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描け、わたしの地平線  作者: まるそーだ
第3章 ディフィード大陸編
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第57話:船旅中のひと時

「……はい。

 ……ええ、そのようです。

 そちらの件は、すでに手は打っております。

 早くて今週、遅くても来週までには解決するかと。

 それと、『解放』の件は少々お待ちください、

 該当するポイントがまだ制圧できていませんので。

 ……申し訳ありません、

 そちらも至急取り掛かります、では」


プツッ。


通信が途絶える乱暴な無機質音が、

耳を突き抜ける。


ファースター王国直属騎士隊騎士総長、

クライドはファースター城にいた。

本来は王、そして女王が座り、

政治を執り行うはずであろう謁見室に、

彼は1人佇んでいる。



(やれやれ……。どれだけ人使いが荒いんだか)



何者かとの交信が終わるとクライドは、

わずかながら表情を歪ませる。


相手が誰かは不明だが、

申し訳ありません、という言葉を発した以上、

どうやら何者からお叱りを受けたようだ。


セカルタ城との同等程度の広さを持つ、

ファースター城の謁見室には現在、

クライド1人しかいない。


本来ならば彼の傍には必ず、

ファースター、そしてクライドが誇る、

ファースター王国騎士隊の7隊長が控えている。

それは無論、彼を護るためにだ。

だが、今はあいにく全員が、

何かしらの任務を受けて出払ってしまっている。



「さて、次の手は……」



1人という存在には、

あまりに不釣り合いなこの広い空間で、

クライドがそう呟いたその時だった。



ガチャ。



入室の許可を問うノックの音もなしに、

入口のドアが開く。

そして、ゆっくりと扉が開く。

咄嗟に手を細剣におく、

クライドの視線に飛び込んできたのは。



「は~い、どうも~ん」



ファルターだった。

相変わらずの甘ったるい声を発しながら、

コツコツと謁見室へと入る。


ファースターの騎士隊長であると同時に、

謎の犯罪組織、『シャック』のボスでもあるクライド、

そしてファルターは、

バンダン水路での彼女曰く、

『統率者』という括りで仲間である。



「何度も言うが、

 ノックぐらいしたらどうなんだ?」



おそらく今まで何度も見てきたのだろう、

ダメもと、といった雰囲気で、

クライドは同志に向けて言うと、

細剣にかけていた手をフッと降ろす。



「別にいいじゃないのん、

 そんな畏まった仲でもないじゃない」



だが、これも当然といった様子で、

ファルターは軽く手であしらっている。

どうやら、このやり取りは日常茶飯事らしい。



「……そういうところは、

 昔から変わっていないな、お前は。

 というか、次の実験場に行ったんじゃなかったのか?」


「そうなんだけど、

 ちょっとクライドの様子を見て行こう、

 と思ってねん♪」



まるで目尻から星が出てもおかしくないような、

見事なまでのウインクを決めるファルター。


だが、ああそうですかとばかりに、

手でさぞ面倒臭そうに振り払う動きをしながら、

クライドは冷たくあしらう。



「お前に様子を見られるほど、

 俺は体調悪くはないぞ」


「そういうことじゃないのよん。

 ……さっき連絡のって、あの方からでしょ?」



途端、まるで何かのスイッチが入ったかのように、

ファルターの声色が低くなる。

先ほどまで発していた甘美なものとは、

まったくの正反対だ。



「……ああ。

 どちらの件も急げ、だとさ」


「相変わらずのせっかちさんね。

 こっちも色々と忙しいってのに」


「まあ仕方あるまい。

 とにかく今は、やるべきことを速やかにやるまでだ、

 俺もお前も……アイツもな」


「そうね。

 もし大目玉でも喰らったら、

 ただじゃ済まないでしょうし。

 そういえば『彼』は今、何をしているのかしらん?」


「アイツには今後の戦略を練ってもらっている。

 ローザの処遇と『解放』の件を同時に進めるには、

 それなりの策略が必要だからな」


「そう。

 最近あまり姿を見ないから心配していたけど、

 その様子だと大丈夫そうね」



周りを警戒してか、

『あの方』だの『彼』だの、

固有名詞を隠すように、2人は話している。


見渡す限り、

この空間に2人のほか、人影は見当たらない。

だが、知らない間に誰かがこの空間に忍び込み、

盗聴器が設置されている可能性もある。

この程度の想定をするくらい、

百戦錬磨のクライドやファルターにとっては、

さほど難しいことではない。



「さて、と!

