歩き出す。



「……って今の言葉、全部先生の受け売り。

 俺がガキの頃に教えてもらったのさ。

 ま、年長者から悩める少年への、

 ささやかなプレゼントってことで受け取ってくれや。

 それじゃな、

 アルトも気が済んだら、少し休んどけよ」



そして背中越しに軽く手を振りながら、

プログは冗談交じりにそう言うと、

船内へと姿を消した。



「月タイプの……スペシャリスト……」



だが、今のアルトに、

その冗談に対応する思考は微塵もない。


人々を明るく照らす太陽と、

影ながら人を支えていく月。

今まで考えもつかなかった発想。

そのことで、アルトの頭はいっぱいだった。



(そっか……人を支える月、か)



プログの言う、『太陽』ばかりに憧れ、

自分もそうなりたいと躍起になっていたアルトにとっては、

その言葉の衝撃は計り知れないものだった。


……がしかし、それと同時に、

その衝撃をすんなり受け入れられた自分もまた、

そこにはいた。

なにかこう、頭の上からスッと、

どこかに引っかかることもなく腹の中に収まる、

そんな不思議な感覚だった。


輝く強さは違うにしろ、

どちらの存在も、絶対に欠くことはできない。


その言葉を胸に、

アルトは今までの行動を、

目を閉じて回想してみる。


ファースター最終列車で、

レナと2人で戦った、ジャイアントウルフ戦。

暴走する列車を止めるために、

レバーを懸命に引くレナに使った、必死の気術。

地下水道で遭遇した謎解きの時の、咄嗟の閃き。


かつてアックスの夜でレナが言っていたように、

どれもこれも主役級の活躍ではないにしろ、

主役の下支えとなって、必死にサポートしてきた。


他にも挙げればキリがない。

表舞台で大活躍はしていなくても、

その裏で必死に主役を支えてきていた。


それをアルトは、ついこの前まで、

自分は活躍できてない、

役に立つことができていないと捉えていた。

しかし、あのアックスの夜での出来事から、

その考えは少しだけ見方が変わり、

そして今、プログから貰ったプレゼントによって、

見識はガラリと変わることになった。


活躍できていないわけではない、

活躍している人の、下支えをしている。

役に立っていないわけではない、

役に立った人をサポートしている。


そう、何かを成し遂げることだけが、

すべてではない。

その成果に至るまでの過程も、

無くてはならないものなのである。

いや、むしろ過程があるからこそ、

何かを成し遂げることができるのである。


その過程を支える。

そのポジションこそ、

自分が今まで成し遂げてきたモノなのだ。


そして、プログが言っていた、

もう1つの大事なこと。


(それを……想いを信じ続ける。

レナも似たようなことを言ってた……)


アルトは再び、アックスの夜を思い出す。

あの時レナは、自分に向け、こう言ってくれた。



『想いも……想える強さも、

 その人の立派な強さなんじゃないかしら?』



想える強さも、立派な強さ。

他の誰でもない。

大切なのは、自分が強く想うということ。

誰かに期待されているからとか、

みんなが同じ考えだからとか、

そういったものに惑わされることなく、

自分自身の意志で、

強く想い、そして信じること。


何かを成し遂げたいと考えた時に、

一番必要なもの、

それはどんな時でも、

自分を信じ続けることにほかならない。


点と点でしかなかったレナとプログの言葉が、

一本の線として繋がった今、

アルトの思考、そして心の中は、

自分でも驚くくらいにクリアなものになっていた。



(そっか……。

そういえば昨日、

僕も似たようなこと、言ってたっけ)



クリアになったアルトの思考は、

昨日の夜の出来事を回想させた。


そう、よくよく考えれば、

息子の行方を探すフェイティに向け、

自分も似たようなことを言っていたのだ。


点と点が繋がった一本の線が、

さらに新しい点を見つけ、

より長い、それでいて強固な線へと成長していく。


アルトはもう一度、

船の先端部分へと目を向ける。

アルトにとっての太陽である少女は、

さすがに落ち着いたのか、

穏やかな眼差しで無限に広がる大海原を見つめている。



(太陽を支える月の人間、かぁ。

僕でも、なれるかな……?)



決して、恋愛感情とかではない。

プログから妙にそそのかされたものの、

今も別にレナに対して、そういった想いはない。


それに、例えばレナは特殊な太陽で、

もしかしたら、月の支えを必要としていないかもしれない。


何事も自分で完璧にこなしたい、

そう考えているかもしれない。


しかし、アルトはそれでも、



(違う違う、そうじゃない。

僕はなるんだ、

いざとなった時に支えられる月に!)



想い、信じることにした。

なぜなら、想い、信じなければ、

絶対になれないから。

そこに、“もし”や“もしかしたら”は必要ない。


人間の思考は、便利にできている。

考えを割り切った人間は、急に強くなれる。

アルトがそう思い始めると、

不思議と出来るような気がしてきた。



(よし……頑張ろうっと!)



まるでいい事があった子どものように、

アルトはエヘヘとばかりに表情をほころばせると、

先ほどプログが姿を消した船内へと、

足取り軽く向かっていく。


まだまだ先は長い。

アルトも少しだけ、部屋で休むことにしたのだ。


と、船内へのドアを開けようとしたアルトは、

ふと立ち止まると、後ろを振り返る。

レナは相変わらず、海を眺めていて、

アルトの視線には気付いていない。



「レナーッ!

 先に船内に戻ってるからね!

 レナも少し落ち着いたら、休んだ方がいいよー!」



わずかに心が躍る声で、アルトは叫ぶ。

太陽の少女はわずかに上体をこちらに向け、



「んー?

 ハイハイわかったわー、どーもですっと」



いつもの坦々とした口調で軽く手を振ると、

再び船の進行方向へと、視線を戻した。


今までにも何回もあった、この光景。

だが、考えや発想がガラリと変わり、

想い信じることを決めた月候補の少年は、

妙に納得したような表情で1つ、

力強くうなずくと、船の内部へと消えていった。





時を同じくして、

レナ達が去った王都セカルタ郊外にある駅、

セカルタ駅は、

相変わらず人、人、人でごった返していた。

列車を待つ者もいれば、

到着する列車から降りてくる乗客のお迎え、

といった者もいる。



「……」



そんな中、次の列車を待つ待合室の中に、

5番隊隊長、ナウベルの姿があった。

当然のことながら武器であるクロスボウは懐に隠し、

待合室の端の方で目を閉じながら、静かに立っていた。


裏社会に生きるナウベルにとって、

列車に乗ることは極めて稀だ。

普段ならば彼女にとって、

ファースターのあるワームピル大陸と、

セカルタのあるエリフ大陸の移動手段はバンダン水路だ。

しかし、今回は時間の猶予を考え、

列車を使うことにしていたのだ。


……もっとも、列車に乗るとは言っても、

正規の手段で乗ろうとしているわけではないのだが。



『まもなく、ファースター行きの列車が到着します。

 ご乗車の方は、ホームへお急ぎください』



列車の到着を告げるアナウンスと共に、

ホームへ向かう人の流れが、

瞬く間に出来上がり、

まるで1つの川のような形を象る。


だがナウベルは、

その流れとは真逆の方向、

すなわちセカルタ駅の出口の方へと向かっていく。

まるで川の流れに逆らう魚のように、

人をかきわけ、彼女は進んでいく。



「まーた、屋根に乗って帰る気?」


「……!!」



セカルタ駅を出た瞬間、

横から聞こえてきた声にナウベルは思わず、

隠していたクロスボウに手をかける。



「ファースターに戻んの?」


「……」



だが、すぐに聞き覚えのある声だと認識したナウベルは、

クロスボウから手を離す。



「ナナズキか。

 アックスに行ったのでは?」


「ちょっとセカルタに用事があってね。

 しっかし、列車の屋根に乗るなんて、

 アンタ、頭おかしんじゃないの?」



声の正体は4番隊隊長、

青髪ツインテールのナナズキだった。

これからナウベルがやろうとしていたことに、

呆れ顔でため息をついている。


そう、ナウベルは今から発車する列車の屋根に飛び乗り、

そのままファースターまで帰ろうとしていたのだ。

当然、数ある密入国の方法の中でもトップクラスの危険度で、

他の密入国者もびっくりの手法である。



「その頭をしているナナズキには、

 言われたくはないわ」


「髪型の話じゃなくて!

 脳みその問題よ、の・う・み・そ!」


「騒がないで、周りにバレるでしょ」


ギャーギャー騒ぐナナズキを宥めながら、

ナウベルは目だけ左右に動かし、

周りを見渡す。


もし駅の前で女2人が、

ケンカを始めたと周囲の人間に知られれば、

すぐさま兵士が飛んでくるだろう。

敵国に忍び込んでいる2人にとって、

それは自殺行為に等しい。



「まったく、元々はナウベルが悪いんじゃないッ!