 そしたらアタシもそろそろ、

 実験場に行こうかしらん♪」



何かのスイッチがオフになったファルターは、

わざとらしく大きな声で言い放つと、

別れの挨拶も告げず、

足早に謁見室を去ろうと歩き出す。



「ファルター」



だが、そのファルターの足を、

クライドの声が止める。



「ん? 何かしらん?」


「実験の件で、確かに手法はお前に任せると言った。

 だが、俺の部下を危険に巻き込むようなことを、

 許した覚えはないぞ」



軽いノリで話すファルターを戒めるように、

クライドは静かに言う。


おそらく、ギルティートレインでの、

ナナズキのことを指しているのだろう。

クライドは彼女からの報告を受けて初めて

ナナズキがファルターの行う、

実験の巻き添えになったことを知ったのだった。



「……偶然よ、偶然。

 アタシが好きで巻き込んだわけじゃないわよん」



その言葉に、

ファルターも一度は立ち止まったものの、

クライドに背中を向けたまま軽く手を振ると、

再び出口へと向かう。



「いいか、金輪際今回の様な


「わかったわよ、今後は気をつけるったらん、

 クライドったら怖ぁーい」



強い口調で話すクライドの言葉を、

ファルターは途中で遮ると、

そのまま姿を消してしまった。



「まったくアイツは……」



再び謁見室に1人となったクライドは、

まるで子どもに手を焼く親のように、

深くため息をつく。



「あ、ねぇねぇ、

 レアングスちゃんのところに、

 遊びに行ってもい~い?」



と、姿を消したはずのファルターの声が、

遠くから聞こえてくる。



「……ああ、構わんぞ。

 それはお前に任せる」


「やったぁ!

 ウフフ、楽しみね~♪

 それじゃ、行ってくるわねん」



なぜか軽く舌舐めずりをしながら、

ファルターは上機嫌にお城を出て行った。


セカルタが誇る魔術師育成機関、

王立魔術専門学校。

その学長を務めながら、

クライドの手下として、

ファースターへ優秀な魔術師を送り込んでいた男、

レアングス。


だが、ナウベルの迅速な報告により、

レアングスがすでにセカルタ政府に囚われているのは、

クライドもファルターも知っている。

にも関わらず、ファルターは、

レアングスの所へ“遊びに”行くらしい。



「やれやれ……困ったヤツだ」



今度こそ1人となったクライド。


いくら実験のためとはいえ、

彼の部下である7隊長を巻き添えにするなど、

許せるはずもない。

ましてや、ギルティートレインの対象者を、

自由に選定できる魔術の使用者、

ファルターなら、なおさらだった。


すなわち、ナナズキがギルティートレインに巻き込まれるのを、

使用者のファルターは、

いくらでも避けることができたハズなのである。

しかし、ファルターはあえてそれをせず、

ナナズキをあの死の列車へと引き込んだのである。


部下が危険に遭うのを、

無視する上司など、もちろんいない。

クライドの主張は当然だった。


……が、とは言いつつも、



(今の忠告だけで、

あのファルターがすんなり止めるとも思えんが。

さて、そしたら俺は……)



さらに頭を悩ませながらも、

クライドはすぐに切り替える。

無論、部下のことは心配であるが、

今はそのことに固執している時間すら惜しい、

というのが現状だ。


意を決したように足を踏み出すと、

クライドも謁見室を後にする。



「お出かけですか?」



部屋を出てすぐさま、

外で部屋番をしていたシャックの一味である兵士に、

クライドは声をかけられる。



「ああ、少しだけ留守にするぞ。

 1週間ほどで戻る」


「そう、ですか。

 ですが例の会議までは、まだ日数が……」


「かまわん。

 会議の前に、やっておきたいことがあるからな」



兵士の問いに、

クライドはすぐに不気味な微笑を浮かべながら答える。

何か悪だくみを考えるような、

片方の口角だけあがる、怪しい笑み。



「はあ、やっておきたいこと……」


「ああ、そうだ」



クライドの言葉、そしてヤケに気になる微笑顔に、

兵士は?マークを並べるが、

クライドは特に答えを兵士に話すわけでもない。



(アイツをさらに絶望させるために、な。

クックック……)



心の中で、自分の中だけで、

その答えを十分に噛みしめるようにしながら、

クライドは1人、ファースター城を後にした。





「いやぁぁ~!

 しっかし、海っていいわねーッ!!

 なんかこう、開放的な感じが最高よね!!」



船の先端部分で体をいっぱいに伸ばし、

風を全身に受けながら、

レナは破顔一笑、といった感じに声をあげる。



「アイツ、はしゃぎすぎだろ……」


「きっと海が初めてなんじゃないかな。

 レナのいたルインって、

 山に囲まれているから海が見えないし」


「だからって、あんなにはしゃぐモンかね……」


「まあ、いいんじゃない?

 ほら、やっぱりこういうのって明るい方が楽しいし」


「そうかいそうかい。

 俺は残念ながら、

 あのキャピキャピテンションにはついていけんよ」


「キャピキャピって……古いよプログ」



一方、レナより10数メートル程離れた場所で、

おっさんコンビはその様子をぼんやりと観察している。

セカルタ港を出発して、

すでに約1時間が経過している。

だが、自らの記憶をたどる限り、

初めて海の景色を目の当たりにした、

レナの高揚はとどまることを知らない。

常に船の先頭部分に陣取り、

視界満開の大海原を前に、

まるで幼い子どものように目を輝かせている。


幸い、この界隈の海洋の機嫌も良いようだ。

雲一つない青空のもと、

高波が押し寄せてくることもまったくない、

じつに穏やかな船旅。

生まれて初めて海を見る者にとっては、

この上なく心地よい環境が整っていた。



「っつーか、さっきの演技、

 恐ろしかったよな……」


「ああ、アレね。

 僕もびっくりしたよ……」



2人は改めて、レナを見る。

イグノを前に涙目になっていたかと思えば、

その数秒後には、何事もなかったかのように、

その場を後にする。

そして今現在の、

この爽やかスマイルである。


情緒不安定と間違えられても、

何ら不思議ではないくらいの変貌ぶりに、

野郎2人は、ただただ唖然とするしかない。



「とりあえず、あの演技に関しては、

 何もツッコまない方がよさそうだな」


「そうだね。

 もし何か言ったら、

 何されるか分からないしね」


「オーケーだ、そしたら地雷は踏まない方向で。

 っと、そういえば前々から聞きたかったんだが……」


よくわからない約束を交わしたのち、

ふと何か思い立ったかのように、

プログは急に声の音量を下げながら、

アルトへ呟く。



「アルトはどっちがいいんだ?」


「は?」



唐突な、それでいて意味のよくわからない問いに、

アルトは思わず怪訝な顔を浮かべる。



「レナとローザ、どっちが好きなんだ?」


「なっ……!?」



だが、その問いの意味が判明した瞬間、

頭から湯気が出るのではないかというくらいに、

アルトの顏が真っ赤になる。


一方、そんなアルトのリアクションを愉しむように、

プログは顔をこれでもか、

というくらいにニヤつかせている。



「なっ、何を言い出すんだよ、いきなり!」


「おーおー、焦ってるねえ。

 ということは、どっちかが本命ってことかな~?」


「ち、違うよッ!

 そんなこと、考えたこともないよ!」


「またまたアルト君はぁ~。

 レナは運動神経抜群で頭も切れるし、

 黙ってりゃあソコソコ美人だし、

 悪くない物件だぜ?