 それで、何しに戻るの?」


「ただの現状報告よ」



平坦な、その一言だけ残すと、

ナウベルは列車に(飛び)乗るため、

その場を立ち去ろうとした。



「騎士総長様なら、

 ファースターにはいないわよ」


「……?」



だが、ナナズキの言葉が、

その場から立ち去るのを阻む。


騎士総長がファースターにいない。

その情報は、

まだナウベルの元には入ってきていない。



「一週間ほど外に出られるらしいわよ。

 私の部下からさっき報告があったわ」


「……そう」



(極秘任務かしら。

だとしたら、もうすぐ私にも連絡がくるか……)



素っ気ない返事の裏側で、

ナウベルは複雑に思考を働かせる。



「どこに行くかは仰ってなかったみたいだけどね。

 ナウベル、アンタは何か知らないの?」


「……さあね、私も知らないわ」


(そしたら、ファースターに戻る必要はない、か。

なら次は……)


「あっそ。

 何か疑わしいけど、別にいいわ」



憮然とした様子で、

ナナズキは口を尖らせる。

その表情からは、

答えを知っているいない以上の、

なにか不満の様なものが見受けられる。



「用事はそれだけ?

 それじゃ、私はやることあるから」



しかし、クールビューティーを絵に描いたようなナウベルは、

そんな様子を気にかける素振りすら見せず、

静かに話すと再びこの場を立ち去ろうと、

今度は街の方へと歩き出す。



「ちょっと待った」



だが、まるで後ろ髪を引っ張るように、

再びナナズキの言葉が、ナウベルの足を止める。



「……なに?

 私も忙しいんだけど」



珍しく不機嫌な様子を見せながら、

ナウベルは立ち止まる。



「この前、聞いたヤツなんだけど……」



ナナズキはゆっくりとナウベルのもとへ近づく。

心なしか、先ほどよりも表情が強張っている。

そして、他人に聞かれたくないとばかりに、

顔を接近させると、

ナナズキは小さな声でナウベルに訊ねた。



「アンタ、本当に何も知らないんでしょうね?」


「この前って、何の事かしら」


「私が通信機で聞いた話。

 シャックと騎士総長様の件よ。

 この前は何も知らないって言っていたけど、

 アンタ、本当は何か知ってるんじゃないの?」



いつもの高い声から比べると、

恐ろしいくらいに低い声に加え、

ナナズキは鋭い視線を飛ばしている。


だがナウベルは、

あくまでも冷静沈着な態度を崩すことなく、



「……何度も同じことを言わせないで。

 私は何も知らないわ」



声のトーンを落としながらも、

ピシッと緊張感張りつめる声で告げる。


だが、わずかな疑念を持つナナズキは、

ここで引き下がらない。



「何で? 何で『知らない』のよ?

 アンタの任されている仕事からして、

 関係あるのかないのかくらい、

 明確に答えられるでしょ。

 なのに『知らない』って返答、

 明らかにおかしいじゃない」


「知らないものは知らないのよ、

 これ以上は答えようがないわ」



ナナズキがまくしたてるが、

ナウベルはさらりと受け流す。

話は平行線を辿り、

一向に解決に進む兆しがない。



「そもそも、

 ナナズキはどうしてその発想が浮かんだのよ?

 つい数日前まではそんなこと、

 口にもしてなかったじゃない」



そう、ナウベルは疑問に感じていた。


つい先日、

通信機でこの質問が飛んでくるまで、

ナナズキがこんなことを言いだすことがなかったからだ。


正直なところ、ナナズキの指摘通り、

ナウベルはクライドが、

シャックのボスであるということは知っている。


だが、7隊長の中でそれを知っているのは、

ナウベルただ1人だ。

他の6人には、その事実を知るどころか、

疑うという行為自体、

今まで微塵もなかったハズなのだ。


そのような背景がありながらの、

今、このナナズキからの疑われようである。

ナウベルからしてみたら、

今まで欠片もなかった疑念がなぜ急に生まれたのか、

不思議でならなかった。



ただ1つの可能性だけを除けば。



「それは……ッ!」



だが、ナウベルの問いに、

先ほどまで問いただしていたナナズキが、

急に大人しくなる。



(急に黙った……。

何か隠し事をしている?)



裏社会を生き、

諜報活動等で相手の様子を読み取るのが得意なナウベルが、

その変化を見逃すはずがない。


心の中で素早く状況を整理しながら、

ナナズキの様子を観察し、

次の言葉、行動を待った。


その異様な雰囲気を感じたか感じなかったか、

ナナズキは軽く下を向いたが、

すぐにまた顔をあげ、強い口調でナウベルに告げた。



「アイツ等から……レナ達から聞いたのよ」


次回投稿予定→10/25 15:00頃

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