 まあ、少々口やかましいのと、

 胸がちっさいのがちょっとばっかりアレだが」


「く、口やかましい……。

 それに胸が小さいって、

 レナにソレ聞かれたら溺死確定だよ?」


「だからコッソリ話してんだろうよ。

 対してローザはおしとやかで品もある。

 それにレナよりも胸は大きい。

 でもおしとやかすぎて、

 ちょっと天然っぽいところが玉にキズだ。

 うーん、なかなか甲乙つけがたいところだよなぁ」


「……プログって、

 今までそんなところ見てたの?」



最初は慌てふためいていたアルトも、

最後はもはや呆れ顔になっていた。

いつもレナからイジられている理由が、

何となくわかった気がする、

そう考えずにはいられない。



「というより、そう言うプログはどうなのさ?」


「俺か? 俺はノーチャンスだ。

 年齢が離れすぎてるしな」


「離れすぎているって、

 たかだか5、6歳くらいじゃん」


「バカ言え、地下水道の時、

 ケーサツに捕まんないように注意しろ、

 って言われてるの、忘れたか?」


「それはレナに言われただけで、

 ローザには言われてないじゃん」


「わかってないなぁ、

 ローザくらいのお年頃にとっちゃ、

 6歳差ってのはデカい差なんだよ、アルト君」



肩をすくめながら、

なぜかプログは鼻で笑うように話している。


なぜ小ばかにされたのだろう、

どうも解せないアルトではあったが、

正直特に興味もなかったし、

あえてそれ以上深入りすることはしなかった。


……が。



「んで、アルトはどっちなんだ?

 気になってる程度でもいいから、

 教えてくれよ♪」



そんなアルトの空気読みをへし折るように、

プログは再び話題を戻してくる。

どうやら、何が何でも答えを聞き出したいらしい。


自分のことは棚に上げておいて理不尽すぎる、

アルトはやや白い目でプログに向けるが、

本人はお構いなしといった感じに、

アルトの返答に心躍らせている。


やれやれといった様子を見せつつも、

アルトはプログの問いに口を開いた。



「……レナもローザも、

 そういう対象として僕は見れないよ」


「あん? 見れない?」


「うん。

 2人とも自分の考えをしっかり持ってるし、

 なんかこう、芯が強いというか……。

 すごく輝いて見えるんだ。

 だから2人のことは尊敬できる存在なんだ。

 好きとか嫌いとか、

 そんな肩を並べるようなことなんて、

 僕はできないよ」



言葉を発しながら、

徐々に表情が暗くなっていくのが、

アルト自身も分かっていた。

最後へいくにつれ、

声もどんどん小さくなっていく。


自分の話したことに、嘘偽りはない。

実際、レナとローザ、

2人を恋愛対象として見たことは一度もない。

むしろその発想自体、アルトの中にはなかった。


それほど、2人が輝いて見えていたから。

自分の意志のもとに生きていて、

たとえ困難が襲って来たりしても、

決して挫けることなく前に進み続ける。

そんな生き方をするレナとローザが、

眩し過ぎて近付くことすらできないくらいに、

光り輝いていたから。


もっと言えば、その煌めく2人に近づけば近づくほど、

自分という存在がちっぽけに見えてしまう。

アックスでの夜、レナの言葉に少しは勇気づけられたものの、

やはり自信を持つことができない自分が、ここにいる。


自分はまだ、レナやローザと肩を並べられていない。

ましてや恋愛対象など、もってのほかであって、

その考えを持つこと自体、

おこがましいことである――。


彼女たちと自分とでは、立場の次元が違う。

決してネガティブなわけでも、

自分に対する皮肉でもない、

アルトは純粋にそう考えていたのだ。



「……まーた、アルトの悪い癖が出ているな?」



楽しい恋愛トークだったハズが、

なぜか軽くうつむいているアルトを見かねたか、

ため息交じりにプログはふと、

アルトの肩に手を置く。


「よし、そんなアルト君に、

 このプログさんがありがたい言葉を授けてあげよう」


「ありがたい言葉?」


「そっ、考えすぎのアルト君への、

 ちょっとした処方箋さ」



いまだ表情の暗いアルトに向け、

ニヤリと白い歯を見せて笑うと、

プログは“ありがたい言葉”を話し始めた。

次回投稿予定→10/18 15:00頃


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